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  3. Leonさんのレビュー一覧

Leonさんのレビュー一覧

投稿者:Leon

85 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

紙の本テメレア戦記 1 気高き王家の翼

2008/07/29 22:45

史実に基づいたリアルな舞台がドラゴンの存在を活かしている

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ウィリアム・ローレンスが艦長を務める英国海軍のリライアント号は、大西洋を航行中のフランス海軍フリゲート艦と遭遇した。

フランス軍兵士は果敢に応戦したものの拿捕され、ウィリアムはその積荷の中に予想もしなかったものを発見する。

細心の注意を払ってフランス艦の船倉に保管されていたのは孵化の間近に迫ったドラゴンの卵だ。

戦場において大きな活躍をするドラゴンは卵から孵るときに”竜の担い手”を選ぶという特性を有しており、いち早くドラゴンを管轄する空軍に引き渡さなければならないところなのだが、最寄の寄港地までは3週間の航行を要し、船上での孵化は免れ得ない。

意を決したウィリアムは”竜の担い手”として空軍に転向する者を、自分を含む乗組員全員によるくじ引きで決めようとするのだが・・・

ナポレオン戦争時代を扱っており、ネルソン提督の名前や「ナイルの戦い」など史実と一致する部分も多いが、古代ローマ時代から人間とドラゴンが関わってきたという重要な違いがある。

順調に昇進し、小型ながらも一隻のフリゲート艦を任せられる立場となった主人公のウィリアムは、孵ったばかりのドラゴンの仔に選ばれて”竜の担い手”となるが、生粋の海軍軍人である彼が空軍への編入に強い抵抗を感じている様子などは実にリアル。

ドラゴンの存在が大きいためファンタジーにカテゴライズされるものだとは思うが、雰囲気としては戦争冒険小説に近いだろう。

特に、空軍に在籍することとなった後、ウィリアムが軍種間のカルチャー・ギャップに悩むところなどを読むと、著者がかなりの取材を重ねたように思われる。

また、ドラゴンの扱い方も面白く、為政者などからみれば生物兵器に相当するのかも知れないが、”竜の担い手”にとっては同僚、若しくはそれ以上の存在として描かれており、彼らの任務の危険性故に、常にある種の哀しさが漂う。

そのような中でも、特に健気で献身的なテメレアは好きにならずにはいられないキャラクターで知識欲も旺盛だ。

フランス艦の船倉に居る間にフランス語を独習しており、”竜の担い手”とともに亡命してきたフランス生まれのドラコンとも流暢に会話をこなして驚かせてくれる。

後半になって判明することだが、テメレアは希少なドラゴンの中でも、特に珍重される「セレスチャル種」であり、東洋では皇帝のみに所有の許されたもの。

ナポレオンへの贈り物であったテメレアが英国の手に渡ったことは、中国にとっても懸念となったようで、次巻の舞台は中国になるらしく、どのような展開になるのか愉しみだ。

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紙の本

紙の本スピリット・リング

2004/06/14 09:22

この“山出し”が私の運命の人!?

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時代はルネサンス、場所はイタリア。
大魔術師にして金属工芸家ベネフォルテは、二つの仕事に取り掛かっていた。
一つはモンテフォーリア公サンドリノから発注された黄金の塩入れで、それを使えば全ての毒が無効化されてしまうという魔法の品。
もう一つは自身の名声を確固たるものにするべく、ベネフォルテが総力を注ぎ込んでいるペルセウスのブロンズ像。

16歳になる娘のフィアメッタは父の仕事を手伝いながら、自分でも指輪などの小さな作品を作るまでになっているのだが、結婚願望も出てくる年頃で、ペルセウス像のモデル役をしているサンドリノ公の衛兵隊長、ウーリ・オクスに密かな恋心を抱いている。

ベネフォルテは、サンドリノ公の娘ユリアとロジモ公フェランテの婚約の祝典ににおいて、完成したばかりの黄金の塩入れを披露することとなり、フィアメッタとともに伺候するのだが、目出度い席は思いもよらぬ裏切りと殺人の現場となる。
フェランテが義父となるはずであったサンドリノ公を殺害し、モンテフォーリアを我が物にせんとの魂胆を明らかしたのだ。
フェランテとその部下によって殺戮が行われるモンテフォーリア城から、ベネフォルテ親子は魔術の才覚によってなんとか脱出に成功するのだが…

タイトルとなっているスピリット・リング(死霊の指輪)とは、その持ち主に死者の魂と力を隷属させる恐るべき魔法の品で、教会からは邪悪なものとされているのだが、知識欲旺盛なベネフォルテは、その原理にも通じており、フェランテの指輪から束縛されている霊を解放する。
しかし、皮肉なことに逃避行の途中で追っ手に捕まり命を落としたベネフォルテの魂は、指輪を再生させるために利用されようとするのだ。

兄ウーリの紹介でベネフォルテに弟子入りせんとスイスから来た鉱夫トゥーリ・オクスと偶然出あうこととなったフィアメッタは、魔術にも造詣の深いモンレアレ司教を頼り、力をあわせてフェランテとその部下である魔術師ニッコロ・ヴィテルリに対抗して行く。
ロジモから援軍が到着してしまえば、モンテフォーリアは完全に敵の手中に落ちて、全ての努力は水の泡となる。
一方、死後も大魔術師の才覚でスピリット・リングに囚われまいとするベネフォルテではあるが、こちらも時間の問題であり、彼が一旦屈すればフェランテの力は世界を揺るがすほどに高めてしまう。
この二つのタイムリミットが、物語をスリリングにしていて厭きさせない。

