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吉田稔麿といってもピンと来る人は少ないだろう。ぼくも、NHK大河ドラマ『花もゆ』を見ていなければ知らなかった人物だ。稔麿は、実は吉田松陰の弟子の中でも、高杉晋作、久坂玄瑞らと並ぶ俊英なのである。ドラマでは、身分の低い武士である稔麿が、江戸へ行きたいと言って松陰に願い出るが、お前には志があるのかと問い詰められる場面がある。稔麿はやがてその志をもち、江戸の長州屋敷へ下働きにやられることになるのだが、実際稔麿はそれまでに2度も江戸へ行っている。ドラマではこの先、稔麿が死ぬ池田屋事件まで出てきそうにないが、実は、かれは江戸の幕府官僚にも顔が知れ、その後、長州と幕府の間にあって、いわば諜報部員的役割を果たすことになる。(ドラマでは、江戸のニュースを知らせる瓦版や的存在になっていた。)長州はお堅い土地で、女郎屋などへ武士が行くことはないようだが、藩命を帯び大枚を与った稔麿はけっこう遊びまわり、京都では下半身の病になり肝心な時に江戸へ行けなかったりしている。それはともかく、当時、長州はますます攘夷運動が激化していっていたが、かれは江戸の状況を知っていただけに、それをなんとか押さえようとするがうまくいかない。やがては、京都の池田屋で過激派長州藩士と謀議していたところを新撰組に襲われ一命を落としてしまう。一坂さんは、多くの手紙、文書を駆使し、本書全体をいきいきと描いているだけでなく、稔麿が一命を落とす下りについても、それがどこか、あるいは自害か等々、多くの人の手紙の内容を紹介しながら描く。吉田松陰が過激化するなかで、稔麿は松陰と距離を置くようになるが、そのあたりの描写も面白い。松陰は離れていく稔麿は死んだものだと葬儀をやったり、そうかと思うともどってきてくれと懇願したりと、愛憎半ばした行動に出ている。ある意味子どもっぽい。このように稔麿を通して見る松陰像も興味深い。