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バウドリーノ 下

  • 出版社:岩波書店
  • サイズ:20cm/357p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-00-024428-2

バウドリーノ 下

ウンベルト・エーコ (著), 堤 康徳 (訳)

  • 全体の評価 52件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:1,99557pt
  • 発行年月:2010.11
  • 発送可能日:24時間

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商品説明- 「バウドリーノ 下」

今こそ聖なる杯グラダーレを返還するために司祭ヨハネの王国への道を切り開くのだ!—皇帝ひきいる軍勢とともに、バウドリーノと仲間たちはいよいよ東方への旅に乗り出すが、待ち受けていたのは思いもかけない運命だった。史実と伝説とファンタジーを絶妙に織りまぜて、エーコが遊びごころたっぷりに描きだす破天荒なピカレスク・ロマン。【「BOOK」データベースの商品解説】

皇帝ひきいる軍勢とともに、バウドリーノと仲間たちはいよいよ東方への旅に乗り出すが、待ち受けていたのは思いもかけない運命だった…。史実と伝説とファンタジーを絶妙に織り交ぜた、破天荒な冒険ロマン。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介- 「バウドリーノ 下」

ウンベルト・エーコ

略歴
〈ウンベルト・エーコ〉1932年北イタリア生まれ。世界的な記号論学者にしてヨーロッパを代表する知識人。評論・創作に幅広く活躍する。著書に「薔薇の名前」「フーコーの振り子」など。

ユーザーレビュー- 「バウドリーノ 下」

全体の評価
5.0
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3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/03/15 14:52

「下巻」は「上巻」の動・高揚感から静・虚脱感へと見事な転調をみせる。「上巻」は、フリードリヒ1世の皇帝在位1155年ごろから始まり、1187年の彼の第3回十字軍参戦までが語られたが、「下巻」は1190年、司祭ヨハネの神の国への旅立ちから始まる。

投稿者:よっちゃん(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

「上巻」に登場するバウドリーノは、のちに語られるこの皇帝の歴史上の偉業、そのポイント、ポイントすべてをお膳立てしていった陰の主役であり、その活躍ぶりの痛快さが物語の魅力になっていた。
バウドリーノは歴史の創造者として登場し、この傲慢さと若さで彼は快走してきたのだった。
そしてニケタスの皮肉はこう指摘する。
「寛大にも私は、あなたが<嘘つき王子>になりたがっていると指摘しましたが、いま気づかされました。あなたは神になろうとしている」
まさに「上巻」のバウドリーノは世界を意のままにあやつる神のごとき存在であった。

東方の地の果てに司祭ヨハネが統治するキリスト教徒の楽園があるという。その地方には異教徒たちと戦う王たちがいるという。イエス生誕の際、賢人たちがこの国から使わされたとの伝承はあるが、それは事実なのだ。バウドリーノは養父フリードリヒを名実共に世界帝国の王者とすべく、司祭ヨハネの国を探し当てようとする。
1190年、エルサレムに向かう途中で起こったフリードリヒの謎の死(これ自体に密室殺人事件の謎解きがあり、ラストに真相が明らかにされるというサービス精神で組み立てられている)をきっかけにバウドリーノ一行は、自分たちを12賢人の帰還と偽り司祭ヨハネの国へと旅立つ。
漆黒の森をさまよい、人間を黒色に変える川石の呪いにかかり、奇怪な伝説の怪獣と戦う。岩石が轟音をたてて流れる河に行く手を阻まれながらも、ヨハネの養子・助祭ヨハネが異形の人間どもを統治する国にたどり着く。司祭ヨハネの国はまだはるか遠くだ。
「上巻」が史実を背景にした歴史小説風であったのに対して、「下巻」はまるでファンタジー冒険小説のように見える。いや、そうではなくて、虚構世界の中かから真実を語るガリバー旅行記風である。

