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一週間

  • 出版社:新潮社
  • サイズ:20cm/524p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-10-302330-2

一週間

井上 ひさし (著)

  • 全体の評価 56件のユーザーレビュー
  • あなたの評価 この商品を評価して本棚に反映 評価しました! ×
  • 税込価格:1,99557pt
  • 発行年月:2010.6
  • 発送可能日:24時間

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商品説明- 「一週間」

昭和二十一年早春、満洲の黒河で極東赤軍の捕虜となった小松修吉は、ハバロフスクの捕虜収容所に移送される。脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるよう命じられた小松は、若き日のレーニンの手紙を入江から秘かに手に入れる。それは、レーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにする、爆弾のような手紙だった…。『吉里吉里人』に比肩する面白さ、最後の長編小説。【「BOOK」データベースの商品解説】

昭和21年、ハバロフスクの収容所。日本人捕虜・小松修吉は、若き日のレーニンの手紙を密かに入手する。しかしそれを狙うソ連極東赤軍が…。著者最後にして最高の長編小説。『小説新潮』連載を単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】

ユーザーレビュー- 「一週間」

全体の評価
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4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/05/04 07:49

『吉里吉里人』のときにも強く感じた作者の博覧強記ぶりに思わずうならされる。

投稿者:yukkiebeer(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る


 昭和21年の早春、ハバロフスクの捕虜収容所に移送された小松修吉は、その収容所からの脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるよう命じられる。脱走記を聞き書きする中で小松は若き日のレーニンの手紙を入江から渡される。それは、レーニンが革命の理想に燃えながら、やがてその理想を裏切っていったことを明かす内容を含んでいた…。

 学生時代に東京外語でロシア語を学んだ小松と、極東の大学で日本語を修めたソビエト軍将校たち。両者の間でレーニンの秘密を軸に繰り広げられる、国家、戦争、民族の理想と現実。
 30年以上前に『吉里吉里人』が強烈なパワーと熱気で読者に提示したものと類似のテーマを、いかにも井上ひさしらしい筆致で描いた抜群に面白い長編小説です。

 時代設定は終戦直後でありながらも、この小説が浮かび上がらせるのは、チェチェン紛争問題や、日本人の権威への無批判な迎合、理想を見失って硬直化した“主義”の醜い姿など、現在に通じる課題ばかりです。

 こうした重々しいテーマの一方で、思わず微苦笑してしまうようなユーモアを井上は忘れることなく随所に散りばめています。物語を支える、可笑しみと哀しみとの絶妙なバランスがまた、心地よい読書体験を与えてくれます。

 ミステリアスな展開の果て、7日目の日曜に訪れる結末。そこでわずか三行で綴られる小松の人生に、あっけなくも苛酷な現実を思わないではいられません。
 
 著者が鬼籍に入ったために加筆修正されることなく、週刊誌連載時の原稿のまま単行本化されたとの由。しかしそれでも私はこの物語を十分堪能しました。

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3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/01/03 20:33

諧謔と悲哀が入り混じり交錯した小説

投稿者:萬寿生(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 敗戦直前に満州において関東軍に応集され、ソ連軍によりシベリアに抑留された、元日本共産党員で転向組の主人公の、表題どおり1946年初春の月曜から日曜へかけての一週間の動向を書いている。偶然手に入れたレーニンの手紙をめぐる捕虜対収容所管理者側の駆け引きと、それに絡むソ連軍軍人と日本軍捕虜と周囲の人との人間模様が描かれている。
諧謔と悲哀が入り混じり、交錯した小説である。日本軍、日本人、ソ連共産党、などへの批評批判がさりげなく登場人物の言葉として語られる。
 元になった個人の資料、記録があるのであろう。それを徹底して読みこなし、その資料を骨に他の資料も加味して肉付けしふくらまして構成したもである、と推察される。雑誌に連載されたものであり、本書にまとめるに際しては手を入れることになっていたが、著者の逝去によりできなかったとのこと。どこにどのような加筆訂正が予定されていたのか、このままでも小説としてのできばえはすごいものだと思える。

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2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/02/28 20:30

一通の手紙の争奪戦、っていうか宝探しみたいなお話。ただし、抑留生活や、そこに軍の階級をそのまま移行して楽をしようという帝国軍人と、それによりかかって手抜きをしようとするソビエト軍がいて、決して明るいお話にはなりません。でも、暗いかと言うと、ちょっと違う。そこに私は救いを見るのですが・・・

