紙の本
生物多様性とは?そして私とは?
2015/09/30 15:09
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:コーチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書を読んでまず印象的だったのは、地球上の物質のほとんどが生物多様性の恵みで生まれたものであるという事実である。われわれの利用する食物や衣類の多くが生物由来ということはわかるものの、たとえば鉄やコンクリートさえも、バクテリアなど特定の生物の介在なしには現在のような形として存在しえないということには驚かされた。生物多様性は生物以外の物質にまで、多様性を及ぼし、地球環境に変化と美しさをあたえているのである。
また第三章「サンゴ礁と生物多様性の危機」では、サンゴと褐虫藻との共生関係が、「海のオアシス」とよばれ「海のバイオームの中で最も生物多様性の高い」サンゴ礁の見事な自然を生み出した過程が論じられている。作者は、現在世界中で、サンゴ礁の生物多様性が奪われつつあることに警告を鳴らす。
このほかにも、進化の歴史の中で生物がたどってきた多様化の歴史など、生物多様性についての豊富な知識がつまった本書は、生物学のそして環境科学の啓発書としてもおすすめである。しかし本書において最も興味深かったのは、生物多様性の議論からさらに進んで、「私」とは何か、つまり自我の問題にまで踏み込んだ最終章である。
生物学は、生物の共通性を追い求め続けてDNAにたどり着いた一方で、生物種の多様性も扱ってきた。多様性は種の中に存在する個体についても同様であり、われわれ人間だけでなく、有性生殖をおこなうすべての生物が、この世にただ一つしかない個性を有している。特に人間においてはそれこそが、人格と尊厳をもったかけがえのない存在という概念の根拠ともなっている。
だが、一人ひとりの人間にとっての自分つまり自我とは何であろうか。作者は、現代人にとってのそれは「われ思うゆえに我あり」のデカルト的自我の概念に由来するという。それは、身体と意識にもとづいて自己と他とを区別し、他を利用しながら自己の生存を維持しようとする存在である。
しかし、ここでいう自他の境界とは何なのか。たとえば、身体と食物の境界を引くことはむずかしい。また、家族や友人などさまざまな社会とのつながり、さらには地球とそこに生きるさまざまな生物との関係を無視して自分というものを理解することはできない。そのように、自我というものは、自分の肉体もその一部である生物・地球環境と一体化した何かである。そこでは自分が自分がと、己を第一に考えること自体が無意味に思えてくる。作者は、このように述べて、それを裏づける現代の哲学や宗教思想にもふれている。引用文献の中には、世界を我と汝という相互的な関わりの観点からとらえたマルティン・ブーバーの『我と汝』もある。
生物学者による最後のこのような議論はいささか畑違いという気味もないではないが、人間とは何か、私とは何かという哲学的問題に対する重大な示唆をあたえてくれるものであることはまちがいない。
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投稿者:レムロム - この投稿者のレビュー一覧を見る
生物多様性ってなぜ大事なのか。その答えに窮したらこの本を読んでください。きっと読み終わる頃には答えが出せるはずです。
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専門書ではなく、一般向けに著されたものなので難解なところはほぼ無い
2022/12/17 20:28
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投稿者:まなしお - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本は、生物多様性条約の必要性を説くための講演を元に著されたものらしい。各章の配置など、とても分かりやすい構成になっている。専門書ではなく、一般向けに著されたものなので難解なところはほぼ無い。最終章は、生物学ではなく、哲学・社会学・国際政治学にも踏み込んだような内容になっている。薄い本だが内容は濃い。
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多様性を否定するのも多様性
2017/08/17 18:50
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投稿者:わびすけ - この投稿者のレビュー一覧を見る
前半が専門的で取っ付きにくいが、後半の生物多様性についての部分は考えさせられるところがあった。結局オスカー・ワイルドだかが言っていた「人間にとって快適なものだけが自然だ」ってところに落ち着くしかないのかもしれない。本川先生のユーモア足りないと思ったら、講演記録がもとの本らしい。先生のユーモアじっくり推敲されたものなのだと意外に思った。
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生物の可能性
2015/11/22 08:28
