紙の本
聴覚に障害をもつ著者のユニバーサルデザインについての熱い思いが伝わってくる一冊です。
2019/04/08 10:13
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、10代で聴覚に障害を来した著者が、周囲の無理解に悩みながらも、普通の人々と問題なく共生できる社会の創造を目指して、ユニバーサルデザインのコンサルティング業務を通じて模索してきた様々な工夫について熱く語られた一冊です。内容も、「静かな大惨事―音のない世界から」、「音のない世界から見た社会」、「ユニバーサルデザインで世界をかえたい」、「<聞こえない>と><聞こえる>をつなげていく>」、「<私だからできる>を仕事に」といった構成になっており、ユニバーサルデザインの現状はもちろん、著者が求める理想の社会についても理解できるようになっています。ぜひ、多くの方々に読んでいただきたい一冊です。
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(10/9 再読)
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こないだ読んだ『誰でも手話リンガル』の著者の新刊。岩波ジュニア新書をおいてる本屋がかなり少なく、何軒かまわってやっと入手。図書館にも入るだろうが、読んでみたくて買った。
「私の特性、そして強みは聞こえないことです」(p.iii)という著者は、小4で右耳が突然聞こえなくなり、その後、左耳の聴力も少しずつ失って、今はほとんど聞こえない中途失聴の人。「聞こえる世界」と「聞こえない世界」と、その間の「聞こえにくい世界」を実体験してきたからこそ、それがどんなことなのか、想像ではなく、自分の言葉で語ることができる。
「耳が聞こえない(聞こえにくい)」ことは、外見からは分かりにくい。だからこの本では、ユニバーサルデザインを考えるときに抜け落ちがちな「聞こえない・聞こえにくい」側の視点で、それがどんな世界なのかが述べられている。同時に著者は「世の中には外見でわかる障害だけでなく、様々な特性や個性を持った人たちが存在することを知ってほしい」(p.vi)という。それぞれの人にとって「バリア」になるものが違うことを、著者は「いろんな人」とのつきあいの中で身をもって知り、そのこともこの本で伝えようとしている。
「聞こえない・聞こえにくい」人にとっては便利で役立つものが、別の人にとってはついていけないものになったり、かえって暮らしやすさを損なうものになる可能性もある。
▼「障害の形態によってニーズが異なり、ときにはそれらがぶつかりあう」こともあります。それに対してお互いが歩み寄り、優先事項を整理し、結果的に皆にとって有効になるのはどんな方法なのか、その話しあいを繰り返していく、その積み重ねと歩み寄りが、より良いユニバーサルデザインにつながっていくのです。(p.181)
そこのところは、著者が関わった羽田空港国際線旅客ターミナルビルのユニバーザルデザインを例に、議論し、つくりあげていった過程で、それぞれのニーズがぶつかりあったときにどうしたか、どちらかのニーズを優先させたときには何が判断基準になったかが詳しく書かれている。
「聞こえない・聞こえにくい」人にとってどうかという視点だけでなく、こういう場合にはこんなことが困る、こうであってほしいというそれぞれの立場の人の意見に、ナルホド~と思うところがいっぱいあった。
話し合いを積み重ねていくための情報保障のことも、この本では考え方とともに、具体的に役立つ機器やソフトウェアの紹介をしている。とくに、音声認識を利用した会議の支援アプリ「UDトーク(http://plusvoice.jp/UDtalk/ )」は、ええな!!と思った。「はい、青木です!」と言ったのが「早起きです!」となったり、「松森です」が「目詰まりです」となったり、笑える誤認識もいっぱいありつつ、このアプリを聞こえる人と聞こえない人が一緒に使って会議をしてきた経験をもとに、著者はこう書いている。
▼会議や話しあいのユニバーサルデザインとは、言いたい人が言いたい放題言えることではなく、「参加している人が同じ情報を共有できる」と���うことが大切なのです。そのために、手話通訳や要約筆記、そしてUDトークという音声認識の活用も一つの方法としてあるのです。(p.208)
手話通訳は聞こえる側、聞こえない側の双方にとって「お互いに同じレベルでコミュニケーションをしたり、情報の共有をしたりするために」(p.80)必要なものだということも繰り返し書かれている。手話通訳=聞こえない人のため、と思っている人があまりに多いので、このことはしつこくしつこく伝えていくしかないと私も思う。
▼手話や手話通訳は、聞こえる世界と聞こえない世界をつなげてくれます。そしてそれは、どちらか一方にとって必要なのではなく、お互いがスムーズにつながるために両方にとって必要な存在なのです。(pp.132-133)
10代半ばでほとんど聴力を失った頃の経験を書いた3章は、読んでいてちょっとしんどい。聞こえていた音が、しだいに聞こえなくなっていく中で、友人や先生、親とのやりとりがうまくいかず、「できないことが、少しずつ増えていくという感覚」(p.90)だったという。
