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ふくろう女の美容室

  • 出版社:新潮社
  • サイズ:20cm/255p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-10-590067-0

ふくろう女の美容室 (CREST BOOKS)

テス・ギャラガー (著), 橋本 博美 (訳)

  • 全体の評価 41件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:1,99557pt
  • 発行年月:2008.7
  • 発送可能日:1~3日

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商品説明- 「ふくろう女の美容室」

「美容室と酒場—どちらも人がふらりと入ってきては、別の姿になって出てゆく場所」。美容室に踏みこんできた男とそれを迎える女の胸さわぎを描く表題作。亡き夫レイモンド・カーヴァーの名短篇「大聖堂」と対をなす、盲目の男とある夫婦の一夜を描いた「キャンプファイヤーに降る雨」。夫がひそかに隠していた浮気相手からの手紙を燃やしてしまう妻。その妻に、夫がかけたひとことの重み(「祈る女」)。—誰もが抱える喪失の痛みと、ときに人の魂を光の中に照らしだす恵みのひととき。人生の機微とその不思議を、シンプルかつ美しい言葉で描きだす、大人の味わいの傑作短篇集。父母をめぐるエッセイ二篇を付す。【「BOOK」データベースの商品解説】

美容室に踏みこんできた男と、それを迎える女の胸さわぎを描く表題作ほか、夫レイモンド・カーヴァーの「大聖堂」と対を成す「キャンプファイヤーに降る雨」など、静けさと明るさを湛えた短篇全10篇。エッセイ2篇を付す。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧- 「ふくろう女の美容室」

ふくろう女の美容室 5−17
むかし、そんな奴がいた 19−37
生きものたち 39−59

著者紹介- 「ふくろう女の美容室」

テス・ギャラガー

略歴
〈テス・ギャラガー〉1943年アメリカ生まれ。ワシントン大学、アイオワ大学創作科に学ぶ。在学中から詩作を開始、詩人として名を馳せる。レイモンド・カーヴァーと共に暮らした。著書に「馬を愛した男」がある。

ユーザーレビュー- 「ふくろう女の美容室」

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3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2009/03/17 21:39

雨に濡れても

投稿者:ぼこにゃん(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 名前も知らないひなびた港町の絵葉書のような、物静かで味わい深い短編集。
 注目は夫カーヴァーによる「大聖堂」と対をなす作品。カーヴァーの描く主人公はいつも徹底的な観察者であって、自己と他者とを、あるいは自己と世界とをはっきりと弁別するということを基盤とし、それゆえ無機質で不敵なクールさを湛えていたように思う。
 ギャラガーによる「キャンプファイヤーに降る雨」では、かつての職場のボスである盲目の男性ノーマンと主人公とのふれあいが、飾らない筆致で実直に綴られている。題名の由来はこの二人の間でだけ通じる言い回しで、『落ち込むようなこと』を焚火に落ちる雨にたとえたもの。何かイヤなことがあったりしても、「キャンプファイヤーに雨が降る」と言い合えば、辛い気持ちも和らいでくる、と。
 そう、ギャラガーの主人公達は、要領の良さや華やかな情熱とは無縁の、しかし心優しく繊細な苦労人が多く、そういう人達の特性として何くれと痛い目にあったりしやすいのだが、彼らにしかできない方法で世の中と折り合う術を知っているのだ。
 妻を亡くしたノーマンが主人公のもとを訪れ久々の再会となるのだが、約束の日を間違えたため彼は一日早く駅に着いてしまう。
 ここの場面が切ない。一見なんでもないような行き違いなのだが、人生経験も十分な年輩の紳士が初めての場所で戸惑い佇む、その寄る辺ない悲哀が痛烈に胸にしみるのだ。こんな時自分ならどう感じるだろうか。盲目の友人の小さな失策に対して否応なく抱いてしまう憐憫とか庇護欲、ひょっとしたら覚えるかもしれない苛立ちとか、それによって乱れる自分の気持ち、こみあげてくる自己嫌悪、ばつの悪さ。幾重にも広がる苦い波紋。
 夫婦だからといってあれこれ比較するのも失礼だろうけど(とは言え読者の特権だからな)、カーヴァーならばその辺の入り乱れる心の綾を鮮やかに書くだろう。しかしギャラガーは多くを語らず、極めてサラリとここの場面を流してしまうのだ。そして驚いたことに、主人公にほとんど心境を語らせないことがこのシーンに、さらに作品全体に多大な効果を上げている。書かずして伝える、それがスゴイ。明確な言葉を使わなくても、物語全体にちりばめた小さなエピソードや独白の重なりで、主人公の心象やノーマンとの友情の形が柔らかく浮き彫りになる。こんな所がギャラガーの英知であり、物語に陰影を与えるベースの響きではなかろうか。
 大人の友情というのはこうして、水面下に潜む様々な材料がゆるやかに溶け合い、静かに複雑に醸造されて行く。いい場面だ。
 正直この人の文章は詩人にしては流麗さに欠けるというか、翻訳のせいかもしれないけれど愛想に乏しい感があるのだが、こういう素材を描くにはむしろこういう文の方がいいのかもしれない。甘ったるくも大仰でもなく、不器用に現実的に、そんなやり方でギャラガーは、雨に濡れて途方に暮れる人々に限りない共感を示すのである。
 ほころびのない人生はなく、誰の焚火にも雨は降る。叩きつけるような土砂降りに消えそうな炎を無力に見守りつつ、それでもそんな心細さを誰かと分かち合えるなら、足りないものは何もないのだ。

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