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歴史認識について学び直すのに大切な一冊。
中韓の歴史認識が領土問題にまで拡張されている限り、いつまで誤り続けるんだ・・・・という問いが、どうしても出てくるだろうな。
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〈本書の主たる目的は批評や提言ではなく、日本外交の視点から政策過程を分析することにある〉と「はじめに」にあるとおり、歴史教科書問題、靖国神社公式参拝、従軍慰安婦問題、村山談話・河野談話などについて、その背景や経緯をたんねんに、かつわかりやすく、右にも左にも寄らずに示していて、ありがたい本。都合良く意見をつまもうという読み方は不適。ここからはじめる、という一冊。
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歴史教科書問題や従軍慰安婦問題など日本と隣国の間にある大きくて深い溝とそれらを巡る外交の過程を丹念に記録した一冊。サザンの楽曲に「ピースとハイライト」という政治色の強いものがあるが、本書の終章を読むとその歌詞が頭に浮かぶ。
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日韓関係、日中関係がもうずいぶん長い間こじれてしまっていますが、なぜこのようになってしまったのかについて、イデオロギー抜きで客観的に記述してくれているものはないのかと思っていたところ、新聞書評で今年1月に出版されたこの本が取り上げられていたので、早速読んでみることにしました。
歴史教科書問題、靖国神社公式参拝問題、従軍慰安婦問題、村山談話の経緯や日本の対応と韓国・中国の反応、近年の状況、これからの見通しと、必要な情報がコンパクトながらわかりやすくまとまっており、非常に勉強になりました。
これを読むと改めて、日本人の立場としては、これまでもかなり何度も「総理による公式な謝罪」は言っているし、歴史教科書の記述ではずいぶん譲っているし、従軍慰安婦への保障も法的に可能な範囲でできることはやってきているように思われるのですが、それがなかなか理解されていないのだなという印象を受けます。それらの対応を「自虐史観」として否定する言論が国内に現に有力にあって、それらも同時に伝わってしまっているためなのでしょう。
この本の結論にもありましたが、「相互理解」を双方の国民のコンセンサスとするのはとても一筋縄では行かず、まだまだ末永い辛抱強い努力が必要なようです。
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歴史認識問題の初期から現在までの流れを、外交関係に焦点を当ててまとめている。飽くまでも外交交渉がメインであり、国内の政治過程はオマケ程度。分かりやすい筆致で書かれているため、読みやすい。
歴史認識問題が顕在化してしまう要因としては、技術革新、経済発展などが考えられるが、現在は領土ナショナリズムが歴史認識問題と結び付けられてしまう最悪な状況である。領土的野心を中国が持っているため、それなりの対応をしなければならないから、タチが悪い。
歴史認識認識問題を打開するには、理性を持って双方ともに自制するのが必要であるが、そんなんできるの?というのが専らの感想。
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主に中国、韓国との歴史教科書問題と従軍慰安婦問題をめぐる歴史認識の外交の歴史を膨大な資料の中からまとめあげている。戦後途中の靖国神社へのA級戦犯の合祀などは国民として知っておくべきことだろう。とはいえ総理大臣が変わるたびにこれらの問題に言及するのはいかがなものかと思うし、何度謝罪すればよいのか。未来志向の関係になるにはまだまだ時間がかかるだろう。良書。
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戦後の日中・日韓関係を理解できた。
その時代の日本首相と各国の首脳の心理や事情がわかり、一つ賢くなった気がする。
サマリーを書きながら読んだので、余計に理解が深かったのかな?
