本田亮司さんのレビュー一覧
投稿者:本田亮司
紙の本エロス
2001/12/28 00:31
意外性の作家
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アイディア自体は単純なものであるが、処理の仕方は巧妙で絶大な効果を挙げている。小松左京は解説に措いて、執拗なまでに描かれる「歴史としての“生活”ディテイル」を再構成することが本作の主眼であると指摘している。そういう読み方は可能であるし、間違ってもいないのであろうが、それでも私はそれを意外性の演出のための戦略と捉えたい。構成・ディテイル・人物造形・献辞に至るまでもが意外性に奉仕しているという読みかたは、決して突飛なものではないはずだ。焦点をずらすことで意外性を演出するという手法が、これほど鮮やかに着地を成功させている作品を他に思い出すのは困難である。
思えば広瀬正という才能は、意外性に拘り続けた作家ではなかっただろうか。都会ッ子の著者が選択した「凝る」ものとは「時間もの」でもオーディオでも歴史でもなく、意外性ではなかったか、そんな思いを抱かせる傑作だ。
2001/11/23 23:37
ひたすら心地よい物語
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強烈である。スティーヴン・キングがデリーを異化せしめたかのごとくローザックは映画を異化することに完全に成功している。現実世界と虚構を巧妙に織り交ぜることによって生み出される幻惑感はひたすら心地良い。一直線の骨太なプロットだが偏執的なまでのペダントリが読者を迷宮へと誘う。終盤には壮大な陰謀小説へと変貌するがありきたりな勧善懲悪にはならず、結末で主人公が体験する風景は幻想に満ちこの物語にふさわしいといえるだろう。傑作である。
紙の本わだつみの森
2003/01/07 18:17
過剰、そのギラギラとした情熱
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前半部を読んでる間中、不安だった。
まず第一に作者に対する不安である。それはある種自費出版とも言える作品であり、また未知の作家であることに起因している。そのあまりにペダンティックな作風に耐え得るだけの物語があるのか、もしや単なる夜郎自大な習作を読まされているのではないかという不安。
正直に言うと濱岡稔は未知の作家というわけではない。作者自身のホームページで彼の文章に触れていたからだ。そのページで氏の書評を読んだとき、少なからず驚かされた。確かな分析力とその姿勢に。あくまで作者の意図を汲み取ろうとするその姿勢と卓越した分析が、危ういながらも相見えたその書評はネット書評の一つの理想型であろう。
だが書評と創作は違う。本作のそこかしこに彼の書評でみた、対象に対する距離の近さが感じられた。書評ならば文章以前に対象との距離が保証されているが、創作となるとそれが極端に縮んでしまっているのではないか。
その不安はほとんど杞憂だったといって良い。もちろん作品に対して絶妙の距離をとっているとは言いがたい。あまりに読者を選ぶペダントリの数々は楽屋落ちとも受け取られかねないだろう。だが少なくともそれを理解しなくとも決定的なマイナス要素ではないし、ニヤリとさせられる場面も少なくなかった。
第二に作中から喚起される不安があった。複数の視点を用いながらその実、神の視点にたっているように思える、ある種の不安定さ。さらにあくまで本格ミステリを期待させながらどうしても本作が本格ミステリ的結末を迎えるとは思えなかった点である。
本作を本格と受け取る読者は少なくないだろう。おそらくその読み方を裏切ることはないと思う。しかし結論から言うと私にとって本作は本格ミステリではない。
矛盾するようだが本作を読んでいてまともな本格ミステリを期待する読者は少ないのではないだろうか。本格ミステリは形式的要素として先行作品を内在せざるを得ないが、本作ではそれがあまりにも過剰である。数々の引用、文学談義、美術談義、などなど。端的に顕れているのが作中でも言及される「黒死館殺人事件」であろう。もし言及されていなかったとしても本作から「黒死館」を連想することは難しくない(残念ながら作者があとがきで影響を受けたとしている内田善美「星の時計のLiddell」については全く知らない)。
ここでは論理は紡がれない。あるのは符丁と符号。もちろん、「黒死館」ほどではないが、ここ滄溟館もまた意味の過剰な世界である。その世界ではや、といった数字までもが何を意味しているか断定される。「黒死館」同様、探偵役の解釈だけがこの物語を創造している。ここで純然たる本格ミステリである綾辻行人「霧越邸殺人事件」にも触れておきたい所だがネタバレの恐れがあるため避けておこう。
ともあれ第二の不安も解消された。これでもかと詰め込まれる本格ミステリのガジェット。だがそれに本格で用いられるところの“論理的”に割り切られた解決を期待しなくなった時点で自動的に。といっても真犯人やトリックには非常にフェアな伏線が張られており好感が持てる。それだけにやや分かりやすかった感があり意外性こそ少なかったものの、不満のない仕上がりといってよいだろう。
世界は並列に存在する。濱岡稔は世界を構築しようとしている。あまりに恣意的な視点を用い、様々な世界を引用し、そして意味に溢れた世界を。“ここではないどこか”で並列する世界の一つを。
意外性を武器に世界を現実的幻想にまで解体しようとした新本格最初期。濱岡稔の過剰さはそれに似たギラギラとした情熱を思い起こさせる。