ファンタジーにおける女性の主人公のというと、お転婆であったり男勝りであったりする一方でそれ以外の特質について重視されない場合が多いが、フィアメッタは控え目ながらも実際的な性格だ。
多少ファザー・コンプレックスな部分も含めて、女性作家のみが生み出せたキャラクターと言えるのではないだろうか。
自分の作った恋愛成就の指輪が、憧れの衛兵隊長ではなく、その弟の鉱夫の指にピタリと嵌ってしまい、オロオロする様子が可愛らしい。

また、著者あとがきを見て少し驚かされた。
実在の人物や時代を設定に用いていることから、多くの参考文献があったようだが中でもキーとなったのは、死者の恩返しに関する民間伝承の論文、採鉱と冶金学の論文、そしてベネフォルテのモデルとなっているベンヴェヌート・チェリーニの自伝の三冊だという。
驚いた理由は、最後の一冊は著述上の必然としても、他の二つの論文との関連性が低く、論文相互にあっては殆ど無関係と言えるからだ。
三つの言葉から一つの話を生み出す日本の話芸「三題噺」を彷彿とさせるようなこのエピソードは、作者の発想力の豊かさを如実に示しているように思える。
そんな才能を持ったビジョルドの書く作品は、ファンタジーに限らずきっと面白いに違いない。

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紙の本

史実に基づいたリアルな舞台がドラゴンの存在を活かしている

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ウィリアム・ローレンスが艦長を務める英国海軍のリライアント号は、大西洋を航行中のフランス海軍フリゲート艦と遭遇した。

フランス軍兵士は果敢に応戦したものの拿捕され、ウィリアムはその積荷の中に予想もしなかったものを発見する。

細心の注意を払ってフランス艦の船倉に保管されていたのは孵化の間近に迫ったドラゴンの卵だ。

戦場において大きな活躍をするドラゴンは卵から孵るときに”竜の担い手”を選ぶという特性を有しており、いち早くドラゴンを管轄する空軍に引き渡さなければならないところなのだが、最寄の寄港地までは3週間の航行を要し、船上での孵化は免れ得ない。

意を決したウィリアムは”竜の担い手”として空軍に転向する者を、自分を含む乗組員全員によるくじ引きで決めようとするのだが・・・

ナポレオン戦争時代を扱っており、ネルソン提督の名前や「ナイルの戦い」など史実と一致する部分も多いが、古代ローマ時代から人間とドラゴンが関わってきたという重要な違いがある。

順調に昇進し、小型ながらも一隻のフリゲート艦を任せられる立場となった主人公のウィリアムは、孵ったばかりのドラゴンの仔に選ばれて”竜の担い手”となるが、生粋の海軍軍人である彼が空軍への編入に強い抵抗を感じている様子などは実にリアル。

ドラゴンの存在が大きいためファンタジーにカテゴライズされるものだとは思うが、雰囲気としては戦争冒険小説に近いだろう。

特に、空軍に在籍することとなった後、ウィリアムが軍種間のカルチャー・ギャップに悩むところなどを読むと、著者がかなりの取材を重ねたように思われる。

また、ドラゴンの扱い方も面白く、為政者などからみれば生物兵器に相当するのかも知れないが、”竜の担い手”にとっては同僚、若しくはそれ以上の存在として描かれており、彼らの任務の危険性故に、常にある種の哀しさが漂う。

そのような中でも、特に健気で献身的なテメレアは好きにならずにはいられないキャラクターで知識欲も旺盛だ。

フランス艦の船倉に居る間にフランス語を独習しており、”竜の担い手”とともに亡命してきたフランス生まれのドラコンとも流暢に会話をこなして驚かせてくれる。

後半になって判明することだが、テメレアは希少なドラゴンの中でも、特に珍重される「セレスチャル種」であり、東洋では皇帝のみに所有の許されたもの。

ナポレオンへの贈り物であったテメレアが英国の手に渡ったことは、中国にとっても懸念となったようで、次巻の舞台は中国になるらしく、どのような展開になるのか愉しみだ。

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紙の本

処女作だなんて信じられない!

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

カモールの領主はニコヴァンテ公爵だが、数々の盗賊団の頭達を従えて裏の社会を取り仕切っているのはバルサヴィだ。

バルサヴィは、貴族の権益を侵さない代わりに目こぼしを得るというニコヴァンテ公爵との間の密約によって安定した地位を気付いているのだが、街の噂では”カモールの刺”なる貴族のみを狙った義賊が居るという。

僅かに4人の手下のみを持つロック・ラモーラは、バルサヴィの部下の中でも最も稼ぎの少ない盗賊団の頭だが、実は彼こそが街の噂の主である。

裏社会のボスも貴族達も、諸共に騙して莫大な金品を蓄えるロックとその郎党だが、騙すことそのものが生き甲斐となっている彼らにとっては、それらも次に仕掛ける詐欺の元手になるだけ。

今回、ロック達”悪党紳士団”が目を付けたのは、若い貴族のドン・ロレンツォなのだが・・・

バルサヴィの忠実な部下を装いながら平然と密約を破っている”悪党紳士団”が、貴族相手に仕掛ける大掛かりな詐欺がメインのストーリーになるが、その合間に彼らの見習い時代のエピソードが挟み込まれるという、当初は少し戸惑う構成なのだが、付録とも言える見習い時代がコミカルで愉しく、もっと読みたいという気にさせられた。