聞こえない・聞こえにくいことでいじめられ、からかわれることが増えて、「聞こえるフリ」をしようと決心した小学生は、相手が何を言っているかわからなくてもわかったように頷き、相手が笑っていればなぜ笑っているかわからなくても笑った。授業では、答えがわからないのではなくて、そもそも先生の質問が聞き取れなくてわからない。何度も聞き返すことができず「わかりません」としか言えなかった著者は、学校生活のなかで神経をすりへらしていく。
今なら、「聞こえないことを説明して理解してもらい、適切なサポートを求める」こともできるけれど、当時の著者はできなかった。「聞こえないのは恥ずかしいこと」「聞こえないことはできるだけ隠しておきたい」「できるだけみんなと同じようにしていたい」という思いが強かったからだ。
高校時代は、いろんな意味で著者の転機になった。ある先生に言われて、「聞こえないことは、外から見て分からない」と初めて気づいた。「だれもわかってくれない」と一人で抱えこんで嘆いていたけれど、みんな「わからなかった」のだと気づき、勇気を出して校長先生に自分の状況を正直に話してから、授業も少しずつ変化した。
中学生のときには一人で悩んでいた辛い状況を、高校、大学と進むうちに、その状況を別の形へ変える努力をしようと思うようになった著者の経験は、もっと社会をユニバーサルなものにという思いにつながっていく。
ちょっとタイトルが長すぎるなーと思うけど、著者の主張を最大限コンパクトに表現すると、やはりこれかなーとも思う。障害者差別禁止法の「合理的配慮」を考えなければナラナイ人などにも、ぜひ読まれてほしいと思う。(それにしても「合理的配慮」は訳語が悪い。「配慮」をする側と、される側をカンタンに分けてしまいやすいところがとくに。reasonable accommodationが、なんで合理的"配慮"になるのだろう。)
(7/21了)
※2つのイラストのタイトルが入れ違っている
共用品ネットの「音カタログ」も確認したが、p.49のイラスト(http://kyoyohin-net.com/oto/house.html)の左上に「きこえる世界」とあるのは、「きこえない世界」が正しく、p.52のイラスト(http://kyoyohin-net.com/oto/house_sound.html)の左上は「きこえない世界」とあるが、これは「きこえる世界」が正しい。
音カタログ(共用品ネット)
http://kyoyohin-net.com/oto/
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聞こえる世界も、聞こえにくい世界も、まったく聞こえない世界も知っている中途失聴の著者による、健常と障害の種類にかかわらずいろいろな世界の橋渡しをしたいという熱意を感じられる内容。
著者の意図通り、若くして中途失聴などで悩める人が読めば共感し励まされると思うし、聴覚障害のみならず障害をもつ人の気持ちや日々不自由に感じているることなどをくわしく知り、自分に何ができるか考えることができる。十代の頃に出会った本として、想像力を教えてくれたアンブックス、力強い生きかたをまなんだ『スカーレット』といった小説、さらに住井すゑ『橋のない川』や中村久子『こころの手足』といった差別や障害について考えられる本の紹介もあるし、著者が関わったユニバーサルデザインの活用例もあれこれ紹介されているので、広く大勢の人が読んで何らかの収穫を得られる本だと思う。
「聞こえないことが強み」すなわち聞こえる世界と聞こえない世界という相反する世界を両方を知っていることで。両者を比較する視点を持ってものを考えたりアイデアを出したりできる。これは他のあらゆるハンデやコンプレックスなどに置き換えられる真理だろうと思う。
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中途失聴者で、現在ユニバーサルデザインの仕事をしている松森果林さんのジュニア向けエッセイ。
聞こえない世界の案内と、聞こえる世界とつながるための取り組みがかかれている。
『代読裁判』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4589036061を読んだ後だけに、音の有無で断絶してしまう世界をつなげようとする試みと、よい方に変わっていく現実に安心した。
どうやったら変わるかな?って考えていく取り組みはわくわくする。
特に東京国際空港の話がおもしろかった。
果林さんが音を失っていく思春期の話はつらい。
でもちゃんと希望がみえる。動けば変えられると思える。
完全に聴覚を失ってから入学した聾者のための短大で、果林さんは「普通」になれる。
みんな聞こえないから、聞こえない自分も弱者やかわいそうな人やマイノリティとしてではなく、ただの学生の一人になれる。
ちょうど直前に読んだハートマウンテンの写真集http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/431401119Xにも、強制収容所の日系人について同じ事がかかれていた。
