紙の本
忘れられた偉人たちに捧げる鎮魂曲
2014/09/29 18:15
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投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る
ここに紹介された十三人は、今や誰も知る人がいない。だが、当時は英国王室で歓待を受けたり、その技芸で世界中の劇場を賑わしたりした人たちである。彼らの名声が地に落ちた理由は人それぞれだが、そのドラマチックな点は共通する。成功談より失敗談の方が面白いということもあるだろう。だが、それだけではない。彼らに共通する、人を疑わず、自分を信じ、ひたすら邁進するその生き方に、著者は惹かれている。
人は言う。意欲さえあれば、いつか成功する、それがアメリカだと。「だが、現実に僕たちが褒め称えているのは、大金を稼ぐ以外には何の能力もない人々、騙され侮られた人々を踏みつけにして成功した連中ばかりだ」と、著者は慨嘆する。歴史は勝者によって書かれる。勝者の陰には、同じ夢を追いながら敗れた者がいる、著者が書きたかったのは、敗者の論理なのか。この中には才能があれば面白い小説が書けるだけの材料が溢れている。これを書いていたとき著者の心中に「僕もまた敗者なのでは」という疑念が湧いていなかったか。
有名な葡萄の苗の開発者、病を治し生物の成長を促進する青色光線の発見者等、当時評判を呼んだ人々が多数登場するなかで、題名にある阿房宮の主バンヴァード、シェイクスピアの贋作者ウィリアム・アイアランド、偽台湾人で『台湾史』の著者サルマナザールのポルトレが、断然光る。
バンヴァードは、巨大なキャンバス上に描いた風景画を動くパノラマにして見せた。大人気を博し豪邸まで建設しながら、有名な興行師バーナムの挑発に乗り、宣伝競争に負け全財産をなくしてしまう。
自分を顧みない父を見返そうとした贋作が評判を呼んだウィリアムは、シェイクスピアの筆跡で自作の戯曲を書き上げる。心身とも虚弱で疎んじられた若者が、他に抜きん出た能力を発見し、自己実現してゆく話として描いているところに著者ならではの視点がある。
得意のラテン語を頼りに、アイルランド人や日本人に成りすまし、口から出まかせの嘘八百を並べ、ついには台湾についての本まで出版してしまうサルマナザール。それだけ能力があるなら、何でもできそうなのに、偽台湾人で食えればそれでいい、という欲のなさ。このエキセントリックさも飛び抜けている。
もともと本好きが嵩じて、この種の挿話を博捜するのを仕事にした著者だ。科学よりも文学、劇、芸術に関わる人物を扱うときのほうが筆が走る。エマソン、ホイットマン、ホーソーン、E・A・ポオらの名前が、ことあるごとに顔を出す。アメリカ文学の源流ともいうべき作家が専門で、資料を追っていて、これらの人々を発見したのかもしれない。
著者の名は『古書の聖地』で見知っていた。ヘイ・オン・ワイで本屋の見習いをしていたときには、この本はすでに書かれていたようだが、なかなか出版先が見つからなかったようだ。その後、何冊か売れたことにより、やっと日の目を見たということらしい。よくも集めたものだが、十三人も登場させれば、ばらつきが出るのは仕方がない。当然のことながら、中には事跡は眼を引くものの人間的には真面目一途の善人という人もいて、ぴちぴちタイツでロミオを演じるアンティグア出身のキャンプ俳優、ジョン・コーツなどという際物連中の中では影が薄く、その分損をしている。
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世界を変えなかった人たち
2024/01/24 14:29
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投稿者:ichikawan - この投稿者のレビュー一覧を見る
