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池袋徒歩圏内 山田由梨

雑司が谷ステンレス【第二話②】

 もし、そういう仕様のドアが正規には売っていないとするならば、あのドアの穴はわざわざあけたものだということになる。

 そう考えると、あの穴はどうも新しい穴のように思えてきた。ドア自体は新品という感じはしないが、あの穴だけは新しくてピカピカしている気がしてくる。一体誰がなんのためにそんな穴をあけたのだろうか。

 そう、決まっている。まさしく覗きをするためなのだ。

 

 とんでもないことだ。とんでもないことだ。そんな気持ちになった。わたしは、遠くから目を凝らして、穴を見た。蓋はやはり閉まっている。わたしは、あからさまに穴を見つめるのをやめた。さりげなく視線を向けるか、背中を向けて見ていないフリもした。穴の奥の〝誰か〞と目が合ってしまうかもしれないから。

〝誰か〞がそこに、いる?

 そして、わたしはお湯を出ることにした。穴への意識は保ちながら脱衣所へ向かった。お尻を見られている可能性もあるので肛門に力を入れた。あの、床に座ったお婆さんは、まだ自分を洗い終わっていない。今は、持ってきた櫛で丹念に髪を梳いていた。いつになったら湯船に浸かることができるのだろう。それよりもお婆さん、多分その工程、全部見られてますよ。

 

 脱衣所には誰もいない。誰も見ていないテレビがついている。バラエティ番組が小さめの音で流れている。男湯のほうからは海外ドラマの音が聞こえてくる。吹き替え特有のわざとらしい喋り方で、やけに声の通る男が神妙に話している。多分内容は刑事もので、何かの事件を解決している。

 長湯してしまったせいで、頭が少しぼんやりしていた。脱衣所には、自動販売機が置いてあったので、ふらふらしながらビタミン味のジュースを買ってベンチに座った。

 男湯にも同じドアとその穴はあるのだろうか。みの君と来て確かめてもらったほうがいいかもしれない。

 もう23時を回っている。今日は早く寝ようとしていたし、こんなはずじゃなかったのに。携帯を見ると、みの君に送ったメッセージに既読はついていない。浴場を見るとあのお婆さんはようやく湯船に浸かっていた。

 穴は、ここからはよく見えない。よく見えないと、さっきの出来事もなんだか気のせいのような気がしてきた。

 

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【プロフィール】

山田由梨(やまだ・ゆり)
劇作家・演出家・俳優。劇団贅沢貧乏主宰。2012年に劇団を旗揚げし、全ての作品のプロデュース・劇作・演出を手がける。また、映画やCM等に俳優として出演する傍ら、雑誌へのエッセイ寄稿なども行う。9月には、劇団贅沢貧乏の新作「ミクスチュア」が東京芸術劇場シアターイーストで上演予定。
zeitakubinbou.com

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