- 出版社:新潮社
- サイズ:20cm/382p
- 利用対象:一般
- ISBN:978-4-10-426007-2
決壊 上
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- 税込価格:1,890円(54pt)
- 発行年月:2008.6
- 発送可能日:7~21日
- 本
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商品説明- 「決壊 上」
2002年10月、全国で次々と犯行声明付きのバラバラ遺体が発見された。被害者は平凡な家庭を営む会社員沢野良介。事件当夜、良介はエリート公務員である兄・崇と大阪で会っていたはずだったが—。絶望的な事件を描いて読む者に“幸福”と“哀しみ”の意味を問う衝撃作。【「BOOK」データベースの商品解説】
【芸術選奨文部科学大臣新人賞(第59回)】2002年10月、全国で次々と犯行声明付きのバラバラ遺体が発見された。被害者は平凡な家庭を営む会社員、沢野良介。事件当夜、良介はエリート公務員である兄・崇と大阪で会っていたはずだったが…。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「決壊 上」
平野 啓一郎
- 略歴
- 〈平野啓一郎〉1975年愛知県生まれ。京都大学法学部卒業。99年「日蝕」で芥川賞を史上最年少で受賞。他の著書に「あなたが、いなかった、あなた」「モノローグ」など。
ユーザーレビュー- 「決壊 上」
5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2010/02/16 21:25
戦慄の現代文学
投稿者:けんいち(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
本作は、とある、ごく非人道的な殺人事件を扱った小説であるが、その私リアリティ、迫力に圧倒される、素晴らしい文章で書かれた傑作である。だから、戦慄するのはそのストーリーばかりでなく、こうしたすぐれた文学作品が現代に書かれること自体にも戦慄せざるをえない。
ともかくも、まずは細部がたいへんリアルに書き込まれている。文体それ自体は「重い」といっていいようなものなのだけれど、視点を軽やかに変えながら、すぐれて多面的に登場人物/この社会を描き出しており、もはや現実世界の出来事のように思われてくる。
それでも本書は、やはり「文学」なのであり、それゆえのフィクションやデフォルメがなされつつ、それでも絵空事のようには読めない。最大限にほめようとするならば、この小説は現実を越えているとさえいってよいだろう。
70年代生まれの、すぐれた作家の、意欲的な作品という評価がぶれることはないだろう。
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2008/11/17 22:05
いろいろ意見はあるでしょうが、今、こういうスキャンダラスな事件を、ここまで文学的に描ける人間が何人いるでしょうか。むしろ文学のほうこそが変化していく、そんな予感を抱かせます
投稿者:みーちゃん(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
物語は長大ですが、話は簡単です。頭脳明晰でしっかり者の公務員・沢野崇が弟殺しの疑いをかけられます。容疑ははれたものの、マスコミに大々的に報道されたために、周囲にとって崇は限りなくグレーな存在です。義理の妹の悪意としかとれない発言が、一人のエリートを社会から抹殺してしまう、そういう話です。
連続バラバラ殺人事件、マスコミの無責任な報道、エリートというものに持つ社会の嫉視、ネットブログの垂れ流し情報、模倣犯といった、ある意味、現在エンタメで取り扱われるテーマ満載で、しかも現実世界では秋葉原の無差別殺傷事件が起きているので、一気に読んでしまいます。
印象ですが、事件は派手でも筆致は押えられ、それでいて改行が少なめなこともあり、独特の圧迫感があります。緊張の糸が張ったまま結末までいくのですが、その時抱くのは「やはり」という気持ちと「それしかない?」というもので、いずれにしても救われるというよりは、不良消化を起こしたような「たまらないなあ」といった思いです。
