- 出版社:文藝春秋
- サイズ:20cm/153p
- 利用対象:一般
- ISBN:978-4-16-325930-7
うつつ・うつら
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- 税込価格:1,260円(36pt)
- 発行年月:2007.5
- 発送可能日:1~3日
- 本
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商品説明- 「うつつ・うつら」
壊されてはならない。大切な言葉を、本当の名前を。彼女の名は「マドモアゼル鶴子」、場末の劇場で受けない漫談を演っている。外から流れこむ映画のセリフが漫才を損ない、九官鳥がくりかえす言葉は意味を失い、芸人たちは壊れていくが、鶴子は…。文學界新人賞受賞作「初子さん」収録。【「BOOK」データベースの商品解説】
彼女の名はマドモアゼル鶴子、場末の劇場で受けない漫談を演っている。最悪の舞台で皆が壊れていくとき、鶴子は…。文學界新人賞受賞作「初子さん」を併録。『文學界』掲載を単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】
収録作品一覧- 「うつつ・うつら」
| 初子さん | 5-73 | |
|---|---|---|
| うつつ・うつら | 75-153 |
著者紹介- 「うつつ・うつら」
赤染 晶子
- 略歴
- 〈赤染晶子〉1974年京都府生まれ。北海道大学大学院博士課程中退。「初子さん」で第99回文學界新人賞を受賞。
ユーザーレビュー- 「うつつ・うつら」
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2010/09/08 12:24
赤染晶子さんの作品のなかに、京都の「かまい」をみる。
投稿者:サムシングブルー(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
第143回芥川賞受賞作は『乙女の密告』。芥川賞選考委員である川上弘美さんは「全体にただよう諧謔が、とても好きです。」と選評しています。
「諧謔」の意味を調べると「こっけいみのある気のきいた言葉」とありました。確かにバッハマン教授の存在は強烈でしたし、乙女たちの会話は諧謔的でした。
そんなわけで赤染晶子さんの作品に興味を持ち、著書『うつつ・うつら』のなかの『初子さん』を読んでみました。
舞台は昭和50年代の京都。あんパンとクリームパンしか売っていないパン屋に住む初子さんは若い洋裁の職人です。初子さんは自分の作った洋服をよく覚えていて、スーツの上下の柄がずれている人をみつけると、たまらなくなり
「ずれてはりますやんか!」と、駆け寄ってスカートを直してしまうほどの徹底ぶりです。
赤染晶子さんは京都の町をのんきな町と形容し、商店街に住む人たち、うどん屋のおばあさんや、あんパンを買いにくる駄菓子屋のおじいさんを描いていきます。そこには京都の「かまい」がありました。
結納屋に下宿している新婚の美根子と初子は対照的に描かれ、二人の会話は諧謔的で楽しめました。
赤染晶子さんは受賞のことばで「私はこれから血を吐いて、文学に精進していきたいと思います。」と述べています。
次回の作品が楽しみです。
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2010/01/09 21:52
夢のなかのようにリアル
投稿者:king(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
ずっと前に一作読んだときになかなか面白かったので、文学界新人賞受賞作収録のこれを読んだ。
以前読んだ「花嫁おこし」はとらえどころがないが、独特の笑いが印象深く、非常に妙な作家だと感じた。本書収録の二篇を読み通してみると、関西的な笑いとともに、ひどく地味でしかし日常を少しずつ浸食していくような生活の苦しみが重く立ちこめている。笑いがまぶされているがそれがより生活の苦みを引き立てているような皮肉な構成がなされている。
昭和か、というようなちょっと古めかしく生活感あふれる風景と、重苦しい生活との取り合わせはまるでいかにも「文学」だという感じも受ける。
新人賞受賞作「初子さん」は、洋裁が好きでそれを仕事にしている独身の女性を主人公としていて、自身の生活に対する微妙な疑問がわだかまっている様子が描かれている。洋裁は好きで、仕事でやっているのも自分の選択なのだけれど、この日々続いていく日常の繰り返しと、周囲の人々からのそんなことをしていていいのか、というような声が小さな疑問を形作る。ある時、主人公に服の注文をした女性が、服の代金をツケにしたまま、夫ともども夜逃げしてしまう。主人公はその女性が、この町は苦しい、といったことを想起して、非難するのではなくむしろ羨望を抱いている。
生活は苦しい。その認識が作品を形作っている。それは真綿で首を絞めるように、弱くしかし確実に迫ってくる。
「人は生きて動くものである。踏みつけられた蟻は死ぬまで生きることを諦めない。逃げ場へ辿り着こうと努力する、足一本の痙攣も蟻が生きるために最後まで続ける未練である。所詮、人間は生活や人生から逃げられない」51P
表題作「うつつ・うつら」は女性芸人を主人公とした作品で、冒頭のあたりでは非常に笑いの要素の強い印象があるが、だんだんと息苦しい逃げ場のない苦しみが滲みだしていく。逃げ場のないだけではなく、自分の立っている足場がどんどん切り崩されていき、徐々に追いつめられていく。下の階の映画から聞こえる断片的な台詞や、九官鳥の発する無意味な山彦といった、意味を失った言葉が、主人公の世界の意味を切り崩していく。
この作品は一見非常に非現実的だ。主人公の舞台生活以外は書かれず、現実的に見て無理のある展開があり、夢の話のように非現実的な雰囲気がある。しかし、この作品での逃げ場のない苦しみ、焦り、意味を切り崩されていく崩壊感などは、まるで夢のなかの体験のようにリアルだ。
二作通じて、一種の閉塞感と苦しみが滲み出ている。独特の笑いのなかにも生活の疲れが浮き上がってくるようでもある。苦しみ、といってもそれは明確な形をとるのではなく、泥のようにとらえ所のない不定形のものと認識されている。きわめて現実的でもあり、夢のことのようでもある、生ぬるい泥の苦しみ。古めかしい時代とべたべたな笑いのなかからそれが浮かび上がってくる。
読む前はもっとユーモラスな作品だと思っていたが、想像以上にシリアスな核をもつ作品だった。しかし、なかなか妙な面白みのある人ではある。