異形の人々、それはまるで水木しげるの描く妖怪そのものである。一本足のスキアボデス族。首と頭部がなく上半身が顔からなるプレミス族。膝まで垂れる巨大な耳をもったパノッティ族。鶴を天敵とする小人・ピグミー族。胸に性器を持つポンチ族。一つ目の巨人・モンタノス族などなど。人間の形をしているのは熱狂的な殉教者ヌピア人、この国の実質支配者「宦官」と助祭のみ。
彼らと生活を共にしながらバウドリーノはこれまでの世界観に疑問を持ち始めるのだ。
「下巻」はバウドリーノがこれまでの生きかたから180度転換して新たに自己確立をしていく精神的成長の物語であり、キリスト教的に表現すれば「回心」のプロセスを表現した寓話なのだ。というよりも私にはキリスト教を超越したところにある奥深い真理を探求する苦行の道筋のような気がしてならない。

一本足の怪物に向かってバウドリーノは「おまえたちは普通の人間ではない、形が違う」と指摘する。怪物は「いや、同じであり、プレミスもパノッティも変わらない」と突っぱねる。このやり取りは深遠だ。いいところをついているなと思った。公孫竜の「白馬は馬にあらず」を逆手にした同じ命題である。私のとらえかたは、一本足が「おまえさんは黒い馬だから白い馬をみて馬ではないと言っているに過ぎない。白い馬も黒い馬も馬は馬だ」と本質論を言っているのだ。バウドリーノは、奴らも人間か?と戸惑い、では人間の本質とはなにか?と考察するにおよび、本質という真理を言葉で語ることは容易なことではない………と悟ったことだろう。
またバウドリーノは尋ねる。「各種族がそれぞれにみなが同じと主張する。ならば種族間でどうして仲が悪いのか」と。一本足は答える。「考え方が違う」と。
「考え方」とはキリスト教の教義の根幹をさしている。そしてこれからがエーコのエーコたるゆえん。本領発揮。神学論の薀蓄が爆笑的に語られ読者を圧倒する。徹底した皮肉屋・エーコ、お得意の長広舌でもある。ユダヤ教との対立点。完成されたかに見える「三位一体論」のほころび。イエス・キリストとは人か神か神の子かロゴスか。神は言葉を発しイエスは言葉であり聖霊は愛の実現ではないか、受肉とは何を表すものか。悪魔は神に内在するものか。聖霊はどこから発するか。
私は正統とされる教義そのものを知らないのだが、どうやら正統とされる教義によって、歴史上次々と排撃されてきた異端の教えをこれらバケモノたちが継承しているようだ。そして彼らは同一という人間性の本質を主張しつつ、虚構の教義によって反目しあっている。さらに論理の次元は高くされる。では、このバケモノたちを統率する助祭や宦官は正しい教義の持ち主か、といえばそうではなく、むしろ彼らよりもグロテスクな存在であることが暴露される。
まさにどうでもいい空理空論の世界である。そしてその虚構がおそろしいことに実体化して抗争と支配被支配の関係を成立させている、この現実世界の狂乱。(これがわれわれの生きている現代世界の縮図だといわれてもおかしいところはないな)………で神学論を百科事典で少しだけかじった私は信仰心を持たないだけフリーであるから、面白おかしくこの成り行きに夢中になってしまった。

バウドリーノは自分の求めてきたものがなんであるのかわからなくなる。そして森の中に一角獣を連れた貴婦人・ヒュパティアに会うのだ。ここで彼は自己発見の糸口を見出す。ヒュッパティア族はキリスト教の迫害から逃れ、この森の奥深く安らかに棲息するものである。彼女はキリスト教世界の「神」を否定する。「神」が正義を遂行するたびに幾多の血が流れるではないかと。そして「神」を超越した真理の存在を説くのである。キリスト教の「神」すらも自分たちは救済すべき対象としていると。おそろしく高次で深遠な彼女の智恵にバウドリーノは回心していく………と私は理解した。