一味の頭脳であるロックが”悪党紳士団”の領袖ではあるのだが、メンバーの年齢はほど近く、彼らの子供時代を描いて強固な仲間意識の形成を強調していることは、ラストシーンを含め要所要所でも活きている。

一風変わった構成が独特の面白さを引き出しているという点ではG.R.R.マーティンの「氷と炎の玉座」を思い起こすが、処女作からこのような構成の妙を見せる著者をマーティンが絶賛するのも頷ける話。

二転三転するコン・ゲームも先を読ませない巧みなもので、ファンタジーではあるものの魔法は敵側の力として登場し、主人公側はこれに知恵と度胸で対抗していくため、ファンタジーを読み慣れない人でも充分に愉しめるではないだろうか。

全7部作の構想らしいが、本書のみでの完結性を持たせつつも、”悪党紳士団”の紅一点にしてロックを袖にしたという女性が名前のみで未だ登場しておらず、高度な文明を持っていたと思しき古代の住民に関しても多くを語らないなど、伏線も巧妙に張られているようで、続刊にも期待が膨らむ。

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紙の本

紙の本ランクマーの二剣士 定訳版

2005/07/23 16:39

最終巻は読み応えのある長編

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今回ファファードとグレイマウザーが請け負ったのは輸送船団の護衛だ。
積荷はただの穀物なのだが、その行き先である<八都の国>に向かった他の船は原因不明のまま悉く失われしまっている。
ミンゴルに陸と海の双方から脅かされているランクマーの君主グリプケリオは、<八都の国>の助力を得なければ侵略の危機に晒されることから、その君主であるモヴァールに貢物の意味を含めた兵糧を送りたいのだが、差し向けた船は一隻も<八都の国>に辿りつかず、いつモヴァールからの支援打ち切りが通告されるか不安でならない。
悪名は高いものの、その手腕については折り紙付きの二人が穀物輸送船に乗り込んだのはそんな理由からである。
また、二人が<八都の国>に送り届けよう命じられたのは、穀物の外にもあった。
グリプケリオの諮問役を務める穀物商ヒスヴィンの娘ヒスヴェットと、彼女が飼いならし、見事を芸を見せるという1ダースほどの白いネズミ達がそれなのだが・・・・
最終巻にして唯一の長編はSFやミステリーなどの要素もふんだんに盛り込まれ、短編では味わえないプロットの妙も冴えている。
しかし、本書を一番面白くしているのは「どんな動物にも人間に似た知恵と技術も持ち、その種族全体を支配するものが13匹いる」という”13の伝説”なる背景だろう。
テリー・プラチェットはディスクワールド・シリーズの中でライバーへのオマージュ的な設定や登場人物を多く見せているが、「天才ネコ モーリスとその仲間たち」に登場する知恵のあるネズミ「ニュー・ラット」は明らかに本書の影響を受けているようだ。
体を自在に伸び縮みさせる魔法薬と組み合わせた異種交配という設定はグロテスクではあるものの、その体の中にネズミの血が入った妖女ヒスヴェットはエロティックでもある。
他の作品では二手に分かれた場合、やっかい事に巻き込まれるのはファファードの方で、グレイマウザーはそれを助け出す役割が多いのだが、本巻では<目無き顔のシールバ>から与えられた魔法薬でネズミ大となり、ランクマーを占領統治しようとする知恵のあるネズミ達の中で危険に巻き込まれるのはグレイマウザーだ。
最終巻ということもあって、その名の意味する「ネズミ捕り」の本領を発揮させようという作者の心遣いなのかも知れないが、箱庭的世界での彼の冒険は実にコミカルで、相棒のファファードには見られたくないところだろう。
ファファードの方はと言えば、<七つの目のニンゴブル>から与えられた笛で”13の伝説”の猫版を召還することになるのだが、密かに彼を助けてきた子猫が、最後にはちゃっかりと13匹の中の一匹として加わる様子が面白い。

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紙の本

紙の本リプレイ

2005/10/23 14:38

誰しもが考えたことのある「もしも」の結末とは!?

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

1:06 PM、 88.10.18
ニューヨークのラジオ局にニュースディレクターとして勤めるジェフは、自分のデスクにあるデジタル時計を見ながら突然の心臓発作で死んだ。
享年43才
いや、死んだはずだったのだが、意識が戻ると周囲の様子が一変して母校の寮に居る。
場所だけではない。
彼が今居るのは、1963年のエモリー大学の学生寮であり、体も18才の彼のもの。
始めのうちは戸惑いを隠せないジェフだったが、彼の「未来の知識」をもってすれば、この人生のリプレイを如何に有意義に生きることが出来るかに気付く。
ジェフは手始めとして1963年のケンタッキー・ダービーを制するはずの穴馬シャトーゲイへ、手持ちの金を全て注ぎ込むのだが・・・
未来の知識を活かして過去の時代を謳歌するという幻想は珍しくないと思うが、予想に違わずジェフも賭け事や投資で一財産を築き上げて行くものの、再びその日を迎えることになる。
1:06 PM、 88.10.18
ジェフは再び心臓発作によって死に、再び1963年に18才として蘇る。
人生をやり直すという幸運に恵まれたかに見えた彼が、同じサイクルを幾度も繰り返す様子を読むうちに、それが呪いであるかのように思えてくるから不思議だ。
この人生の繰り返しをジェフは「リプレイ」と呼ぶのだが、それが何故起きるのかということについては沢山の推測が立てられるものの、明確にはされない。
また、ジェフがリプレイから得た人生の生き方に関する教訓を考えれば、明確にされる必要もないのだろう。
小説の効果として「疑似体験」というものがあるが、本作は”限りある”と形容される人生そのものを、それも何度も疑似体験させてくれる。
巨額の私財を成したり、異性や麻薬に耽ったり、果ては世捨て人として山奥に隠遁するジェフの、人生のサイクル毎に異なるアプローチは確かな現実味があり、その全てを体験した彼が得た、自分の人生は自分のものであるという教訓には充分に説得力がある。
説得力が感じられる理由は、ジャーナリスト出身の著者の映し身と言える主人公が、積極的に関わろうとする実際の歴史的な事件の存在による部分もあるようだ。

