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紙の本
朦朧の霧を抜けた山頂に怪奇の原点
2015/11/24 16:08
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投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
以前、岡本綺堂訳篇の『世界怪談名作集』を読んで、東洋とは恐怖の対象が異なる西洋の作品に触れた。その勢いで怪奇山脈に登り始めた。
ところが『怪奇文学大山脈2―西洋近代名作選【20世紀確信篇】』は非常に朦朧としていた。曖昧でつかみ所が無く、霧のたちこめる山中で幻を見ているようだった。
吝嗇家の未亡人はなぜか多額の資産を貧困層救済に遺し、双子の兄弟を海で亡くしたジャックは別人ようで、盗みに入った資産家の豪邸では動物の頭を持った人間の肖像画ばかりが飾られ、夕暮れの教会にはある墓碑銘を探す黒ずくめの男が現れ、預かっていた息子の行方不明の報せになぜか提督からの返事はなかった。
しかし霧の切れ間からは、ときどき強烈な怪奇風景が見られた。寓話的な【不死鳥】もいいが、痛烈な風刺の【紫色の死】が自分好みだ。
邪悪な孔雀姿の悪魔を崇めるチベット人の小部落があるという。彼らは憎む西洋人を魔術で殲滅するに違いない。ハンニバル・ロジャー・ソートン卿は、読唇術に長けた耳の聞こえない男ポンペイユスを従えヒマラヤの奥地に向かった。ところがチベット人の耳を押さえながら唱える奇妙な呪文に、ロジャー卿は紫の円錐となっていた。一人生き残ったポンペイユスは事のすべてを主人に書き送ったが……。
手を加えれば星新一の作品になりそうな物語で、西洋人の傲慢さと文明への痛烈な風刺が見て取れる。
ところで孔雀姿の悪魔とは孔雀明王のことだろうか。それを一方的に悪魔といいきるとは。
それにしても、ポンペイユスが読唇術に長けていなければ被害は広がらなかったろうに。
さて朦朧怪奇の霧を抜けて山頂に到ると、怪奇の原点とも言える怪談噺【近頃蒐めたゴースト・ストーリー】が待っていた。やはり朦朧法などの手法を駆使して怪奇を演出するよりも、あえて言葉を重ねない方が想像力をかき立てられて面白い。
この中で、ある家を夢に見た女性の噺が興味を惹いた。噺の落ちが栗本薫のホラー小説『家』に似ていたからだ。荒俣氏の解説によると、この噺はフランス人作家アンドレ・モーロアの短編『家』とタネを同じくするものだそうで、栗本薫の『家』も同じタネから長編ホラーを書いたのかもしれない。山頂での意外な出会いに嬉しくなった。
また、夕暮れの教会で黒ずくめの男が現れ、ある墓碑銘を探す【遅参の客】との嬉しい出会いだった。
この作品の中で、キリストが死から蘇らせた男“ラザロ”という名が登場する。この名を見つけると、すぐにロシア人作家アンドレーフの【ラザルス(岡本綺堂訳篇『世界怪談名作集』に収録)】を思い出した。
【ラザルス】は、埋葬されて3日後に生き返った男の物語で、とても味わい深い作品だった。ラザルスは、死の世界で生の世界の価値や区別はすべて人間が決めたものであり、本当はどれも違いがなく価値のないものだと知り、虚無に支配された心で蘇った。そのラザルスに好奇心で近づくものは、ことごとく心が虚無に支配されてしまう。
この出会いで、ラザルスは偶然蘇った男から、神によって蘇らされた男に変わった。そして、すべてに関心を持たずこの世を彷徨うラザルスと、墓碑銘を求めて彷徨う黒ずくめの男の姿は、まったく対照的だがどこか重なって感じられた。目に見えない力でこの世に現れ意図せず彷徨する二人の姿に、もの哀しさが感じられた。
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