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hontoレビュー

江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統(星海社新書)

江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 みんなのレビュー

新書

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みんなのレビュー49件

みんなの評価4.1

評価内訳

49 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

眉に唾をつける

2015/12/31 11:18

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:mizumotojin - この投稿者のレビュー一覧を見る

江戸しぐさってなんかうさんくさいと思ってはいたけれども、自分ではなかなか真相を調べることはできません。こういうことをきちんと調べてもらえるのは有り難いことです。都合がいいものを無批判に教育に取り入れてしまうのは危険であるということを知るために、教育現場にいる先生方に読んでほしい一冊。

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紙の本

江戸しぐさって何?と思ったらこの本を読んで

2015/06/03 21:56

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:くりんぐりん - この投稿者のレビュー一覧を見る

「江戸しぐさ」って何?と思ったそこのあなた。
知らないのが当然です。というのは、江戸しぐさとは、ある特定の人達が「江戸時代では常識だったこと」としてつくりあげたものなのです。
驚くべきことは、今では教育現場に浸透し、学校で江戸しぐさを教えるところもあるとか。
じっくりコトコトにこんだ江戸そっぷとか、江戸時代の人はチョコレートやバナナを食べていたとか、仰天な江戸しぐさ。なぜそんなものが出てきたのかがこの本で検証されています。おもしろいです。お勧めです

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2016/01/16 15:09

投稿元:ブクログ

「江戸しぐさ」。ちょっと中身を聞いただけで嘘八百の「トンデモ」だということはすぐわかりそうなものだが、嘘かどうかよりも、「この考え方を広めたいかどうか」を重視する連中によって、広がりを見せている・・・という。恐ろしいことだ。そういう意味で、こういう反証本の意味は大きい。反証の仕方は、新書という性格もあって必ずも実証的ではないところもあるが、総体としては説得的であるといってよいだろう。最後に歴史学者ももっと批判・反論すべきである、と述べているが、これはその通りだと思う。

しかし、こういうことをわざわざ説明しないといけないほど、そして政治家がこういうものを信じる(あるいは利用しようと思う)ほど、日本社会の知性は不調に陥っているというのは、悲しいことである。もちろんいつの時代にもどんな場所にも「トンデモ」を信じる人間はいるが、社会的影響力の大きい人間が信じている、という点に思いを致すと、暗澹とした気分にならざるをえないのである。

2015/03/25 00:10

投稿元:ブクログ

文部科学省が道徳の教材に採用するまでになった「江戸しぐさ」。これがいかにトンデモであるかを訴えている本。「こやし」=「人糞尿」と決めつけてしまうのは、いささか性急な感じもするが(江戸時代に「芸の肥やし」とは言わなかったのだろうか?)。
著者が指摘するように、確かに「江戸っ子虐殺」(そして江戸っ子を逃がした勝海舟)の話は荒唐無稽。そもそも、古典落語に「江戸しぐさ」なんてほとんど出てこなかったのではないか。家元・立川談志は「江戸しぐさ」について、何か書いていないかなとも思った。
そして、専門家(歴史学者)がその出鱈目さをきちんと否定しないと、いつの間にか珍説が定着してしまうという警告は重い。いや、既に伝統化は始まっているのである。
著者による続編も公開が始まっている。
http://ji-sedai.jp/series/edoshigusa/

2015/05/24 14:41

投稿元:ブクログ

最近「江戸しぐさ」の名を冠した書物をよく見る。『江戸しぐさ事典』なるものまで出ている。なんでも文科省の新しい道徳教科書にもこの「江戸しぐさ」が紹介されているらしい。本屋でこうした本を見かけるたびに、気にはなってはいたが、なんとなくうさんくさい気がして手が出なかった。そんなとき、知人からすすめられたのがこの本。「江戸しぐさ」に対する全面的な批判書である。江戸しぐさのしかけ人は芝三光(みつあきら)、その信奉者で推進者は越川禮子という人らしい。芝さんは本来まじめな人で、世の道徳の衰退を嘆き「江戸しぐさ」の復活を説いて全国を遊説していたらしい。芝さんに言わせれば、「江戸しぐさ」は口伝で、書物には残っていないという。それは、江戸開城で江戸っ子は潜むか地方へ逃れ、書き残されたかもしれない書物も焼かれてしまったという。要するに、根拠となるものがなにもないのである。原田さんは、「江戸しぐさ」といわれるもののいくつかを当時そんなものはなく、どれも1980年以降のものであると一つ一つ例証する。たとえば、傘をさしている人どうしが道であったら傘を傾ける「傘かしげ」という動作があった。要するに譲り合いの精神だ。原田さんは、そんなときはすぼめて通り過ぎるのが普通だし、第一だれもが傘を持っていたわけではないという。また、狭い道ですれ違うときの「蟹歩き」も、無理に通ろうとせず、どちらかが止まればよかったわけだと言う。さらに、江戸時代は「時泥棒は10両の罪」という言い方もあったというが、時間を掌握する人は限られていて、人は時間に今よりはるかにルーズであった。また、人がタバコを吸っていなければ自分も吸わなかったと江戸時代に嫌煙権があったようなことも江戸しぐさに入っているらしいが、当時は客にタバコを出すのがいわばエチケットだった。等々。要するに、現代の道徳を立て直そうとする精神はいいとして、それを「江戸しぐさ」などと呼んで奨励するところがいやらしいのである。しかも、江戸文学専門家である田中優子さんもこの「江戸しぐさ」をオープンカレッジで述べるしまつ。まさに現代のオカルトである。

