紙の本
哲学は、生命学は、増殖する。
2009/03/18 00:00
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちひ - この投稿者のレビュー一覧を見る
物理的にも内容的にもとても軽い。とても読みやすい。それでいて、ちゃんと「哲学してる」というか、読んで終わりではなく、読んでいるこっちにも考えさせてくれる作りになっています。
1つのテーマについて、見開き2ページ分で完結するエッセイが4つずつ収録されてます。テーマは非常に多岐にわたります。赦し・死刑・自死・追悼・宗教・脳・子ども・差別・ナショナリズム・人間らしさ・男らしさ・女らしさ、などなど、いちおう23個あります。1テーマ・4つの話は完全に独立してるわけじゃなく互いに関連し合っていて、大きな1つのエッセイとしても読めます。面白い作りだと思う。
著者の提唱する「生命学」という考え方‥‥生き方にのっとって、ひとつひとつのテーマを「自分を棚上げにしない」立ち位置から丁寧に考えます。かといって、森岡さんの考えを前面に出さず、「(感じて・考えて)このように行動した」という事実だけを提示し、こちらに考えさせる記事も多数あります。思考が「ふわーっ」とひろげられていく感じです。
テーマといい、書き方といい、字数といい、たぶん各大学・高校等で入試問題その他に広く広く使われていきそうな気がします。感想文を書かせても良いだろうし、小論文も書けるだろうし、国語の読解にも使えると思います。短くて良いし、逆に長めの文章が欲しかったら4つつなげれば良いし。
そんな感じで、読むだけではなく、わたしの中のもやもやを整理するヒントとしても使わせていただいています。
哲学は、そして生命学は、たぶん増殖していくものなのです。
投稿元:
レビューを見る
09/08/14県立図書館にて借りる。
http://ameblo.jp/sunaba/entry-10279288979.htmlで紹介されていた本。
(09/6/13)
投稿元:
レビューを見る
多相的にみえるものごと、あるいは状況に対して、たった一つの視点を与えただけで、それに沿ってモノゴトがきれいに整理されていく。それがうまく決まって、もやが掛かっていた空間がきれい晴れ上がる。すっと、見通しがきくようになる。その快感は、どのような「問題」であっても共通するものだと思う。たとえば、数学の問題が解かれる時にも、時事問題に対しても。契約の交渉において対立する二つの立場以外の第三の視点を加えることによって双方が納得するような打開策が見つかる時も。
例えば、幾何の問題における補助線のように、一つの視点がそれまで複雑に思われた問題をいとも簡単に解きやすい形に変化させるようなことも起こる一方で、誤った補助線に囚われて解答に辿り着かなくなることも起こる。複雑な問題に、単純な視点で切り込むことは必ずしもいつでも上手くいくとは限らない。森岡正博のこのエッセイ集には、そんな「すっきり」と「うーん」が混在している。
しかし、それで実はいいのではないか、とも思う。ある物事に対する考えの表明は、常に完了形の説明である必要はないだろうと思うのだ。内田樹のものの捉え方が個人的に好きで、ついつい書かれたものを読んでいると全面的肯定で読んでしまいがちになるので比較してしまいたくなるのだが、それでなくてはいけないということはないのだ。森岡正博の文章は、形の上でこそ、各テーマ毎にゆるやかな起承転結風の四つの文章のかたまりに収めつつ一つの視点を通してテーマに対する考え方を表明しているが、その手際は形の上での定型とは逆に、収まりきらなさがある。快刀乱麻とは程遠い。じくじくとした思いがこぼれている。
時に見事な補助線の与え方があったかと思う一方で、ほとんどの問いは放り出されたままである。いやがうえでも自分の心の声に耳を傾けざるを得ない。そうかも知れない、いやそうではないだろう。様々な声が騒がしく読書する脳の部位に響くように入り込んでくる。しかし不思議と不快ではない。
多少の煩わしさがあったとしても、読み通すことが困難なほどの雑念ではない。それは森岡正博がめったにメタなレベルでものごとを語らないからなのだと思う。自分の感情を問題の一部として認識しているからなのだと思う。全面的肯定とはいかないけれど、この哲学者の言葉は、自分にとって、何か作用する力を持っている。
投稿元:
