- 出版社:平凡社
- サイズ:20cm/359p
- 利用対象:一般
- ISBN:978-4-582-83407-9
森鷗外と日清・日露戦争
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- 税込価格:2,730円(78pt)
- 発行年月:2008.8
- 発送可能日:1~3日
- 本
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商品説明- 「森鷗外と日清・日露戦争」
近代日本の文学は、戦争の何を書き、何を書か(書け)なかったか? 非戦の文学はいかにして可能なのか? 日清・日露戦争に陸軍軍医部長として従軍し、内側から関わった文豪・森鷗外の謎に迫る評論。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「森鷗外と日清・日露戦争」
末延 芳晴
- 略歴
- 〈末延芳晴〉1942年東京生まれ。東京大学大学院修士課程中退。批評家。73から98年までニューヨーク在住。アメリカの現代芸術・文化についての取材・批評活動を展開。著書に「荷風のあめりか」など。
関連キーワード- 「森鷗外と日清・日露戦争」
ユーザーレビュー- 「森鷗外と日清・日露戦争」
9人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2008/09/07 15:31
戦争の恐ろしさ
投稿者:良泉(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
日清戦争は日本が初めて経験した本格的な対外戦争であった。
そして、日露戦争は、東洋の小国日本が世界的大国ロシアを敵に回し、世界の注目を集めた戦争であった。
そしてその両戦争に勝利した日本は、それ以降、泥沼にはまっていくように、軍備を増強させ覇権主義的侵略国家として、立て続けに対外的侵略戦争を推し進めていく。
後世に生きるわれわれは、日清戦争、いや少しさかのぼり台湾出兵から第二次世界大戦敗戦に至るまでの日本の“堕落”“破滅”の歴史を負の遺産として記憶に刻み止める必要がある。そして、なぜその転がり落ちる石を誰もが止めようとせず、ただ呆然と見送ったのか、いや、さらに言えば落下に加担し加速を与える役目を自ら進んで担ったのか、検証しなければならない。
それは、日本が今後決して同じ轍を踏むことのないよう、われわれ自身がこの国の未来を護るための処方箋となるものであるから。
もし、あの暗黒に向かう道に歯止めをかけることができたとすれば、そのタイミングはいつであったのか、そしてその術は。
「ペンは剣よりも強し」
物理的軍事力を抑制する手段としては、われわれはやはり「ペン」に期待するしかない。
第二次世界大戦において、多くの新聞記者が従軍し、戦争を記事にしたことは知られている。また、多くの文学者が国の命により従軍し、文学に戦争を記録した。そして、そのどれもが、戦争を抑止する力とはなりえなかった。いや、むしろ、戦争を美化し、大衆を欺瞞するために使われた。記者や文学者のほとんどは国家の走狗としかなりえなかった。
まだ、侵略国家としては兆ししか見せていなかった日清・日露戦争時の日本において、従軍記者・文学者にその役割を期待することはなおさら無理であったのかもしれない。
さらには、本書の主役である森鴎外にその役割を期待することは、そもそも無理であったのかもしれない。
彼は従軍記者・文学者でさえなかった。立派な軍人として“参戦”していたのであるだから。
非戦闘員とは言え、陸軍軍医として従軍していた森鴎外は、反戦的な文筆を残すことはなかった。
予想通りと言えばそれまでであるが、本書を読み、あらためてそれを知り、やはり無念・虚脱の感は逃れられない。
戦闘の最前線に位置することは無かったとは言え、日本軍の残虐性・横暴を必ず見聞きしていたはずなのにである。
戦争とは、そこまで人間から本当の人間性を奪ってしまうものなのか。人の命や愛に対して、一段と感受性を持つはずである文学者をして、巨大な国家の重圧は、ここまで個人を埋没させてしまうものなのか。
戦争の恐ろしさをあらためて思い知らされる書であった。
7人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2009/05/26 00:10
明治の文豪が書いたものと書かなかったもの
投稿者:読み人(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本の過去の戦争(明治期から昭和にかけて)において、マスコミや言論の表現者は、
一部を除いて、殆ど、完敗でした。
戦争賛美と国家の躍進に万歳でした。新聞の含めた言論にも戦争責任の一端はあります。
