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別荘
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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2014/08/05
  • 出版社: 現代企画室
  • サイズ:20cm/557p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-7738-1418-7
  • 国内送料無料

紙の本

別荘 (ロス・クラシコス)

著者 ホセ・ドノソ (著),寺尾 隆吉 (訳)

とある小国の経済を牛耳るベントゥーラ一族の人びとが毎夏を過ごす辺境の別荘。ある日、大人たちが全員ピクニックに出かけ、別荘には33人のいとこたちだけが取り残された。日常の秩...

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別荘 (ロス・クラシコス)

3,888(税込)

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商品説明

とある小国の経済を牛耳るベントゥーラ一族の人びとが毎夏を過ごす辺境の別荘。ある日、大人たちが全員ピクニックに出かけ、別荘には33人のいとこたちだけが取り残された。日常の秩序が失われた小世界で、子どもたちの企みと別荘をめぐる一族の暗い歴史が交錯し、やがて常軌を逸した出来事が巻きおこる…。チリの巨匠ホセ・ドノソの、『夜のみだらな鳥』と並ぶ代表作にして、二転、三転する狂気をはらんだ世界が読む者を眩惑する怪作、待望の邦訳!!1973年チリ・クーデタに触発されたドノソが、類い希なる想像力を駆使し、偏執的とさえいえる緻密な構成で書き上げた、理屈抜きに面白い傑作。後続する作家や世界の批評家たちを今なお魅了しつづける、ラテンアメリカ文学の金字塔。【「BOOK」データベースの商品解説】

ベントゥーラ一族が毎夏を過ごす辺境の別荘。大人たちが全員ピクニックに出かけ、別荘には33人のいとこたちだけが取り残された。日常の秩序が失われた小世界で、やがて常軌を逸した出来事が…。ラテンアメリカ文学の金字塔。【「TRC MARC」の商品解説】

ガルシア=マルケスと並ぶ「ラテンアメリカ文学ブーム」の立役者、
チリの巨匠の代表作、待望の邦訳!!

1973 年チリ・クーデタに触発されたドノソが、類い希なる想像力を駆使し、
偏執的とさえいえる緻密な構成で書き上げた、理屈抜きに面白い傑作。
後続する作家や世界の批評家たちを今なお魅了しつづける、ラテンアメリカ文学の金字塔。

とある小国の政治・経済を牛耳るベントゥーラ一族の人びとが毎夏を過ごす、異常な繁殖力をもつ植物グラミネアと、「人食い」原住民の集落に囲まれた別荘。ある日、大人たちが全員ピクニックに出かけ、別荘には33 人のいとこたちだけが取り残された。日常の秩序が失われた小世界で、子どもたちの企みと別荘をめぐる一族の暗い歴史が交錯し、やがて常軌を逸した出来事が巻きおこる……。「悪夢」の作家ホセ・ドノソの、『夜のみだらな鳥』と並ぶ代表作にして、二転、三転する狂気をはらんだ世界が読む者を眩惑する怪作。

「ロス・クラシコス」:スペイン語圏文学の古典的名作を紹介する現代企画室の海外文学新シリーズ。企画・監修=寺尾隆吉
【商品解説】

著者紹介

ホセ・ドノソ

略歴
〈ホセ・ドノソ〉1924〜96年。チリ生まれ。ポルトガル、スペインなどの各地を転々としながら小説を書き続け、81年チリに帰国。90年に国民文学賞受賞。代表作に「夜のみだらな鳥」など。

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書店員レビュー

ジュンク堂書店三宮店

グラミネアのささめき

ジュンク堂書店三宮店さん

 グラミネアと呼ばれる、数世代前に外国人によってもたらされた植物は、その猛烈な繁殖性で領土のすべてを覆いつくし、夏の終わりには、その穂先から飛び立つ大量の綿毛が地面はおろか空気までも白く染め上げ、誰も近寄せない不毛の土地へと変えてしまう。
 原住民たちが特殊な方法で精製した金箔を安く買い取り、外国人に高値で売り捌いてベントゥーラ一族は財を成してきた。戦いに用いる槍で造った柵に囲まれた広大な「別荘」に、ベントゥーラ一族の子供たち三十三人は、大人たちが退屈を紛らすために召使たち全員を引き連れて出かけた後に取り残される。
  
