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漫画覚書―コマの外ではなにが起きているのか― 阿部和重

第五十二回 『監獄学園<プリズンスクール>』試論 30

 『監獄学園(プリズンスクール)』が完結した。このうえない完璧な最終回だったと思う。裏生徒会の新会長誕生をしめくくりとするサプライズを用意しつつ、反復主体の作品構造を凶暴なまでに貫く見事な結末だった。第一八巻の男子部屋場面の展開がそこで変奏されるのが決して偶然でないことは、本論に触れてきた読者ならばただちに理解できるだろう。作品の真の主人公たる液体と真のテーマたる「ひとつになる事」が重なりあい、最終回のクライマックスを形づくることは構造上の必然だからだ。
 キヨシ告白編と銘打たれた最終章はパンツを軸に展開される。体育祭以来、穿いているうちに「馴染んで」しまったことを理由に花とキヨシは入れ替わったおたがいのパンツをもとに戻さずそれぞれの持ち物にしている(『君の名は。』のような男女入れ替わり劇をパンツのみで組み立てる画期性にも要注目)。「千代ちゃんにキヨシの真実を伝える」(告白に横槍を入れる)ために川辺のBBQ(バーベキュー)会場に登場した花は、「スゲェしっくり」くるからと入れ替わったパンツを身につけてきている。その自らの実感をもとに、相手もまた「一番しっくりくる私のパンツをはいてるハズ」と推断する花は、すでに告白に成功し千代と相思相愛の間柄となったキヨシのズボンを無理矢理はぎとりにかかるのだ。
 作品構造の規則性からすれば、次なる展開は明らかだろう。花はキヨシの告白成功により、そしてキヨシは自分自身の尿意の限界により、新たな絶体絶命の窮地に追い込まれるわけだが、それを打ち破るトリガーとなるのが男女が入れ替わり性差を失効させたパンツなのだ。はからずも、絶体絶命の窮地を共有することでおのずと同期性を高めた花とキヨシにとり、千代はふたたび脅威として立ちはだかっている。そうなれば、花とキヨシは男子部屋で成し遂げたあの「以心伝心」の「完璧な連携プレイ」を再現させるほかない。
 かくしてキヨシも花同様、入れ替わったパンツを自主的に穿いてきていることが明らかとなる――示し合わせたわけでもなく、交換したパンツをそれぞれが着用してきているという「以心伝心」の「完璧な連携プレイ」がそこで日の目を見るのである。千代の制止をアクロバチックな宙返りにより振りきった花は、仰向けに倒れたキヨシの胸もとに跨がることで「ウロボロス」の体勢すら完成させている。ズボンをはぎとられたキヨシは、尿意が限界に達していたところに花の全体重を受けとめるという衝撃を受けたことでついに膀胱をゆるめてしまう。男子部屋とは逆に、今度はキヨシが我慢できずに排出したオシッコを花が浴びることになるわけだが、そのとき彼女は嫌がるどころかむしろ満足げに頰を紅潮させて「ほら‥‥私の思った通りだ」と勝ち誇る。性欲を封じたあとにこそ遂げられる、性差なき精神の合一(シンクロナイズドスイミング)をまたもキヨシとふたりで達成したことを見てとったからだ。
 花のパンツを穿いて失禁したキヨシを千代は拒絶する――第三巻での制服無断借用事件で「キモチワルイ‥」と千代がつぶやいた時点で、彼女とキヨシが入れ替わりえない関係であることは予告されている。ならばキヨシは、この結末において、束の間で終わる相思相愛の喜びを味わったにすぎないのだろうか。そうとも言いきれない。あの噴水的な放尿描写は射精と見まがうものがあり、彼は絶頂感(オーガズム)に達していたと解釈することもできるからだ。キヨシが漏らした大量の尿は川へと流れ、その川の水が行きつく先は当然ながら海である。生命の起源たる海にキヨシの精が到達し、胚胎という「ひとつになる事」を実現したのだろうか。それは定かでない。が、『監獄学園(プリズンスクール)』が傑作であることは疑いえない。

(本連載も今回でおしまいとなります。ご愛読まことにありがとうございました。 )

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