投稿者:みーちゃん(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

井上ひさしは私にとって最も大切な作家の一人です。戯曲に関しては、すべてとはいいませんが、小説は殆どリアルタイムで読んできましたし、我が家にある初版本の点数では一、二を争うといっても過言ではありません。戯曲でいえば、私が楽しんだのは『表裏源内蛙合戦』とか『道元の冒険』といった極、初期の作品に限られますが、この五年ほどはテレビで放送される井上戯曲は極力見るようにしてきました。

その井上が、もういない、これほど寂しい気持ちになったのは、藤原伊織の訃報に触れたとき以来のことです。その井上の遺作が二冊、『一週間』と『東慶寺花だより』が、相次いで出版されました。どちらも単行本に相応しい量があり、単行本化にあたっての井上自身の校閲は受けていないものの、連載は完結している作品なので、井上世界を十二分に堪能することができます。

装画デザインの和田誠は、吉本由美『するめ映画館』でも村上春樹とともにその博覧強記ぶりで健在な姿を見せてくれていますが、イラストレーション・題字の山下勇三は、2008年に急逝しています。和田・山下のコンビについては椎名誠『新宿遊牧民』でも、見受けることが出来ました。斬新ではありませんが、慣れ親しんだ装幀、そう言えるでしょう。特に山下の画風は、戦前戦後の世界を描くには向いている、といえそうです。

『一週間』について出版社のHPには
            *
最後の長編小説。昭和21年、ハバロフスクの収容所。ある日本人捕虜の、いちばん長い一週間。『吉里吉里人』に比肩する面白さ!

昭和21年早春、満洲の黒河で極東赤軍の捕虜となった小松修吉は、ハバロフスクの捕虜収容所に移送される。脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるよう命じられた小松は、若き日のレーニンの手紙を入江から秘かに手に入れる。それは、レーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにする、爆弾のような手紙だった……。
            *
とあります。この紹介文を読むと、トム・ロブ・スミス『グラーグ57』を思い浮かべる人がいるかもしれません。時代については大きな違いがありますが、どうもロシアの収容所生活は今も昔も変わりがない、と言えそうです。つまりモスクワの意思が絶対のもので、それに絶対追従する収容所トップと、それに迎合する捕虜(収容者)と、彼らによる弱いものへの暴力です。

この『一週間』でも、話の展開としては入江の探索行のほうがダイナミックで動きがあるのですが、己の軍隊内部での地位をそのまま収容所に持ち込み、弱者から食事を取り上げ、仕事を押し付け、責任はすべて他人に、という帝国軍人の行動こそが圧倒的な重みを持ちます。無論、収容所とはいえ一つの社会ですから、そこには秩序が必要であり、規律も求められることも理解できます。

まして、収容者の多くが軍人であれば、その上下関係をそのまま持ち込もうとする気持ちも解らないではない。でもです、それに戦勝国が安易に寄りかかり、そこにおける暴力やサボタージュに目を瞑るとなれば、なんだ? ということになります。ましてや、その帝国軍人たるや満州・中国にいた日本人市民を置いて我先に己とその家族を優先的に逃がした卑劣きわまる男たちではなりませんか。そういう矛盾、嫌らしさを井上は告発というスタイルをとらずに描いていきます。

第二次大戦中の収容所と、脱出生活という点ではタチアナ・ド・ロネ『サラの鍵』に、収容所での暴力という点では『グラーグ57』には及ばないものの、底に流れる人間への温かな視線という点では井上の『一週間』に分がありそうです。ただ、この三作品にはミステリ的な要素という共通点があります。サスペンスと簡単にまとめることも出来ますが、キーとなる人間の生死も含めて追跡はまさに迫真といえるでしょう。

『一週間』について言えば、主人公の小松修吉と、警察の密偵をつとめ、戦前の日本における共産党を壊滅させた謎の男Mとの関係がそうです。とはいえ、井上はこの追求劇を物語の本流に置くことはしません。ミチュリンスク捕虜収容所から脱走し、ほぼ一ヵ月後にトルコ国境間近のバツーミ市で逮捕された元軍医入江一郎の脱走失敗談と、それを修吉が記事にすることを命じられた背景、そして収容所における日本人の生活が中心になっていきます。

私は、入江と日本新聞社の食堂の賄い主任ハル・ステゴヴナ・ノーソワと、娘のソフィアの話が好きでした。ハルはソビエト連邦で母親英雄勲章を貰っている数少ない女性で、亡き夫でハバロスフク国立工科大学研究所所長ノーソフ博士も労働赤旗勲章を得ていることから、皆から尊敬されている女性で、何かと修吉に優しくしてくれます。