 子供たちの中から何人かのリーダーが生まれる。九歳にして機知と勇気と政治的指導力で子供たちの王国に革命をたくらむ美少年ウェンセスラオとその父アドリアノを襲う陰惨な悲劇、類い希なる美貌で男たちを掌握し、「公爵夫人は五時に出発した」と呼ばれる茶番劇を演じつづけるメラニア、彼女に焦がれ、柵から引き抜いた槍にメラニアと名付け、槍を抱いて眠るマウロ、自ら「おかま」と名乗り、子供たち全体のお目付け役を任されているフベナル。カシルダとファビオは大人たちの秘密の倉庫から大量の金箔を盗んで逃亡しようと計画し、挙げ句こぼれた金粉を全身に塗りたくって「真実の姿」を発見し、恍惚となる。

 「別荘」という名の王国、そこには、時間が無い。いや、その流れが一つではない、というべきか。
大人たちのいない間、子供たちは急激に成長する。大人たちが築き上げた富を、子供たちはまたたく間に吸収し、槍で出来た柵を抜き放ち、領土を広げ、奴隷を獲得しようと人間狩りに赴く。柵の外ではグラミネアの穂が実り、拡散の日に備えて綿毛を備蓄する。
 そして、異様に成熟し、大人たちの持つ悪徳を一身に体現した彼らのもとへ、大人たちは帰ってくる・・・・・・

 「公爵夫人は五時に出発した」という、ポール・ヴァレリーが用いたとされる十九世紀的ブルジョア小説を揶揄した言葉は、物語の枠組みの外へ外へと殻を突き破るように拡がっていくように思われる。子供たちの演ずる茶番劇は子供たちの住む異常な世界へ、さらに彼らを抑えつけようとする大人たちの世界、そしてこの物語の枠組み、途中で介入してくる語り手のおせっかいとも取れるくどい説明を含んだすべてへと。
 物語内に物語を生みだす「入れ子構造」と反対、まるで「逆入れ子構造」だ。
 
 そして最後にこの壮大な茶番劇に侵犯されない唯一のものが残る。常に物語の外にあり続け、黙して語らず、その銀白の穂先を実らせ続ける、「グラミネアのささめき」がすべてを死の灰で満たす。

みんなのレビュー10件

みんなの評価3.6

評価内訳

  • 星 5 (2件)
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  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

クーデターに揺れる祖国を外から見ると、こうも見えるか。

2014/09/23 21:52

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

金箔の輸出で財を成したベントゥーラ一族は、首都を離れた別荘で避暑をするのが習いだった。別荘の周りはグラミネアと呼ばれる植物で一面が覆われていた。敷地内で過ごすほかない休暇に飽きていた大人たちは、子どもたちだけを屋敷内に残し、自分たちは馬車を連ねハイキングに出かける。

屋敷に残された従兄弟たちは、大人たちの留守中したい放題に過ごすが、ウェンセスラオだけは、大人たちは人喰い人種が襲ってくるので僕らを見捨てて逃げ出したのだと言い張る。時と共に屋敷内に不安が募る。ウェンセスラオの父アドリアノは、一族とは無縁の医師で、結婚を機に参入した新参者。一族の繁栄は原住民の弾圧と搾取によるものと知り改革を唱えるが、不興を買い、狂人として塔に幽閉されていた。ハイキングはアドリアノ奪還を企図したウェンセスラオの計略だったのだ。

鉱山資源を外国に売ることで莫大な利益を独占する権力を、医師が原住民を組織し戦いに打って出るも、外国の支援を受けた元支配者とその手先の反撃を受けるといった図式は、時代と作家の出身地を考えればピノチェト将軍がアジェンデ政権を倒したクーデターを想像させ、これを寓話と見る批評もあるが、作家の眼は意外に冷めている。

まず、舞台となる土地を覆いつくすグラミネアが寓話だ。外国人の言うままに種を撒くと在来の樹木や草を飲み込み、季節になると風に乗った綿毛が空を覆いつくし、顔に纏いつくので息をすることもできない住民は土地を去り一帯は役にも立たぬ草原と化したというのだが…。

