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上野の山はパンダ日和 泣いて、笑って、喜んで、いま

  • 出版社:東邦出版
  • サイズ:19cm/180p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-8094-0643-0

上野の山はパンダ日和 泣いて、笑って、喜んで、いま

佐川 義明 (著)

  • 全体の評価 41件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:1,47042pt
  • 発行年月:2007.10
  • 発送可能日:7~21日

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商品説明- 「上野の山はパンダ日和 泣いて、笑って、喜んで、いま」

上野動物園でパンダ9頭を担当した“パンダのお父さん”が現役を退いた。試行錯誤の繰り返しだった23年間の喜怒哀楽と、パンダへの感謝、そして変わらぬ愛を、いま語る。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介- 「上野の山はパンダ日和 泣いて、笑って、喜んで、いま」

佐川 義明

略歴
〈佐川義明〉1947年栃木県生まれ。宇都宮大学農学部畜産科卒業。上野動物園教育普及課嘱託職員。同動物園飼育課に23年間勤務し、9頭すべてのパンダの世話をした。著書に「パンダの腹時計」など。

関連キーワード- 「上野の山はパンダ日和 泣いて、笑って、喜んで、いま」

ユーザーレビュー- 「上野の山はパンダ日和 泣いて、笑って、喜んで、いま」

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6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2007/11/15 00:15

パンダの好きな食べ物は「パンだ」-もちろん違います。パンダの好きな飲み物は「フ○ンタ」-ますます違います

投稿者:ベニスの商人(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 上野動物園ではこれまで9頭のパンダを飼育した。いや「した」では正確ではない。今でも1頭は飼育している。著者はこの9頭全部を、23年にわたって世話してきた。これは、日本におけるパンダ飼育経験年数として最長である。

 1958年に東映で日本最初の長編アニメとして「白蛇伝」が製作された。中国を舞台にした物語だから、中国を象徴するものとしてだろうか、確かポスターに背景代わりにパンダがその他大勢で描かれていたような、おぼろげな記憶が私にはある。だが、それ以上その動物の情報は入ってこない。当時、中国は日本と国交を結んでいないし、私が積極的にアンテナを広げてはいなかったからである。それが、1972年に日中国交回復、その象徴として、パンダが日本に寄贈される。その頃の流行り言葉でいえば“ジャイアントパンダフィーバー”が沸き起こり、世間のみんながその存在を知った。
 著者は高校を卒業して「最初に目指したのは法律関係の学部です。ところが、受験に失敗。一浪した後で受かったのが“たまたま”宇都宮大学農学部畜産科だったのです。(中略)卒業するまで就職活動はしていませんでした。そうしたら友人に「東京都で畜産職の募集があるよ」と聞いたので、応募してみたら、受かったんです。その時“たまたま”配属されたのが、上野動物園飼育係」。それが、1970年のこと。まだパンダが来るという話は毛ほどもない。
 1972年に日本に来るとなり、政府の判断で上野動物園が最適だろうと決まった。著者はその時点ではゾウを担当していたが、どうもゾウと相性がよくないようだと上の人に判断され外されていて、“たまたま”手が空いているからと、パンダ担当を仰せつかった。つまり、偶然の積み重ねで長いパンダ飼育係はスタートしたわけだ。もっとも、飼育係といってもピンからキリまである。パンダはVIPならぬVIA(Very Important Animal)だから、獣医とベテランの飼育係が中心で、著者は初めの頃“追い回し”のような感じではなかったか。
 それが思いもかけずに長くなり、このまま一生パンダ担当でいいかなと思ったら、皮肉にも1989年に担当を外された。普通は同じ動物の担当を10年超すのは珍しいし、人事異動は組織の常とわかっているのだが、翌年、著者の次に古い繁殖研究班メンバーも異動になったというと、結果論ではあるが、違った方策があったのではないかと、著者は疑問を呈している。なにしろ、著者が担当を退いてから、子どもが生まれていないのだから。その後、11年ぶりに戻ったときには、ワシントン条約の関係で、新しいパンダを手に入れるのが難しくなっている。

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