2016/06/25 07:02

投稿元:ブクログ

面白い。ちょっと考えれば変なのに、刷り込まれてきがつかない。怖いわー。
心理テストは嘘でした、と合わせて必読ですな。
文章がいまいちではないかいな。

2014/09/29 01:48

投稿元:ブクログ

「江戸しぐさ」で検索すると、一番初めに批判書である本書が出てきて笑った。本書は主に江戸しぐさという近年道徳教育で取り入れられつつある道徳規範について、そもそも江戸時代からのバックグラウンドがあるものではないということをこれでもかと述べている。まじめに執拗に。ただ真面目すぎて、個人的にはもっとネタとしていじり尽くせそうな内容だと思うのでのでもったいないと感じた。別の人が本書を参考にネタにすることだろう。なので江戸しぐさではないが、TOSSという教育団体について述べている中(p197)で、掛け算の順番にやたらとこだわり、教師の期待通りの順番でなければ間違いになるという記述で「現在の小学校教師はカップリングを考える腐女子の如くに掛け算の前後にこだわることを余儀なくされている」などと突然書かれると吹かざるを得なかった。
 本書はタイトルどおり「江戸しぐさ」という言葉が歴史的経緯のあるものではないということを言っているが、別に道徳規範として間違っているなどとは書いておらず、要はイギリスのマナーのようなものを無理やり取り入れるようにしているという解釈である。すごく納得が行った。

2015/02/22 18:49

投稿元:ブクログ

個人的には、3章以降の章についてがおもしろい。
著者がたんねんによく調べていることが伝わってくる上に、
単なる個人攻撃ではなく比較的フラットに人物を評していることが良い。
さらに、6章ではデタラメ科学が広がる経緯や、
(真偽に対して無自覚に?)教育に取り入れられていることへの警鐘まで書かれており、
本のメッセージが明確に伝わってくる。
これを読んだ人が、江戸しぐさだけでなく、
いつのまにか「何かを信じこまされている」怖さを
自覚することが大切だと感じた。

2016/02/24 08:35

投稿元:ブクログ

55頁:初対面の人医に年齢,職業,地位を聞かないルール
・「医」字は余計か?
90頁:加州候御藩
・たぶん「侯」。
132頁:マッカサー元帥の功績をし顕彰し感謝の記念碑を建てましょう。
・「功績をし」は「功績を」?

2015/03/22 18:00

投稿元:ブクログ

数年前、ある大学の公開(市民)講座で"「江戸しぐさ」は提唱した人の、「こうだったらいいな」なんだよ"とは聞いていた。びっくりした半分、残念ながら、数時間の講座と頂いたレジュメだけでは理解できず、寝かせておいたのだけど、ありがとうございます。何か分かったような気がします。
読みながら、マナーとしては著者さんもまず冒頭で『現代人のマナーとしては実用的』(P3)と認めているのだから、なんとか怪しげな来歴を排して、伝えられないのか、いや、ありがたい(?)エピソード抜きで頭ごなしに偉そうにマナーを唱っても伝わらないよね、とか考えていた。でも、代わりになるものはいくらでもある、と御本の末にはある。
何にせよ、正式な科目になる道徳で取り上げられるものじゃないのだな、と言うところで。

