紙の本
なんとも不思議な語り口だが、乾いた独特の情感に流されるように読まされてしまった。
2016/01/10 14:44
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投稿者:arima0831 - この投稿者のレビュー一覧を見る
孤独を抱えて日々を漫然と過ごすボブは、ボストンの場末にある冴えないバーの雇われバーテンダー。このバーはチェチェン・マフィアの裏資金の受け渡し場所(the drop)でもあって、裏の仕事はボブの従兄弟がもっぱら請け負っている。
ボブはある冬の日にゴミ捨て場で死にかけていた子犬を拾う。保護する時にたまたま行き会った女性ナディアに教えられながら、飼う気のなかった犬をなし崩しに飼う羽目に落ちるボブ。一方バーでは裏金の処理でトラブルが起き、店の周囲では危険な匂いが立ちこめていく。
孤独なバーテンダーが子犬を拾う、というところだけだと、なんだか心温まる話に思えるのだが、空気感はあくまで殺伐とモノトーン。背景にある場末のバー独特の饐えた淀んだ雰囲気が滲み出る。悪党もアル中も異常者も入り乱れて、ちょっと愚鈍なところのあるボブだけが温かみを感じさせてくれるような気がするのだが、話はラストに向けて意外な狂気を孕んでいく。
なんとも不思議な語り口だが、乾いた独特の情感に流されるように読まされてしまった。
全体は200ページもないので中編くらいの話だが密度は濃い。
明るさのない話に思えるが、ちょっとした光も感じられて魅力的だ。
非常に映像感が強いので不思議に思っていたら、解説によると「もとは映画」なのだそうだ。それも作者自身が脚本を担当した作品。さらにその基には短編があったとの由。
短編から映画ができて、さらにそれを作者自身がノベライズする。ややこしい背景だが、なんだか妙に納得してしまった。
映画のほうは日本未公開で、DVDだけは出ているらしい。なんと主演は『マッドマックス』のトム・ハーディー。どういう作品なのか、非常に気になる。
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デニス・ルヘインの最新刊。
前にポケミスで出た『夜に生きる』を思わせるノワール系だが、読後感としてはミステリというより一般文芸に近い。主人公もそれを取り巻く人物も、基本的には『日頃の行いがあまり良くない』タイプではあるのだが、そのせいか、ちょっとした言動の描写には妙な人間味を感じる。
あまり長い話ではないのだが、ルヘインらしい濃厚な1冊だった。巻末の『訳者あとがき』によると、本作は映像化もされているらしい。本邦で公開されるかどうかは解らないが……。
手に取った時、随分薄いな〜と思ったが、考えてみれば古いポケミスはだいたいこれぐらいの厚みのものが多かったような記憶がある。組版の変化もあるだろうが、全体的に現代の小説は長いのだろうか。
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ボストンの底辺に蠢く犯罪者を扱った小説。
表紙の広告に「犬」の文字がある以上、苦手な犯罪小説でも手に取らねばならないのだ。
たかだか180頁程度の内容だけれど、無駄がないので満足感は大きい。どんでん返しも用意されてるしね。
作者の意図しない、たぶん製本上の偶然の仕掛けがあって驚かされた。
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一軒の酒場を舞台に、孤独な青年バーテンダー・ボブの周辺に巻き起こる、突風のようなできごと。始まりは、捨て犬との出逢いだった。
アイルランド系移民の集まるボストンの下町は、そのまま社会というボトルの底に沈んでしまったみたいな街であり、夢や救いに見放されたような淀んだ時間に、誰もが人生を弄ばれているかのような土地である。
そこに生きる印象深い人々と目立たぬ主人公ボブを巻き込むトラブル。読む進むうちに、これはスクリーンで観る映画のような物語だな、と思っていたら、なんと本書は、短編『アニマル・レスキュー』(2012年『ミステリ・マガジン』掲載)は映画化され2014年世界各地で公開(日本未公開)されているのだそうだ。そして本書はその映画の脚本を元に長篇小説に仕上げたものという、やや風変わりなプロセスを踏んで完成した作品らしい。それならば、本書にのっけから映画的な雰囲気を感じたのは間違いではなかったみたいだ。
