筑豊炭坑絵巻 新装改訂版

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昭和48年に葦書房から出版された「筑豊炭鉱絵巻」を底本とした新装版です、ここには日の当たることのない場所で貧しさと戦いながら生きてきた人間たちの生々しいまでの『息吹』を感じることが出来るかと思います。

僕は２０１１年の後半から山本作兵衛翁の炭鉱画集及び手記を読んでおりますが、この本は新装改訂版ということで１ページ一枚の絵と自身による炭鉱労働に関する手記、方言や炭鉱労働者の仲間内で使われる言葉を解説したものがカラー96頁、 モノクロ88頁、文章102頁と収録されていて、まさに『決定版』とも呼べるべきつくりになっていると感じました。

ただし高価な本ですのでよほどこの問題に興味をお持ちか、作兵衛翁の絵の愛好者ではない限りは…。というものはありますが、『本物』しか伝えることが出来ない『重み』はあると確信しております。僕がこれを読んでよかったと思えるところは1ページにひとつの絵が収録されている点で、他の画集では読むのが困難であった作兵衛翁直筆の絵に添えられている解説文を読むことが出来るというところでございます。

自身が『記録画』と称しているとおり、炭鉱労働で働く男や女、その子供たちがいったいどのような生業を営んでいたかということは絵のほかに添えられている解説を読まなければ分かりませんでしたし、実際に読むことによって、過酷な労働の実態や、「ミセシメ」と呼ばれる凄惨なリンチの様子。さらにはケンカやその仲裁の作法。ヤマの唯一の娯楽であるバクチについてまでも詳細な解説が書かれており、在りし日の「ヤマ」の姿をしのばせるものでありました。

個人的に気になっているところがひとつあって、ご飯に味噌汁をかけて食べることを「ヤマ」の人間は非常に忌み嫌い、新入りでそれをやった奴をよってたかって殴りつけている絵がここに収録されているんですけれど、これは全国の炭鉱でも同じようなことがあったのでしょうか？これは個人的にぜひ調べてみたいテーマだと思っています。

『ユネスコ世界記憶遺産』に収録された生々しいまでの『息吹』をお読みになられる方は少しでも感じ取っていただければ、幸いに思います。

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九州の筑豊、つまり筑前と豊前と呼ばれる地域は、かつて、豊かな石炭の鉱脈を宿していた。明治期、これに目を付けた財閥や実業家は、競うように炭坑の開発に努めた。産出される石炭は、殖産興業の一角をなし、近代の工業化を支えた。
だがその陰には、厳しい環境で危険な仕事に従事する多くの坑夫がいた。差別の対象ともなり、自ら酒や博打に溺れるものも多く、その日暮らしの生活から抜け出すことは容易ではなかった。家族総出で働き、妻はもちろん年端も行かぬ子どもが坑内の仕事を手伝ったり、子守をしたりする例も稀ではなかった。
そんな「ヤマ」の暮らしを描き、２０１１年、「世界の記憶」に指定されたのが、山本作兵衛の「記録画」である。明治２５年生まれの作兵衛は８歳の頃からヤマで働いている。絵を習う機会はもちろんなかったが、生来才能があったようで、老境に達して後、孫にヤマの暮らしを伝えたいがために、昭和３３年頃から、記憶を頼りに細密に絵を描き、注意書きを書き込んだ「記録画」を描くようになる。丹念に描かれた多くの絵は、孫ばかりでなく周囲の人々にも注目されるようになっていく。このあたりの顛末は別の本（『炭坑の絵師　山本作兵衛』）に詳しい。
作兵衛の絵が「世界の記憶」に指定された頃に出たのが『新装版　画文集　炭鉱に生きる　地の底の人生記録』で、作兵衛の「記録画」がどんなものなのかをざっくり知るには手頃な入門書である。ただし、版があまり大きくないため、絵に書き込まれている説明などはよく読み取れない。
本書は、彩色画１２０点、墨画７２点、作兵衛翁自身の文章による「筑豊炭坑物語」、筑豊方言と坑内言葉、山本作兵衛年譜を収録する。大型本のため、絵の細部や説明文もよく読み取れる。往時の炭坑の様子をつぶさに伝える、作兵衛翁の「記録画」決定版といってよいだろう。

坑内は暗く、水禍に見舞われることもあれば、ガス爆発の可能性もある。そこで爆薬も使い、硬い鉱脈を掘り、重い石炭を運び上げねばならない。
時代の変遷に伴い、工具や機械も工夫されていく。作兵衛翁の並外れた記憶力はそうしたものを細かに描き出す。
彫り物をしていないと甘く見られたという男たちは、大半が、龍や明王、武将の派手な入れ墨をしていた。先の見えない暮らし、荒っぽいケンカも多かった。不義や逃亡を行い、ミセシメと言われるリンチで命を落とすものもいた。
ヤマではヤマでしか通用しない「手形」で給料が支払われるのが常だった。換金する際に法外な手数料を取られることもあった。坑内の販売所では、量り売りの際、売り手がずるをして量目を減らされることもままあった。
女たち、子どもたちも肉体労働にいそしんだ。
キツネやタヌキに化かされることもあれば、坑内事故で死んだ人が幽霊として現れることもあった。
ヤマのささやかな楽しみは、行商人や芸人で、月に一度の公休日に現れる彼らに、子どもも大人も喜んで群がった。

そんなヤマの暮らし、庶民の暮らしを、作兵衛翁の絵は生き生きと伝える。
詳細綿密な画風にも圧倒されるが、何より記憶力のすごさにうなる。
また、翁は「無学」と卑下するが、方言・隠語まじりのそ���文章には、「用の美」とも言えそうなずっしりした味わいがある。

本書は新装版で２０１１年１０月に出ているが、元になっているのは葦書房刊の「筑豊炭坑絵巻」（１９７３年）であり、「炭坑物語」の部分は昭和２７年頃からノートに綴っていた生活記録に基づいている。
作兵衛翁は１９８４年、９２歳で大往生を遂げた。