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紙の本

紙の本第九軍団のワシ

2005/07/23 16:55

諦めないことの大切さ

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

新任の百人隊長であるマーカス・フラビウス・アクイラは、ローマ軍人としての経歴を始めるにあたり、やはり軍人であった亡き父親が没したブリトンの地を選んだ。
ハドリアヌスの壁以北のバレンシア州やカレドニア州はローマの支配を退けていたが、マーカスと彼の部下が駐屯する南方は概ね住民達のローマ化に成功していた。
平穏な日々が続く中、マーカスが地元のブリトン人とも親交を暖めるようになった折、その襲撃は起こった。
ドルイド僧によって扇動された町の住民たちが、マーカス達の砦に狂信的な攻撃を仕掛けてきたのだ。
この島特有の雨がちな天候の隙をついて上げた狼煙に気付いて駆けつけた援軍の助けを得て、叛乱を鎮圧することは出来たものの、部下を救うために戦車に立ち向かったマーカスは足に大きな痛手を負い、赴任後1年と立たずに軍人としての経歴を終わらせることになってしまった。
ブリトンの南部、カレバ・アレバートゥムに暮らす退役軍人アクイラ叔父の元に身を寄せたマーカスは、叔父の友人である第六軍団総司令官クローディウスから意外な話を聞かされる。
彼の父が指揮していた第九軍団の象徴である<ワシ>が、北方の地で目撃されたというのだ。
第九軍団は北方の遠征に赴いたまま戻らず、壊滅したものと思われていたが、<ワシ>が見つかれば彼らの、更には自分の父親の消息をしることが出来るかも知れない。
そう考えたマーカスは、解放奴隷のブリトン人エスカと共に、危険な探索の旅に出発するのだが・・・
2世紀初頭、ブリテン島北部に向けて遠征の途についた第九軍団は、4千人もの兵員を擁していたにも関わらず丸ごと消息を絶ってしまったという。
更に20世紀になって、その軍団の象徴であった<ワシ>が、彼らが駐屯していた中部でも、失踪した北部でもなく、南部のシルチェスター(旧カレバ・アレバートゥム)で羽の部分が欠落した状態で発掘された。
この歴史的なミステリーを解く一つの答えとして、一人のローマ人青年を主人公とした探求の物語が展開されていく。
ストーリーそのものは架空であるが、歴史的な背景や史書に遺る古代の文化・風俗はとてもリアルで、更にローマ人、ローマ化した南部ブリトン人、ローマ化を拒んだ北部のブリトン人それぞれの心情に深く思いをはせて造形された登場人物達が実に活き活きと描かれているのが特徴で、惹き込まれずにはいられなかった。
主人公マーカスと彼が開放するブリトン人奴隷エスカとの間の絆は、物語の中で重要な役割を果たしている。
子供の頃から当たり前のように奴隷を使役していたであろうマーカスが、奴隷であるエスカに対して特別の友情を感じ、開放という異例の行いをするのはローマ人らしからぬという印象があるが、剣闘に敗北したエスカを救おうと、大多数の観衆が親指を下に向ける中、一人必至に親指を立て続ける姿は感動的だ。
エピローグとして描かれている口笛を吹くエスカの様子一つを取っても、この物語が単に歴史の隙間を想像で補っただけではなく、現代にも通じるメッセージ性を持っていることが判る。
多く登場するローマの軍人達の気質は、おそらく海軍軍人であった著者の父親から得たものと思われ、足に不自由を囲う主人公マーカスの不屈さは自身を重ねたものだろう。
歴史に関する知識のみならず、著者の全てをぶつけた渾身の力作と言える。

