仏とは何か (講談社選書メチエ ブッディスト・セオロジー)
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- 税込価格:1,575円(45pt)
- 発行年月:2007.3
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商品説明- 「仏とは何か」
あらゆる宗教の根源存在である「聖なるもの」は、仏教においてどのような姿でイメージされたのか。儀礼をキーワードに、仏・菩薩と人間との関わりかたの具体的なプロセスを通じて仏の本質へと迫る。講義シリーズ第3弾。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「仏とは何か」
立川 武蔵
- 略歴
- 〈立川武蔵〉1942年名古屋生まれ。ハーバード大学大学院にてPh.D取得。国立民族学博物館名誉教授、愛知学院大学文学部教授。「中論の思想」で中日文化賞受賞。他の著書に「空の思想史」など。
関連キーワード- 「仏とは何か」
ユーザーレビュー- 「仏とは何か」
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2007/03/17 19:54
変容する仏のイメージ
投稿者:オリオン(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
宗教とは「聖なるもの」と「俗なるもの」との区別を意識した合目的的行為である。すべての宗教行為は世界認識(世界観)、目的(目標)、手段(実践)の三要素を含んでいる。
本書では、マンダラという仏や菩薩の住む世界の中に示されている、仏教における行為の目的・目標が、「ホーマ」(バラモン教のヴェーダ祭式=護摩)や「プージャー」(ヒンドゥー教の儀礼=供養)などの宗教儀礼、仏塔(涅槃のシンボル、世界=宇宙、ブッダの身体、立体マンダラの四つの意味をもつ)や仏像といった宗教シンボル、そしてバクティ(帰依)等々の宗教行為をめぐる詳細な叙述を通じて、具体的に考察される。
また、宗教には時代の状況に対処して進む自覚的な方法があり、それをセオロジカル(神学的)と呼ぶならば、仏教にもそういった自覚的な歩みがある。原始仏教から、密教(世界の内なる仏=大日如来)や親鸞の浄土教(世界の外なる仏=阿弥陀仏)まで、ゴータマ・ブッダの悟りと思想を根底に据えながら、仏教は、一つの生きものように「神学的」な歩みをおこなった。
本書では、初期における偉大なる師としてのブッダから、ジャータカ物語(ブッダの本生物語=過去生物語)を経て、「ペルソナ」(人格)をそなえた神的存在として人と交わる、大乗仏教における仏たち(阿弥陀と大日)に至るまで、仏のイメージの変容と、それをもたらした仏教思想の変革の過程を、仏教美術の変遷や経典の読解を通じて、これもまた具体的に語られる。
仏教の思想と実践をめぐる「セオロジー」の部分、とりわけ「ペルソナ」としての仏をめぐる議論に多大な関心と期待を寄せながら本書を読み始めたものだから、最初のうちは、時に煩瑣とも思われる事実の列挙に味気ない思いを拭えなかった。
しかし、宗教という、個人的、集団的、いずれの相においても生々しい人間的営みについて考えるとき、数千年、もしくは数万年に及ぶ人々の思いと行いがかたちづくってきた具体的な歴史への敬意と洞察を抜きにして、空理空論の世界に遊ぶことなど無意味だろう。
本書を読み進めていくうち、とりわけ第七章「ジャータカ物語と仏の三身」から第八章「大乗の仏たち──阿弥陀と大日」へと頁を繰っていくうちに、具体的な相における比較と変遷を、繰り返しを厭わず淡々と綴っていく語り口に、すっかり魅了されていった。
記憶にとどめておきたいことはたくさんある。三身仏の思想、もしくは「ブッダの三つの位態」をめぐる思想に関して、キリスト教の三位一体説(神の三つの位格)と比較しながら述べられた箇所。
浄土教に関連して、「『阿弥陀経』や『無量寿経』に描かれている浄土の様子は、すこぶる視覚的なものである」云々と、「神の図像化」もしくは「「聖なるもの」のヴィジュアル化」を論じた箇所も面白い。
また、浄土(世界の外への遠心的方向=「脱自的方向」)とマンダラ(世界の内への求心的方向=「保身的方向」)を、空の思想における自己否定とその後のよみがえりに関係づけている、本書末尾の議論も面白い。このことは、宗教実践を主題とするシリーズ第四巻以降で述べられるという。刊行が待ち遠しい。







