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羽生善治論 「天才」とは何か(角川oneテーマ21)

羽生善治論 「天才」とは何か みんなのレビュー

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みんなのレビュー26件

みんなの評価3.7

評価内訳

26 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

天才が語るからおもしろい!

2013/06/06 17:32

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ここなっつ - この投稿者のレビュー一覧を見る

「天武以来の天才」と言われた現役プロ棋士、加藤一二三九段(出版時点)が、自身も感じてきたという、天才の肩書きを背負わされた棋士の感情を、多くのエピソードを混じえて語る。とんでもない記録を打ち立て続ける天才「羽生善治」の、人間の部分をみた気になる本。加藤棋士の軽快なタッチもおもしろい。

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2013/09/18 23:22

投稿元:ブクログ

天才が天才を語る。これほど贅沢なノンフィクションもなかなかない。神武以来の天才・加藤一二三九段が、羽生善治を論じるのである。ついでに自分の天才っぷりももちろん語る。羽生ファン、加藤一二三ファンならずとも、楽しめる作品である。
個人的には、名人戦の仕掛け人としていろいろ仕事してきた舞台が再三現れるのも嬉しかった。第66期名人戦第二局、森内名人の大悪手の際は、対局室のすぐ近くにあった検討室で加藤先生があげた「うっひゃー!」という叫びが、対局室に聞こえてしまうのではないかと気を揉んだものだった。
また、私の最後の仕事となった第70期名人戦第1局の名人勢揃い写真も掲載されていた。これも企画者としては感無量である。

2015/07/02 17:35

投稿元:ブクログ

加藤一二三が羽生さんについて語るんだけど、まぁ自分の自慢話もちょこちょこ。棋士が棋士について語る本とかそんなに読んだことないから面白かった。天才にもいろんなタイプがあるんだな。

2013/07/24 18:14

投稿元:ブクログ

「羽生さんは天才だけど、僕は大天才なんだよね!」みたいな流れには些か辟易するものの、加藤一二三という人を理解するのにはいいのかもしれない。

2013/07/15 23:07

投稿元:ブクログ

羽生は秀才型の天才。
正統にして王道。相手をよく研究する。
森内名人に名人戦でいまいちなのは、森内の方が対局数が少なく、
よく研究できるから。
谷川への心配。会長就任で勝ち数が減るのではないか。
羽生とのNHK杯戦。5二銀を挙げる人が多いが、4八玉がすごいと
加藤は指摘。まさにその通りだと思う。
羽生は冒険してくる。居合抜きのようにピュッと抜くという感じ。

2013/04/16 12:34

投稿元:ブクログ

帯の羽生さんのコメント「私が知らない加藤先生がいた」が全てでしょう。でも、面白い語り口でした。
 「天才」という言葉を、「誰もが思いつかない”将棋の手”を指し示す能力」、それを敷衍して「一つの芸術(棋譜=楽譜、棋士=オーケストラ、名局=名曲が加藤九段の持論)を創作する能力」と考えるのであれば、嫌みなく読めると思う。谷川会長に関するコメント以外は(笑)

2013/07/16 23:46

投稿元:ブクログ

将棋の天才が将棋の天才について考えた本。

自分はこのレベルの将棋の内容について議論できるほど将棋について詳しくないのです。

しかし、それでも物事に関する考え方とか仕事との向き合い方とか参考になる部分があります。

それ以前に、羽生善治という棋士がどういう人なのか改めてわかります。そのすごさもわかります。

(以上、ほとんどブログ全文です。)

ブログはこちら。
http://blog.livedoor.jp/oda1979/archives/4499113.html

2013/07/18 22:44

投稿元:ブクログ

ひふみんが羽生さんをだしに自分がいかに天才かをこれでもかと語る。
なにせ出だしが、かつて私は、「神武以来の天才」と呼ばれた。だ
奥ゆかしいひふみんは自分のことを「天才」といったこともない。もしかしたら家の中では言っているかもしれないが、少なくとも外ではない。
ただ思ったことはある。掛け値なしに、虚心坦懐に、謙虚に自分の将棋を見つめた結果「天才」!と思ってみたのだそうだ。