娘のソフィアはウラジオストック国立極東大学日本語学科三年生で、ダイリーニー(大連)で、極東赤軍の日本語通訳将校になる予定の美女です。彼女たちのエピソードがどのように大きな流れに絡んでくるのか、楽しんで欲しいと思います。苦しい収容所生活の向こうに見えている小さな希望、その温かな光こそ井上が私たちに遺したものかも知れません。

この小説は「小説新潮」に2000年1月号から2006年4月号まで、数度の中断をはさみながら連載され、単行本化に当たって井上の加筆訂正を待っていたもので、それがなされないままの出版となりましたが、井上の意思は十二分に伝わるものだと思います。最後に目次を写しておきます。

月曜日
 1 ハバロフスクへ
 2 日本新聞社
 3 食堂の賄い主任
 4 哲学者撲殺事件
 5 正午
 6 昼休み
 7 午後の試験
 8 Mの噂
 9 セザンヌ大画集
 10 徐波という店員
 11 二つの大事件
火曜日
 1 出張聴取
 2 脱走計画
 3 スープをすする廃帝
 4 入江軍医中尉の脱走談
 5 入江軍医の回心
 6 痒みの原因
 7 レーニンの背信
 8 楽園駅で
水曜日
 1 偽脱走記
 2 春がきた ヴィスナー・プリシュラー
 3 恋文
 4 自画像
 5 裁判
 6 先生の手帳
 7 賭け
木曜日
 1 取引き
 2 鏡の架かった壁
 3 ソーニャ
 4 集団銃殺刑
 5 賭ける
 6 オロチ人の看守
金曜日
 1 ザイツェフ閣下
 2 街で一番の仕立屋
 3 旧友交歓
 4 のこる理由
 5 この世でもっとも恐ろしい拷問
 6 レーニンの手紙は破かれた
 7 逆戻り
土曜日
 1 手紙の値打ち
 2 オロチ人の立場
 3 待ってるわ ジャッタンドレ
 4 屋上楽園
 5 剃刀の刃渡り
日曜日

 主要参考文献

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2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/01/10 11:10

たった一人の反乱

投稿者:稲葉 芳明(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「小説新潮」に2000年から2006年にかけて断続的に掲載。連載終了後、著者による加筆・訂正が行われる予定だったが、死去のためそれは叶わなかった。
 主人公の小松修吉は、太平洋戦争中に共産党員として非合法活動に従事していて逮捕。牢内で転向し、満州を転々とした後捕虜となり、シベリア捕虜収容所で敗戦を迎える。ハバロフスクに移されると、同胞に配る「日本新聞」の編集に当たることになり、三千キロの脱走を企てた日本人軍医の記録をまとめるよう命ぜられる。そこで主人公は軍医から、ソ連体制に大打撃を与えうる一通の手紙を託されるのだが・・・。
 井上ひさしは終生、人間を抑圧する「権力」「体制」というものに反発し、異議を申し立て続けた作家である。しかしそれと同時に、氏の作品群は常に、「笑い」を象徴とする読者へのサービスに満ちた極上の「読み物」となっていた。「笑い」によって既成の価値観を逆転させ硬直化した「権力」を高い神棚から引きずりおろし、加えて自らが「道化」「幇間」「戯作者」となって読者も存分に楽しませる――。そういう井上ひさしの「性(さが)」を象徴するような、極めて「井上ひさし」的な最後の長編小説が本作である。
 作品の骨格は、捕虜となった日本人兵士がソ連権力を敵に回して闘う「たった一人の反乱」であるが、それはそれ、井上ひさしが手掛ける長編であるから、様々な物語が多層的に重なり合う。まず、背景にシベリア抑留者が強いられた過酷な生活がずっしりと描かれる。厳しい自然との戦いだけではない。敗戦後も生き残った関東軍高級軍人の、権力を笠に着て徹底的に弱者をいたぶる――或る意味で極めて日本人的な――卑劣な生き方が赤裸々に描かれ(高級参謀は実名である)、作者の並々ならぬ怒りが伝わってくる。その一方で、どこまでが史実でどこからが法螺話なのかその境目を敢えて曖昧にして、手に汗握る冒険小説的面白さをたっぷりと注入している。 
 井上ひさしが描く「権力との戦い」となると、著者のファンなら当然『ドン松五郎の生活』『吉里吉里人』等々を連想されるだろうが、正に読者が予想するような展開になっていく。その結末は言わぬが花だが、晩年になっても、「巨匠」風に枯れるどころか見事なまでに「青臭く」怒り、戦いを挑み続けた井上ひさしは、日本文学史上稀な存在であった。