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紙の本

紙の本帝王の陰謀 上

2005/07/23 16:42

暗殺者の初恋の行方は・・・

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

その身をもって六公国を窮地から救ったフィッツだったが、毒された体は重い後遺症に悩まされる。
すっかり弱気になってしまったフィッツを再び駆り立てたのは今や美しい女性に成長した”鼻血っ子”モリーだ。
山の王国で静養していたフィッツは、<技>によってシュルード王を通じ、六公庫沿岸の町シルトベイが赤い船団に襲撃されたことを知り、その遠視の中に逃げ惑うモリーの姿があったのだ。
フィッツが病んだ体を引きずるようにしてたどり着いたバックキープには、既に彼を頼ってモリーが訪れており、そのままペイシェンスの召使として雇われていた。
しかし、フィッツが庶子とは言えども王族であることを知ったモリーはよそよそしい態度を示し、結婚の許しを王に求めたが、こちらもきっぱりと断られ、逆に政略結婚を仄めかされるという始末。
王が次第に衰弱して行く中、赤い船団の襲撃に対抗する最後の手段として、伝説にのみその名を残す<旧き者>の支援を得ようと<継ぎの王>たるヴェリティは少数の兵とともに危険な探索行に旅立ち、その機に乗じた弟リーガルは、宮廷での支配力を強めていく。
自分の恋路と六公国の行く末に悩むフィッツだが、頼りの主君ヴェリティとは思うように連絡が取れず、自らが正しいと信じた道を選択するのだが・・・
王は病み、<継ぎの王>たるヴェリティは不在。
王位を狙ってリーガルが暗躍する中、遠い異国から嫁いだばかりの<継ぎの王妃>ケトリッケンを影ながら支えるフィッツの活躍が見所。
宮廷陰謀劇が展開する中で明かされた、登場人物達の意外な正体にはあっと驚かされた。
宮仕え故の葛藤に煩悶とするフィッツの様子に、幾度と無く何故自分の思うままに行動しないのかともどかしくもなるのだが、彼が幼少の頃にシュルード王と結んだ契約の重さに思い当たる。
フィッツと彼が動物商から買い取った狼「ナイトアイズ」との<気>による精神の交流も面白く、狼は人間社会も自分の価値観で「群」と考えているのだが、これが結構しっくり来るから不思議だ。
身寄りの無い少年であったフィッツだが、彼の六公国を救おうとする行為の動機は、命を購ってこの世への存在意義を持たせた王に対する義務感から、次第に自発的な使命感へと変遷していく。
信頼を寄せる叔父のヴェリティや、夫シヴァルリの不義の子であるにも関わらず保護者として発起してくれたペイシェンス、そして誰よりも愛情を注ぐモリー、更には長年関わりを持ってきたバックに住まう人々などの全てがナイトアイズの言うところの「群」として意識されたとき、無心の犠牲的な行為も可能となったのだろう。
目前の危機を逃れたところで終わっているが、やはり<旧き者>を訪ねたヴェリティが気がかり。
赤い船団の真の目的も未だ明らかにされておらず、<技>や<気>についてもその来歴は伝説の彼方という状態なので、最終巻には多くの答えが待っていそうだ。

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紙の本

紙の本天使の牙から

2007/06/17 08:17

愉しんでる奴には敵わない

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

二人の主人公がいる。
一人目のワイアットは、子供向けのテレビ番組の司会として一世を風靡したこともあるのだが、今は癌に侵されて余命幾許も無い。
死を待つのみの虚脱した日々の中に飛び込んできたのは親友のソフィーからの電話。
強っての頼みで、失踪したソフィーの兄を探すためにアメリカから遥々オーストリアへ向かうことになったワイアットは死神と出会う。
死神はワイアットのことが気に入っているらしく、どうやら直ぐに命を獲るつもりはないようなのだが・・・
二人目のアーレンはハリウッドの女優なのだが、人気絶頂の時に引退してウィーンで気侭な一人暮らしを送っている。
アーレンは偶然知り合った報道写真家ジーヴィッチと恋に落ちるのだが、その頃から彼女の周囲では不幸なことが起こり始める。
愛犬が死に、最愛の母の日記から実は自分が忌み嫌われていたことを知らされ、親友のローズは暴行されて重症に。
更に恋人のジーヴィッチからは彼がエイズだと聞かされ・・・
二人の主人公はアメリカのショー・ビジネス界という繋がりから知人ではあるのだが、交互に現れるそれぞれを主役とした各章は九割ほど読み進めるまでは殆ど絡まない。
ワイアットの章は、夢に現れた死神の言葉を理解しないと身体に傷を付けられ、やがては死に至ってしまうという謎が主軸になっていて、ホラーとミステリーが融合したような雰囲気があるのだが、アーレンの章は隠遁生活を送っているハリウッド女優とタフな報道カメラマンのロマンスとなっており、まるで二つの小説を併読しているような感覚にさせられる。
最後の最後になって漸く二人の物語が絡む部分からの急転直下ぶりこそはキャロル一流の技巧で、目を凝らしているのに見破れない華麗なマジック・ショーが展開されたような印象を受け、「またやられた」という快感。
本作で扱われる死神のキャラクターが堕天使と関連付けられているので、聖書に馴染みがないとピンと来ない部分もあるかも知ないが、信仰を持たない人こそは「愉しんでる奴には敵わない」という確信を必要としているのかも知れない。

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紙の本

紙の本メルニボネの皇子

2006/04/16 20:56

悲劇の中でこそ輝く英雄の勲!