次に、ピクニックの帰路別荘を逃れた子どもと出会い、変事を知った大人たちは子どもたちの監督を執事任せにし、そのまま首都に引き返す。寓話といわれる所以だが、子どもたちが屋敷で遭遇した暴動騒ぎの一年が、大人たちが水辺の楽園で過ごした一日に当たるという時間の持つ相対性が皮肉すぎる。クーデター騒ぎを外から見ていた者の見方か。

作家自ら小説のなかに登場し、登場人物のモデルと話すなど、ポスト・モダン的手法を駆使した叙述は、閉ざされた時空ならではの倒錯を生じ、少年少女の淫らな遊戯や、果ては人肉嗜食にまで及ぶが、登場人物は「言葉の作り出す世界のみに存在可能な象徴的存在」として受け入れてほしいといった所感を作中に登場する作家に言わせるなど、あくまでも用意周到。酸鼻、叫喚、悪意ある哄笑を厭わぬ向きには推奨できる逸品といえる。

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2014/12/14 18:49

投稿元:ブクログ

ポストモダン文学における構造の革新性や時間軸の複雑性は、作品を語るうえで優劣論に陥りやすい錯誤のひとつで、またシュールレアリスムやら政治的など様々なキーワードを捻出するのは容易ですが、いずれにせよ作者との共犯関係が築けるのかが最大にして最低条件の難点で、本作でも我々がこの長編に感覚のみで対峙できるかどうかが難しくはないんだけど、これがやっぱり最大の難所なのよ。と思わされました。

2014/10/20 14:36

投稿元:ブクログ

別荘 in マルランダ
そのまわりを囲む・グラミネア(槍+植物)
遊戯:「侯爵夫人は午後5時に出発した」
(元ネタ:ブルトン/ヴァレリー)想像力への自由

・ベントゥーラ一族(兄弟姉妹)とその配偶者
・その子どもたち(いとこ同士)35-2=33人
・使用人
・金を献上してくる原住民≒人食い人種

作家はチリ出身だからこの物語の舞台はいちおう南米であるのだろうなあと想定したが、草上の昼食の模倣(マネですな)かゼウスのふりそそぐ金の雨(クリムトのダナエですわ)というような表現があって外国人にコケにされる南米の田舎成金がずいぶんヨーロッパの文化にかぶれたもんだというのがいまいち説得力をもたず鼻白む。

2014/09/23 15:55

投稿元:ブクログ

鉱山から採掘される金を叩いて金箔に加工したものを輸出することで莫大な財を成したベントゥーラ一族は毎夏使用人を引き連れ、マルランダと呼ばれる原野に築かれた別荘で避暑するのが習慣になっていた。別荘の周りは金の穂先をつけた槍で囲われ、その先はグラミネアと呼ばれるプラチナ色の穂を出す繁殖性の高い植物で一面が埋まっていた。屋敷と敷地内で過ごすほかない休暇に窒息し始めていた大人たちは、三十三人の子どもたちだけを屋敷内に留め置いて、自分たちは料理人や下働きの者を乗せた馬車を連ね、ハイキングに出かけることを思いつく。

17歳になるフベナルを筆頭に、屋敷に残された従兄弟たちは、その日の夕刻には帰ると言って出かけた大人たちのいぬ間に、好き勝手、したい放題に過ごすのだったが、ウェンセスラオだけは、大人たちは帰ってこない。人喰い人種が襲ってくるので僕らを見捨てて逃げ出したのだと言い張る。原住民に人肉嗜食の習慣があったことは子どもたちも聞かされて知っている。時と共に屋敷内に募る不安のなかで、子どもたちはそれぞれの思惑に耽り、屋敷内には不穏な空気が満ちてゆく。

ウェンセスラオの父アドリアノ・ゴマラは、ベントウーラ一族とは無縁の医師で、母バルビナとの結婚を契機に一族に参入した新参者だった。一族の栄耀栄華は、原住民を弾圧し、搾取した結果によるものと知ったアドリアノは、治療に携わるうち、原住民よりの考えを抱くようになる。その意見は一族の不興を買い、アドリアノは狂人として狭窄衣を着せられ塔に幽閉されていた。ハイキングは大人たちの留守を狙いアドリアノの奪還を策したウェンセスラオの計略によるものだったのだ。

