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目指していたもの
2016/03/15 18:02
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:カインズ - この投稿者のレビュー一覧を見る
ソーシャルワークとメンタルケアを一体的に提供できるアプローチを模索していました。オープンダイアローグをソーシャルワークのアプローチとするのは、他の領域から異論が出るかもしれないが、ソーシャルワークが大切にしていたもの、自己決定による権利擁護が完全になされる結果になるし、支援者(治療者)のチームが中心になるのではなく、コミュニティの社会ネットワーク・メンバーが対等な立場で対話をするあり方は、医療モデルではありえないし、ソーシャルワーカーが得意とするはずの社会モデルでしか成立しないあり方だと思う。しかもそれが、しっかりした理論・思想に支えられていることは、今まで専門性が疑問視されていたソーシャルワークにおいては、しっかり自分たちの中に取り込まなければならないと思う。
さらに進めば、職種による立場の違いなどで必ずしも支援者チームが同じ方向を向くことが出来なかった今までの事を考えると、職種を超えたアプローチが出来、自然な形で社会福祉の実現へ歩めるのではないかと期待できるアプローチだと思う。
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斎藤環訳。訳者のTwitterから。
https://twitter.com/shiraishimas/status/616468532998467585
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統合失調症をダイアローグで治療するって、べてるの家がやってることじゃ…と思ってたけど、べてるの家と類似してるって書いてあった。
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気持ちが入りすぎてうまく言葉になりませんが、オープンダイアローグについての理解が一歩深まりました。
モノローグからダイアローグへ。
不確実性への耐性
対話主義
社会ネットワークのポリフォニー
すべての声に応答すること。
未だ言語化されていないものにも応答し、言葉を引き出すこと。
実際の場面についても事例の紹介があり、参考になりました。
ますますオープンダイアローグのことをしりたくなりました。
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最近注目のオープンダイアローグ。どんなものかぜひ知りたいと本書を手にしたものの、もちろん精神医学には何の造詣もない自分。前半の筆者の解説部分は噛み砕いて書かれているのでわかりやすく、また興味深かったが、後半の論文部分は、抽象的な言い回しや専門用語が多く、哲学にすら思える。読んですっと理解できるとは言いがたいというのが正直な感想だ。
診断や介入をせず傾聴する姿勢が最重要ポイントなのは納得だが、本人や家族の目の前で、現状について話し合うというのには少々驚く。
患者の発した内言に迫る言葉を見落とさない、治療を目的とせず対話をつなぐ、モノローグにさせず対話━━ダイアローグにする、など、言うのは簡単だが実践するにはやはり相応のトレーニングが必要のようだ。
対話することによって内面が言葉になり、言葉にすることによって自分に起きたことが整理され客観視できることがどうやら治療効果を呼んでいるらしいのは想像がつくが、具体例、逐語例が少ないのでイメージしづらいのが残念。
河合隼雄先生が、回復に果たす「物語」の役割の大きさを常々いっておられたが、オープンダイアローグにも同じような理屈が働いているようにも見えるがどうだろう。
あの北海道の「べてるの家」での当事者たちの相互関係とも似ていそうだというからますます興味深い。
なんにせよ、統合失調症のみならずPTSDに苦しむ人や、著者の活動の中心でもあるひきこもりへの治療効果も期待できそうだということなので、(解決しなければならない大人の事情も多々あるだろうが)この手法をこなせる専門家が増えて、もっと日本にも広まるといいのになと、単純に思う。
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フィンランド発の急性精神病に対する対話的アプローチ。何よりも治療成績が良い。方法はいたってシンプル。患者やその家族から依頼を受けた専門家が24時間以内にミーティングを開く。参加者は患者本人とその家族、親戚などの関係者、専門家など、オープンである。そして本人なしでは何も決めないし、決めることが目的ではなく、ダイアログな対話を積み重ねることで回復が導かれるというもの。単純に言うと、そのようなものだが、それを導く仕掛けはあり、その仕掛けを身につけておくことが専門家の役割といったところか。訳者の斎藤環氏によると「べてるの家」との共通性を述べているし、自助グループの回復過程にも共通するものを感じる。今後、書籍や論文が次々と日本でも出てくると思われるが、継続して注目したい。
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んー。理念的な説明はわかったけども、やはり実践でどうなのかが、やっぱり想像、想定ができない。特に統合失調症の急性症状が出ている時など。
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フィンランドの画期的な治療法、統合失調症などの精神医療に薬物を使わず、短期で回復、再発も少ない。開かれた(自分がダダ漏れ)状態。本人・家族・専門家のチームによる対話。
人間同士が話をすることに、それだけ力があるということ。病気や治療でなくても普段の会話にも、そんな力が潜んでいるのだと思いました。
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グレゴリーベイトソンのダブルバインド理論が柱。
対話の中で新たな言葉を生み出し、言葉の持つものをとらえ、どんな意味でその言葉が用いられているのかを区別する。
オーブンダイアローグの12実践項目。
二人以上セラピスト
家族、ネットワークメンバーの参加
開かれた質問
クライアント発言に応える
今この瞬間を大切に
複数視点を引き出す
対話において関係性に注目
問題発言には淡々と対応、その意味に注意
病状でなく言葉や物語を強調
透明性
不確実性への耐性
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かなり興味深い治療法だが,日本で保険適応ということになればかなり難しいのだろう.医療という観点だけでなく,人間関係に置き換えても,何か役に立つようなコミュニュケーション方だと思った.
