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3 件中 1 件~ 3 件を表示

2016/07/24 07:23

投稿元:ブクログ

歴史を知ることはその対象がなんであれ、私の好奇心を満たすもので、この本のテーマは、なぜ大国は衰退したのか、というものです。

ローマ帝国の衰退については、数年前に、塩野七海女史の「ローマ人の物語」を読んで自分なりに考え方を持ちましたが、この本では、ローマ帝国だけではなく、中国・スペイン・オスマン帝国・大英帝国・日本・欧州・米国について取り上げられています。

序章に書かれている、「偉大な文明の存続を脅かす要因としては、国境に押し寄せる異邦人よりも、その文明がみずから生み出した内部の経済的不均衡のほうが重大であることで、これは古代ローマ帝国から現代ヨーロッパにいたるまでの歴史に当てはまる」(p6)の部分は、最も印象的でした。

英国は衰退したと思っていましたが、衰退ではなく、今では世界一となった米国と比較して、成長速度が遅かっただけ、という実際のデータを使った説明は納得できました。大部な本でしたが、楽しく読ませてもらいました。

以下は気になったポイントです。

・偉大な文明の存続を脅かす要因としては、国境に押し寄せる異邦人よりも、その文明がみずから生み出した内部の経済的不均衡のほうが重大であることで、これは古代ローマ帝国から現代ヨーロッパにいたるまでの歴史に当てはまる。(p6)

・米国のGDPに対する国家債務が増えたのは今までは戦争のときのみ、独立戦争・南北戦争・第一次世界大戦・大恐慌・第二次世界大戦、それに対して現在は、それ以外のエンタイトルメント(公的医療保険・扶助制度・社会保障費)支出が多くなっている(p14、353)

・大国が衰退するどの事例でも、その支配者のとった行動は短期的には合理的に思えても、長期的には国の成長を阻害するものだったことが多い(p18)

・他国より強い国とは、他国より多くの武器や兵士を生み出せる国であって、傭兵を雇う金(gold)を持っている国ではない、金の蓄えは最終的にはなくなるので(p33)

・GNPとは、ある国の国民によって生産された最終財とサービスの市場価値である。価値とは、実際には取引価格を意味している。つまり、部品や中古車は含まれない(p35)

・1991年、米国は勘定上の主要指標を、GNPからGDPに切り替えた。GDPは国内の経済活動を測定するもので、外国主体が所有する国内工場で生産された製品価値は含まれるが、外国での生産された価値は含まれない。(p36)

・一部の国は米国の水準に近づいたものの、結局は75-80%の範囲(一人当たりGDP)にとどまっている。この傾向は注目すべきもの(p41)

・1990年の国際ドルベースで見た場合、インドのGDPは、1857年までは英国よりも大きい(118040 vs 76584 M$)(p43)

・ソ連の成長は、物理的資源を使いつくすことで実現していたので、1950-73の後は、すぐに急落した。公害、労働者の権利、技術・技能への投資はほとんど関心を持たなかった(p45)

・経済成長の種類は3つある、1)新たな貿易ルートの開発を始めとする商業活動の拡大、結果として「労働の専門化��・「スミス型」、2)投資の拡大で、結果として「耐久設備への投資」・「ソロー型」、3)革新による経済成長、「シュムペーター型」(p53)

・生産性の上昇は、人口の増大に吸収されてしまい、何世紀にもわたって平均所得は一定のままであった(p53)

・車輪や風車は何度も発明されては忘れられてきた、ある社会がこれらを広く導入し、恒久的に後世に伝えていく制度的な枠組みを作り出して初めて、ようやく定着したものである。革新は制度によって生まれる(p54)

・ローマ帝国の経済が成長した最大の要因は、必要なものが豊かに供給されていた帝国の各都市、交易ネットワークのなかで成立していた規模の経済のメリットであったが、それは、国境の安全確保・法の尊重・公共事業といった制度が存在して初めて実現した(p55)