しかし、大人の留守を狙っていたのは、ウェンセスラオだけではなかった。帳簿付けを任されていたカシルダもまた、これを機会に金箔の塊を馬車に積んで持ち逃げを考え、異父妹であることで従兄弟の中で一人遺産相続権を奪われていたマルビナも一族への復讐を企んでいた。外ではアドリアノを仰いで蜂起するためにグラミネアに紛れて攻め寄せる原住民の集団、内では陰謀や復讐の企み。何も知らず、それまでの遊び「侯爵夫人は五時に家を出た」に耽る上の階の子どもたちは大人を真似て怠惰に倦み疲れ、背徳的にもペデラスティの悪癖に耽溺し、衣装倒錯や近親相姦の誘惑に身を捩じらせているばかりだった。うわべの華やかさの陰で、ベントゥーラ一族の腐敗と崩壊は後一押しのところまできていたのだ。

鉱山から採れる金属資源を外国に売ることで莫大な利益を独占し、住民を虐げる権力を医師上がりの部外者が原住民を組織し戦いに打って出るも、外国からの支援を受けた元支配者と、その手先の反撃を受け、窮地に陥るといった図式は、作品が書かれた時代と、作家がチリ出身であることを考えれば、ピノチェト将軍がアジェンデ政権を倒した、9.11のクーデターを思い浮かべない者はいない。この小説を寓話として見る意見が多いのも無理はない。ただ、よく言われるとおり、寓話ほどつまらない形式はない。この小説、たしかに露骨なほど寓意を含んではいるが、この面白さに寓話などという解説は不要だ。

まず、舞台となるマルランダを覆いつ���すグラミネアという植物だが、外国人にだまされて種を撒いたのがまちがいのもと、生い茂る在来の樹木や草を飲み込み、見渡す限りの役にも立たぬ草原にしてしまい、もとの住民を山並みの向こうに追いやってしまう。何故かといえば、夏も終り、穂先から綿毛が飛ぶ季節になると折からの風に乗った綿毛は空を覆いつくし、顔はおろか体中に纏いつき人は息をすることもできないからだ。ラテン・アメリカ文学ならではの驚異的現実というやつだが、これだけではない。

子どもたちが、原住民の蜂起に遭い、屋敷が混沌とした状況に陥る間、大人たちはピクニックを堪能しての帰路、近くの礼拝堂で休憩を取るが、なんとそこには襤褸をまとったカシルダとファビオの姿が。屋敷に起きた変事を知り、直ちに執事を中心に使用人たちで編成した部隊を屋敷に向かわせる大人たちだが、グラミネアの綿毛の脅威を恐れ、子どもたちの監督、処罰を執事に任せ、そのまま首都に引き返す。寓話といわれる所以だが、子どもたちが屋敷で遭遇した暴動騒ぎの一年が、大人たちが水辺の楽園で過ごした一日に当たるという、まるでアインシュタインの特殊相対性理論のような時間の流れ方の遅れが凄い。これぞ、マジック・リアリズム。

作家自ら小説のなかに登場し、ベントゥーラ一族のモデルとなった一人に、書いたばかりの原稿を読み聞かせ、実際とちがうと言わせるなど、ポスト・モダン小説のはしりを感じさせ、さらに、メタ小説として、モデルとやりあう際の文体は卑俗なリアリズム調を、物語然とした別荘での出来事を叙述する際は時代がかったロマンティシズム溢れる華麗な文体を使用するなど、どこまでも意識的な小説作法を駆使した克明にして詳細な叙述は、道徳も倫理もかなぐり捨てたように、淫蕩にして放埓三昧に耽る年端もいかぬ少年少女の穢れきった遊び、飢えかつえた逃亡の果ての人肉嗜食にまで及ぶが、読者には登場人物を現実存在ではなく「言葉の作り出す世界のみに存在可能な象徴的存在」として受け入れてもらいたいといった所感を予め作中に登場する作家に言わせるなど、どこまで行っても食えない作家である。それでいて『シテール島への船出』を思わせるピクニック風景の臈長けた美しさなどは、他のラテン・アメリカ作家では味わえない官能美を湛える。酸鼻、叫喚、悪意ある哄笑を厭わぬ向きには推奨できる逸品といえる。

