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通訳ダニエル・シュタイン 下

  • 出版社:新潮社
  • サイズ:20cm/381p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-10-590078-6

通訳ダニエル・シュタイン 下 (CREST BOOKS)

リュドミラ・ウリツカヤ (著), 前田 和泉 (訳)

  • 全体の評価 51件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:2,31066pt
  • 発行年月:2009.9
  • 発送可能日:1~3日

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07年ボリシャヤ・クニーガ賞 受賞作品 08年アレクサンドル・メーニ賞 受賞作品

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商品説明- 「通訳ダニエル・シュタイン 下」

ナチズムの東欧からパレスチナ問題のイスラエルへ—惜しみない愛と寛容の精神で、あらゆる人種と宗教の共存の理想のために闘った激動の生涯。実在のユダヤ人カトリック神父をモデルにし、21世紀を生きる勇気と希望を与える長篇小説。ボリシャヤ・クニーガ賞受賞、アレクサンドル・メーニ賞受賞。【「BOOK」データベースの商品解説】

【ボリシャヤ・クニーガ賞(07年)】【アレクサンドル・メーニ賞(08年)】宗派を超えて人々を受け入れる教会をつくったダニエル。だが、様々な妨害を受け、ローマ教皇庁からも問題視されてしまい…。生涯をかけて人の心をつなぎ続けた実在のユダヤ人をモデルに描く長篇小説。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介- 「通訳ダニエル・シュタイン 下」

リュドミラ・ウリツカヤ

略歴
〈リュドミラ・ウリツカヤ〉1943年生まれ。モスクワ大学(遺伝学専攻)卒業。ロシアの作家。「ソーネチカ」でメディシス賞、ジュゼッペ・アツェルビ賞、「クコツキー家の人びと」でロシア・ブッカー賞を受賞。

ユーザーレビュー- 「通訳ダニエル・シュタイン 下」

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6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2009/12/07 20:38

作家は直接、ファシズムやパレスチナ等の政治的問題に立ち入らない。それらに関わった人びとの内面で、「民族」「土地」「宗教」がどうせめぎ合ったかを描く。「宗教」も「文学」も政治と結びつき、いくつもの悲劇を引き起こしてきたが、人の魂の問題を扱う「文学」で、それまた人の魂の問題を扱う「宗教」への理解を深めていくことが今後の課題であろう。

投稿者:中村びわ(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

(上巻からのつづき)
 ドイツ軍のポーランド侵攻で難民となったダニエルの一家は、老いた両親が子どもたちの足手まといになることを恐れ、親子で別れを告げる。やがて弟とも別れたダニエルは、何とかユダヤ人狩りを逃れ、ポーランド人の身分証を手に入れる。そして、ドイツ軍の通訳としてベラルーシで士官するようになる。ナチの部隊と同じ制服を着たユダヤ人のダニエルは官憲のために働く嫌悪を切り替え、情報をいち早く得られる立場を利用し、ゲットーのユダヤ人たちの逃亡を助ける。
 すでにここでも、殺人を犯しながら教会へ告解に出かけるドイツ軍の警察署員たちや、誠実に職務をこなしながらもユダヤ人撲滅には関わろうとしなかった将校の話が書かれている。他者には容易に理解できない、個人単位の複雑な内面や精神性、複雑なヴィジョンがある。やがてダニエルの秘密がばれることになったとき、その将校がダニエルの逃亡に手を貸してくれるのである。
 ドイツ軍から身を隠すため、ダニエルは一時的に修道院に身を寄せ、そこでキリストの教えに触れて洗礼を希望し、生涯の方向性を感じ取る。シスターたちに迷惑はかけられないと修道院を出た彼はパルチザンに合流する。当時のパルチザンは純粋な義賊だったわけではなく、強盗でもあったという書かれ方がされている。
 ナチといい、パルチザンといい、1つの集団の中に、価値観の異なる複数の個人がいるということをウリツカヤは見過ごさない。軍隊やパルチザンのような抵抗勢力の構成員のなかに、さまざまな考えの者がいるという見方は、『戦争と平和』でのトルストイの視点とも重なる。