そしてこの街はC・イーストウッド監督により映画され『ミスティック・リバー』の街と同じ舞台だという。昔、少女が殺されたドライブイン・シアターの跡地という表現が作中に出てくるが、そういうわけだったか。
ハードボイルド系のパトリック・ケンジー・シリーズより、昨今、ノワール系のコグリン家サーガが、ルヘインの優先創作活動になっている傾向からして、本書の世界である、バイオレンスと貧困の嵐が吹き荒れる下町は、作家の小説舞台としてうってつけの場所であるのかもしれない。
男たちや女たちの、静かな生き残り術、知恵と人情と駆け引きと、と言った危険密度の高い時間が過ぎてゆく。長篇と言うのには200ページに満たない小編であるが、その濃縮された危険な時間を味わえる、ルヘイン・ワールド全開の秀作として取り組んで頂きたい一冊である。
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濃い。短編なのに、スープじゃなくて、ええと、スプーンを刺したらそのまま立ちそうな濃厚さ。
そして、物語と言う、骨格の強さと表現という二本柱を見せつけられた感がある。すごい。
まさか私が最初にこれをSFだと思って読み始めたとか無いわ……途中でSFじゃない。明らかに違うってなった。
あー。でもいやほんとに出てくる登場人物の陰影の濃さはすごい。見事です。最後まで読むと、また最初のページに戻りたくなる。
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ルヘインの手で圧縮された濃厚なノアールな世界。
物語の濃さと長さは比例しないと教えられる。
誰もが闇を持ち、もがき足掻く。
この世はままならない。
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ルヘインらしく、自分に与えられた「どうしようもない生」をもがくように生きる人物が描かれる。省略の多いあっさりした書き方で、すぐに読めてしまうが、ラストに唸った後、最初からもう一度読んでしまった。主人公の造型が独特。今の私には、このような環境で生きることを実感をもって理解するのは困難だけれど、心を揺さぶられてしまうのがルヘインのすごさだと思う。
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久々に一気読みできる本に出合った
本邦映画未公開だがDVD「クライムヒート」が出ている
原作との違い、ボブがブサメンではない…w
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はじまりは犬だった。映画『ティファニーで朝食を』のように、ごみ箱から助け出されるのが猫だったらもっとよかったのにと思ったけど、頭のイカレた男に殴られても死ななかったのは、ピットブルだったからで、猫だったら死んでいただろう。そう考えると、犬でよかったのだ。捨てられていたのは、ナディアという娘の家のごみ箱で、偶然前を通りかかったボブが、ごみ箱の中で何かが立てる物音を聞きつけたのだ。
ボブは、カズン・マーヴの店のバーテンダー。つけをためて深夜までねばる老女にも、死んだ仲間を偲んで集まる連中にも親切だった。内気で、人と付き合うのが苦手。当然恋人もいなかった。それが、犬のおかげでナディアと話をするようになる。前に獣医の手伝いをしていたナディアは犬の扱いに詳しかった。時々、いっしょに犬の散歩にも行くようになったころ、元の飼い主が現れる。エリック・ディーズは前科者で、精神病院に入っていたこともある。十年前、ボブのバーを出てそのまま姿が消えた男を殺したと噂になっている男だ。
デニス・ルへインはクリント・イーストウッド監督の映画『ミスティック・リバー』の原作者。本作も同じ町、ボストンのイースト・バッキンガムが舞台。カズン・マーヴは、ボブの実の従兄弟で、二人は昔つるんでやんちゃなこともしていたが、今は実直に働いている。ただ、名前は「カズン・マーヴの店」だが、経営権はチェチェン・マフィアの手に握られている。金貸しと集金で稼いでいたマーヴは、今は故買屋と店をマフィアの賭けの上がりを一時的に預かる中継所(ドロップ)とすることで手間賃を稼いでいた。