2015/05/10 21:33

投稿元:ブクログ

江戸しぐさとは、江戸っ子商人の間で共有されてきた行動哲学。「傘かしげ」「こぶし腰浮かせ」などの相手を慮る様々なマナーが口承で伝えられてきたが、明治政府による江戸っ子の弾圧により今では途絶えてしまった。口承と弾圧とにより当時の記録は全く残っていないが、その精神は現代においても見習うべきものである。
というのが「江戸しぐさ」のあらまし。一読して明らかように、「江戸しぐさ」は実在したものではなく、現代になって創作されたもの。しかし、これが江戸時代に本当に実践された史実として喧伝され、古くは公共広告機構のマナーCMに、新しくは小学校の道徳教材にと、取り入れられる例が存在する。
本書は、「江戸しぐさ」がいかに江戸時代の文化とかけ離れた偽史であるか、そしてそれがどのように成立し浸透していったのかを、詳細に解説する。「江戸しぐさ」の創作から浸透、現在の状況までが概括される。とくに、提唱者とその後継者・普及者たちといった「江戸しぐさ」をめぐる主要人物に関する記述が詳しい。提唱者から後継者へと受け継がれる間の「江戸しぐさ」言説の変容の過程は面白い。
一方で、学校教育や地方行政といった公的な場にいかにして広まっていったのかという点については分析が弱かった。一見して眉唾な言説が一部にとどまらず公的な場にまで浸透するならば、そこには何らかの病理があるはず。それこそが最も解き明かすべきで最も面白いとこだと思うのだけど。
科学や学問の外観を纏った偽科学や偽史というのは、生活の中に意外なほどに浸透している。それらにどう対処していくのかというのは、科学や教育にとって重要な課題だと思う。

2014/09/09 22:35

投稿元:ブクログ

<目次>
はじめに  「江戸しぐさ」を読み解く三つの視点
第1章   「江戸しぐさ」を概観する
第2章   検証「江戸しぐさ」~パラレルワールドの      中の「江戸」
第3章   「江戸しぐさ」の展開~越川禮子と桐山勝
第4章   「江戸しぐさ」の誕生~創始者・芝三光と      反骨の生涯
第5章   オカルトとしての「江戸しぐさ」~偽史が      教育をむしばむ
第6章   「江戸しぐさ」教育を弾劾する~歴史教育      、そして歴史学の敗北
おわりに  「江戸しぐさ」は最後の歴史捏造ではない

<内容>
公共広告機構の「江戸しぐさ」のCMは覚えている。我が愛する"山口晃"氏の作品だったからだ。そして、「傘かしげ」や「肩ひき」などは何となく目にしてきた。「へぇ」くらいの認識であった。
しかし、この本の最初の部分で、「江戸しぐさ」の創始者、芝三光の本の内容が紹介されると、唖然とした。明治になって生粋の江戸っ子は薩長政府により弾圧され、多くは死に絶えた!?。そのために「江戸しぐさ」は廃れたと…。もうこの段階で「江戸しぐさ」が嘘っぱちであり、著者の言う「歴史捏造」であることがはっきりした。
 さらに、著者の危惧していることに私も気がつかなかった口だった。教育の世界にしっかりとこの「江戸しぐさ」が入り込んでいる。それも「道徳」に…。自分の思った型にすべての国民を押し込めたい首相のお気に入りらしい。困ったものだ…、いやそれどころではない!
 礼儀というか、思いやりの精神はどの国だからでなく、大事にしなくてはいけない。日本だから、古くからの教えだから、なんて関係ない。正しいものは正しいのだ。しかし、周りをよく見ろ!礼儀がなっていないのは、大人、それも首相あたりの年齢の連中やそれ以上の年の人たち。「年寄りだからいいでしょう」って感じの傍若無人振りが目につく。若いのはけっこうちゃんしてるよ。

2014/12/02 04:34

投稿元:ブクログ

「きわめて」が付く、良書。自分の考えと合致すれば全く検証せず丸呑みする姿勢。人は、都合の良い事には、かくも思考停止が働くということを自省も兼ねて強く心に留めておかなければならない。

存在すら知らなかった「江戸しぐさ」であるが、普通に読めば、ニヤニヤするのを禁じ得ないほどのファンタジーである。「非実在江戸っ子」という表現は痛快。ジャンプ連載漫画の原作であれば5巻くらいは単行本を出せたのではないか。科学的、まで求めなくても、理性的に考えれば、通常の大人の教養の範囲で矛盾だらけであることに気付くはずだ。

特異なカリスマが営業力に長けた弟子を得て、ついにはマスメディア・行政に食い込んでいくプロセスは京極夏彦の小説のよう。著者の論述の流れは京極堂がごとく、一つ一つ矛盾を解きほぐし、アリバイ・トリックを崩していく、ミステリの読感。「あなたの『江戸』は、あなたの空想の中だけにあったユートピアなのです!」で、見事に謎解き・憑き物落としが終わる。

「江戸しぐさ」が期待通りに退けられたとしても、それが最後の歴史捏造とならないだろうことを筆者は喝破しており、同感である。TOSSの危険性は、PTAが政治権力を持ったと考えるとぞっとする話であり、ネギしょった鴨が地獄への道を善意でせっせと敷き詰めているかと思うと、気が重くなる話である。