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

かつて大艦隊と竜によって得たメルニボネ帝国の広大な版図は、今や僅かに竜の島を残すのみ。
その衰退を暗示するものか、今<ルビーの玉座>を占めるのは生まれながらにして虚弱な白子(アルビノ)の皇帝エルリック。
新興の<新王国>諸国は、半ば伝説と化しているメルニボネ人を恐れつつも次第にその勢力を伸ばし、艦隊を組んでは竜の島の財宝を奪わんものと襲撃を繰り返していた。
現状に甘んじる平和主義者のエルリックの態度に我慢ならないのは、皇帝の従兄弟イイルクーン皇子。
野心家の彼は、メルニボネに過ぎ去りし日の繁栄を取り戻そうと画策しており、更には<ルビーの玉座>には自分こそが相応しいと考えている。
南方からの侵略者の艦隊を、自ら指揮して打ち破ったエルリックだったが、逃走に成功した船も幾つかあった。
当初は追撃を拒むエルリックだったが、従兄弟に腰抜けと揶揄されて艦隊を外洋へと率いることに。
それこそイイルクーンの策略だった。
脆弱な体力を補うために採っていた薬の効能は追撃の間に薄まり、立ち上がることすら侭ならなくなったエルリックの前で、イイルクーンがその叛心を明らかにしたのだ。
甲冑の重みによって水中深くに引きずり込まれるエルリックだったが・・・
虚弱ではあるが、初代の魔術皇帝より綿々と受け継がれてきた魔法の力こそはエルリックを皇帝たらしめるもの。
古代に父祖が精霊などと交わした契約は今も生きており、エルリックは彼らの助力を得てイイルクーンを追い詰めていく。
しかし、混沌の神々の一柱であるアリオッホを召還したときから、彼の運命は大きく狂い始めてしまうのだ。
物語の舞台は神々の時代から人間の時代への過渡期にあたり、英雄が活躍するには打ってつけと言え、巻頭で献辞を贈っているポール・アンダーソンの「折れた魔剣」などと同様に叙事詩的な味わいがある。
メルニボネ人は厳密には「人」ではなく半神に近しいものだが、その品性は根本的に邪悪で、トールキンのエルフとは逆に新興の人類を蹂躙する血も涙も無い種族。
代表的なメルニボネ人であることを期待されるのは、皇帝にとっては当然なことではあろうが、白子であること以上に情け深いエルリックの心根こそはメルニボネ人としては奇形なのである。
<黒の剣>ストームブリンガーを始め、混沌の助力に頼らざるを得ないエルリックの葛藤が醸しだす悲劇性は物語に暗い影を落とし、暗く逃れられぬ運命を暗示するが、旅の折々で道連れとなる個性的な人々がエルリックの、そして読者の救いとなる。
栄枯盛衰、何れは滅び失われる世界が暗示されつつも、いや暗示されているからこそ、その中で必死の努力をする英雄の勲は一際輝くのだろう。

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紙の本

紙の本死者の書

2002/01/14 09:18

「あの子は、死ぬときに笑っていましたか?」

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 ジョナサン・キャロルの邦訳第一弾。最近死んだ、とある作家の伝記を書こうとした青年は、作家の住んでいた町を訪れる。その小さな町では、気さくな人々が暮らし、作家の娘も健在で、伝記は好調に書き始められた。ところがある日、町の住人の一人である少年が自動車事故で死亡してしまう。他の住人は、その悲しいはずの報せを聞くと、「あの子は、死ぬときに笑っていましたか?」と的外れな質問を返してきた…。

 常識的な世界が、小さな事件をきっかけにガラガラと崩壊し、それまでとは違った側面を見せはじめる。そして、この日常崩壊の様子の描きかたこそキャロルの本領だろう。
 キングなどのホラーを読む人にも、そうでない人にもお勧めできる作品。個人的には、最後のオチは蛇足だったような気もしますが…。

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紙の本

紙の本テメレア戦記 2 翡翠の玉座

2009/01/08 21:40

絆は試されて強くなる

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

中華帝国は、テメレアの所有権をめぐり皇子の一人を代表とする使節団をロンドンへ送り込み、強い調子で抗議してきた。

イギリス政府は、当初から交渉に引け腰で、テメレアの返還についても積極的なのだが、当のテメレアがローレンスと引き離されることに納得しない。

嫌がるドラゴンをイギリスから中国まで輸送することは、二つの大国の力をもってしても極めて困難なのだ。

結局、ローレンスと空軍クルーが同行するという条件で納得したテメレアを乗せ、長い船旅が始まる。

船上では、中国の使節団、特にヨンシン皇子がテメレアの好意を得ようとあれことれと画策し、イギリス側の若手外交官ハモンドはテメレアを交渉の切り札と考えてこれに対抗するためローレンスを利用しようとする。

テメレア自身は中国行きにこそ賛同したものの、ローレンスと離れて中国に残るつもりはないのだが、寄港の都度に見かける黒人奴隷の姿に、イギリスにおけるドラゴン達の立場を重ね合わせるようになり、中国におけるドラゴンの自由な暮らしぶりを知った後は、ますます疑念を強めていくのだった・・・

前巻では卵から孵化したテメレアとローレンスが次第に結びつきを強めていく様子が描かれだが、本作ではその絆の強さが幾度も試される。

冒頭、軍の上層部からテメレアに中国行きを説得するよう求められたローレンスは、真っ向から反抗して自らの地位を危うくさえするが、軍人として長らく命令に服従し、また服従させることに慣れてきた彼にとっては異常な対応と言える。

本来、皇帝と皇子にのみ所有を許されるセレスチャル種であるテメレアに対し、中国使節団の対応は貴人に対するそれと同じで、生肉を与えて良しとしているイギリスとは異なり、贅を凝らした料理をはじめとした極上のもてなしが供される。

中国に到着してもそれは同じで、さらにテメレアが実母や若く可愛らしい雌ドラゴンのメイと取り合ってからは、ローレンスとともにテメレアの心変わりを心配してしまった。

しかし、長い旅を通じ、ドラゴンの自由意思というものについてテメレアとローレンスが同じ考えを持つに至ったことにより、二人の結びつきはこれまで以上に強固になったようだ。