・経済力=GDPx生産性xGDP成長率^(1/2)(p68)

・産業革命という経済的な大改革が1750年頃に英国でついに実現したのは、制度のおかげ。1688年の名誉革命の結果、英国政府は私有財産権や資産の保護、恣意的な増税の廃止を公約できるようになった。それにより、必要な投資のインセンティブが企業家にもたららされた(p105)

・5世紀のローマ帝国の軍事的弱点や、4世紀の同国の文化的弱点を理解するには、それよりも何百年前にまかれた、経済的な種、に注目しなければならない(p115)

・アウグストゥスの行った二つの賢明な改革、1)徴兵ではなく自発的な15年間の従軍を募ってプロの軍隊を編成した、2)ローマに近衛隊を新たに置いて、反乱を企てる軍人から都を守れるようにした(p122)

・ローマ帝国衰退の原因は、食料補助・増税・インフレ、そして究極的には、国家社会主義である(p131)

・経済的退行期が千年も続いたのは3つの誤りがあったから、1)ハドリアヌスの長城の建設(122年開始)=領土拡大から手を引いて内向きになった、2)銀貨の改悪(2世紀末)、3)経済を支配統制(3世紀末)しようとした(p132、148)

・英国ではなく、中国こそが産業革命を主導できたと考える人は多い。西暦400-1000年における中国の一人当たりGDPは450ドルで、欧州より30%高かった(p161)

・中国の経済力は、1700年の英国を100%とすると、1600年には375%、1700年には218%である(p165)

・フビライハーンが宋を打倒するにあたり、海戦が可能になったのは、宋の商人や海軍司令官がモンゴル側に寝返ったから(p167)

・1433年に鄭和は死去した後、宣徳帝もその3年後に去った後、次の皇帝は官吏寄りの立場を取った。探検と冒険の時代に終止符が打たれたのは、皇帝の所業でもなく、財政上の必要でなく、過度に中央集権化した政府の内部における権力闘争の結果であった(p171)

・欧州では、長年の騎士の戦い方が廃れ、大規模な歩兵を編成する民衆中心の戦闘形式が優位になった、よりお金がかかるようになった(p181)

・1492年にはスペイン国王によって同国内のユダヤ人の国外追放が決定された、10年以上続いた異端審問の一環。国内に残ったユダヤ人はキリスト教への改宗を強制された(p187)

・スペイン人は、馬・牛・羊・豚・サトウキビ、小麦、コーヒーといった欧州の植物や動物を米大陸に持ち込み、社会を変えた(p188)

・1585年に銀貨一枚で買える食料や衣服の数量は、1500年当時に比べて大幅に少なくなった。このインフレは生活水準を低下させ、とくに貧民層にとって大きな打撃となった(p190)

・1977年、オランダでの大規模な天然ガス田の発見は、製造部門の衰退が隠ぺいされた、国内労働力に対する競争力や輸出品の競争力が低下した(p193)

・異端審問によって、事業活動、科学、軍事・航海技術革新を目指した人々は、ハプスブルク帝国を立ち去り、プロテスタントのオランダや英国でその開発を活性化させた(p198)

・オスマン帝国では、イスラム教への改宗者も生来のイスラム教徒を同等に扱われた、欧州各地でキリスト教への改宗者が不平等な扱いを受けたこととは対照的(p208)

・徳川家が安定と平和を確立したのは、各地域の大名に自治を認め、国土の4分の1を直接支配した。各大名と領国のあいだには競争と協力の関係が成立した(p225)

・日本の国家管理型経済の特徴は、シンガポール、香港、マレーシア、タイ、台湾、中国において模倣された(p231)

・ホンダは、1962年に行政指導を無視して、自動車生産を始めた。優遇されていた、トヨタ、日産、スバル等との自動車ブランド競争に飛び込んだ(p235)

・日本の失われた20年は、経済成長そのものではなく、本来存在していなかった架空のスーパーモデルによる異例の経済成長のこと(p237)