世界を変えた人たちの物語が語り継がれるのは当然だ。では世界を変えなかった人たちについてはどうだろうか。これが実に面白いものとなっている。
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世の中には、どうしてこんな物をと思うようなものに執着する人が必ずいる。傍目から見ればごみ屑同然でも、当人にとっては宝物なのだ。ポール・コリンズにとって「歴史の脚注の奥に埋もれた人々。傑出した才能を持ちながら致命的な失敗を犯し、目のくらむような知の高みと名声の頂点へと昇りつめたのちに破滅と嘲笑のただ中へ、あるいはまったき忘却の淵へと転げ落ちた人々。そんな忘れられた偉人たち」が、それだった。
ここに紹介された十三人は、今や誰も知る人がいない。だが、当時は英国王室で歓待を受けたり、その技芸で世界中の劇場を賑わしたりした人たちである。彼らの名声が地に落ちた理由は人それぞれだが、そのドラマチックな点は共通する。成功談より、失敗談の方が面白いということもあるだろう。だが、それだけではない。彼らに共通する、人を疑わず、自分を信じ、ひたすら邁進する――立ち止まるべきところであるにもかかわらず――その生き方に、コリンズは惹かれているようだ。
合衆国はアメリカン・ドリームを信じる人で溢れている。意欲さえあれば、いつか成功する、それがアメリカだ、と。「だが、現実に僕たちが褒め称えているのは、大金を稼ぐ以外には何の能力もない人々、騙され侮られた人々を踏みつけにして成功した連中ばかりだ」と、コリンズは慨嘆する。歴史は勝者によって書かれる。勝者の栄光の陰には、同じ夢を追いながら敗れた者がいる、著者が書きたかったのは、敗者の論理なのだろうか。小説家としての才能があれば、この中の何人かのエピソードは充分面白い小説になるだけの材料に溢れている。これを書いていたときの著者の心中に「僕もまた敗者なのでは」という疑念が鬱勃としていたのではなかろうか。
科学史上の大発見と騒がれた光線の発見者がいる。有名なコンコード種の葡萄の苗を開発しながら、あのグレープ・ジュースのウェルチを儲けさせただけの人物がいる。音で世界共通言語を創ろうとした人、ガラスを透過する青色光線が病を治し、生物の成長を促進することを証明した人物、と当時は評判を呼んだ人々が多数登場する。なかでも題名にある阿房宮の主バンヴァード、シェイクスピアの贋作者ウィリアム・アイアランド、偽台湾人で『台湾誌』の著者サルマナザールのポルトレが、特に生き生きしているように思えた。
ジョン・バンヴァードは、巨大なキャンバス上にミシシッピ河の流れを描いた風景画を、クランクで巻き取りながら長尺のパノラマとして見せるショーの開発者として成功した人物。米英で人気を博し、大邸宅まで建設しながら、あの興行師バーナムの挑発に乗り、見事に負けて全財産をなくしてしまう。アイデアの開発者であり、陳列物は本物なのに、やり手興行師の宣伝の巧さにしてやられたバンヴァードの悲哀に著者ならずとも、正直者がばかを見るこの世の非情さを恨みたくなる。
自分をのろまと見て顧みない父を見返そうとして、つい手を染めた贋作が、評判を呼び、やめようにもやめられなくなったウィリアムは、とうとう作家が書いてもいない戯曲を作家の筆跡で書き上げるという途方もない企てに挑戦する。シェイクスピアの贋作者として有名な���を、心身とも虚弱で疎んじられた若者が、自分の持つ他に抜きん出た能力を発見し、自己実現してゆく話として描いているところに著者ならではの視点があり、ポルトレとして成功している。
サルマナザールも種村季弘ほかによってすでに紹介済みの有名人だが、ラテン語がしゃべれるのを強みに、出自を偽って、アイルランド人や日本人に成りすまし、口から出まかせの嘘八百を並べるだけでは収まらず、ついには行ったこともない台湾についての本まで出版するという、稀代の嘘吐き。それだけの能力があるなら、もっと何かできそうなものなのに、偽台湾人で食えればそれでいい、という欲のなさ。この人物のエキセントリックさも飛び抜けている。