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フィンランドで行われている統合失調症に対する画期的な治療。
「オープンダイアローグ」の説明とセイックラ教授の3本の論文の訳。
従来治療に大しての知識がないので、”画期さ”をどれだけ理解できたかは分からない。
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ここがもっとも大事だと読めたのは、「言葉」に対する考え方です。「言葉」への考え方の中核部分は、発病した経緯についてわかっていることを言語化することが大事になるということでした。つらい思いをしていて、この病気特有の孤独な世界観に放りこまれていることを言葉で言いあらわすことに大きな治癒への効果があるみたいなのです。ここで、自分でつらつらとノートやパソコンなんかに綴るという行為では治癒の効果は認められないかもしれない。そのことは、モノローグ(独白)として区別されていて、あくまで、他者、この場合グループ内の複数の他者に対して話すことに意味が認められている。そしてそれがダイアローグ(対話)へと進展するのです。患者自身が発した言葉、ともに苦しむ家族が発した言葉が、専門家や看護師にも受け入れられて、同じ言葉を使って返ってくる。そういう一連の行為に、どうやら秘密がありそうです。また、話すことも大事ですが、どんな話でもその話の腰を折らずに、深く傾聴することが大事だともされています。カポーティじゃないですが、信頼を持って話し、共感を持って聴く、そのことが肝要だと言っているかのようでした。
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日本の精神医学界は、薬物療法一辺倒から抜け出せるのかという問いかけ。
フィンランドの一地方で、統合失調症に対する画期的な療法が公的な医療サービスとして行われている。薬の力でおさえこむ今の日本の治療法とは対極にある、開かれた対話を通じた療法で、統計的にもきわめて有効な療法であるというエビデンス(医学的根拠)が示されている…。
本書は、精神科医・斎藤環が、当初はまゆつばと思いながら調べはじめ、ついには、何十年もかかるだろうが日本にこの療法を広めるしかないと決意するにいたるドキュメントでもあります。とてもスリリングで、素人目にも、この療法こそ人間の心の病に向かいあういちばん真っ当な考え方だろうな、ということが伝わってきます。
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セイックラ教授の主要な3つの論文についての全訳と解説。
ミーティングにおいて感情プロセスが出現したら、
それはモノローグ(独白)からダイアローグ(対話)への移行を示すサインである。
そして、治癒が起こる。
その瞬間、共有された愛がその指標となる。
終わりの合図は、身体が教えてくれる。
このような論文が書けるひとになりたい。
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ダイアログ(対話)を精神医学で利用が始まっていることの啓蒙書・論文(翻訳)の紹介書。
前半は概略、理論、臨床、その周辺、論文の説明であり、後半は、3論文(精神病急性期のアプローチ、危機におけるオープンダイアログの成否について、治療的な会話の癒す要素について)を翻訳して載せている。
オープンダイアログは、フィンランドで試されている手法様なのでそのまま日本で適用できるかはわからないが、人間の根源を知るためにはよい手段の紹介の本だと思った。
ただし、専門的すぎるとも思った。