- 出版社:集英社インターナショナル
- サイズ:19cm/236p
- 利用対象:一般
- ISBN:978-4-7976-7193-3
僕は、字が読めない。 読字障害と戦いつづけた南雲明彦の24年
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- 税込価格:1,500円(42pt)
- 発行年月:2009.8
- 発送可能日:24時間
- 本
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商品説明- 「僕は、字が読めない。 読字障害と戦いつづけた南雲明彦の24年」
LD(学習障害)やADHD(注意欠陥・多動性障害)は「障害」なんかじゃない! 3度の転校、数々の自傷行為…。家族とともに「読字障害」と向き合った若者の感動の物語。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「僕は、字が読めない。 読字障害と戦いつづけた南雲明彦の24年」
小菅 宏
- 略歴
- 〈小菅宏〉出版社(集英社)勤務を経て独立。著書に「「琵琶湖周航の歌」誕生の謎」「「江戸」な生き方」「大江戸吉原御開帳」など。
ユーザーレビュー- 「僕は、字が読めない。 読字障害と戦いつづけた南雲明彦の24年」
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2009/09/19 00:13
「語り部」として自身の経験を語ることを通じて、発達障害やLDに悩む人たちと「生きる術」を一緒に考えて生きたいという思いに至るまでの道
投稿者:wildcat(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
南雲明彦氏には、パネルディスカッションに
登壇していただいたことがある。
今から1年8ヶ月ほど前の2008年1月で、
彼はアットマーク国際高等学校に在学中だった。
プログラムに掲載するプロフィールとしていただいた短い原稿の中に
まさに、本書に書かれていることを凝縮した言葉が書かれていた。
2006年にNPO法人EDGEの藤堂栄子氏と出会い、
はじめて自分がディスレクシアだとわかったこと。
4つの高校に所属したこと。
引きこもっていた時期が2年間あったこと。
そして、必死で自分と対峙し、
読み書きができなくても学ぶ道を模索し続けた日々の経験を基に、
講演やコラムの執筆を行っていること。
今までの自分のあらゆる経験に意味を見出し、
自分だからこそできることをしたいという
気概があふれたプロフィールだった。
講演会前の打ち合わせでお会いした印象は、
さわやかな、場を和ませる雰囲気のある人といった感じで、
プロフィールから垣間見られる苦悩とは無縁の人のようだった。
その後、主催講演会をはじめ、
何回か彼のお話を聴く機会があった。
私の仕事や興味関心の関連でいうと、
もう少しディスレクシアの読み書き、読書、学習の課題の部分や
その支援のところにフォーカスした内容を期待してしまう。
だが、その部分を語る前に抱えてきた苦悩の部分が
あまりに大きいのだろうとは感じていた。
まだ言葉にできていない部分や
もっと語りたい部分があるんだろうという印象を受けていた。
彼の語りの魅力は、
ディスレクシアの読み書き障害の部分そのものを語るよりも、
自らの居場所を見つけてどう生きていくのかを
模索し葛藤し続けてきた生き様そのものを語ることなのだろうと
本書を読んで確信した。
彼の苦悩は、ディスレクシアそのものに加えて、
自分が何者かがわからなかったため、
家族も彼を診療した精神科医すらも
誰もディスレクシアとわからなかったために、
不登校、強迫神経症、暴力、自傷行為、自殺未遂等、
数々の二次障害に陥ったことである。
自らに対する不全感がいつもあった。
どうして、みんなが普通にできることが
自分にはできないのだろうと。
様々な不適応行動は、周りの人に、
特に、母親に自分の苦悩をわかってほしいというところが
根底にあったようだ。
本書は、南雲明彦氏のインタビュー時の言葉の引用と
著者の地の文とで
交互に編みこまれるように展開していく。
そして、第1章『母と息子の「509日」』では、
母・南雲信子氏が、息子が不登校になった頃からつけていた
ノート・『明彦の状況』が公開されている。
第1章は、ノート、明彦氏のコメント、
著者の地の文で進んでいく。
ノートの存在は、今回の取材を受けるまで、
明彦氏自身も知らなかったという。
全体の印象として感じたのは、彼が過去の自身の行動に対して
深い洞察で振り返っているということ。
今完全に安定している状態というわけではなく、
2008年6月にも小学校で過去の自分の状況と重なる
児童に接したことがきっかけで
フラッシュバックに襲われ、自傷行為が出てしまったこともある。
不安定になることがあっても
その理由をあとからでも言葉にできる力を彼は手にしたのだろう。
数々の講演経験や発達障害の当事者が集まって1冊の本を作った
『私たち、発達障害と生きてます』の経験が大きな糧になっているのだと思う。
家族の存在感の大きさも感じた。
父は、おそらくディスレクシアの傾向を持っていると
明彦氏は考えているが、
寡黙で地域に貢献してきた人であり、
彼は父のことをとても尊敬しているという。
母との関係は、とても深い。
ノートの存在もあるし、
荒れる明彦氏から一歩も引かなかったこともあるが、
この本の根っこに存在するのは
母との関係であるといってもいいくらいである。
寡黙な兄は、弟がディスレクシアであると知ったとき、
「明彦がLDだということにあまりは関心はない。
関心のあるのは弟してのおまえだ。なんとかなるよ」
と語ったという。
妹の言葉は、附章への寄稿文にあるが、
母と同じおおらかさ、しなやかさを持った人である。
家族の持っている器の大きさのようなものを感じる。
彼は、ディスレクシアとわかる前も、
まずはやってみようと思う人で、
周りが無謀だと言っても前に進み、
自ら社会の中に飛び込んでいくタイプだった。
その生き方をそのままディスレクシアとわかっても変えず、
苦悩しても本来の生き方を貫いて、
実名でのカミングアウトに踏み切ったのである。
かなり深刻な内容が書かれているにもかかわらず、
途中で苦しいからやめようという気にさせない、
何か一気に読ませる勢いのようなものが本書にはある。
それは、インタビュアー/編集者としての著者の力もあるし、
南雲明彦氏本人と家族が持つ語りの力、
人間的な魅力のようなものがあるからだと感じた。