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投稿者:よよん - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書で書かれている事は、地球上のほぼ全てに生物が関わっており、生物無しではなし得ない事ばかりであるということ。生物の無限の可能性が読み取れるものとなっている。
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筆者は、生物多様性に関しては全くの素人である、と冒頭にことわっている。では何をやっている人かというと、生物学者であるという。生物学者なら生物多様性もお手の物であろうと思うのだが、この世界ではそうではないらしい。筆者の専門は動物生理学で、主にナマコの皮の硬さの研究をやっているのだそうだ。
しかしながら生物学者であるがゆえに、特に2010年のCOP10前後には生物多様性についての講演依頼を、あちこちから受けている。本書はその時の講演内容をもとにまとめられたものである。
新書版ながら改行の少ない文章なので、内容は相当なボリューム。一般的な生物多様性の話に加えて、ダーウィンの進化論やメンデルの遺伝の法則といったあたりの説明もけっこうな紙面を割いている。ただ残念ながら、最後の方になると、ちょっと観念的な領域に足を踏み入れてしまっている。副題は<「私」から考える進化・遺伝・生態系>。
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何となくそれは正しいことだろう程度の認識に、生物学はもちろん科学から哲学・宗教・経済学まで網羅し、「生物多様性」について眼から鱗の論理を示してくれる。
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著者自身、なぜ生物の多様性が必要であるかの説明に四苦八苦されている。だいたい、現在、生物の種はいくつくらいあるのかという数自体があいまいであって、1日にどれくらいの種が絶滅しているから、どうのこうのという議論はあいまいにならざるを得ない。それで、最後には「沖縄の海に潜れ」とおっしゃる。これは、著者が以前から一貫して言われていることだ。海に潜るのはどうも苦手だ。どこから何が出てくるかわからない、という不安がある。底がガラスの船に乗るくらいでは、沖縄の海の多様性を見ることはできないだろうか。さらに、この多様性を未来に残していくために「私」の見方を変えるべきだとも言う。今いる自分の幸福を願うだけでなく、自分の遺伝子を引きついでいってくれる子孫も含めて「私」と考え、その幸せが何かを考えていこう。生物は、伊勢神宮や出雲大社が何年かおきに立て直して生き続けるのと同じ発想で、ひとつのいのちを引き継いでいっていると考えよう。そうすれば、今だけの便利さとか、幸せということに目を奪われることなく、未来の「私」に対しても優しくなれるというものだ。「多様な生物大事にするとは/わたし自身を大切にすること」(歌う生物学者 本川達雄 作詞・作曲『生物多様性おかげ音頭』より)
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私という存在を拡張することで、次世代の人々に価値を持たせ、生物多様性を保護する理由を与える。通常、科学は価値を取り扱わないが、それを踏み出した書である。概ね賛成だが、少し無理矢理な所も感じた。
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序盤から中盤までは生物多様性の底力というのか、どのようにして多様になっていったのかを解説していて、特に熱帯地方の陸と珊瑚礁の海を具体的に述べていて、それはそれで興味深いものがありましたけど、僕が知りたかったのはそこではなくて、『なぜ多様性を守らなければならないのか?』という疑問に対して、生物学者である著者がどんな回答をするのかが気になって本書を読み始めたので、まぁ終盤ではそれがちゃんと書いてあったので良かったです。
著者曰く、『今ある生物種は全部必要かと言われれば疑問が残る。しかし、生物多様性は現代科学ではまだまだ解明できていない部分も多いし、不要な種もあるかもだけれど、それらを排除したらどんな影響が出るのかの見通しが立たない』とのことで、とりあえずは多様性を守りましょう、ということでした。
更に、『自分には関係ない生物を守ろうと言われてもピンと来ない。けど、人間も様々な形でたくさんの生物と関わり合って生きていることを実感し、生物を守ることは自分を守ることと同じであると気付けば、その大切さが分かるのではないか』と締め括っています。僕も基本的には著者の意見に賛成ですが、たくさんの生物を眺めてきた著者だからこそ言える境地というか、言葉の重みや説得力が全然違いますね。
僕の評価はA-にします。
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生物多様性とは何か?何故守らなければならないのか?を、生物という定義から丁寧に説明してある。【私】という概念を用いてあり、読んでいる最中「あれ?これって生物の本?倫理や哲学、経済の本じゃなくて?」と思ってしまうような異色の書だったのだが、このことが生物多様性を守るうえで重要な考え方だった。つまり、生物多様性を守ろう!では人類は動かない。利己主義的思考が次世代につなぐ役目を邪魔している。生物多様性を守ることは、【私】がずっと続くために、当然守るべきものであり、そのために開いた【私】であり続けること。生物多様性の保全は全て【私】の継続にかかっているのである。量重視の豊かさではなく、質の異なったものがあるという豊かさを求めるように発想転換する必要がある、というところに大いに共感した。