そのマーヴの店が強盗に襲われ、店の売り上げ五千ドルが奪われる。マフィアのボスの息子チョフカが店に現れ、ボブとマーヴに金を探せと脅しをかけてくる。強盗事件を操作するのはトーレスというプエルトリコ人刑事で、ボブとは教会で顔をあわす顔なじみだ。二人とも熱心なカトリック信者だが、なぜかボブは聖体拝受をしない。常々それに疑問を感じていたトーレスはマーヴの店で十年前に起きた失踪事件を再捜査し始める。ウィーランというその男がヤクを買いに行った先のひとつがディーズのところだった。
誰もが顔見知りで、同じ教区に住む者は行きつけの店もそれぞれ決まっていて、仲間内の結束の固いアイルランド系移民が集まる下町。ただ、そこもチェチェン人に限らず、新興のギャングたちが勢力争いを繰り広げ、表面は信心深い人々が暮らす町も一皮むけば地下は危険が渦巻いている。そんなイースト・バッキンガムの死んだ両親が残した家で、それまで誰の目にもとまらないようにひっそり暮らしていたボブは、犬を飼い始めてから人が変わったように見える。生きがいを見つけたのだ。
マーヴは追い詰められていた。父の入っている施設に払う金にも困っていたところに降ってわいたような強盗事件。マフィアには脅されるし、同居する姉の面倒も見なければならない。マーヴは最後の荒稼ぎを計画する。スーパー・ボウルの日、自分の店にドロップされる大金を強奪しようというのだ。実行犯として目をつけたのが出所したばかりで顔を知られていないディーズだっ���。ディーズはディーズで、自分から犬も女も奪った大男の存在が面白くない。一泡吹かせようとナディアを連れてカズン・マーヴの店に顔を出す。
マーヴの最後の賭けはうまく行き夢の海外暮らしに出発できるのか。父親に虐待された過去を持ち、執拗にボブとナディアにつきまとうディーズの真の思惑とは。周囲からは善意の人と見られているボブは、信心深い信者のくせに何故頑なに聖体拝受を避けるのか。ナディアの首に残る傷跡は彼女の過去に何があったことを物語るのか。二人の間に愛は生まれるのか。過去を引きずる者たちのそれぞれの因縁がスーパー・ボウルに湧きたつイースト・バッキンガムの一夜に収斂する。
小さな町に起きた十年前の事件の真相が今暴かれる。チェチェン・マフィアの暗躍やカトリック教会内の性的虐待事件等々の実態を効果的に使用しながら、過去に起こした事件に首まで浸かって身動きの取れない男たちのどうしようもない悪あがきが、とんでもない結果を招く。教訓。見かけが大人しいからといって決して人を見くびってはならない。この結末のつけ方に共感を抱けるかどうかは読者次第。ただ、本作も映画化されたと聞くと納得のいく出来栄えではある。いかにもアメリカ映画のラストシーンにありそうな決着のつけ方といえる。
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面白かった。ボブが良いヤツなんだよ。ともすれば愚鈍な印象を与えるんだけど、どこかしら影があって、読み進めると・・・小品ながら良質のノワール小説が堪能できました。
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邦訳ミステリ?みたいなものが急に読みたくなり、コンパクトさに惹かれて手にした一冊。
気の滅入る様なギャングスタの話かと思いきや、子犬を拾う初っ端から主人公がポジティブになって行くのがちょっと嬉しい展開でした。ラストは成程その前向きさはそう云う過去からの繋がりなのね、云う、胸のすくような終わり方です。読み始めと読了後と、作品の色合いが違って見えます。
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どうしようもない境遇の元で、もがくように生きる人を描かせると、ルヘインの筆は冴えがすごいねんなぁ。久々のルヘインワールドだが、堪能させてもらいました。
どいつもこいつも、自分ではどうしようもないことで貧困社会に生まれ育ち、なんやかんやでスネに疵を持つヤツらばっかり出てくる。その中にあって主人公のボブは、与えられた境遇の中を真正面から受け止めて生きている。言い方を変えれば器用に立ち回れない愚直な男である。このボブがカッコいい…まったくスタイリッシュではないのだけど、カッコいい。
