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なぜママのもとに生まれてきたの?障害を持つ娘から学んだこと

元国際線客室乗務員で、現在ニューヨークにて会社経営をされているキャリアウーマン。そんな一見順風満帆な人生を歩んでいる、倉本美香さんの長女は、信じられない障害を背負って生まれてきました。生まれつき目と鼻がなく、30回以上も繰り返される手術。しかし倉本さんは、これまでの子育てを振り返り、娘さんから多くのことを教えてもらったと言います。彼女はどんな思いで、異国の地で子育てと仕事を両立されてきたのでしょうか。


国際線客室乗務員から、ニューヨークで起業家に

―― 倉本さんは、どういうキッカケでニューヨークで起業されたのですか?

倉本美香(以下、倉本) 元々は国際線の客室乗務員をしていたのですが、社内の留学制度に受かり、2年間ニューヨークでインテリアデザインを学びました。帰国後、再び客室乗務員に復帰したのですが、留学中に出会った男性との結婚を機に退職。再びニューヨークに戻りました。

それからは、知り合い経由でライターの仕事を少しずつ頂いていましたが、ニューヨークでもちゃんとビジネスをしたいと思い、会社を作りました。英語はある程度話せたので、日本から海外に進出したい企業をサポートする仕事を始めました。

障害のある娘が生まれ、自分を責め続けた日々

倉本 仕事は順調だったのですが、32歳の時に生んだ長女には、大きな障害がありました。両眼性無眼球症という、生まれつき眼球がない病気で、さらに鼻も欠損していて心臓にも穴が空いていました。しかし、どんなに医者が調べても原因は分かりませんでした。

娘はそんな状態ですのでミルクを飲む力もなく、どんどん痩せ細っていき、医者からは「いつ危機的な状況になるか分からない」とまで言われていました。また義眼を入れないと将来目の玉が入るスペースがなくなってしまう為、麻酔をし手術を繰り返しては失敗する日々。

娘に痛い思いをさせて手術を繰り返すことは、本当に良いことなのだろうかと悩みましたし、私が妊娠中に何かしてしまったんじゃないか、客室乗務員時代に放射線を沢山浴びていたから、こんなことになってしまったんじゃないかと、自分を責め続けました。

両親も日本に住んでいましたし、近くに相談する人もいなかったので、私の心は孤独でした。この先どうなってしまうんだろうと未来が見えず、今だから言えますが、何度も死ぬことを考えました。

苦しみから救ってくれたのは、仕事だった

倉本 娘が生まれて少し経った頃、世界的建築家と有名スポーツ選手による、大型プロジェクトの仕事が舞い込んできました。6階建てビルの内装リニューアルを取り仕切るという大役。初めてのことだらけで不安もありましたが、信頼してくださり頂いた仕事だからと、とにかく無我夢中で働きました。

娘のことで悩んでいたこの時期、私を救ってくれたのは仕事でした。あの時、仕事をしていなかったら、私の人生はなかったんじゃないかなと思います。「少なくとも、ここでは自分は必要とされているんだ」と思えることが心の支えでした。

もちろん障害のある子供がいるのに、仕事を続けていること自体、多くの方に批判されました。でも主人の会社が米系でとても理解があったので、積極的に育児を手伝ってくれたおかげで、その時間に集中して仕事をすることで、精神がシャンとしていられたんです。今でも家族や協力してくれた友人にはとても感謝しています。

その後、多くの方々に支えられてジャズバーやレストラン、ネイルサロンなどの店舗展開や、日系企業や日本人アーティストのニューヨーク進出をトータルでコンサルティングさせていただくようになりました。


Photo by Go Nakamura, Make up by Hiroko Sacripante

仕事と子育ての両立法

―― お子さんの子育てだけでも大変だと思いますが、一体どうやって仕事と育児を両立されたのですか?

①自分ができることを明確にし、絶対やり通す

倉本 私は障害のある娘がいますし、働ける時間も限られています。できないことも沢山あります。だから「私はこれしかできないですが、この部分は絶対やります」と事前にお客様にお伝えし、任せていただいた仕事は1つ1つ丁寧にやりました。仕事って、信頼業ですよね。だから絶対、お客様を裏切らないようにしていたら、信頼してリピートしてくださったり、クチコミで新規のお客様をご紹介いただくようなりました。お陰でこの17年間、一度も営業したことはないのですが、お仕事を続けられています。

②完璧を求めない、人に甘える勇気を持つ

倉本 私は元々、人に甘えられない性格でした。でも子育てを通して、色々な人に助けられ、自分は全然完璧な母親ではないと気づきました。だから今は自分一人で抱え込まず、完璧を求めず、時に甘える勇気を持つようにしています。それが子育てだけでなく、仕事にもいい影響となっている気がします。

神様はみんなに違う形の宿題を与えている

倉本 東日本大震災が起こった2011年3月11日は、偶然にも娘の誕生日でした。海外に住んでいる私も、日本のために何かできることはないかと考えました。ちょうどそのタイミングで、出版プロデューサーの方に出会い、私が娘を出産してからずっと書き綴っていた日記を本にしないかとご提案いただきました。

私にとって、娘のことを本に書くことは、すごく覚悟がいることでした。でも他の人に、自分と同じ思いをしてほしくない、せっかく私が足跡を残してきたのだから、みんなにシェアして返していきたいと思い、出版させていただきました。

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多くのテレビ番組や雑誌、新聞に取り上げていただき、本当にたくさんの方々に読んでいただきました。ただ、センシティブな内容なだけに、読者の感想は賛否両論で、たくさんの誹謗中傷を浴び傷つくこともありました。その一方で、私の元には、読者から多くの悩みが送られてきました。それを読んで、世の中には大変な思いをしてる人がいることが沢山いること、神様はみんなに違う形の宿題を与えているんだなと思いました。

障害のある娘から教えてもらったこと

倉本 私の人生の中で娘の存在は大きくて、あのまま客室乗務員、ニューヨークで会社経営と、人生がすべて順調に進んでいたら、もしかしたら驕った生き方をしていたかもしれません。でも32歳の時に大きな試練をもらって、もう1度、人との接し方や返し方を教えられたと思います。また自分が辛い経験をすると、人に対して優しくなれるということも教わりました。

「人に優しくあれ、強くあれ。」神様は私に、そういうことをきちんと学ばせるために、ハンディを持った娘を与えてくださったのかもしれません。

プロフィール

 

倉本美香

OFFICE BEAD INC.主宰/ニューヨーク在住コーディネーター

日米の架け橋となることを目指し、ビジネスコンサルティング会社OFFICE BEAD INC.を設立。以来、世界的建築家と有名スポーツ選手による大型プロジェクトのコーディネーションを皮切りに、レストラン・ジャズバーなどの店舗展開、日系企業や日本人アーティストのニューヨーク進出を、トータルでコンサルティングをしている。著書に8万部超のベストセラー『未完の贈り物』がある。

ブログ:http://ny-blog.org
著書:https://honto.jp/netstore/pd-book_25195549.html

ライタープロフィール

 

鮫川佳那子(さめこ)

NY在住ライター/ニューヨーク女子部♡主催。青山学院大学フランス文学科卒業後、サイバーエージェントに入社し広告制作・メディア編集・イベント企画運営に携わる。2015年より夫の海外転勤で渡米し、現在はニューヨークの新聞をはじめ様々な媒体でコラムや、海外で活躍する日本人のインタビュー記事を執筆。またNY在住の20~30代女性が約400名所属するコミュニティ「ニューヨーク女子部♡」を主催し、イベント企画運営も行っている。