女子校出身者や尼さんも、周りみんな女子だから「女子の役割」の中にとどまらずに動けるようになったと言っていた。
「お前なんかには無理」も「無理しなくていいんだよ」も自信を失わせることに変わりはない。
マイノリティを隔離するのは良いことではないけれど、周辺化されがちなマイノリティが縮こまらずに済む場所は必要だ。
ないがしろにされない経験を積むことで、はぐくまれる自信がある。
以前は自分が共感できるマイノリティの話を読むたびに、マジョリティの無理解や無神経に憤っていた。
でも、聞かなきゃ分かんない事ってあるよなって思うようになってきた。
自分の無知を実感することが多くなったから。
こういう風にやさしく教えてくれる本があるのはありがたいことだ。
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ろう文化を紹介する本を読むと、ろう者と聴者の間に流れる深い河(または高い壁)を感じ、自分の手話の未熟さと「自分はろう者のことを何もわかっちゃいない」という思いにどこまでも落ち込んで行きそうになりますが(もちろんそれでも読みますよ! 這い上がって次の本に手を伸ばしますよ!)、この本は中途失聴者の松森さんが、やさしく分かりやすくユニバーサル・デザインについて、聴覚障害について説明をしてくれています。中高生対象のジュニア新書なので「みなさんと同じ年頃の~」というような言い回しが出てくると、「すみませんっ! お邪魔してます!」と思わず頭を下げたくなりますが、年齢を問わず手話学習者には“必読の書”ではないでしょうか。
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羽田空港国際ターミナルのユニバーサルデザインについて。ガラス張りの透明なエレベーターはただお洒落なだけではなく、聴覚障害者にとっては、音声情報がない中でエレベーター外の情報を入手できる手段となる。さらに、縦縞のデザインフィルムを貼ることで、弱視の人が誤って壁にぶつかることも防止している。
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言われてみたら当たり前だけど気づいていないことがとても多いと再認識させられました。すごく分かりやすくて感心の連続。
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「自分にとっての「当たり前」が、相手のそれと同じとは限らないということです。あなたの「当たり前」と、相手の「当たり前」は違うかもしれないのです。」
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聴覚障害の人の不便さを初めて知った。
気にしてないと分からないことだらけだなー。自分の鈍感さにも反省。
音声案内のみでは情報から取り残されてしまうし、まして震災時・災害時は命に関わる。
「CMに字幕を」、「聞こえなくても東京ディズニーランドを10倍楽しむ方法」、他にも会議、電話通訳。聴覚障害者のニーズがあるのにこれだけ取りこぼしていたのか。
著者の言う通り、音が聴こえないだけで不便を感じる世の中であってはならない。
出来ない理由を考えるのではなく、出来る方法を考える大切さを強く感じた。
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「周りの人といかに折り合いをつけながら、生きていくのか。」
障がい者、健常者問わず、常に課題となることだが、
この本にはその解決のヒントがあるように思った。
私は昔から、
「お年寄りと子供(または弱い立場にある人)にやさしい社会は 全ての人にとって 生きやすい社会だ」と考えているが、
この本を読んで、改めてその考えは間違っていなかったと感じた。
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刊行日 2014/06/20
「10代で失聴した著者は,周囲の無理解や偏見に悩みながらも,健聴者と共に生きる社会をユニバーサルデザインのコンサルティングを通じて模索してきた.生活用品から公共施設,さらには情報のUD化まで幅広く手がけるのは,誰もが暮らしやすい社会にしたいとの一念から.UDの今を知るだけでなく,理解を深めるのに最適の一冊.」
松森果林(まつもり・かりん)
1975年,東京都生まれ.ユニバーサルデザインコンサルタント.小学4年で右耳を失聴,中学から高校にかけて左耳の聴力も失う.筑波技術短期大学デザイン学科卒業.在学中にTDLのバリアフリー研究をしたことがきっかけで「ユニバーサルデザイン」が人生のテーマとなる.オリエンタルランドなどを経て独立.NHK・Eテレ「ワンポイント手話」出演,「ろうを生きる難聴を生きる」司会.「井戸端手話の会」主宰.著書に『星の音が聴こえますか』(筑摩書房),『誰でも手話リンガル』(明治書院),共著に『〝音〟を見たことありますか?』(小学館),『ゆうことカリンのバリアフリー・コミュニケーション』などがある.