レビューを見る
一般社会において重い問題となっているテーマについて、実際に起きた事件などを採りあげ、エッセイ風にわかりやすくはっきりと意見を述べている。そして、人それぞれの心に問いかけている、君はどう思う。33個めの石は、自分にとって大きく重すぎて、どうすることも出来なかった。
投稿元:
レビューを見る
短い文章だが、書かれたことを軸にして、いろいろなことへ発展させていける、刺激を受ける1冊だった。
世の中がどこへ向かっていこうとしているのか、考えさせられた。
『草食系男子の恋愛学』の著者でもある。
投稿元:
レビューを見る
はっと、気づかせてくれる。。。
少しだけ、ものの見方が変わる。。。そんな本です。
タイトルの33個めの石とは、
2007年、米国の大学で、学生による銃乱射事件が起き、
32人の学生たちが殺された。そして、犯人の学生は自殺した。
被害者の追悼集会がキャンパス内で行われ、
そこには、死亡した学生の数と同じ33個の石が置かれ、花が供えられた。
そう。。。。殺された学生32と犯人の学生で33ということなのだ。
著者は、この考え方に大きな救いを感じたという。
そして、2005年、JR福知山線の脱線事故では、死者107人を出した。
しかし、慰霊の対象は106人だけだった。
そう、ここでは、事故の原因となった運転手は含まれなかったのである。。。
(この話には後日談があるのですが。。。)
これは、国民性の違いであるかもしれないが、
人間がこの世に存在したことの価値は、
誰によっても否定されるべきではないのではないか。。。と語る。
他にも、自殺について、「君が代」起立について、差別と偏見についてなど、
さまざまなことについて、少々、偏りはあるかもしれないけれど、
興味深く語られていて、面白いです。
哲学者にありがちな、偏屈さも、それはそれでなかなか楽しい。
投稿元:
レビューを見る
筆者の極論に偏った意見がすごいしんどい。
自分で問題提起してそれに対して酷評して、こんな世の中おかしいよね?
みたくまとめてるのが、すごい独りよがり感を出してて、痛い。
途中途中科学に対する偏見も見られるし、人の意見は一切聞き入れないであろう考え方も見え隠れしてる。
故郷を毛嫌いしている考え方が、すごい寂しいと思った。自分のルーツを大事にしない人はちょっと、なぁ。。。。
投稿元:
レビューを見る
米国のバージニア工科大銃乱射事件の犠牲者32名を追悼する32個の石の横に、自殺した犯人を追悼する33個目の石が置かれていた、という話。犯人も行き難い現代社会の犠牲者。
さまざまな偏見、差別、思い込みに満ちた現代社会、気付かずに人を傷つけているのだな。
投稿元:
レビューを見る
作者は哲学者で大阪府立大学教授だそうです。
最近で言うと、『草食系男子の恋愛学』を書いた、
と言われて、本屋でそんなタイトルを見たことがあるなぁ、
と思いつつ読んでみました。
読後感としては、私は、著者の私的意見には賛同できないところは
非常に多かったけれど、深く考えさせられる「きっかけ」を与えてくれた本です。
バージニア工科大学・銃乱射事件。
32人が犠牲になった追悼祭で、そっとその犯人(銃で自殺)分の
慰霊のための石が置かれていた、というエピソード。
「赦す」ということ。
私自身がそのような心をもてるのか。。。
心の底から、そう思えるのか。
自分の大切な人を失ったとしたら、私はその犯人を赦せない。
ただ、もし自分が被害者だったら、残った人には、その犯人への憎しみだけで生きて欲しくはない、とも思う私もいます。
考えさせられる「きっかけ」がありました。
ただ、作者のスタンスはチョットどっちつかずで不満あり。
投稿元:
レビューを見る
「赦す」ということ。著者はそこから書き始めている。
NHKドラマの『白州次郎』で、次郎の妻正子が「赦さなければならない。なぜなら私も赦されているのだから」と独白していた。あの何者も恐れぬ男の妻にして自らが誰よりもエキセントリックな生き方を貫いた白州正子の台詞だった。あのドラマの中で最も耳に残ったひと言だった。
表題の『33個めの石』とは、米国の大学で起きた銃乱射事件の被害者を追悼する32個の石と、事件直後に自殺した犯人を「赦し」ともに弔らおうとして置かれた33個目の石、のことである。大学当局はその33個目の石を公認はせず何度か取り除くのだが、何度除いても誰かが1個置き直す。勿論のことだが著者は、犯行を絶対に「赦せぬ」とする多くの人びとにも共感する。だが、やはり誰かが33個目の石を置いてくれることの救いも公平に賞賛している。
