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久生十蘭「従軍日記」

  • 出版社:講談社
  • サイズ:19cm/426p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-06-214269-4

久生十蘭「従軍日記」

久生 十蘭 (作), 小林 真二 (翻刻)

  • 全体の評価 31件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:1,89054pt
  • 発行年月:2007.10
  • 発送可能日:7~21日

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商品説明- 「久生十蘭「従軍日記」」

没後50年目発見! 作家・久生十蘭が海軍報道班員としてジャワ・ティモール・アンボン・ニューギニアなどの南方に派遣された際の日記3冊をもとに単行本化。ベールに包まれた「多面体作家」の素顔が見える一冊。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介- 「久生十蘭「従軍日記」」

久生 十蘭

略歴
〈久生十蘭〉1902〜57年。北海道生まれ。作家。『新青年』を中心に小説や翻訳を発表。「鈴木主水」で直木賞受賞、「母子像」で世界短篇小説コンクール第一席獲得。

ユーザーレビュー- 「久生十蘭「従軍日記」」

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9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2007/11/06 00:36

ジュウラニアンにとってのパンドラの箱

投稿者:仙人掌きのこ(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ジュウラニアンと呼ばれる「久生十蘭中毒者」にとって、彼の残した従軍日記(すなわち本書である)が存在し出版されるというニュースは、喜びよりも戸惑いをもって迎えられたのではないだろうか。十蘭はいっさいのプライベートを秘匿し、また嘘の経歴で人を煙にまくことを喜びとする人だったからである。そのスタイルを愛したファンが、いまさら手品の種明かしなど見たくないと思っても不思議ではない。そういう人がこの書評を目にするか疑問ではあるが、ひとつだけ取り急ぎ伝えたい。現在の久生十蘭著作継承者、十蘭の姪の三ツ谷洋子さんの言葉だ。

「叔父様、スミマセン。素顔が公開されて恥かしいのは我慢してください。名前さえ忘れられている今となっては、これしか方法がないんです」

 私はこれを読んだ時ショックだった。「良いものはいつまでたっても古びない」などという常套句は、この大量消費社会では容易に飲みこまれてしまうのだ。思えばジュウラニアンという言葉を作り出した中井英夫氏や、高い評価をあたえていた澁澤龍彦氏、都筑道夫氏も鬼籍に入って久しい。十蘭その人が忘れられては、種明かしも何もない。迷いつつも、書評の筆をとった次第である。

 ここから先は、多少なりとも十蘭の「人となり」に触れてもよい、という人を対象にして書くので御了承いただきたい。

 さて、生身の十蘭とはいかなる人か……という興味で読み出したのだが、まず驚いたのが「戦争」というものの実態である。それはあまりにも意外なものだった。とにかく豊かで余裕があるのだ。
 十蘭の従軍日記は1943(昭和18)年の2月下旬から9月上旬までの約半年の記録で、海軍従軍記者として台湾-フィリピン-インドネシア-ニューギニアを回っている。その扱いは一般兵と違っていて当然だが、ほとんど毎日晩酌は欠かさないし、食事はすき焼き・中華・刺身、食後にはチョコレートまで楽しんでいる。前半の物見遊山のようなフィリピン滞在は特別としても(当時“南方の天国”と言われていたらしい)、前線に近いアンボン島ですら「さもしい事を云うようだが内地の乏しい暗い食事のことを考え、帰ってからのわびしさが思いやられ沈んだ気持ち」になる、と告白している。娯楽も豊富で、麻雀、ビリヤード、トランプ、そして慰安所通いもきわめて日常的に書かれている。
 十蘭の素顔に驚く前に「戦争」の素顔に驚かされた。

 そんな環境の中で、十蘭は率直で人間的だ。
「作家の才能などはどこかへ埋めつくし自分を戦争の純粋な一個の卒伍とし報道班員としての命をかけた日々の実践そのもののほうがよっぽどすぐれた作品だ」と熱く語ったかと思うと、「死ぬのはいやなり、なんとかして安全に帰りたし」と友人に帰還命令を出してもらえぬか依頼しようと考えたりする。これは建前と本音というより、特殊な環境におかれた一人の人間の思考の揺れだろう。折にふれ「きょうこそ死ぬような気がする」と不安をもらし、「十三日の金曜日」を気にかけたり、空襲中に「お守袋を忘れた」と引き返すあたりの心理は、私たちとなんら変わらないと感じた。

 私はこの従軍日記と並行して、十蘭の短編作品をいくつか読み直した。サランガン湖畔に滞在した際の「おれは湖畔が好きだ」から始まる故郷・函館の湖畔の思い出の描写を読んで、どうしても名作『湖畔』を読み返したくなったのだ。『湖畔』の最初の発表は1937年だが、その後改稿版は1952年、つまりこの従軍日記を挟んでいる。ふたつを読み比べれば、サランガン湖畔での体験の影響が読み取れるかもしれない。他にも『黄泉から』で語られるニューギニアでのヒロインの最期は、マラリヤを覚悟した自らの体験が重ねあわされているのだろう。『母子像』もまた、サイパンでの悲劇が骨子となっている。
 逆に日記では書かれていない事が、作品から読み取れるケースもある。日記では現地の人々の描写は淡白だが、『手紙』ではまさに骨身を削って日本人に尽くすインドネシア人が描かれる。十蘭が彼らにどんな視線をむけていたかが感じられる。

 この従軍日記を読む前と後で、やはり十蘭作品の味わいは変わる。私がさらに味わいを濃くするフレーバーと感じても、ある人にとっては耐え難い移り香かもしれない。そのあたり読む前に一考を要する本といえるだろう。しかし、少なくとも「久生十蘭」という美酒はもっともっと飲まれるべきだ。このような宝が、たかだか没後50年で埋もれていいはずはないのだから。

 それにしても、生前に作品以外のすべてを隠そうと苦心していた作家が、よりによって「読みかえしては強く舌打ちすべき」「怠惰と無為の日々」と自ら記す記録を白日のもとにさらす事になるとは、実に皮肉だ。まるで『黒い手帳』の主人公のようだ、と書いたら十蘭はどんな顔をするだろうか。

――運命とは元来かくのごとく不器用なものであろう――久生十蘭『黒い手帳』より

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