はじめに
プロローグ ここは手話カフェです
第1章 静かな大惨事―音のない世界から
震災から見えたこと/障害者の死亡率/「今,何が起こっているの? どうしたらいいの?」/「危険」が聞こえない,ということ/「生字幕」に対応したテレビ局/テレビの字幕とは/だれに対しての手話通訳か?/停電は聴覚障害者のコミュニケーション手段を奪う/「コミュニケーション障害」と「情報障害」/そのとき被災地の聞こえない子どもたちは/佐々木主磨君の体験/千葉優美さんの体験/三條万里さんの体験/三人の体験から考える/だれもが安心して暮らせるユニバーサルな社会とは
第2章 音のない世界から見た社会
「音のある世界」と「音のない世界」/情報は目から入ってくる/「?」を「!」に/聴覚障害とは?/聴覚障害の種類/聴覚障害の表記のいろいろ/聴覚障害の程度/身体障害者福祉法における聴覚障害者/コミュニケーション手段/音を教えてくれる聴導犬/情報保障とは? コラム・手話通訳になるためには
第3章 ユニバーサルデザインで世界をかえたい
「普通」って何? 自分らしさって何?/少しずつ聞こえなくなる/11歳の決心/皆と同じように/聞こえるかどうかテスト/やっぱり「聞こえない」/聞こえないことは外見ではわからない/何でも話せるたった一人の友だち/そして全ての音が消えた/目標が見つかる/「自分らしさ」をつくりあげていく/ユニバーサルデザインとの出会い
第4章「聞こえない」と「聞こえる」をつなげていく
「共用品ネット」で広がる世界/新しい体験/ママたちの井戸端会議が「井戸端手話の会」へ/気が付けば医師の上にも十数年/子どもたちにも広がるユニバーサルデザイン思考/手話通訳がつなげてくれる二つの世界/講演で「伝える」/書いて「伝える」/本が私に伝えてくれたこと/「うれ��い」「楽しい」「面白い」が原動力
第5章「私だからできる」を仕事に
「聞こえないこと」が強み/当事者の実体験を提案する/ワサビの臭いで火災を知らせる!/羽田空港新国際ターミナルのユニバーサルデザインにかかわる/広いスペースとわかりやすいアクセス,そして見やすいサイン/トイレいろいろ/世界初のステップレス搭乗橋/情報を視覚で得る人のために/フライトインフォメーションボード/トイレのフラッシュライト/エレベータの聴覚ボタン/筆談ボード・コミュニケーション支援ボード/頼もしいコンシェルジュ/テレビ電話による手話対応サービス/違いを乗り越える/CMにも字幕を!/あきらめずに発信を続ける/「できない理由」ではなく「できる方法」を見つける/ついに国が動き出した/日常のアクシデントをチャンスに変える/一〇〇回ダメでも一〇一回目はうまくいくかも!/ユニバーサルデザインを広げていくために/仕事を助けてくれるツール/テレビ出演でつながる/疲れたら休もう
主要参考文献・資料
おわりに