 人口の数だけある価値観の多様性は、戦後、カトリック神父となって渡ったイスラエルの地で暮らす人びとについて、より一層丁寧に書かれていく。
 ナチス党員だった祖先を持つことを知ったドイツ人女性は、神父の助手をするために教会があるハイファにやってくる。パレスチナのカトリック諸派のなかには親パレスチナ派もあれば親イスラエル派もいて、両方の信徒を抱える宗派もある。教会の信徒は、ポーランド人、ハンガリー人、ルーマニア人など、母語も風俗や習慣も異なっているため、ダニエルは何語で説教すべきかを考えなくてはならなかった。
 カルメル山の古いカトリック宗派には、ユダヤのトーラーと新約聖書、コーランの他、自分たちなりの聖典を信仰し、周囲に秘匿している派がある。
 そういったアラブの習慣とイスラエルの体制、「民族」「(生まれ育った)土地」「宗教」の組み合わせが、個人の中にその人なりに形成されているのが、イスラエル人やパレスチナ人なのである。独特な地域性の中で、カトリック本山の解釈や意図との相違の問題に直面しながら、ダニエルは助けを求めてやってくる人たちのために働き抜いていくのだ。
 ニュースや報道特集で耳にするイスラエルとパレスチナの紛争は、かくも複雑な事情を抱えた人びとの上に横たわってるのかと驚かされる。

【ウリツカヤの慎重さ・謙虚さ】
「反ユダヤをめぐる世界大戦のヨーロッパ戦線」から、戦後の「アラブとユダヤをめぐる戦争・紛争」を射程に入れたスケールの大きな『戦争と平和』を書こうとしたであろうウリツカヤは、自分の書簡を小説の結びにもってきて、次のようなことを書いている。

――私たちは知識それ自体や、知識を獲得する過程を、倫理的規範とは何の関わりもないものとして捉えることに慣れています。知識と倫理とは別世界の指標のように思われていますが、そこでは違いました――物や思想や現象についての知識の塊には、倫理的潜在力が込められているのです。(下巻P368-369)

 これは、ウリツカヤが自分のエージェント宛に夢の話を書いた書簡の一部ということになっている。
 ダニエルのモデルとなった人物に触れ、彼を知る人たちに触れ、残された資料の現物に触れて書いた作家が、自分の得た知識そのものをこのように冷徹に判断している。ロシア人としての立場、現代人としての視点、女性としての眼鏡、そういう立場だからこそ獲得されてきた知識と倫理について疑いのない自信を持つのではなく、「1つの見方に過ぎない」という確認をしている。それは同時に、この小説を読んで得た知識で物を語ろうとする読者たちへのささやかな警告にもなっていると言えよう。

 私たちは皆、「自分が受けてきた教育」「受けられなかった教育」から得た倫理で、身につける知識を選び取り、それを加工して、言論や行動のいしずえとしていく。「反ユダヤ」「アラブとパレスチナ」からは遠く離れていて、限られた知識しか持たないわけであるが、同時代人としてならば私たちもまた、少なくとも後者の問題の構成員ではあろう。そして、同時代人として限りなくある立場のうちの1つの立場でしかあり得ない。一立場でしかあり得ないけれども、次のようなダニエルの言葉が、何をどうすべきかのヒントになる。

「(前略)自分が選んだ、あるいは両親から受け継いだ信仰を全て無条件に受け入れている人々を別にしても、多くの人たちは何か高次の力、私たち信仰を持つ人間が『創造者』と呼ぶ、世界の原動力について自分なりのイメージを持っています。自分の持っている何らかの思想を崇拝し、それを神と標榜して、その思想にひれ伏して仕える者たちもいます。どんなものでもこうした『思想』になりえます。信念の固いコミュニストやファシストというのは、そういう種類の人々です。(中略)
 私にはお医者さんの友人がいました。彼は言葉の上では神がこの世にいるということを否定していましたが、病人たちに対してとても献身的に尽くして生きた人です。だから、彼が神を信じないと言っていたことには何の意味もありません。……」(下巻P309-310)

 宗教は政治の問題と結びついて紛争の火種となってきた。歴史上数限りなく繰り返されてきた悲劇である。文学はどうであろう。文学もまた政治と結びつき、政治への影響の大きさから悲劇の原因となってしまったこともある。
 だがしかし、宗教が人の魂の問題を扱うのと同様、文学もまた人の魂の問題を扱う。そこにこそ注目しなくてはならない。文学はどちらかというと、政治を直接に扱いながら問題に働きかけていくより、異文化や異宗教の人びとの魂に迫りながら、政治的解決では補えない問題の部分を扱っていくべきではないのか。読者もまた、それを求めていくべきではないのか。そのような意味で、ウリツカヤの本作品は、20世紀の『戦争と平和』であり、21世紀的な文学の可能性を狂いなく指し示している。

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