・キャッチアップ型のモデルは、強制的で中央集権化された監督体制、輸出操作、インフラへの多大な投資に依存していて、フロンティアに近づいた経済にとっては、どれもが効果的でなくなる。韓国や中国も同様だろう(p238)

・日本がさらに発展するには(技術的フロンティアとの20%の差を埋める)、起業家精神や革新を重視し、個人の失敗に極めて寛容で、資本市場が小規模はベンチャー企業にも開かれている制度を、まったく新しい形で創造しなければならない(p242)

・1890年には、ロシアの人口が1.16億人だったのに対して、米国は6200万人、英国は3740万人であった(p246)

・英国政府は、米大陸やインドなど世界中の植民地の住民を市民ではなく、被支配者として扱い、帝国崩壊の種をまいた。ローマ帝国やオスマン帝国とは正反対の人的資本政策を遂行した(p249、261)

・1900年に英国が圧倒的な経済大国だったことだけではなく、英国の経済力がたった80年で20倍になったことが凄い(p252)

・議員の質や潜在的能力は任期制限によって低下する、アイダホ州やユタ州はこうした理由で任期制限を撤廃した。カリフォルニア州は最短である(p323、330)

・州が禁じられているのは、各州間の取引に関税をかけること、州政府が共和制の形態を放棄すること(p337)

・ジョージワシントンは、政党に属さな���最初で最後の大統領であった(p339)

・帝国が衰退した事例の大半では、政府をコントロールし、現状維持を強く要求する何等かの派閥が存在していた(p381)

・経済成長には、革新によるもの、投資によるもの、経済規模によるもの、という3つの異なるタイプがある(p389)

・米国での憲法修正で承認された27の修正は、すべて第一の方法(連邦議員の両院で3分の2の賛成を得て、その後、4分の3の州の立法部で可決)によるもの(p404)

2016年7月24日作成

2015/04/17 07:50

投稿元:ブクログ

なかかなかアカデミックな経済論。衰退した大国の例として日本が挙げられているのは悔しかった。イノベーションが生まれるような開放的な経済構造にするのが良いのだろうけれど、今更もう一度維新をしろと言われても、はい、そうですか、とは行かないものね。いろいろと提示されているグラフを見るにつけ、ここ20年間の停滞ぶりは竜宮城に行っていた浦島太郎状態。日本の外はどんどん発達している。ちょっと暗い気持ちになりました。

2015/09/21 19:25

投稿元:ブクログ

「なぜ大国は衰退するのか」
ポール・ケネディの「大国の興亡」以来、大国の衰退は軍事だけでなく経済力の問題も重要であることが指摘されてきているが、本書はローマ帝国、明朝中国、スペイン、オスマン帝国、イギリスといった大国を軍事力ではなく、経済力、そしてそれを支える政治、社会制度の面から検討を加えている。
検討は日本やユーロ圏にもおよび、歴史的帝国が衰退した原因の共通項が特定利益集団が自分たちの経済的利益のために政治を動かし、経済を硬直化させ財政不均衡になって経済発展できなくなったために衰退したと指摘している。
経済学者が論じているのだから経済に目が行くのは当然だとしても、未来永劫いつまでも経済発展が続くと考えるのはおかしいのではないか。いずれ物理的に限界が来るのは間違いがないように思える。そのときは何をもって経済発展というのだろうか。
本書は、最終的にはアメリカが衰退しないためにはどうしたら良いかと言うことを提言している。そして、政治家が予算の裏付けのない社会保障制度を選挙目当てに公約、推進すること、特定利益集団のロビー活動により政治が歪められ財政不均衡になっていることを挙げて制度を改善する方策を提言している。
翻って日本を見ると、財政赤字はどの欧米諸国に比べてもひどいわけであり、社会保障面でのコストは増大する一方で非常に心配である。安保法案にしても財政面のことは何も聞かないのはどうしたことか疑問に思う。
国家としてもやはり借金はダメで極力少なくするに越したことはない。いったい今後どうなってしまうのかと心配になる。

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