で、太平洋戦争以上に、国家的イベントとして賛美された、
(がしかし、日清戦争については天皇は声を荒げて怒るぐらい大反対)
この明治期の戦争を同時代人の作家で表現者の森?外がどう表現し又、
なにを書かなかったのか、迫った一冊です。
鴎外といえば、無頼派の作家でも全然ないし、それ以上に軍医です。
しかも、1回左遷されて小倉に往ったとはいえ、軍医総監にまでなった
ごりごりの体制派の人です。
その軍医でもあり、体制派どころか、軍の内部に籍を置いた人が
なにを書き、なにを書かなかったのか、これが、本書のポイントです。
ちなみに、この二つの戦争に関して、表現者(書き手)としてでなく軍医として
鴎外は、日清戦争にも、その後の台湾平定にもまた、日露戦争にも従軍しています。
結論から先に書くと、欧外はめちゃめちゃ気を使っています。
もう体性側にべったり。本書でも何度も書かれていることですが、
国家>個人という教条が頭の髄まで入っている人なので、
書かないこと、書くべきでないこと(書きたくないことと決して違う)は、決して書きません。
ところが、やっぱり表現者としてもいっぱしの人なので、
時々、文才が軍医として書いてはならにことを越えて筆が動くことがあるわけです。
そこに、作家と軍医の狭間で懊悩する鴎外が見え隠れして面白いわけです。
両者をみていきたいのですが、
前者のめちゃめちゃ気を使っている部分は、
日清戦争の記録。これは、もうはっきり自己検閲が入っていて、
殆ど、軍隊にそのまま出してもOKな報告書です。
で、次の戦後権利を得た反乱活動が起きた台湾平定の参加ですが、
この台湾平定に出征した能久親王という皇族の方がいるのですが、
(この方戊辰戦争で奥羽列藩同盟につくという破格の皇族の方です)
この方の物語というか、話を高らかに謳いあげています。
もうめちゃめちゃよいしょしまくりです。
で、後者の文才が見え隠れするところですが、これは、日露戦争について
日露戦争でも、「うた日記」と表して、5、7調の自由定形のうたをたくさん残しています。
うた日記という段階で、鴎外逃げたなぁと、思ったのですが、
鴎外、時々、書き残した、表現したい、という思いが、打ち勝ち、
これはどうかと思うのまで書いています。
自分の従兵がロシア兵と生死を越えたまさに、兵士という枠を超え、
生き物と生き物の美しいまでの闘争の場面を高らかに書き残しているのですが、
(この部分は、5,7調とは、いえすごい)
最後に自己検閲の部分いや、上記した国家>個人の教条が筆を止め、
こういう場面で打ち勝てたのも、国家あってのことだよと
従兵に説教めいた一文を付け加え、正に蛇足をつけるように調子を落としています。
それと、「人糞」といううた。これは、本当に凄い!。
これは、文才が、自己検閲に打ち勝ったタイプです。
打ち勝ったというか、この程度に言葉を濁したほうが、逆に文学的インパクトは勝ります。
逃げてばっかり、体制に媚ふってばっかり鴎外ですが、
本書に限れば、この文才と自己検閲に揺れ懊悩する様が
ほんとうに感じられ面白かったです。
文学者ってずるいとも、思いました。
上手くいかなかったこと、悩みがそのまま、文学的ネタになるわけなので、、。
もう一つ指摘なのですが、一番最初に書いた、戦前の表現者と戦争の関係ですが、
実は、日露戦争には、田山花袋も従軍しています。
田山花袋も、戦争について幾ばくかは、書き記しますが、
この浮気相手の弟子の女性が辞去したあとの布団の移り香を求めて布団をぐっと抱きしめる
といった、日本的私小説の世界にどっぷりはまっていきます。
ここで、完全に国家と個人の関係、より大きな共同体から俯瞰した個人といった
方向に文学は向かわず、
体制に批判せず完全に浮き上がり、切り取られた感じの永井荷風が限界で
日本の文学は、私小説onlyに近い形になります。
ここら当たりの指摘も面白かったです。
5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2009/03/05 23:04
時代の枠の中で、それなりに
投稿者:りっちゃん(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
早くに亡くなった祖父が森鴎外にあこがれていたと聞いたことがある。陸軍軍医であり、文学に興味を持ち、大体同じくらいの年齢であった。祖父のことをほとんど知らないので、この本を読んでみた。
鴎外の家は、代々津和野藩の御典医。うちも武士出身。ともに明治で失職した。一変した生活と経済的な不安。だからこそ一層の子どもへの期待。長男としての重圧があったことだろう。それが安定した職業と同時に文学への憧れをもたらしたのかもしれない。
この本のテーマは、非戦の文学はいかにして可能なのか?
