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著者の立ち位置は「被曝の影響をことさらに大きく描き出す論調への批判」であるが、「原発に対しては明確に批判的な立場に立っている」と言う(p.5)。反原発の立場に立つ人が被曝の影響をことさら大きく描き出すことは反原発運動にとってマイナスである、との主張。確かに、何が正しくて何が間違いなのか、という判断が、科学的というより政治的に行われがちなのが原発に関する問題である。「放射能の将来的な影響については何もわかっていないのだからリスクを最大限と見積もる」のも間違いだと言う。「何もわかっていない」わけではなく、わかっていることもたくさんあるのだ、と。
科学的な説明に関しては私には理解できないこともあったが、チェルノブイリと福島ではチェルノブイリの被害の方がずっと深刻なのだ、と聞いて「そうなのか」と思った。原子力事象評価尺度(INES)によればどちらもレベル7(深刻な事故)に分類されているし、福島の方が重大だったのだ、という話を聞いたこともある。でもこの本で示されている統計によればチェルノブイリの被害のほうが重大であるようだ。INESによる評価はレベル7が最高のためどちらも同じ評価になっているが、著者は同列に扱うべきではないとする(p.71-)。
またこの本を書くきっかけのひとつとなったのが美味しんぼの鼻血問題らしい。これに関しては私も「やっぱり福島の汚染は深刻なんだ」というイメージを持ってしまったが、著者はこれは全くのデマであると言い切っていて、美味しんぼの作者が「福島は人の住むところではない」と福島からの避難を促していることを批判している。著者は統計でもってそのような事実はないことを示し、また、低線量被曝ではそのようなことがありえないことを説明しており、この著者の言うことが正しいように思える。
被曝の影響が遺伝すると考えるのも間違いだ、というのも知らなかった。また福島の食品について市場に出荷されているのは安全であるというのも納得できるように書かれていた。「福島」と一口にいうが、地域によって汚染の程度は違うのだ。また「除染に意味がない」わけではない、ということも納得した。人の住んでいる地域から優先的に除染しているため、森林地域の汚染度はまだ高く、そのため野生獣の肉のセシウム検出度はまだ高い、という現状があるようだ。
ただ放射性廃棄物の処理については、それを福島の双葉郡に集めて集中処分するのが合理的で効率的である(p.148)としながら、福島県民の気持ちを考えればそれでいいのか、という書き方をされている(清水氏)が、合理的な方法を検討する必要はあるのでは、と思う。現実に、汚染がひどく現在避難生活を余儀なくされている方は、将来的に戻ってくることに否定的な方も多い。いつ終わるかわからない除染を待つ、というのもきびしいものだと思う。福島で除染をしながらなんとか暮らしていく、という選択をされた方についてはそれを応援していきたいけれど、今なお戻れないとされている地域については、国や東電が十分な補償を行なって新生活を促す必要があるのではないだろうか。
脱原発を実現するために、何が真実なのかを知っておくことは大事だと思うし、一読する価値はあると思う。
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広い範囲でしかも的確に説明されていて、現在の状況がよくわかった。特に住民運動の章が心に残る。丁寧に地道に運動を続けてこられたことに、感謝します。
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「理科社会」と題されているのは、純粋に現象だけをみるべき「理科」と、その解釈もふくめた学術の「社会」を区別しましょう、という本だから。
「原子力ムラを利する」「被災者がかわいそう!」「なんとなく怖い」みたいな感情にひきずられて科学をゆがめてはならない。
パラパラながめた。
「危ない」にせよ「安全」にせよ、つごうのいいデータを切り貼りして根拠とする主張がたくさんある。
それは科学的な態度じゃないよと、わかっている範囲のことを丁寧に説明してある。
わからないことだらけだけど、わかっていることもあるのだから、わかっている知識は活用しなきゃいけない。
この説はなにがどうおかしいのかということが教科書のように説明してあって、似非科学にしろ科学にしろある程度考えられる人には役に立つんだと思う。
が、情報をみるたびに不安になる人は多分、「科学的」根拠に基づいて右往左往してるわけじゃないと思うんだ。
わかんないから不安なわけで。
そして「わかんない」にはまだ解明されていないからではなく、難しくて理解できないという「わかんない」も含まれる。
だからわかんない人は感覚的に理解できる(自分の考えに合致している)ほうを信じる。
この本は正しいんだろうけど、「説明すればわかるはずだ」と思って書かれているから、ばかな質問を気楽にきける雰囲気じゃない。
正しい情報を選べない人に正しい情報を訴えるのは正攻法なんだけど、このアプローチはどのくらい届くんだろう。
このこころみ自体はすごく大事なことなんだけど。
これって「誤った情報の氾濫」ではなく「なにを信じたいか」の問題だから。
『NO!ヘイト』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4907239106カウンター本を増やすことがヘイト本へのカウンターになるわけじゃない
『社会はなぜ右と左にわかれるのか』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4314011173の人は信じたいものを正当化するために根拠を探す(逆ではなく)
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本当に今現在必要なことが書かれている本。
立場的には反原発側にたってはいるがあらゆる情報を公平に論建てしたうえでそれでも安全なところははっきりと安全だという。こんな専門家が両陣営に存在しその専門家を窓口にして争ってもらいたいものだ。
我々一般人、特に関東以西の人たちはもっと冷静に事を運んでもらいたいものだ。
著者の主張
原発がいいか悪いかということと、今度の事故による放射線被ばくの影響が大きいか小さいかということと、この2つの問題は区別して扱うべきである。後者についてはあくまでも科学的な検討・検証に基づいて論じるべきであり、影響評価に政治的な価値判断を持ち込むことがあってはならない。
事故の原因は人災、人災である以上原因を取り除けば再発は防ぐことができる事故の原因をとりのぞくことが原発を無くすこと。
この論点が残念だ原因が人災であるのならばそれに至ったプロセスを無くすことが真、それで即原発廃止では科学的な論戦は張ることができなくなってしまう。ただ一点残念だ。
ネットワークでつくる放射能汚染地図 川でなにがおきているのか ETV
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福島原発の事故の被害・影響の大小の評価と、原発の是非については別々に考えるべき。なるほど。確かに一緒に論じてるのをよく目にする。
こういう冷静な視点でものごとは見つめなければいけない。
主義主張のバイアスのかかった、さも正論かのような意見には注意しなければいけない。