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2010/08/24 16:23

つねに裏声で♪テュリャテュリャテュリャリャーとハミングしている

投稿者:あまでうす(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る



本書は偉大なる演劇作家井上ひさし氏の最期を飾るにふさわしい長編小説です。

腰巻のコピーをそのまま引用すると、「昭和二十一年早春、満州の黒河で極東赤軍の捕虜となった小松修吉は、ハバロフスクの捕虜収容所に移送される。脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるよう命じられた小松は、若き日のレーニンの手紙を入江から密かに手に入れる。それは、レーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにする、爆弾のような手紙だった……」というような内容です。

たしかに梗概としてはその通りなのでしょうが、それではこの本の魅力が伝わらない。本書のいちばんの面白さは、作者がそういうちょっと気のきいたプロットを用いて戦争の生み出す残酷なまでの悲劇を見事にえぐり出した点にあるのではなく、たとえば「一週間」という表題を一瞥した一読者が、

「こいつはロシア物の小説だから、きっと♪日曜日に市場に出かけ糸と麻を買って来た。テュリャテュリャテュリャリャーというロシア民謡に関係があるに違いない」

とにらんだとすれば、はたせるかな作者は、弾圧や玉砕やツンドラや収容所内部の抗争や強制労働や皇軍上層部の腐敗と堕落や撲殺や拷問や陰惨なテロルや飢え死にや日ソ中立条約違反やヤルタ会談や冷戦の開始や極東裁判や二重スパイや革命家レーニンの裏切り問題等々を肌理細かに取り上げつつも、つねに裏声で♪テュリャテュリャテュリャリャーとハミングしていることなのです。

レーニン→スターリン独裁制と英雄的かつ漫談的に戦う日本軍兵士の七日間の出来事を♪テュリャテュリャテュリャリャーと鼻歌交じりにでっちあげ、あくまでも史実に寄り添うふりをしつつ、史実全体をこけにするこのドンキホーテ的な超楽天主義&夢想主義、現実が絶望的であればあるほどそこに希望を見出す強靭で頑固でどんくさい魯迅主義こそ、この作家の真骨頂と言わなければなりません。

それにしてもこの素晴らしい才能の持ち主が、かつての細君に対して殴るけるの暴行を加えたにもかかわらず、反省の一言もなく泉下の人になりおおせたとは、実に不可解にして不愉快な話です。


待ち待ちて今年咲きける天青の空の蒼よりなお青き藍 茫洋

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2011/05/07 15:57

苦しいこともあるだろさ 悲しいこともあるだろさ だけどぼくらはくじけない 泣くのはいやだ笑っちゃおう 井上ひさし文学の到達点

投稿者:よっちゃん(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

井上ひさしさんの作品では『吉里吉里人』『腹鼓記』『馬喰八十八伝』などは昔のことなのでよく覚えていないが、伊能忠敬を描いた『四千万歩の男』、通説では不忠者とされた人々の物語『不忠臣蔵』 、占領下の日本人と米軍とのコンフリクトを喜劇的に際立たせた『東京セブンローズ』 の記憶は鮮明に残っている。いずれの作品も弱いもの、差別されているものへのやさしさが滲んでいた。

主人公の小松修吉、1904年、山形県の小作農の生まれ。東京外大、京都帝大でロシア語と経済を学び、共産党の非合法活動に参画。逮捕、転向の後、共産党弾圧の工作員だったMを探して満州を転々とした。
「昭和21年早春、満州の黒河で極東赤軍の捕虜となった小松修吉は、ハバロフスクの捕虜収容所に移送される。脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるよう命じられた小松は、若き日のレーニンの手紙を入江から密かに手に入れる。それは、レーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにする、爆弾のような手紙だった………。」

これまで私が読んだ氏の作品とは異質だ、史実を背景にした歴史小説あるいはノンフィクションノベルといってもよいぐらいだ………との印象をまず受けた。
共産党の非合法活動と特高による苛烈な弾圧。ソ連の参戦、ポツダム宣言の受諾、満州での日露停戦会議、そこでの密約、満州国解体、ソ連の少数民族隷属支配の強行という歴史上のポイントがこのストーリーの骨格にある。
そして捕虜収容所の劣悪な環境、過酷な労働、特に将校たちによる兵卒に対する暴行、満州国皇帝にまつりあげられた溥儀のその後の憂愁とふんだんな歴史素材を基にしたエピソードの数々は実体験者でなければ語れないほどの鬼気迫るものだ。
土地土地の風景描写も秀逸である。党生活者中の舞台だった新宿、外国租界の地・上海、春の美しい大連、収容所のあったコムソニクス、ハバロフスク。入江元軍医が逃亡で立ち寄る土地などなどのディテールによってまるでこの物語全体が実話であるかのように引き込まれるのだ。