ページ数の少ない本だが、読んだ後の満足感はたっぷり。余韻もしっかり。デニス・ルヘインのノアールはやっぱり素晴らしい。
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従兄弟のバーでバーテンダーとして働くボブが捨てられた子犬を拾った。それが縁でナディアと知り合い、直後に店に強盗に入られて…。バーの真の持ち主のチェチェン人マフィア、確信を付いてくる刑事トーレス、ナディアと子犬に付きまとう前科持ちのエリック…。どんどん物騒な人物の登場と出来事が起こり、はじめはパッとしなかったボブが変わっていく様子がとても面白い。それぞれの人物描写が切れるのだけれど、中でも何をしでかすか分からない危険な臭いプンプンのエリックが最高だった。気持ち悪さを残すラストも良い。とても濃い〜話だった。
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従兄のマーヴの店でバーテンダーとして働くボブ。
コツコツと地道に働き、毎週日曜は教会に行く。
人との関わり合いが苦手で、会話に華が咲くことはなく、面白味のない人間と捉えれがちだが、真面目で律儀な性格故のこと。
ある日、ゴミ箱の中から傷付いた子犬を発見するところから、よき理解者ナディアに出会い日常が色彩を帯び始めることに。
元は短編だったという本作品。
なるほど、短編が肉付けされて育つとこんな中編になるのねという感じの筆回り。
登場人物達のバックグラウンドの書き込みが少ないかなとか、展開の唐突さを感じるところもあるけれど、出自を思うとその端切れの良さが味なのかとも。
本質的な造形を壊すことなく、絶妙に落とし込まれたシュールな結末は嫌いじゃない。
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デニス・ルヘイン著『ザ・ドロップ』ハヤカワ・ポケットミステリ
ボストンが舞台のクライムノベル。雇われバーテンダーのボブが通りのゴミ箱に捨てられていた仔犬(アメリカン・スタッフォードシャー・テリア)を拾い育て始めたことから、少しずつ人生へのコミットメントを取り戻すが・・・というあらすじ。
野良読書家集団Riverside Reading Clubが"True Dog Story"と銘打ってボストン・テラン著『その犬の歩むところ』に続きTBSラジオで紹介していたのがきっかけで手に取りました。
タイトルにある「ドロップ」というのは違法博打やドラッグの売上を一時的に保管しておく場所のことです。本作に続いて読んだ『拳銃使いの娘』やNetflixオリジナル『21ブリッジ』も、呼び方は違いますが同じドロップがキーとなるストーリーでした。本作では主人公の従兄弟が経営するバーがそれにあたり、主人公もそのバーで働いている設定です。アメリカ合衆国のボストンを舞台に、チェンチェン人がのしているアングラ世界を描いているのですが、そのじめっとした描写のリアルさは『ミスティック・リバー』『シャッター・アイランド』を書いた大御所デニス・ルヘインの面目躍如といったところでしょうか。
しかしこの小説、メインプロットがアングラ犯罪界隈なのですが純文学と言ってもいいくらいのヤサグレおっさん人生取り戻せストーリーなのです。
それが成就するかどうかは読んでいただいてのお楽しみとして、本作の最大の魅力は虐待を受けて捨てられた仔犬を拾った主人公ボブが途中途中にふと差し込む心情描写だと思うのです。決してネガティブな心情描写ではなく、「あ、俺が今感じてるのって幸福感なのかな?」という水面に顔が出た瞬間にフッと息を吸い込めたかのような述懐がたまらなく心に迫ってくるのです。
それほどたくさん描かれるものではありませんが、孤独な中年男性が生きることの実感に指先がかかった瞬間に静かに紡ぐモノローグが胸をかきむしられるように愛おしく感じられます。
そこに、ト書きでものを語らない犬が相棒として寄り添う、いや主人公ボブが犬に寄り添う情景がミステリーやハードボイルドの枠外の素晴らしい味わいを添えているのです。
不思議と、とっておきにしたい大切な作品になりました。