善いことを実行したつもりで実は悪をなしている。「老荘の無為」。なにか東洋の思想に似ているではないか。もしやこれは般若心経ではないのかと。この世にあることごとくの事象は絶対真という実体でないのだ。その意味で「空」である。難行苦行の末、バウドリーノは「五蘊皆空」に気づいたことになる。「色即是空」である。しかし「空」である絶対真の実体はこの世の存在に現れているのだ。「空即是色」である。神の王国を探しもとめたバウドリーノは、なんてことはない実は仏の世界へ到達したのだった。………ニンマリとこう解釈して私は一人、悦に入った。絶対真を人格化すれば「三位一体」のややこしい理屈にならざるをえないが、それを「空」と非合理的に表現する茫洋とした思考のほうが、この際どことなく落ち着きがある。

14年の旅を終え、1204年炎上するコンスタンチノープルに舞い戻ったバウドリーノ。柱頭行者というとわかりにくいがいわば乞食坊主に落ちぶれる。この後日談、本物の嘘つきウンベルト・エーコならではの画竜点睛で大長編を締めくくる。博覧強記のエーコのことだから日本の寄席文化もご存知なのか。バウドリーノはいやいやながら辻説法をするハメになる。日本流にはここでは徳の高い禅僧の深い思弁が語られるように見えて、あの落語「こんにゃく問答」そのものだから笑っちゃう。
「読者のみなさん、あまり難しく考えたところで、意味はありませんよ」
とエーコの高笑いが聞こえるようだ。

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3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/02/22 13:47

キリスト教徒のフェチぶりといったらオタク以上の情熱だ

投稿者:消息子(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 それにしても盛りだくさんの小説である。話は歴史家ニケタスが聴き取るバウドリーノの生涯なのだが、話を聞き終わってそれをどうしようかニケタスはある賢者に相談する。そんな嘘つきの話、歴史書に書いては駄目だ。バウドリーノの話はきっといずれ誰かが語る、バウドリーノ以上の嘘つきが。というのがオチ。
 上巻はほぼ歴史小説の体裁をとる。ローマ法王との権力抗争において神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒに権威を付与するため、東方の司祭ヨハネの国からフリードリヒにグラダーレ(一応、聖杯らしいのだが、本当はそれが何だかバウドリーノたちにもよくわからない)を贈るという文書をバウドリーノはでっち上げるのだが、そういう怪文書は現実に存在したということで、こうした部分が虚実をない交ぜにした語り口。ところが話は二転三転、フリードリヒがグラダーレを司祭ヨハネに届けに行くということになる。
 下巻の最初は、飲んだくれた実父の死に目に遭うバウドリーノが描かれるが、そこで彼はグラダーレを「発見」する。何をグラダーレとして「発見」するかはだいたい話としてみえているのだが。
 グラダーレを手にして、フリードリヒは司祭ヨハネの国へ向かう決心をするが、彼は途中で客死してしまう。それはいささか不可解な死で、殺人だとすると密室殺人事件なのである。
 皇帝は死ぬが、バウドリーノとその仲間は司祭ヨハネの国を探す旅を続ける。これ以降は空想小説。完全に真っ暗な森や、石が流れる大河などの奇怪な土地、奇妙な動物や、一本足やら首なしの亜人類たちが多数登場する。それを語っているのがバウドリーノであるから、大ボラ話である。そしてついに司祭ヨハネの国の手前の助祭ヨハネの国に到達する。
 ロマンスあり戦闘ありで、しかし、冒頭でコンスタンチノープルに現れたバウドリーノが歴史家ニケタスに人生を語るという枠組みがあるわけで、冒険のすえ、バウドリーノたちはコンスタンチノープルにまで戻ってくるのはお約束。そこで話はミステリーになって、皇帝殺人事件の謎解きは二転三転どころか五転くらい。そのあとは宗教説話となったかと思うと、齢60を越えるバウドリーノは、再び旅立つのである。
 それにしても中世キリスト教徒のフェチぶりがひとつのテーマといっていいくらい描かれている。「聖AがBのとき使ったC」の類(聖杯もそのひとつ)を地元の教会に持ち帰って一旗揚げようというわけ。そこでバウドリーノたちもいろいろ偽造するのだ。まあ、いまの日本人だって、「AKBの誰某が使ったなんとか」といった「聖遺物」をヤフオクで売ってたりする。しかし偽物であろうとそれをみて高まる信仰心は本物だとニケタスに語らせるのがエーコらしい。

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