開国のかたち (岩波現代文庫 社会)
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- 税込価格:1,365円(39pt)
- 発行年月:2008.9
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2011/01/25 17:56
第1の開国=明治維新
投稿者:hisao(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
菅首相は年頭所感で今年を(第3の開国、平成の開国元年にしよう)とおっしゃったそうである
相変わらずの口先だけの歴史認識だとして、あまり評判が宜しく無かったそうだが、菅さんの(開国のかたち)は東アジア共同体構想からTPP構想への大きな方向転換を取ろうとしている
勿論 菅さんは中国等の勢力拡大に如何に対応するかを十分意識して
(第3の開国)を提起されたのだろうと思う
中国・朝鮮等の武力・経済力の脅威を過小評価し無いものと無視する事は出来ない
彼らがどのように国を世界に開こうとするのか、
そして私たちもよりグローバルになった世界を前にして再びどのように国を開くべきか
開国は国と国との関係だ、中国・朝鮮問題は開国の問題と云える
第3の開国論は内閣官房参与・松本健一先生によったものだろう
その様な訳で 菅さんに倣って私も松本先生の開国論を読んでみた
(開国とは日本が自己と全く異質な他者(=ヨーロッパ)に直面させられ、その他者の文明の方に自らを開き変革してゆこうとした経験である)
1.第一の開国・明治維新(武家支配からの解放)
2.第二の開国・太平洋戦争敗北(軍部からの解放)
3.第三の開国・現在(官僚支配からの解放)
松本先生は第二の開国を(日本の失敗―第二の開国と大東亜戦争)で論じて居られるが、まずは第一の開国を論じられた(開国のかたち)から
(最近の著作としては”維れ新たなり 松本健一講演集1)がある)
江戸末期、開国するか、我と一戦の後これなる(白旗)を掲げて降参するか、砲艦外交で二者択一を迫る米英露仏列強
隔絶した列強武力を前に幕府は財政危機のさ中で有る
明治維新は倒幕と云う権力奪取を通して、殆ど理想的な形で開国を成し遂げたと云われる
幕末志士が掲げた尊王攘夷、高杉晋作は(攘夷は倒幕の為の方便)と喝破した
合理的精神を身に付けた変革リーダーは、かけ離れた戦力差を見て攘夷が不可能である事を知りぬいていた
攘夷か開国かではなく、どのような形で開国を成し遂げるかが問題だった
導かれた開国の戦略は
1.夷の術(西欧技術)を取り入れる
2.分権的幕藩体制から集権的統一国家へ(倒幕による近代国家の形成)
3.国家意識の形成(天皇と人民との恒久的関係を民族の拠り所とした国体論)
何故日本は第一の開国を成功裏に成し遂げ、欧米近代文明をアジアでいち早く摂取し得たのか?
先生の著作を参考に取りまとめて見る
1.貨幣経済の発展により醸成されたモノ作り文化、実質重視の合理的精神
江戸末期、貨幣経済の発展により武士階級(官僚層と云うべき特権支配階級)と都市町人層の地位が逆転していった
封建身分より技術(モノ作り文化の尊重)・教育の尊重、形式から実質への価値観の転換
江戸300年を通して近代の夜明けがじっくりと熟成されて行ったのだ
2.外様雄藩の経済力
財政難と云う内部矛盾を抱えながら欧米列強の開国要求に右往左往し問題を先送りする幕府をしり目に、薩長土肥など外様雄藩は債務踏み倒しとか密貿易とか思い切った財政改革で洋式文明の果実を積極的に摂取して経済力・軍事力を高め、ついには倒幕勢力の経済基盤を構成する
封建幕府と云う中央権力の弱さが逆に地方雄藩の改革を許したのであろう(近代を準備する西欧風分権的封建性)
3.国家意識の目覚め
剣術塾・洋学塾・医学塾など門閥制度の枠外の実力中心主義、平等な人間関係の中で、若い改革派リーダー(高杉晋作・坂本龍馬・桂小五郎など)が育っていった
彼らが身につけたのは実学的合理精神だった
とほうもない外圧に正面から向かい合う力は旧来の封建的支配構造にはすでに無い
(怖いもの、いやなものは無い事にする保守権力の先送り精神は今に通ずるか?)
幕府の開国は清朝のように国を売り渡す開国だと、門閥意識から解放された幕末の志士たちが倒幕の狼煙を上げる
一命を賭けた同志的人間関係の中から外敵を前にしての国家意識が醸成されていく
(旧来権力構造に依存する上層武士ではなく、身分制度からはみ出した下層武士の主導によって)
4.春嶽・橋本佐内・横井小南・勝海舟など幕政改革派グループの存在
国家意識に目覚めたのは血気にはやる志士たちだけでは無かった、むしろ先見は最大の情報を持ち、人民を守る責任感に裏付けられた開明派幕臣に有ったかも知れない
彼らの士道はいたずらに主君に忠義を守る事(新撰組などはその美学に殉じた)では無かった
しかし滅びゆく権力側に住む彼らが維新を主導出来る筈が無い
彼らには滅びるべき体制なら自ら幕を引きともに滅びても良いとする勇気が有った
5.和魂洋才と云う感性
わが身を守るため西欧文明は(夷の術)として取り入れるべき、しかしその精神は(野蛮)であり認められない
その感性が逆に国を守ったように思う(その点、列強の対中国侵略を見極める事が出来た時間差が幸いした)
(夷を以って夷を制する)が、自分たちには守るべき(何か)が有ると云う誇りがなし崩し的にみぐるみを奪われる開国を防いだ
では(何か)とは?水戸学や吉田松陰が国体論を唱えた
守るべき悠久不滅の民族のよりどころ、水戸学は国の不変的本質は(天皇と人民との今も昔も変わらぬ関係)と云う
所謂”皇国史観”だが、権力を握ろうとする人たちが勝手放題したい放題くるくる変わり、何が真実か解らなくなる時(今もそう?)、
私たちは何か絶対不変、神のごとき絶対真実の存在を求める、事実維新ではそれが力となったのだ
維新はその絶対的観念を(天皇)に求めた、確かに国家を守るには(和魂)が必要だった
しかし“尊王”も、革命に火をつける方便、一旦成立した政権保守の為の方便で有ったような気さえする
結果的に(天皇)は権力による(玉)の奪い合いの対象、権力の(アリバイ)とされ、過剰な精神力信仰は昭和国家崩壊を招く事になる
一方権力を持たない”人民”が絶対的に正しいとも勿論云えない(日本の戦争を扇動したのはむしろ人民大衆やマスコミだったし、今も喝采政治、ポピュリズムの危険にさらされている)
昔も今も難しい問題だ