2015/01/05 21:58

投稿元:ブクログ

僕が「江戸しぐさ」とやらを知ったのは地下鉄の駅に掲示されていたポスターで、新しいパロディものかと、大して気にも留めなかった(地下鉄のマナー向上ポスターは、営団地下鉄時代から洒脱なものが多いので有名。)。

「江戸しぐさ」はいまや政府の肝いりで教育の現場にも入り込んでいるが、本書によれば「江戸しぐさ」なるものは一個人の想像の産物で、歴史的事実としては捏造にほかならないという。
「江戸しぐさ」の史料が残っていないのは幕末に江戸っ子大虐殺(!)と焚書があったからだ、と当の「江戸しぐさ」の承継者が無茶な説明をしているのだから、捏造であることは間違いないだろう。
著者は「江戸しぐさ」が人口に膾炙するプロセスからその内容一つ一つに至るまで徹底的に考察し、「江戸しぐさ」は偽史であると断定する。

さらに著者は「江戸しぐさ」が公教育の現場にまで取り入れられつつある惨状を手厳しく批判する。
道徳心の涵養という目的に資するのだからたとえ偽史でも構わないという「嘘も方便」論に対して、著者は、偽史を教育の場に持ち込むことは「歴史学の敗北」であると断言し、政府を含め偽史を偽史と知りながら持て囃す人々を弾劾する。

ところで、偽史や偽書を公の場で取り上げるのは論外としても、寺山修司が「実際に起こらなかったことも歴史のうちである」というように、偽史や偽書にはある種のロマンがあることは否定できない。
“ロマン”とは言い過ぎかもしれないが、自らの思いを偽史や偽書に託す人の心の暗闇はどういうものかを考えることは、興味をそそる。
著者は「江戸しぐさ」の考案者の人となりについても考察を加えているが、偽史と知りながら持て囃す人々に向けられるものと比べ、その筆致はどことなく同情的にみえる。
これは、東日流外三郡誌事件の“当事者”である著者(僕は著者を斉藤光政「偽書『東日流外三郡誌』事件」の登場人物として知っていた)が、偽書・偽史のロマンあるいは暗闇に魅せられたことのある人だからなのかもしれない。

蛇足。
「歴史学の敗北」を故意に見過ごす反知性なのか、偽史を偽史と見抜けない無能なのか、どちらにしても政府は「詰んでいる」。
さらに言うと、捏造された根拠に基いてキャンペーンが展開されたという構図は、近年の朝日新聞問題と同じである。
安部首相は朝日新聞を厳しく非難していたが、言論機関のキャンペーンの「意図」を政府が非難することはありえないから、政府の非難は「捏造」そのものに向けられていたことになる。
だとすれば、「江戸しぐさ」についても、非難には及ばないまでも、教育の場から排除してしかるべきであろう。
この意味でも、ダブルスタンダードの政府は「詰んでいる」。
もしかしたら、「江戸しぐさ」の中には、「方便仕草」(嘘も方便)というものもあるのだろうか。

2015/03/07 08:51

投稿元:ブクログ

自分がはじめて「江戸しぐさ」という言葉、具体的には「傘かしげ」という動作のことを聞いたのは、大学の講義でであったと思う(もちろん余談でだが)。記憶は定かでないが、言葉に方言があるように、動作にもその土地特有の動きがあるといった話であったかと思う。

その後、本書でも取り上げられているテレビでの公共広告機構のCMや、東京メトロのポスターで、「肩引き」「こぶし腰浮かせ」などの動作があることを知り、この時からは江戸時代(から続く?)のマナーなのだなと認識していた。

しかし、これらの”江戸しぐさ”なるものが、江戸時代から続く動作ではなく、”近代以降、特に昭和~平成初期の風俗を反映している”創作であることは、本書が刊行された時に初めて知った。

●芝のいう「江戸」が芝の育ったところへのノスタルジーと密接に結びついていることは確かだろう。しかし、それは歴史上の江戸とは関係がない、芝の空想の中だけにあったユートピアなのである。

結局、それを道徳や教育と結びつけてしまった、彼の後継者が問題なのだろう。

本書の第二章では、さまざまな”江戸しぐさ”を検証し、上述の由縁を明らかにしている。

また、本書を読むと、”江戸しぐさ”迫害の歴史なる偽史まで想定されていることに驚く。
→「平成うろ覚え草子」のようなフェイクとしてなら問題ないのだろうが、

●歴史捏造や陰謀論には、しばしばオカルトとの親和性が高い傾向が見られるが「江戸しぐさ」もその例に含まれるというわけである。

個人的には、偽史は偽史として、現代のマナーとして考えればよいのではないかと思うのだが、それが「水からの伝言」と同じレベルで教育の場に持ち込まれているという事実を知るとそうも言っていられない。

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