科学史に残る逸話を扱ったものもいくつかあるが、もともと本好きが嵩じて、この世の片隅に置き去りにされた人物についての挿話を博捜するのを仕事にした著者である。文学、劇、芸術に関わる人物を扱うときのほうが筆が走るようだ。本人の専門がアメリカ文学の源流ともいうべき作家にあるのか、エマソン、ホイットマン、ホーソーン、E・A・ポオらの名前が、ことあるごとに顔を出す。もともと、そちらの資料を追っていて、これらの人々を発見したのかもしれない。
ポール・コリンズの名は、『古書の聖地』で見知っていた。ヘイ・オン・ワイで本屋稼業の見習いをしていたときには、この本はすでに書かれていたようだが、なかなか出版先が見つからなかったようだ。その後、何冊か売れたことにより、やっと日の目を見たということらしい。よくも集めたものだが、十三人も登場させれば、ばらつきが出るのは仕方がない。当然のことながら、中には事跡は眼を引くものの人間的には真面目一途の善人という人もいて、ぴちぴちタイツでロミオを演じるアンティグア出身のキャンプ俳優、ジョン・コーツなどという際物連中の中では影が薄く、その分損をしている。
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面白いぃぃぃ~!!
一躍時の人となりながらも、たちまち見向きもされなくなり、歴史に名を残すことなく忘れ去られてしまった、そんなちょっと切ない13名の人々について書かれた本です。
「歴史の脚注の奥に埋もれてしまった人々。傑出した才能を持ちながら致命的な失敗を犯し、目もくらむような知の高みと名声の頂点へと昇りつめた後に破滅と嘲笑のただ中へ、あるいはまったき忘却の淵へと転げ落ちた人々。そんな忘れ去られた偉人たちに、僕はずっと惹かれつづけてきた。」
13名それぞれ高みから失墜したといっても、地球空洞説のジョン・クリーヴズ・シムズや、存在しないN線の発見者ルネ・ブロンロ、これまたそんなものはない青色光のさまざまな効能を発見したオーガスタス・J・プレゾントンとか、父親を喜ばせようとシェークスピアの贋作りを続けたウィリアム・ヘンリー・アイアランドや、偽台湾人として時の人となったジョージ・サルマナザールなど、端から間違っていたり嘘であったにもかかわらず、世間から受け入れられもてはやされてしまったが故に失墜した人々がいれば、巨大な長い長いキャンバスにミシシッピ川の岸の風景を描き、それを巻き取りながら見せることで観客に川の旅を楽しませることが出来る、そんなパノラマ装置を作り出したバンヴァードや、ニューヨークで空圧式の輸送機による地下鉄を計画し、着々と準備も進めたアルフレッド・イーライ・ビーチ、音による言語体系を作り出したジャン・フランソワ・シュドルなど、大変な労作、すごい物で注目されるも、時代の流れに乗り続けることができず失墜した人々もいて、その失墜ぶりは様々です。
他にも、消費されすぎたために陳腐化してしまった詩人マーティン・ファークワ・タッパーとか、色々斬新すぎたために話題にはなるも評価されなかった俳優ロバート・コーツとか、才能に恵まれていながらも、シェイクスピアがウォルター・ローリーとエドマンド・スペンサーとフランシス・ベーコンの共同のペンネームだった説にとらわれ狂気に陥ったディーリア・ベーコンとか……
とくに切ないと感じたのが、非常に苦労して北米の地で栽培できる美味しい葡萄、コンコードを作り出したイーフレイム・ブルのむくわれなさ。国中で栽培されるようになり、様々な人に利益をもたらすも、ブルには最初の頃に売れた挿し木の代金しかもたらさなかったという悲劇。この方の墓碑銘は、「彼が種をまいた 他の人が収穫した」なのだそう。
登場する全ての人が偉人というわけではないですが、良くも悪くも突出した人物ぞろい。そんな人物達を紹介するこの著者の語りは非常に巧みで、どの章も一篇の巧みな小説を読んだような驚きに満ちた充足感が得られます。お勧めです!