じつは大山康晴に「加藤一二三は大天才である」と言われたことがある。(中略)そこで問題は、羽生さんを「大天才」と呼べるかどうか、ということである。(中略)羽生さんは「秀才型の天才」だと私は見ている。ここで言う秀才型は研究がスタイルになっているタイプもう一つの「対応型」はここ一番のときに集中して研究するタイプだと、うーむよくわからない流石に大天才ひふみんは一筋縄ではいかないのだ。ついでに大山さんは「天才」と呼ばれることはないとまで書いている。

天才は早指しが得意だが大長考も出来る。ちなみにひふみんは相手の封じ手の後、夜5時間、翌日2時間考え妙手を見いだした。ひふみんはこの話をいたるところで吹聴している。

天才は劣等感を抱かない。じつはひふみんもそうだ。中原誠に18連敗してもここでこうさせば勝っていた。それほど差はなく負けたのはたまたまだ。

「天才は盤を見た瞬間に最善手が浮かんでくる」これはひふみんに言わせれば、文系ならではの特徴である。うーむ、違うと思うがひふみんが言うならしょうがない。研究を続ける秀才型は理系の特徴なんだそうだ。そうだったのか・・・。

天才も木から落ちる。2012年達人戦の準決勝でひふみんは二手指しの反則負けをしてしまう。どうもそのときひふみんは現実感が無かったらしいのだがその理由は対局者の森内さんがモスグリーンの背広を着ていたからだと言うのがひふみんの分析だ。

将棋史に残る驚愕の一手
1989年NHK杯の準決勝当時高校生の羽生五段と対戦したひふみんに67手目の5二銀が待っていた。解説の米長さんが叫ぶ「おおっ、やった!」ひふみんも叫ぶ「ウヒョー!」
ちなみに名人戦で詰みを見つけたときにも叫んでいる「ウヒョー!」

ひふみん伝説は猫にえさをやって訴訟を起こされたり、対局中に相手の後ろから盤を覗き込んだり、駒をたたき割ったり、滝を止めたりと数えきれないらしい。
そんなひふみんが無人島に持っていきたいものは・・・羽生さん。どこまでもおちゃめだ。

2013/07/06 10:02

投稿元:ブクログ

チェック項目18箇所。羽生善治を改めて考えてみたい……一つめは、その圧倒的な強さの秘密はどこにあるのかを探ってみたかったことである、二つめは羽生善治とは何者なのか、ということを考えてみたかったことである、そして最後の理由は、羽生さんがいったい、どこに向かおうとしているのかということに、強い興味を覚えたことだ。本書は「羽生善治論」というタイトルであるが、あえて最高峰が誰であるかを書くことは差し控えた、大作曲家であるバッハ、ベートーヴェン、モーツァルトを比べるようなもので、見解は分かれるところである。羽生善治という棋士を通して、将棋への興味と理解を深めてもらえれば、とてもうれしく思う。将棋400年の歴史に残る大名人である大山さんが棋士は「天才業」と呼んでいたのだから、少なくともタイトル戦を戦っているようなトップ棋士は、自分が意識しているかどうかはともかくとして、「天才」と呼んでもさしつかえないだろう、したがって、羽生さんも、天才であることは間違いない。大天才とは、無から有を生み出すことのできる人、まったく何もないところから、前例のない、すばらしい着手や作戦を思いつく―天才とは、そういうことができる人である。勉強をしている、していないにかかわらず、早く指すことができて、しかも着手が正確で、なおかつ勝つこと―これは、間違いなく天才の共通点である、絶対だ、天才は、盤を見た瞬間に、パッと手がひらめくのである、こうした能力は努力したからといって身につくものではない、もって生まれた、並外れた素質としかいいようがない。あとから考えた手というのは、冷静かつ慎重に、確認しながら読んでいった末の選択であるのだから、その思考回路に欠陥はないはずである、理屈でいえば、ひらめいた手よりすぐれているはずだ、しかし、読むときは往々にして自分の都合のいいように読んでしまう、どこかに判断のおかしいところが生じてしまう。直感の手、ひらめいた手というのは、無心で捉えている、将棋の世界で生きている人間は、無心の手がいちばんいいと考えているものだ。「秀才型」というのは、研究がもはやスタイルになっているタイプのことだ、羽生さんはおそらくそうだと思うし、谷川さんもこのタイプだろう。羽生さんはなんとか苦しい局面をしのぎながら、まさしく糸のような細い、細いコースを辿っていくことができるのである、それが可能である理由はやはり、「勝負勘がずば抜けている」ということだと私は思っている。「不利な状況を喜べる人間」―羽生さんは自分自身をそう評しているが、つまりピンチのときほど奮い立ち、なんとかすることを喜びと考えられる、そうした姿勢が羽生マジックを生み出すのだと思う。ほかの棋士に較べ、作戦のレパートリーが圧倒的に広いこと、それは羽生さんを語るうえで絶対に見逃せない特徴であり、完勝が多い理由にもなっているのではないかと私は思う。将棋に必要な体力は、消耗しない体力だといっていい、いかに長時間、フレッシュな状態を保てるかということが肝心なのであり、これらは憎体的トレーニングをしたからといって身につくものではない、対局を重ねていくなかでしか培われないものなのである。羽生���んと森内さんの将棋をあらためて検討してみて浮かび上がってきたことは、森内さんが非常によく羽生さんを研究しているということである、とくに序盤の研究は行き届いている、このことが、森内さんが羽生さんと相性のいい最大の理由だと私は思う。