前巻では欧州各地ではローマ時代から多数のドラゴンが軍役に就いてきたという設定に一種の哀しさを感じたが、シリーズを通して現実の歴史をなぞっている部分もあるため、今後はナポレオン戦争後の秩序回復の流れの中で、ドラゴン達の解放が描かれるのかも知れない。

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紙の本

実在のアーサー王

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最後のローマ軍団が撤退した5世紀のブリテン島に、好機とばかりにサクソン人達が海を渡り大挙して侵入してきた。
これに対抗するため、複数の小国に分裂していたブリテンを纏め上げたアンブロシウス王だったが、彼はまた、サクソン人の侵攻は引きも切らぬ波のようなものであることに気付いていた。
ただ、ローマ=ブリテンの文明の灯を絶やさぬがためにという一念の想いは、彼の甥である<大熊>ことアルトスにも受け継がれる。
かつてのローマ軍団が保有していたような騎馬部隊こそ今のブリテンにとって最も必要であると考えたアルトスは、僅かな部下を引き連れてガリアに渡った。
重装備の騎兵を乗せ、かつ自らも戦える軍馬を育成するためには、大陸産の大型種の種馬が必要だったのだ。
セプティマニアで催されている馬市で所望の種馬を手に入れたアルトスは、それらの馬と同様に彼の<騎士団>にとって欠くことの出来ない存在となるペドウィルをも見出した。
ガリアの種馬を元として増える軍馬に併せて、アルトスの<騎士団>もまた次第に増強され、遂にはサクソン人に決定的な打撃を与えるべくバドン山の麓で決戦の火蓋が落とされるのだが・・・
本書は、アーサー王伝説の骨幹のみを残して、後の時代の修飾と思われる部分をそぎ落とした一部架空の歴史小説であり、マーリンや湖の貴婦人といった幻想的な登場人物などは排除されている。
伝説の中での英雄王アーサーは、バドン(ベイドン)山の戦いでサクソン人の侵略を退けブリテンに平和な時代もたらしたとされているが、本書の主人公アルトスもまた、一時的にではあるにせよ平和なブリテンを実現すべく遠征に次ぐ遠征に明け暮れる。
彼を突き動かすのは、キリスト教に影響を受けた騎士道精神などではなく、ローマ帝国領時代の繁栄を知る者として絶やしてはならじと考えている文明の灯を守る義務感なのだが、このような登場人物の造形以外にも著者の歴史に対する知識の深さが随所で見て取れるのが本書の面白みの一つだ。
例えば、<騎士団>はその習いとして、兜や鎧の留め金に徽章となる何らかの花を付けることになっているのだが、ベドン山の会戦に際してアーサーが選んだ花はフランスギク(マーガレット)だった。
著者はこの何気ない一場面にとても多くの意図を込めている。
フランスギクは聖母マリアに捧げられた花の一つとして象徴性を持つらしいのだが、後の史籍の中においてはベドン山の戦いに赴いたアーサーの甲冑に聖母マリアの意匠が施されていたとされている。
おそらくは修飾されているであろう現代に伝わる華美な装束を、歴史的な眼力で剥ぎ取ってリアルなアーサーの姿を現出させているばかりか、更にフランスギクが古い神々の一柱である<白い女神>の象徴であったことにも目をつけ、キリスト教化過渡期の複雑な時代に部族や宗教の差を越えてリーダーシップを発揮した”実在のアーサー像”に見事に迫っている。
未だに様々な翻案や映像化が試みられ続けているアーサー王伝説だが、それというのも、その中に物語のエッセンスが凝縮されており、時の変遷によっても変わることのない人間の魂の琴線に触れるものがあるからだろう。
そのような物語の命脈を損なうことなく、見事に歴史小説化した本書を読むと、著者のアーサー王伝説への愛着と、引いては自らの生国に対する強い愛情が感じられる。

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紙の本

紙の本王狼たちの戦旗 上

2005/01/03 23:31

斬新なスタイルのエピック・ファンタジー巨編

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長大な登場人物紹介とも見えた前作「七王国の玉座」から、一気に物語が動き始めた。
故ロバート王の(名目上の)遺児であるジョフリーを立てて鉄の玉座に据えた摂政女王サーセイは、父親タイウィン・ラニスターの肝煎りとあって仕方なく実弟ティリオンを「王の手」として受け入れ、首都キングスランディングの防備を固め“反逆者”達の動静を見守る。

ロバートの弟の一人であるレンリー・パラシオンは、反ジョフリーを唱える南方諸侯の殆どを束ねて、キングスランディングに駒を進めるが、これに納得行かないのがレンリーの兄であるスタンニス・パラシオンだ。

ドラゴンストーンで兵を募ったスタンニスは、新興宗教“火の心臓”ルラーの女司祭メリサンドルを軍議に加えるようになり、彼女の予言に従ってレンリーの軍団が駐屯しているストームズエンドに船団を集結させ弟との対決に臨む。

一方、今でこそ「七王国」の一つに数えられてはいるものの、長い独立の歴史を持ち、古来からの神を崇めるウィンターフェルの若き領主ロブ・スタークは、北の諸侯を率いて「北の王」を名乗り、父親の復讐と人質となっている妹達の奪還をかけてラニスター家と対決の姿勢を取りつつも、同盟相手を模索する。