日清戦争では、旅順虐殺事件というのがあったんだって。森鴎外には『徂征日記』の12月17日に「岸辺屍首累々たり」と記述してあるのみ。
虐殺の4日後に旅順に上陸した国木田独歩は一人の清兵の屍体について詳細に記述している。さらに「『戦』といふ文字、この怪しげなる、恐ろしげなる、生臭き文字、人を呪う魔物の如き文字、千戴万国の歴史を蛇の如く横断し、蛇の如く動く文字、この不思議なる文字は、今の今まで吾に在りて只だ一個聞き慣れ、言い慣れ、読み慣れたる死文字に過ぎざりしが、此の死体を見るに及びて、忽然として生ける、意味ある文字となり、一種口に言ひ難き秘密を吾に私語きはじめぬ」と深刻な感慨に捉われている」
また、従軍伯爵亀井これ明の写真集は、「放置されたままの戦死者の死体や、町を焼かれ家を奪われた流亡の民となった現地農民家族など、戦争の犠牲者までもが視野に収められ、写し撮られて」おり、「従軍日乗」にも、「・・・其の状惨憺怨鬼啾々の声を放つが如きを覚ゆ。真に酸鼻の極と為す」と詳細な記述がある。
「舞姫」を結局捨てちゃった鴎外でしょう?「累々と横たわる「屍首」から半ば意識的に、半ば本能的に目をそらした」のも当然かもしれない。文豪がいい人間とは限らないよ。漱石も朝鮮視察で「如何にも汚い国民である」とこれまた情けない。あらあらですねぇ。『猫』での胃弱で神経質で少々精神的にも危なげな姿を思えば、正直というか。しょうもない人間を描くのも文学なのだ。
小倉の左遷(?)を経て、多少大人になった鴎外を著者が買っている。「うた日記」のあれこれを評価している。再婚した志げさんと愛娘への愛情あふれた手紙などもある。でも遺産は母と長男に残してあるし、年の差もあって、愛玩物的な愛情のような気もする。
「「やんちゃの・・・」などと愛称で呼び、愛情をラブレターで表現する鴎外に、私たちは、21世紀の今日にも充分通用する女性に対する心の働きの柔らかさを読みとることができる」って。秀吉もうまかった。政略結婚させたりしていたけれど・・・現代の男性が下手すぎるのでは・・・
「鴎外は後年、『阿部一族』『堺事件』『最後の一句』『興津弥五右衛門の遺書』など、優越する強者からいわれなき差別や侮辱や抑圧を受けた弱者や小さきものが、命を懸けて抵抗・反撃したり復讐する小説を数多く書くことになる。それらの小説誕生の根底に、日露戦争の勝利によってすら癒されることのなかった、青春のベルリン留学時代以来の、人種差別体験によって受けた精神的傷がうずいていたと思われる。それは、鴎外個人にとどまらず、近代日本人を呪縛する集合的・民族的な時代意識として、後の太平洋戦争の時代、大東亜共栄の掛け声の下、軍国翼賛体制を支持していった少なからぬ文学者の意識の底にも流れ込んでいく原感情でもあったといえよう」。
より弱いものを攻撃することでごまかしちゃう、というのは今もよくあるけれど、そういうのは良くないねぇ。
ただ、どうかなぁ?むしろ、食うためにというか、一家の長として、役職に励んだためと言うのかなぁ。
歌の一節に
かしこのさまは 帰らん日
妻に子どもに 母父に
われは語らじ 今ゆのち
心ひとつに 秘めおきて
というのがあった。男って馬鹿だなぁと思ってしまう。弱い者に現実を知らせまいとして、結局、その弱い者たちが戦争でどんなひどい目にあったのかを考えてみろよ!!、と言っても鴎外も私の祖父もそれまでこの世にいなかったか。ははは・・・日本は負けてよかったのだとつくづく思う。戦争の悲惨さをみんなで実体験できたわけだから。で、憲法9条ができた。
従軍記者がレイプした相手を殺したことを題材にした怪奇小説もあるそうだけれど、鴎外には似合わないようにも思う。小説とルポルタージュでは手法も違えば、訴えるものも違う。最初から、戦争批判や社会批判を狙った小説もあるけれど、それはそれ、鴎外は鴎外でいいのではないか?