深い話である。やはり哲学と呼ぶにふさわしい。
著者の哲学を貫いているのは素朴なヒューマニズムの感覚だと私は思う。だから宗教の嘘臭さを指摘する。そして教え子の自殺を深い感受性で悼むのだと思う。「どうして自殺はよくないのか、それは私が悲しむからだ、と言いたい気持ちが私にはある」と彼は言う。
「素朴な」とは、上から目線のエラそうな表現だったかもしれない。だが、私自身、なぜ自殺しちゃいけないのか、なぜ人を殺しちゃいけないのか、そして被害者は言うに及ばず加害者の命とてなぜ尊いのか、という問いには、宗教や倫理の小難しい理論じゃなくて、他の事はともかくコレばっかりはいけないからいけないの、と信じたい。だから著者の主張には完全に共感できる。
なぜだか昨今不寛容になってしまった世界。世界ばかりじゃなく若者も年寄りも皆自分流にばかりこだわり、自分サイド以外の存在に不寛容に成り下がってはいないだろうか。私たち自身の悩み苦しみから私たちを救い、ひいては世界をも救う手だては、「33個めの石」の中にある。そのメッセージを私は確かに著者から受け取った。
投稿元:
レビューを見る
この本を読んだから何かがわかるという本ではない。読んだあとからが世界に問いを発する始まりの本。
~主義だとか~論というようなお堅いいわゆる哲学語は出てこない。しかし、人の命や価値であったりその集合体である社会について、現代に生きる私たちが直面している様々な痛みをテーマとしたエッセイ群をもって、現代のほころびにびしびしと疑問が投げかけられている。
どこかおかしい現代の社会や科学に「ちょっと待った、それでいいの?」と問いかけるために今私たちが考えるべきことがあるんだよ。
赦しについて、自殺について、痛みを忘れてしまいたい社会について。戦争、差別、監視、「みんないっしょに」、歪なこの現代世界につまずく私たちそれぞれが無視していてはいけない、多くの問題を考えるための、現代の哲学入門のたための気づきを与える本。
投稿元:
レビューを見る
2006年、バージニア工科大学で学生が銃を乱射32人の学生、教員を死傷させた事件から読みとる現代社会の中での命とは何か。なかなか含蓄の深いエッセイ集。
投稿元:
レビューを見る
33個目の石という話をご存じですか
お金にならない事実はニュースにすらならないようです
恨みつらみや癒しは手っ取り早くお金になりニュースになります
しかし波立たない事実は興味を惹かず気休めにもならないので
お金儲けになりにくいのでしょう
33個目の石とは
あの有名な無差別乱射事件
バージニア工科大学で32人が殺された話です
犯人もその場で自殺しました
殺された32人の家族が供養のために石を32個並べたのだそうです
最後に自殺した犯人のために置かれた石が
33個目の石だったのです
その後学校側で供養のモニュメントをつくったそうですが
そのときは32個で設計されたということです
人の集いを通り越して公的集団になると
心がかたくなになるようです
心を閉ざした悪魔の世界では悲惨な話を好み
尾ひれを付けてお金を絡めて話題にしますが
こんな静かな事実はお金にむすび付かず喜べないので
ニュースにもならないわけです
投稿元:
レビューを見る
1つの話題は2ページで終わるのでとてもあっさりしている.
そのテーマについて掘り下げるというよりは、思いついたことをさらりとめもしてみたような文章.
時折話題にのぼる未来においての科学的、医学的な問題はかなり著者のバイアスのかかった想像に基づいているのがやや気になった.
哲学者だが、自身の情感、後ろめたさなどもたっぷりと記述しているところに好感がもてる.
アメリカの大学での無差別殺人事件で犯人にも追悼の石(33個目の石)を置く人がいれば、取り除く人がいた.大学は犯人の墓石は作らなかったし、日本の福知山線脱線事故でも運転士の追悼がなされなかったエピソードなど、どちらもすっきり割り切れる問題ではないが心に引っかかるものがあった.
投稿元:
レビューを見る
「無痛文明」という言葉を目にして著者にたどり着き、軽いものから探して読んでみた。短くまとまっていて読みやすい。殺人や戦争、生命倫理などの重い主題について、易しく、そして優しく述べられていた。