四つ巴の格好となった「鉄の玉座」を巡る王位争奪戦ではあるが、この四人の“自称”王が、一人として主人公となっていないところがユニークだ。

本シリーズは、架空歴史における「戦記」のような印象のある物語だが、視点人物となっているのは「戦記」の中においては脇役と呼んでも差し支えの無い人々ばかり。

前巻から引き続き採用されている視点人物もそうだが、新たに加わったサー・タヴォスなどはスタンニス・パラシオンに仕える一介の下級騎士に過ぎない。

その彼が本作中でも大きな部分を占めるスタンニンス勢の動静を語る唯一の人物というのは妙な気もするが、これは全ての勢力について言えることだ。

架空歴史であるから、「氷と炎の歌」について年表を作ることが出来ると思うが、その年表に名の現れる王者のような主役格の視点で俯瞰すれば単なる国取り物語に終わってしまうだろう。

作者は敢えて視点を“臣下=タヴォス”や“母親=ケイトリン”などの脇役に置くことで読者に訴え掛けるリアリティを醸し出し、「国取り物語」に終始しない作品を生み出そうとしているようで、それは確かに成功していると言える。

故ロバート・パラシオンに滅ぼされたターガリエン王家の遺児デーナリスにも「鉄の玉座」を要求する権利があり、「年表」に名前が載りそうな人物ではあるが、視点人物として採用されているのは未だ遠い異国の地に居るため脇役扱いということなのだろう。

架空ではあるものの、実際の歴史を模した部分も多く、北方の蛮族の侵入を阻む“壁”はイギリスのハドリアヌスの壁に、ティリオンによる対パラシオン勢の秘策である「鉄鎖」はビザンツ帝国による金角湾封鎖にヒントを得ているようだが、単に模倣するだけでなく趣向を凝らした活用をすることによって大いに愉しませてくれた。

特に「鉄鎖」が絶妙なタイミングで巻き上げられてからの一連の合戦場面は本作中の大きな見所となっている。

また、「多数人物視点」という斬新な技巧を用いる一方、馬上槍試合に集った騎士達の装具を細かく描写してみたり、艦隊に含まれる船名の一つ一つを列挙するなど、古来ながらの戦記特有の要素を踏襲することによって、自然な感じで作品全体に風格が備わっている様子も好ましい。

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紙の本

紙の本影の棲む城 上

2008/02/11 16:04

拙者、女言葉を使うのは初めてでござるが敢えて言わせて頂きたく御座候。「ちょっと何なのよこの小娘はっ!」

5人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

チャリオンを蓋っていた呪いは忠実な家臣カザリルによって取り払われ、愛娘イセーレは国主になるとともにイブラ国子を婿に迎えたが、イスタ国太后の心は晴れない。
今は亡きアイアスは立派な国主だったかも知れないが誠実な夫であったとは言えず、19歳でチャリオンに嫁いでから40歳を迎えるこの年まで、彼女の半生は呪いと義務に縛られたものだった。

故郷のヴァレンダで廷臣や女官達に囲まれてはいるものの、母親の最後を看取った今ではイスタを真に理解する者はなく、このまま宮廷の中で朽ちていくのかと思うと居たたまれなくなる。

意を決したイスタは、周囲の反対を押し切って巡礼の旅へ出ることにした。

その身分からすれば供は僅かであるものの、安全には充分配慮された旅程のはずだったが・・・

イスタにとって「巡礼」は名目上のことで、ヴァレンダを離れるために用意した尤もらしい口実なのだが、神々に対して恨み骨髄に達している彼女のことだから、巡る先々の聖地に唾を吐きかけるぐらいのことは計画していたのかも知れない。

イスタ一行はチャリオンと敵対するジョコナ公国の軍隊と遭遇してしまうのだが、間もなくボリフォルス郡侯アリーズ率いる一隊によって囚われの身から救われることに。

旅の途上、イスタの夢の中で彼女に助けを求める謎の男性(with 小鳥)が幾度か現れていることもあり、ここからロマンスに発展してイスタが精神的に救われれば物語の王道というところなのだが、ボリフォルズの砦に案内されたイスタは、そこでアリーズから彼の妻カティラーラ(18歳の美少女)を紹介される。

その存在と惚気癖によってイスタと読者に深刻なショックを与えるボリフォルス郡妃だが、彼女のアリーズに対する一途な思慕の情は予想外に大きな呪いをボリフォルスに、引いてはチャリオン国に及ぼそうとしていた。

一種の逃走であった巡礼の旅の目的は庶子神の介入によって一転し、今再び呪いへ立ち向かうことをイスタに求めるが、彼女は過去にもチャリオンから呪いを取り除くべく尽力し、意図せぬ事ながら殺人という苦い結果に終わっている。

砦の外で行われる血肉の戦いに並行して描かれる、魂を相手にしたイスタの戦いは、彼女の深い葛藤とともに大きな見所だろう。

軽々に神が顕現するファンタジーはチープに感じられるものだが、人に働きかけることでしか力を及ぼせない<五神教>の神々は、見方によってはリアルな存在と言える。

また、異世界ファンタジーには国家や世界全体を巻き込む壮大なものが多いが、そのような目で見ると本書で描かれるのはさして重要とも言えない一地方の城砦の防衛戦に過ぎず、国太后という高貴の身分とは言えどもイスタはチャリオンの歴史上では脇役であり、更に定石から外れた中年の主人公でもある。

舞台としての異世界や架空の歴史を入念に整備しつつも、それへ執着することなく、背景を持った主人公を活かすべく比較的小規模な時間/空間の中で物語を展開させた定石破りは、結果として前作以上にのめりこませる効果を生み出している。

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