2013/09/04 00:04

投稿元:ブクログ

羽生さんにかこつけた加藤一二三さんの自分語り、に一言でまとめるとなってしまう。語り口がストレートで、自分語りでも自慢にみえそうな話でも嫌らしい含みを感じさせないので、楽しさが先行して伝わってくる。「天才」とは何かというテーマについても、同意するしないはさておき、長年天才達の中で観察してきた蓄積を感じる。

2013/10/29 17:23

投稿元:ブクログ

「加藤は沈香も焚かず、屁もひらず」の表現は笑える。将棋の世界は厳しく辛辣でそして個性豊かな集合体。

苦しい時や指し手が見えない時には相手の選択に「自由にしてください」と身を委ねる、すなわち状況を複雑にし相手の出方(他力)を利用して返し技をしかける…も凡ゆる指し手に自信がないと取れない戦法だ。実生活でもつかえるかな?!「状況を複雑にする」は!!

2013/08/15 21:29

投稿元:ブクログ

20130815 名人同士しかわからない事。素人が聞くと自慢に取られるところをそうさせないところが作者の人格なのだろう。

2013/05/13 07:54

投稿元:ブクログ

将棋というのは天才業、なのだそうだ。そして羽生善治さんも天才に間違いない。そしてもちろん、羽生さんと対戦し、勝ったことがある著者も。羽生善治という名前を使いながら、将棋の、そして自らの凄さを描く本。というといやらしい感じがするけど、羽生さんの著作を読んでいると、ああなるほどあの辺ね、ということがたくさん出てきて、その副読本としてもよい。やっぱり羽生善治の名前を使いながら、でも俺が! というところが、とても好感がもててよい。という点で、二重に面白い本だった。

2013/08/25 23:07

投稿元:ブクログ

羽生善治論5割、加藤一二三論5割という感じだった。
羽生さんの事を語っているように見せかけて、ちょこちょこ自分の話に絡めるところに笑ってしまった。

羽生さんは森内さんとの相性が悪いなど、羽生さんを取り巻く棋士の話も面白かった。

2013/05/14 00:15

投稿元:ブクログ

最近、将棋が面白くなって来た。

自分のレベルというのは、小学生でも勝つ事はできないかもしれないくらい弱いと思う。昔からNHKの将棋中継を観るのは好きだったし、将棋の盤面の変化を眺めるのは好きだった。

最近は便利な世の中となり、インターネットで、昔の対局を観る事が出来たりする。そうすると、昔は意味がわからなかった指し手の意図がおぼろげではあるけれど、なるほどと思える様にはなって来た。

特に加藤一二三九段と羽生善治四段(当時)の対局は、米長九段の解説の叫び声が今でも印象に残っている。ド素人でさえあの対局が凄かったと感じる事が出来たけど、その当事者である加藤一二三九段は対する羽生善治氏に対してどんな気持ちであったのか、興味があった。

そんなタイミングでこの本を見つけたからには、読まない訳にはいかない。
この本を、大変面白く読むことができた。

ちょっと将棋を勉強したいと思わせる面白さがあり、良い本だと思う。将棋を勉強する事で、棋士の思考の流れをつかめる事が少しでもできたなら、この本の面白味がさらにわかるかもと思わせる一冊じゃないのかなと感じた。

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