捕虜収容所で次々と死んでいくのは兵卒たちであった。将校・下士官らは労役を免れ、暖房具や糧食をピンはねし、兵卒を酷使し、気に入らない兵士にはリンチを加える。小松修吉はもはや適用されない旧軍の軍隊制度がそのまま捕虜収容所に持ち込まれている実態を告発する。虜囚待遇に関する戦時国際法規を無視されている。「上官の命令は天皇陛下の命令である」とする軍隊組織は格段に労働効率を上げるものだと、ソ連政府はこれを容認している。腹の立つことこのうえない。
さらに
ポツダム宣言に頬被りし、60万の日本人捕虜に過酷な労働を強い、帰国させることなくいつまでも足止めさせているソ連。だがそれを日露停戦会議の関東軍代表団が容認していた「事実」。その背後にあった、60万人もの人間を帰国させても食わせるすべがないという日本政府の「事情」。加えて少数民族に対するソ連政府の苛烈な仕打ちの実態。
これら権力の非情を知ることで、小松修吉はますます憤慨するのだが、ぶつける矛先のない怒り、悲痛な叫びなのだ。

これだけの重量級の素材である。しかも大日本帝国とソビエトスターリン帝国の欺瞞にたった一人で叛旗を翻した男のお話である。シリアスな歴史小説かノンフィクションノベルにふさわしいはずなのだが、著者はそうはしなかった。

小松修吉は自由を勝ち取るための珍妙な戦いを開始する。武器は、これはおそらく著者の創造によるものであろう、ソ連革命を根底から覆すだけの威力をもった「レーニンの手紙」というわけだ。下手な日本人よりはるかに日本を研究しつくしたソ連の高級将校たちが続々登場する。個性的な女性を交えた高級将校たちを相手に、時に手に汗握り、時に抱腹絶倒の、そして背筋が寒くなる「レーニンの手紙」争奪戦がスピーディに展開される。ドンデンガエシの連続ワザはグレードの高いサスペンスといえる。とにかくここはイッキ読みを楽しめる。
持ち前の戯作者精神でこの重たい史実に向けた憤激を軽妙な笑いとペーソスに昇華させた。まさに井上ひさしさんの世界の到達点がここにあるような気がする。

極東赤軍総司令部きっての美人、法務中尉・マリアとの丁々発止の日本人論は見逃せない大笑いのシーンだ。
彼女は、日本人はいつもそのときそのときの風向きを気にしながら生きている。そのとき吹いている風にあわせて生きている。つまりよく言われる付和雷同が日本人だと言及するのである。彼女と対決する小松修吉もそうだが、読んでいる私もこういう見方を否定はしない。実際、エライ先生方が分析した日本人論などではそうなっていることが多い。だからといって、付和雷同しない人は日本人ではないとするのは誤った論理の飛躍なのだが………。しかし、現実にはこの手の誤った飛躍はどこでもいつの世でもあることではないだろうか。部分的に過ぎない真理が権威をまとい、権力に利用されればそれが全面的真理のイデオロギーと変貌する。「そうでなければならない」と押し付けが入る怖さである。井上ひさしさんはこれを抱腹絶倒の喜劇で語っているのだ。
もうひとつ大切なことがある。小松修吉に「付和雷同」でなにが悪い、と居直る姿勢がみえることだ。「付和雷同」には「仲良く、譲り合って、一緒に歩もう」という心の働きがある。

丸い地球の 水平線に
何かがきっと 待っている
苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけど ぼくらは くじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃおう

それは弱いもの同士が生きていくための日本人の智恵だ。
『東京セブンローズ』でもそうだったのだが、西洋風の合理的視点からは揶揄されがちな日本人の精神構造や日本文化であり、権力の都合でいいように利用された過去はある。
しかし、井上ひさしさん、権威というベールを取り外したところのその根底にある「日本人」に深い思いを寄せたお人柄だったことがこの作品からもよくうかがい知れる。

小松修吉は井上ひさしさん自身だったのではないだろうか。下から目線で権力の虚構を笑い飛ばし、庶民のしたたかな抵抗精神を讃える。また弱いもの、差別されているものへのやさしさが滲んで涙を誘い、氏の生きかたそのものがメッセージとしてあらわれたようなインパクトのある傑作だった。

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