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ひところはまってこの人の本を読んだけど最近ご無沙汰だった。個人的に怒りに駆られる出来事にも遭遇していたので実に勉強になった。怒りを適切に表現しないと噴火のように噴出するのは分かるけど、腐敗する危険があるという指摘も今ならわかる感じ。少数者の言論は基本的に多数決原理の前では適切で論理的な怒りによってしか守りにくいわけだし、これからは正しく怒ることを覚えようと思った。怒りの育て方、表現のしかた、受け止め方、どれも難しいなぁ。コミュニケーションとしての怒りは、伝わればいいというけど、言われた方はどうなんだろう?
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読むの途中で止めました。今ひとつついていけないかな。と。こういう人はバカだとか、正真正銘のバカだとか。そんな表現をするのもどうなのかな~。と。
こういう思考の人たちもいるんだということは分かりましたが、それだけだったような気がします。
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著者の怒りの経験などもコミカルに描かれていて所々笑ってしまう箇所も多かった。
口論になった際、相手に無条件の辛抱強さを求めることまではできないのならばこちらが受け止めればいい。相手の語る内容を承認しなくてもいいけれど、相手が「語ること」それ自体を承認しなければならない。いかに相手の主張が一方的で、偏見に満ちており、傲慢至極であろうと、語ることそのものの対等の権利を尊重すべきである。
自分がいくら正しくて相手が間違ってると思っていても、別の人から見ればその逆、あるいは両方とも間違ってる、両方とも正しいということもあるわけだし、「語ること自体の対等の権利を尊重すべき」という意見には、新しい視点だなと感じた。
”自身が猛烈に不愉快になることも覚悟し、そんなものを飛び越えてコミュニケーションをとことんやり合って破綻し、そこからまた回復すればよい。”
これは私が理想としているコミュニケーション像だと思った。
(とはいえ怒りは余程のことがない限り出さないのがいいですけどね)
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怒りは自然な感情である。怒れない人は気付かないうちに他人を怒らせているかもしれない。そんな怒れない人のために。
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http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-82158-0
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「よく思われたい」ゲームから降りる。という言葉にははっとさせられた。本当にそういうゲームをしている自分があった。