ただし、その感情はあくまで作品の完成度についてのものではありません。『葬送』は大作ではあっても、ここまで深く人間というか社会について描いてはいなかったと思いますが、『決壊』は全く異なります。現時点で、平野は描ききったと言っていい。ただし、ミステリとは違って結末は「快」ではない、ということです。
その根底にあるのが、マスコミのパパラッチ化でしょう。知人と顔を合わせては確認しあうのが「マスコミって愚かだよね」「真実の追究なんてしないで扇情ばかり」「知らないことについては触れないんだから、世界情勢がわかるわけはない」「完全に、ワイドショーだよね」といった現状認識です。
この話でも、その時点で報道できることは何でも公表して、あとは野となれ、ふうな報道のありかたが、一人の人間とその人間関係までも破壊してしまうのですが、それは豊田通商の社長殺害現場にカメラマンを並べながら、殺人者たちに「どうぞ」とばかり道をあけ、事件を起こさせた姿勢と何ら変わる所はありません。
いずれにしても緊張感にみちた文章で読む不快な事件模様は、桐野夏生の小説ではなく、高村薫の『照柿』を連想させるといっていいでしょう。エンタメに慣れてしまった読者は、この作品を読めば、現実の重さに圧倒されることでしょう。リアル、というのはこういう話をいいます。
主な登場人物ですが
沢野崇:エリート公務員。三年間の外務省勤務を経て、現在はもとの仕事に戻り国会図書館の司書をしています。東大卒で独身、容姿に恵まれた32歳ということで、セフレとも言える女性は沢山います。
沢野和子:崇の、小倉に暮らす母で本文からすると55歳。裕福な本田家の出で、兄の象一は病院長をそています。地方に暮らすせいか、考え方は保守的で体面を重んじ、心の底であまりに優秀な長男に得体の知れない恐怖を覚えています。
沢野治夫:崇の父親で、新日鉄を定年退職し、現在は子会社の顧問をしています。6年前に父の邦男、半年前に母の照子を亡くしている。鬱病の疑いがあるのですが、妻の和子は頑としてそれを認めず、かえって病状を悪化させているところがあります。
沢野良介:崇の30歳になる弟で、山口県宇部市に本社を構える化学薬品会社の営業部社員です。本人は意識していませんが、小さい時から優秀な兄に助けられてきたことに劣等感を覚えています。自分の息子が兄に懐いていることも不快の種です。
沢野佳枝:良介の妻で28歳。大学生のとき、良介と知り合っています。現在は派遣社員として食品メーカーの営業所に勤務しています。義兄に密かに想いを寄せていて、それがこの話に影を落とします。
沢野良太:良介夫妻の子供で、三歳になります。伯父である崇に懐いていて、母もそれを喜んでいるところがあります。小児喘息で苦しんでいます。
羽田千津:崇と知り合って半年になる34歳の人妻です。
沙希:崇の恋人の一人で、OLです。年齢は書かれていませんが、20代後半でしょう。
壬生実見:建物が壊れる暴力的な絵を数多く描く現代美術家で、発言も過激ですが、正直、どこまで深く考えているかは疑問です。
北崎友哉:鳥取に暮らす中学二年生の、引きこもり気味の少年で、同級生の久賀安由美に好意をよせていますが、性格ゆえに態度に表すことができません。自分を苛める純也に対し、殺意を抱き、ネット上に純也の携帯からコピーした安由美の写真を流出させます。
北崎志保子:友哉の母。息子を信じるが、甘やかしているかというとそうでもない。ただ、根底に息子に対する盲信がある。
北崎英二:友哉の父。文具関係の取次店勤務。家庭のことにも息子のことにも興味を示さないが、自分の権威だけは信じる、ある意味、よくいる父親。
広畑純也:運動部によくいるガサツで暴力的な頭の悪い、ただしガタイがしっかりした少年。久賀安由美と付き合っています。友哉を目に敵にして暴力を振るいます。彼女と交接中の写真を友人に見せる馬鹿というより痴愚魯鈍というほうがぴったりの中学二年生。
悪魔:ネット上で友哉のブログに書き込みをし、少年に大阪で出会うことになる謎の男。
あたりでしょうか、最後は装幀がらみですが、上下巻でビミョーに違っていて、それがとても面白いので書いておきましょう。まず上巻ですが、カバー上方にシルバーで
殺人者は電子の闇に沈む
カバー左下にシルバーで
2002年10月、全国で次々と犯行声
明付きのバラバラ遺体が発見され
た。被害者は平凡な家庭を営む会
社員沢野良介。事件当夜、良介は
エリート公務員である兄・崇と大
阪で会っていたはずだったが―。
絶望的な事件を描いて読む者に〈幸
福〉と〈哀しみ〉の意味を問う衝撃作。
とあり、
背には同じくシルバーで
デビューから一〇年。新たな代表作誕生!