紙の本密室・殺人
2001/12/28 00:11
純然たるミステリ
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新本格とホラーの合体と謳われているそうだが、本作は純然たる本格ミステリに他ならない。確かに、ホラー的な要素はあるが、それは本格に加えられたエッセンスに過ぎない。
本作に描かれる“密室・殺人”はよくできてはいるが、意外性を与えるほどには至っていない。しかし、それは瑕でもなんでもない。というのも、本作の主眼は密室におかれているわけではないからである。ある設定こそが、この作品のすべてだ。密室すらもその伏線に過ぎない。この前代未聞の設定を作品内で説明することなく、読者を驚愕に導いた手腕には驚嘆するほかない。本格ミステリ以外の何物でもない力作だ。
紙の本妖奇切断譜
2001/11/30 00:22
新本格の香気漂う快作
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前作「鬼流殺生祭」に続く明詞シリーズの第2弾。本作で使われているトリックに久しぶりに驚いた。巧妙に盲点を突いたこのトリックは、意外性にのみ重点をおいていた新本格初期の作品群が持っていた、残夢の陶酔感のような魅力を放っている。惜しむらくは結末部分にたるまで推理らしい推理が展開されない点であり、すなわち読者に対して作者が隠しているであろう真犯人の影を描いていない点である。一匹でもそのようなレッドへリングが泳がされていれば、本作はさらにその輝きを増したであろう。
また、本作とは無関係に見える事件が描かれている点も気にかかる。おそらく次作以降で密接にかかわってくるであろうから現時点での判断は難しいが、本作だけを見れば作品の完成度を落としているといわざるを得ない。
とはいえ、デビュー作以来、意外性に拘りつづけてきた作者の面目躍如たる快作である。
紙の本13
2001/11/24 23:32
限りない才能を予感させる佳作
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濃密、この言葉こそが本書を形容するに相応しい。第一部において作者が達成した幻想性は、確かに限りない才能を予感させる。特に冒頭で見せる、片目だけが色盲の主人公と言うアイディアはすばらしい幻想に満ちている。
未開のジャングルで暮らす部族は紛れもない現実でありながら、上質の幻想となりうる。むしろ、現実であるが故に、より純粋な幻想の高みを見せてくれるのかもしれない。無論、それは著者の類稀な筆力なしには成立しない。随所に見られる稚拙とも表現できる文章も、それに奉仕しているのではないかと思えるほど、確固たる世界を構築している。
しかし、作中の映画「ブラッドビフォア」と相似形を描くように、第2部は商業ベースに乗せるためか、ありきたりな結末に収束していく。作者が自覚的に書いていることは明らかだが、読者に訴えかけるだけの場面は第二部では描ききれていない。それが惜しまれる作品である。しかし、第一部の高みは確かな物語として読者に届いたであろう。今後、必ず化けるであろう新人の登場である。
紙の本金のゆりかご
2001/11/24 23:29
意外性、説得力ともに十分の力作
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北川歩実がついにその本領を発揮した。特に構成力という面においての成長ぶりには目を見張るものがある。本作を本格ミステリとは言いがたいが、意外性は十分である。二転三転する解決部分は、この構成力がなければ全く説得力を持たなかったであろう。また、北川作品に共通して言えることだが、最先端科学を取り込んだテーマは実に興味深い。
惜しむらくは冒頭での強烈な謎の提示がないことと、伏線の少ないことだ。しかし、後者は天才を描くことへの代償なのかもしれない。
紙の本少女達がいた街
2001/11/24 23:26
新本格の王道
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柴田氏の作品は初めて読んだが、本当に感心させられた。並外れた才能をもっているのは疑いない。特に、前半部における人物造形、ストーリー展開、センスなどどれも素晴らしく、その青春小説としての完成度は、「異邦の騎士」などの青春本格推理の傑作群にも決して引けを取らない。
また、後半部のパズラーとしての完成度もかなり高い。前半でしっかりと描かれた登場人物たちは、21年後の後半でも見事に浮き上がっている。緻密に計算されたどんでん返しの連続には驚きとともに感動を味わわせてくれる。
唯一、動機が平凡だったのが残念だが、女史の筆力の前ではさほど気にならない。全体としての完成度は名作群に一歩届かないものの、新本格の王道をゆく力作であることは間違いない。
紙の本ifの迷宮
2001/11/23 23:40
奇想溢れる本格ミステリ
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柄刀一は初めて読んだが、評判どおり奇想溢れる作家だ。文章も読み易く一気に読ますだけの筆力がある。まず、設定が素晴らしい。著者にしてある仕掛けの一点のみのためだけに十数年先の時代にしたという設定は見事な効果を挙げている。それも全く無理なく物語に取り込まれており、感動的なエピソードが語られる。