2014/11/10 18:54

投稿元:ブクログ

33人のいとこ達が次々と入れ替わり立ち代わる一部は大変だが、物語が強引なまでに加速していく二部は圧巻だった。別荘の所有者であるブルジョア階級とその使用人たち、そして彼らと取引を行う原住民と外国人。それらの関係性が異変によって崩れ去り、緊張感を孕みながらもその物語を推進していくのは歓喜と欲望と捻れを抱えた子供たちであり、作者自身でもある。政治的批判こそ根底にあるのだが、想像力の飛翔ぶりがその意図以上の場所へ物語を連れて行き、その面白さは次々と誘爆してくかの様に拡大する。夜みだ同様、とんでもない本であった。

2015/06/14 16:37

投稿元:ブクログ

「夜のみだらな鳥」よりは読みやすい。

首都から3ヶ月の夏季休暇でマルランダの別荘に訪れるベントゥーラ一族。
金箔を加工する原住民と遣り取りすることで莫大な富を得ている。
ある日大人たちが召使たちを引き連れてハイキングへ。
残された子供たちは別荘を取り囲むグラミネアや人食い人種を恐れながらも、茶番劇「侯爵夫人は五時に出発した」に熱中したり、別荘を囲む柵を抜いて槍としたり。
一日なのに一年。
時間が伸び縮みする。

フリークスならぬ様々な「詭計」に満ち満ちた大人子供。
後半では戻ってきた大人、執事、召使フアン・ペレスや原住民や外国人や入り乱れて詭計、詭計。
結局はグラミネアの綿毛に埋もれていくすべて。

凄まじい長編小説だった。

2014/07/08 08:02

投稿元:ブクログ

「夜のみだらな鳥」も水声社から復刊されるらしい、、、

現代企画室のPR
http://www.jca.apc.org/gendai/onebook.php?ISBN=978-4-7738-1418-7

2014/08/15 15:21

投稿元:ブクログ

ラテンアメリカ文学ブームを牽引した立役者の1人、ホセ・ドノソの長篇小説。
ドノソと言えばやはり『夜のみだらな鳥』が圧倒的に有名だが、『別荘』はそれと並ぶほど評価の高い作品らしい。
難解と言われることが多い『夜のみだらな鳥』とは異なり、ストレートに物語の楽しみを味わえる。
巻末の『訳者あとがき』によると、1973年に発生したチリのクーデターが着想のきっかけになっているようだ。『対立』『相克』といったキーワードが思い浮かぶのはそのせいか。

2014/10/16 21:34

投稿元:ブクログ

手に取ったときには「読みでがある~!」と思ったのに、読み始めたらあっという間だった。あー。面白かった。理屈抜きで純粋に面白かった^^/
何せ登場人物が多いので、短期集中で。。。をおすすめします。

2015/07/08 12:19

投稿元:ブクログ

これは傑作。長いが、どこまで覆わらないようなめくるめく語りが持ち味で、難解でもなく延々と読むのが快楽になる。
金持ちベントゥーラ一一族の大人たちばかりが一日のピクニックに出かける。残された33人の従兄弟従姉妹たちが巻き込まれる恐るべき悪夢とは…ピクニックは1日なのか1年なのか?ピクニックに行った桃源郷はリアルなのか?浦島太郎のように時空が歪む。視点は子供、召使、大人、超越した語り手(作家)を移り歩く。現実なのか虚構なのか協会がないままに、大勢の登場人物によってそれぞれ、セックス・出産、狂気、殺人、人食い、タブーのないめくるめく狂気が吹き荒れる一大絵巻。年齢にはあり得ない分別や知性、行動力を発揮する子供達。素晴らしい構成力だが巻頭の人物一覧は必須だ。
また、舞台となるマルランダを覆いつくし凄まじい生命力を持つグラミネアが、別荘の荒廃と共に敷地内に侵食し荒野に変えていく、別荘を取り巻いていた槍が引き抜かれ無防備な姿をさらす、といった儀描写がもたらすイメージが極めて豊饒。グラミネアはてっきり架空の植物かと思えば、Google画像検索では可憐な白い花をつけた水草が表示されるではないか。ラテンアメリカ小説のマジックリアリズム。