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「生物多様性は何故守られなければならないのか?」の問いに対して、巷では「人類にとって有益だから」と説明されることが多い。しかし、破壊するだけ破壊しておいて、やっぱり役立つし大事だと気付いたから守ります、というのは虫が良すぎる上に、どちらにしろ人間のエゴでしかないやんとかねがね思っていたので、納得のいく理由を探しに本書を手に取った。
前半は、前提として生物多様性とはどういうものなのか、有益といわれる理由(生態系サービス)や、特に多様性に富んでいる熱帯雨林やサンゴ礁の状況、生物の進化の歴史などを交えて大変わかりやすく説明されている。
後半は、なぜ守らなければならいのか、いかにして守っていくのかという話だが、だんだん哲学的・宗教的、また経済的なところにまで論が展開されており、やはり一方向からだけで理由付けできる簡単なものではないのだなあと感じた。
「どんな生物にも長い歴史があり、それぞれにしか持ちえない価値がある。また、人間と同じように生物も生きる権利を持っているから、それを人間が勝手に奪うようなことをしてはならない。」と説明されるのが自分の中では一番納得できるかな。ヒトが築いてきた文明にはすでに価値が見出されていて、文化財等として保護されてきているのだから、今度は他の生物の生き様にも敬意を払い、守っていくべき時代に突入したのだろう。どんな生物にも礼儀を持って接したいものだ。
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かなり以前になりますが、本川達雄さんの代表作「ゾウの時間 ネズミの時間」を読んでいい刺激をもらいました。久しぶりに本川さんの著作です。
本書は、「生物多様性」についての本川さんの講演内容をもとに編集されたものとのことです。
「生物多様性」を重視する意義を説くにあたり理解しておくべき生態学・進化論・遺伝学等の基本を辿りつつ、本川さん流の考え方を開陳しています。
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遺伝子の塩基配列が私と同じ人が生まれる可能性はゼロにとても近い、ママと私の遺伝子はほとんど同じ。この考え方に衝撃を受けた。私がつながってきて、つながっていくと考えたなら、いろんな環境が絡み合って生きているのなら、個人の私が嫌なものから逃げて生きてはいけないと思った。
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生物学、生態学など全くの素人の立場で書評を書きますが、初学者にもとてもわかりやすく面白く読みました。序盤で面白かったのは生物多様性の世界と物理学の対立についてです。前者は個別性の世界なのに対して、物理学は普遍性の世界だから相性が悪い、というのは、ちょうど最近読んだ、ウォーラーステインの『入門世界システム分析』を思い出させました。ウォーラーステインによれば、近代になって学問が科学と人文学に別れてしまったこと(彼はこれを「2つの文化」と呼んでいます)、科学が普遍性を重視するのに対して、人文学は個別性を重視することで互いが対立をし、結果として近代社会は普遍性を重んじる科学が優勢になっているというようなことが書かれていました。
本書は前半に生物多様性の実態(熱帯雨林や珊瑚礁の事例)、さらにそれが人間も含めた全生物にもたらす意味などをわかりやすく解説されていますが、後半になってくると哲学的な議論展開が進みます。私はアカデミクスの人間ではないので、単純に「面白い展開になってきたぞ」と思いむしろポジティブに楽しみましたが、著者も書かれているように、アカデミクスの人が読むと、著者のような科学者が価値観や「あるべき論」まで語るとは何事だ、と感じるのかもしれませんね。私は著者の勇気と広い見識を高く評価します。
著者は「私」の定義が現代社会では非常に狭い(小さい)ことに警鐘を鳴らしています。そしてこれは科学の粒子主義から来ていて、もっと遡ればデカルトにまで行き着くわけです。そうではなく「私」と私ではないところの境界は空間的にも時間的にも非常に曖昧で(胃の中に入ったリンゴは私の一部なのか否か、あるいは自分の子供にも「私」が遺伝しているが、私の一部なのか否か)、我々生物はそういう曖昧な環境に生きているのが真実であること、さらにこのように「私」を拡大していけば自ずと生物多様性の世界が維持されていく、と論じています。著者は利己主義の己を拡大するという言い方をされています。これは仏教で言うところの小乗から大乗へ昇華せよ、というのとニュアンス的に近い気がします。また他人や他の生き物を手段として見るのではなくそれ自体目的があるものとして見ることの重要さも指摘していますが、これはカントの定言命法を思い起こさせます。カントは「汝及び他のあらゆる人格における人間性を、単に手段としてのみ扱うことなく、常に同時に目的としても扱うように、行為せよ」と述べていますが、これを拡張してあらゆる生物についても手段だけでなく目的としても見ることの大事さ、について語られているのかと感じました。
生物多様性だけでなく価値観、人間のあり方など非常に考えさせられる本でした。オススメです。