と記載されています。下巻のカバーは上巻と似ていながら文字の位置を丁度点対称にしたような感じでカバー下方にシルバーで
俺じゃない、俺はやってない!
カバー右上にシルバーで
〈悪魔〉とは誰か?〈離脱者〉とは?
止まらない殺人の連鎖。ついに容
疑者は逮捕されるが、取り調べの
最中、事件は予想外の展開を迎え
る。明かされる真相。東京を襲っ
たテロの嵐!“決して赦されない罪”
を通じて現代人の孤独な生を見つ
める感動の大作。衝撃的結末は!?
とあり、背には同じくシルバーで
連続殺人を描く衝撃の長編一五〇〇枚。
とあります。ちなみに、背に入る文の最後に「。」があるというのは極めて稀です。私、初めて見ました。装幀は大御所、菊地信義、初出は「新潮」2006年11月号~2008年4月号です。
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2008/08/27 14:27
二度読めば、むしろドストエフスキーの作品に一脈、相通じるところがある重厚な哲学ドラマに圧倒される思いだった。価値観が混乱した現代社会とそこで生きる人間の苦悩と葛藤。著者の鋭敏な感性と透徹した思索が結実した文芸大作である。
投稿者:よっちゃん(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
私はこれまでこれほどショッキングな犯罪小説を読んだことがない。なぶり殺しにして死体を切り刻む犯行、あるいは無差別の大量殺戮が生々しく詳細に書かれているからだけではない。その内心が残忍であり、あまりにも醜悪な犯人像は「私たちの世界」からまるで「離脱」している。それを生み出す現代社会。重層的にしつらえたエピソードはすべて悪意が善意を食らい尽くすプロセスであり、どれもが読んでいていたたまれないほどの無惨である。ここまで病んでいる。世の中はひどく病んでいる。人ごととは思えないこの事態は身近に存在する現実なのだと実感する。もとよりこの作品が単なるエンタテインメント系のミステリーではないことを十分承知した上での実感を率直に述べているつもりだ。あえて言えば、ややこしい文学と思い込んで手をださないのはもったいないくらい、ミステリー特にクライムノベル好きな読者ならわくわくする内容なのだ。とにかくまずは面白い。
1997年、神戸児童連続殺傷事件とよばれるショッキングな事件があった。通り魔的犯行、遺体の損壊、「声明文」、「普通の中学生」。この作品はこの事件をひとつのモチーフにしているのだがそれは過去の事実に基づいたものだ。そののち、いま、わが国のいたるところで理由不明の奇怪な殺人事件が頻発している。バラバラ殺人、親が子を子が親を惨殺、そして無差別大量の殺戮。「だれでもいいから殺したかった。」とまるで流行語のように語る犯罪者たち。平野啓一郎はこの作品を「新潮」に2006年11月号より2008年4月号まで連載していたのだから、今年3月の土浦市、6月の秋葉原で起きた無差別通り魔事件は知りえなかったはずだ。この作品を読んでぞっとするのはこれらの事件をずばり予言した小説であったことだ。
劇場型犯罪というセンセーショナルな表現は宮部みゆき『模倣犯』で一般化したのだろうがそこでは犯罪がマスコミ報道とともに進行する。しかし秋葉原事件は新しいタイプの「劇場型犯罪」とされたようだ。急速に拡張するインターネット社会が作り上げる新たな犯罪者の群像である。
長文であるが秋葉原事件を解説した読売新聞の記事を引用する。
「84~85年のグリコ・森永事件に代表される従来の劇場型犯罪は、犯行予告や警察への挑発行為が既存のマスコミにより報じられることで、初めて成り立っていた。しかし、今回の事件は、ネットを利用すれば誰の助けも借りずに自作自演できる可能性を示した。こうした風潮が加速すればどうなるか。西垣通・東大教授(メディア論)は、加藤容疑者の行動について『不特定多数の人々に犯行計画を公開することで、犯行を断念しかねない不安定な自分を支えていたようにみえる』と分析。ネットへの書き込みが、大それた思いつきを実行に導く牽引(けんいん)力になりかねない危険性を指摘する。8日午後の秋葉原では、現場の惨状を携帯電話のカメラに収める若者たちの姿もあった。画像の中には、ネットを通じ、不特定多数に送られたものもある。加藤容疑者がネットの聖地・アキバを現場に選んだことで、誰もが劇場型犯罪の演出者になりうる現実が浮かび上がった。」