小説以外の読書は、サマリーを書くようにしよう。
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1980年代の歴史教科書問題以降の歴史認識問題について、日本外交の視点から政策過程を分析している。「読者のために材料を整理して提供したい」という著者の言葉のとおり、中曽根内閣の靖国神社公式参拝問題や、従軍慰安婦問題、村山談話の発表など、歴史問題のトピックスについて、著者の私見は基本的に排され、その経緯が淡々と描かれている。歴史認識問題を考えるうえでの基礎文献であるといえる。
特に、村山談話の作成過程は非常に興味深かった。村山談話は官邸主導によるものとされてきたが、外務省も少なからず役割を果たしており、村山談話は対外政策として長期的な視野に立って作成されたものだったという。その後、歴代内閣に踏襲され、「日本政治の共通言語」になってきたことを考えると、著者の指摘するように、村山談話は、「和解政策として完成度の高い談話」であったといえると思う。この村山談話と比較したときに、戦後70周年の安倍談話は果たしてどうだろうかと思う。
新書という分量の問題もあろうが、歴史認識問題の経緯について、本書だけではよくわからないことも少なからずあった。特に、近年、領土問題も絡んで、日中、日韓関係の緊張が80年代~90年代に比して高まっているのはなぜかということは今一つつかめなかった。本書は基本的に日本外交の観点から見た歴史認識問題なので、中国側、韓国側、それぞれの国内情勢も踏まえた観点から歴史認識問題を見ることも必要だろう。
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歴史認識というのも何とも不思議な言葉である。
靖国参拝の問題というのは、歴史認識の議論でよく出てくるが、本書を読んで驚いたのは、中国はA級戦犯合祀について問題としていて、それがなければ靖国参拝は構わないという認識を持っていたということだ。
靖国参拝は戦没者慰霊なのに何が悪いのか、という主張は本質的にずれているということだ。それなら何でA級戦犯を合祀したのか、ということだが、そこがまさに歴史認識なのだと言わざるをえないわけだ。
しかし、歴史認識というならば、そもそも植民地主義の先駆者は誰なのか。まるで植民地支配をしていたのは日本だけみたいな歴史認識も意味がわからない。東南アジアで日本が戦った相手ってイギリスやオランダじゃなかったのか。あいつらはあそこで何やってたんだ。という歴史認識もあってしかるべきだと思う。
歴史認識ってほんと難しい。
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日本外交史、東アジア国際政治史の専門家が、日韓・日中間の歴史問題について、日本外交の視点からこれまでの政策過程を分析・提示している。
著者は、冒頭で「筆者が判断を下すというよりも、読者のために材料を整理して提供したい」と述べ、戦後の過程を以下のように説明している。
◆第二次大戦後、20余年をかけて、1965年の日韓国交正常化、1972年の日中国交正常化が成立し、1970年代は友好ムードが基調となっていた。
◆歴史問題が顕在化したのは、1982年に文部省が歴史教科書について「侵略」を「進出」に書き換えるよう求めたと報道されたことが発端で、これは誤報であったが、鈴木内閣の宮沢官房長官が、学校教育や教科書検定に際して、アジア近隣諸国に配慮するとの談話を発表した。それでも、中国の胡耀邦総書記と中曽根首相の信頼関係は強く、1984年国慶節は戦後日中関係最高のときと言われた。
◆1985年の中曽根首相の靖国神社公式参拝は、1978年のA級戦犯合祀後の大平、鈴木両首相の参拝にも抗議をしなかった中国、韓国から激しい反発に会い、1987年には胡耀邦総書記も失脚した。
◆1993年に宮沢内閣の河野官房長官が、従軍慰安婦の広義の強制性を認定した河野談話を発表。1995年には社会党の村山首相が、「植民地支配と侵略」に対する「痛切な反省」と「心からのお詫び」が含まれた村山談話を発表し、1990年代は歴史問題はほとんど表面化しなかった。また、村山談話は、「反省とお詫び」を表明しながらも、個人補償は行わないことを確認する、一時しのぎではない、長期的な視野に立ったものであった。
◆今世紀に入り、2001年と2005年に『新しい歴史教科書』が検定に合格し、小泉首相が2001年から2006年まで靖国神社に参拝したことによって、歴史問題が再浮上した。その後、安倍(第一次)、福田、麻生各内閣、民主党政権でも大きな改善は見られないまま、現在の安倍第二次内閣、習近平体制、朴槿恵政権となったが、現在も好転の兆しは見られない。
◆歴史問題が以前に増して混迷を深めている背景は、人権を前面に押し出す法体系が広まったこと、旧イデオロギーの崩壊過程でアイデンティティ希求が高まったこと、記憶を生のまま伝承するオーラルが大衆文化で主流となったこと、インターネットの発達で個人の権利が増大したことなどであるが、現在では特に領土問題と関連付けられることが大きな要因となっている。
そして、著者は「歴史問題は、「保守」対「反日」という二分法で解されるようである。・・・二分法は便利だが、不毛でもある。国を憂えることは、自国の歩みを問い直すことと矛盾するものではない。過去を顧みることは、関係国の一方的な主張に同化することとは異なる。・・・国の将来を真剣に考えればこそ、過去に学びながら未来を見据えるのは自然なことであろう」と結んでいる。
日韓、日中間で歴史問題がこれまでどのように扱われてきたか、戦後70年を経てなぜ今改めてクローズアップされているのかを理解、整理することができる。
(2015年2月了)
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教科書問題から、従軍慰安婦、靖国問題と日中・日韓関係の外交史を検証する。
加害国と被害国の関係を修復するには時間をかけるしかない。いじめと一緒で、ポイントになるのは被害を被った方が、どう感じるかが優先するんだろう。もちろん国内の政治状況に利用してもいるけど。
中国側の「義和団事件は風化したけど、太平洋戦争はまだまだだ」は、なるほどである。
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日中、日韓の歴史認識における問題を外交ドキュメントから振り返る。外交では、どちらか一方だけが正しいということはなく、双方が謙虚に相手の立場も配慮していかないといけない。文章の末尾に、「自国が納得することだけを考えていては、和解は難しい。和解とは相手を慮り、相互に敬うことである。」とある。この言葉が重い。