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歴史に名前を残し損なった人や、元から残すべきではないことで危うく残しそうになった人々について書かれています。
愚かな人たちだ、と笑い飛ばすこともできるでしょうが、作者は、そういう視線で取り上げた人々を見ていません。
成功こそ正義、という考え方は素晴らしい物事を生み出すかもしれませんが、多くの正義ではない存在があってこそ成功者とは生まれるのだ、ということと、では成功出来なかった人たちを私は笑うだけで良いのか、と考えさせられました。少なくとも私にはこの人たちのように失敗するまでの舞台に進む才能はないのです。
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三浦しおんかなんかが、絶賛していたので読んでみた。
正史には、名を残さなかった歴史上のトリックスターたち13人の伝記。小説家にとっては事実は小説より奇なり的に非常に興味深いのだろう。
シェイクスピアの贋作者による未発見劇の発見、空気圧地下鉄がもう少しでNYに開通しそうになった話、など面白いがそれ以上のものはないという感じ。
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サブタイトルの通り、この本に出てくる13人は、今の時代から見ると「世界を変えなかった13人」である。13! キリスト教圏で言うところの不吉な数字の彼らは、だいたいの場合「えっ何言ってるの、バカなのあなたたち」と言いたくなるようなことを大言壮語している人である。
なんだろうなぁ。地動説だったりフロギストンだったり錬金術だったりエーテル的な。
最初は、このネタで13人読むのは辛い、と思っていたのだけれど、読み進むうちに感じるのは「あれ? でも私がいま正しいと思っていることは、後世にどれだけ正しいとされるのだろうか」と言うこと。
それくらい、彼らは当時の人々に熱狂的に受け入れられている。
解説でSTAP細胞について触れられていたが、私はむしろベストセラー作家を思い浮かべた。誰もが「新しい、革新的だ」ともてはやし、買い求め、しかしながら、1年も過ぎる頃にはブックオフの100円コーナーですら売られない。10年過ぎる頃にその作家を読んでいると言えば「え? あの○○の?(失笑)」と言われる始末。
世の中の流行り廃りや正しさっていうのに、絶対はないなぁと感じたいしだいです。
私が一番惹かれたのは、一生涯ニセモノの台湾人として生きた「ジョージ・サルマナザール」がどうしようもなく魅力的である。本名が分からないと言うところがまた、ミステリ的にはたまらない。
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シェイクスピア人気。贋作を書いたアイアランド、奇天烈なロミオを演じたコーツ、実在しないと思い込んで狂ってしまったベーコンと、関連の人が3人も登場。オルコットの父、ホーソン、エマソン(私どうもこの人いんちきな気がする)など、南北戦争の頃の米国の文人たちがそこここに登場するのも面白かった。この時代のアメリカってそういう怪しげな空気に満ちてたのかもしれない。コンコード種を作ったブル、ソレソ語を作ったシュドルが印象深い。
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生まれた時代が悪かったのか、運が悪かったのか、一世を風靡しながらも世界を変えることができず、歴史に埋もれてしまった13人のポートレート集。地球空洞説、音楽言語、空圧式地下鉄………etc、珍説、奇説や贋作、詐欺師のオンパレード。紹介される彼らの人生は奇想天外で、滑稽であり、哀しくもある。まさに事実は小説より奇なり。
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一世を風靡したものの今は忘れられた13人についてのドキュメンタリー。言い換えればスケールの大きい『あの人は今?』とも言えるのか(みんな死んでるけど)。
しかし一世を風靡しただけあって、取り上げられている人物は皆、それなりにユニークで、情熱があって、行動力もあった(ディーリア・ベーコンなんて、あの時代で、更に女性という立場を加味すると、相当なものだろう)。結果が伴わなかっただけで、人間としてはけっこう魅力的なんじゃないだろうか。