「彼らが本来であれば国家と対峙し、国家や戦争の「悪」について批判的言説を行っていかなければならない文学者であったからである」というのは、鴎外のみならず、文学者に対してちょっと期待し過ぎと感じる。その人なりに自由に書けばいいのだ。その人なりの生き方は反映されるだろう。エリートとしての重圧はあっても、“お坊ちゃん”でもあるから、批判的な眼というものが足りなかったのは致し方ない。
「国家」と「個人」を二者対立させるというのもどうかなぁ。「個人」の利益が「国家」の利益とダブルことは大いにありうるし、また、なるべくそうあって欲しいよ。むしろ、仕事の中で個人の体験からの知恵なり、意見をいう習慣(システム)があって欲しい。
彼が脚気について、頑固に「細菌説」を主張して、陸軍の兵士がだいぶ亡くなっているようだよ。あらあらぁ。漱石に比べて「紳士」の印象だが、それでも、正しいことばかりしてきた訳ではない。うーん、間違いはだれにでもある。ただ、訂正は早目がいいね。
そういう意味では、今の時代は生きやすい。男が一家を背負って立つみたいな意識がなくなってきたから。小田実が言っていた「虫瞰図」みたいな発想で、柔軟に、細やかに生きていきたいねぇ。
「森鴎外文学の奥底深く、かすかに低く、しかし決して途絶えることなく流れつづける「非戦」の通奏低音といったもの」と評価されるほどには、時代の枠の中で、それなりに一生懸命生きたんだなぁ。私の祖父も多分。そう思っておこう。
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2008/12/20 18:47
森鴎外が、軍医の公と文学者の私との矛盾・相克・葛藤とどう対決したか、しなかったか
投稿者:萬寿生(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
森鴎外が日清・日露戦争において、軍医としての公と文学者としての私との矛盾、相克、葛藤とどう対決したか、しなかったかを、その間の作品をとうして検証しようとしたもの。鴎外とかかわり合いのあった文芸家や写真家との対比から、戦争中は軍人官僚として国家にたいする責任を個人より完全に優先し、文学者としての戦争の「悪」との対決を回避したことを示し、そのことがその後の鴎外の文学者としての復活にどのように関連したのか、を明かにしようとしたもの。
部分的には類似の研究や論考もあったらしいが、鴎外と日清・日露戦争の関わりについて本質的に問い、その意味について全面的に解き明かそうとしたものはなかったとのこと。
現時点では「明治は遠くなりにけり」であり、夏目漱石や森鴎外の作品を読む人は少ないであろうが、現代日本語を創った文学者たちの主要な作品に目を通して欲しいものである。彼らが苦しみ抜いて作り上げた文学について、その苦悩の実態をいくらかでも知ったことで、これまであまり読んでいなかった森鴎外の歴史小説、史伝を読んでみようと思った。