劇場型犯罪はこれまでのそれよりはるかに悪質化し新たなステップに入った。つまりマスコミ報道に頼らずとも自分を表現する手段としてネットが充分機能するというわけだ。著者は秋葉原の現場を見てきたかのように目撃者が携帯電話カメラで現場を撮影し、それをネットで流し、ネット世界からマスコミを通じて大衆を惑乱させる社会現象をこの作品で描いている。私は著者の作品を読むのは始めてであるが、秋葉原事件の今日性を事前に把握していた著者は現代社会とそこに生きる人間について恐ろしいくらいの洞察力をもった小説家である。
さらに著者はこの劇場型犯罪の次のステップへの発展?も予見する。それはひとつは同様の犯罪が触発されて連鎖的に発生する可能性であり、さらには犯罪者がネットを通して人々に同様の犯行を実行せよと呼びかける扇動的、テロル的行動である。「われわれは社会的に排除されている!積極的に既存の社会秩序から『離脱せよ』!『離脱者』らしい殺人をせよ!」その呼びかけにこたえようとする輩がいないとは言い切れないのが現代の闇で深さではないか。受け止め方によってはこの作品、かなり危険な書といえないことはない。それだけの迫真力がこめられているからだ。
「観光客で賑わう古都京都の中心地で、額に<悪魔>とメッセージを打ち付けられた生首が、切断された両手両足とともに発見されるという衝撃的なニュースから一週間。その後、右腕が鶴見川、左腕が福山、左足が………。さらに西麻布とさいたまで発見された足と手とは未だ身元不明のままである。残虐非道な犯行で日本中を震撼させている謎の『離脱者』集団。捜査線上に浮かび上がってきた意外な人物とは」
「とまらない殺人の連鎖。ついに容疑者は逮捕されるが、取調べの最中、事件は予想外の展開を迎える。明かされる真相。東京を襲ったテロの嵐」
このように装丁帯にあるのだからまずは上等のクライムノベルとして楽しもう。
ただ「『決して赦されない罪』を通じて現代人の孤独な生を見つめる感動の大作」で著者が芥川賞作家・平野啓一郎であるから、結局、私は二度読むことになった。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2008/11/02 21:55
ワイドショーは、文学の素材たりえるか──。
投稿者:四月の旅人(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
“ワイドショー”(と、ワイドショー化した報道番組)は相も変わらず、
陰惨な殺人事件に多くの時間を割いている。
加害者(とTVが断じた人物)も被害者も徹底してプライバシーを暴かれ、
そしてこれが最大の問題なのだが、あらかじめ裁いてしまう。
それで、“冤罪”が頻出することになる。
たとえば、事件当時メディアを席巻した“和歌山カレー事件”にしろ、
“仙台・北陵クリニック事件”にしろ、
被告たちが無罪を主張する裁判は今もつづいている。
しかし、それについての報道はほとんどない。
もちろん、TVだけの責任に帰するつもりはない。
平野啓一郎著『決壊』は、
そんな“ワイドショー”が間違いなくトップニュースとするような
猟奇的な事件とその背景を、文学的な表現をもってていねいに書いている。
それでも、物語の前半でその後の事件に関わる関係者たちの日常を描いて、
それさえワイドショー的に見えてしまう。
ただ、私はミステリーの流儀に疎いが、
終盤になって新たな人物を登場させるのはどうなのだろう。
この物語を動かすもうひとつの要素──それは、ネット社会だ。
2004年にイラクで高遠菜穂子さんら3人が拉致された際、
彼女が海外からの連絡に使っていた掲示板に
書込みが殺到して閉鎖されるということがあった。
安否を心配するものばかりかと思ったら、そのほとんどは誹謗中傷だと聞いて驚いた。
当時も今も、ネット上にはびこる卑劣な言葉と精神とは
最も遠いところにありたいと願っている。
この作品では、たやすく増殖してしまう憎悪と他を排除する閉鎖空間が、
悲劇へと導いていく。
それにしても、救いのない物語だ。
これだけの筆力を持つ著者が800ページ近い紙幅を費やして描きたかったのは、
TVモニタが日々映しつづける“事件”と同等のものだったのだろうか。
あえて小説として読み直す必要があるのか、疑問が残った。