謎解きという面では偶然が多すぎる感がないでもないが、著者の奇想の前では余り気にならない。めくるめく謎と整合性のある綺麗な解決、そして謎の生まれた必然性など並々ならぬ才気を感じさせる。
非常に力強い快作である。柄刀は本作で本格の最前線に踊り出た。
紙の本ディオダティ館の夜
2001/11/23 23:34
井上雅彦の初期代表作
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井上雅彦の初期作品の中でも、良い意味でのB級さが最も洗練された形で顕れているのが本書だろう。ミステリ的な仕掛けは単純ではあるが、それが美晴沢という幻想的な舞台に仕掛けられるとき見事な効果を上げている。これでもかとぶち込まれている、愛すべき幻想の小道具たちはスピーディーな展開とも相まって映像化してもらいたいほどの風景と雰囲気を醸し出ている。おそらく井上雅彦にしか書けないだろう幻想ミステリの佳作。
紙の本タンブーラの人形つかい
2001/12/28 00:51
ファンなら読み逃すべきではない作品
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パーミリオンの猫シリーズの第2弾。このシリーズはミステリ的な要素がふんだんに盛り込まれている。本書はその中でも、特にその傾向が強い作品らしい。確かに操りをテーマにミステリ的な構成をとっているが、本作をミステリとして読むには無理がある。伏線がほとんどないし、意外性もない。ただ、それはこの作品の欠点でもなんでもない。
そもそも本作はミステリをして書かれたのではないし、竹本健治という作家を特定のジャンルの枠にはめることは不毛な作業である。文句なしに面白いし、プロットも素晴らしい。エンターテイメントとして完成された傑作である。
紙の本鬼流殺生祭
2001/11/30 00:21
真っ向から本格に挑んだ力作
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デビュー以来、貫井徳郎の卓越した構成力と筆力には目を見張るものがあった。その貫井が真っ向から本格に挑んできたのが本作である。旧家の武家屋敷で起こる連続殺人、雪に残された足跡、交錯する血縁関係と横溝正史的なコードを多用している。
その分、或いはその割にトリックや構成に目新しいところはない。だが、注目すべきはその旧家という閉ざされた世界に、血の結束以上の理由付けをし得た点である。事件全体を貫くその理由は、明詞という時代背景とあいまって絶大な効果をあげている。
そしてさらに注目すべきは、量子力学の不確定性理論を功名かつ完全に取り入れている点だ。名探偵ものの本格が持つジレンマを意識しつつ、それを確かに乗り越えている。そのスタンスと巧さは京極に匹敵する。
著者の本格に対する想いが伝わってくる力作だ。
紙の本不変の神の事件
2001/11/23 00:04
黄金期の佳作
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1936年に出版された本書は黄金期の一翼を担っていたらしいR・キングの手腕が遺憾なく発揮されている。古びていることは否めないが、その古び方が黄金期特有の心地よい雰囲気に包まれており、マイナス材料ではなくむしろよい効果をもたらしている。
意外性はさほどあるわけではないが、伏線の張り方が絶妙で思わずニヤリとさせられる。また、計算し尽くされたプロットも賞賛に値するだろう。黄金期の懐の広さを再認識させられる佳作である。
紙の本暗闇の教室
2001/11/23 00:04
恐怖とトリックの二重奏
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叙述トリックの名手として評価の高い折原一の傑作「沈黙の教室」に続く教室シリーズ第2弾。叙述トリックはそれが仕掛けられていることを読者に悟られないことが、意外性を演出する前提となる。しかし、折原一という作家はそれを悟られてもなお読者を欺くことのできる、稀有の才能の持ち主である。
しかし、本書ではその才能が十分に発揮されているとは言いがたい。細かいところでの叙述トリックはさすがであるが、全篇に渡っての仕掛けがなかったのは、拍子抜けしてしまうし、真犯人もヒントがあからさま過ぎて容易に推測できてしまう。だが、前半部分での百物語において、現実と幻想の境を曖昧にしていく手法は高く評価できる。恐怖の演出という点では、素晴らしい効果を挙げている。
紙の本沙羅は和子の名を呼ぶ
2001/11/23 00:01
ほのぼのとした雰囲気が愉しい好短編集
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初期の短編二編はさすがに文章がぎこちないが年を経ていくごとに上手くなっている。それにしても加納朋子の描く人物は大人と子どもの区別がつきにくい。しかしそれが決してマイナスポイントになっていないのは、女史の怜悧かつ暖かな眼差しゆえだろう。『フリージングサマー』以降の作品はどれも上質のファンタジックミステリに仕上がっているが、
殊に『オレンジの半分』は傑作である。トリックや、叙述はどちらかといえば小粒で、それのみを見ればたいした作品ではない。しかし、それらが加納朋子の持ち味であるほのぼのとした雰囲気と高次元で融合している本編は、そのタイトルの秀逸さとも相まって美しいと形容しうる作品となっている。