WEAVER 流星コーリング

WEAVERのドラマーであり作詞も担当する河邉徹さん2作目の小説『流星コーリング』の
一部連載をhonto電子書籍ストアで期間限定・独占無料配信。(全4回予定)

第3話

  1. その4
  2. その3
  3. その2
  4. その1
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ONOFF

【秋の思い出と真希とLOOP】

 

 

 眩しさを感じ、俺は目を覚ました。鋭い太陽の光が顔に当たっている。朝が来たようだ。昨日は知らないうちに眠っていたらしい。

 朝……。俺はハッとして、すぐさま起き上がった。

 今日は、今日はちゃんと今日になっているだろうか。

 俺は急いでリビングへ向かった。バンッ、と音を立てて勢いよく扉を開く。扉の先では、昨日と同じように、那月が朝食を食べながらテレビを観ていた。

「……どしたん?」

 那月は俺のただならぬ様子に、ぎょっとした顔でこちらを見ている。

「……今日は何曜日じゃ?」

 俺は昨日、人工流星という、時間の流れを惑わす存在から逃れることができたはずだ。地味に高い電車代を払ってまで、山口へ行ってきたのだ。

「金曜日じゃけど……」

「は!?

 まさか、また同じ日が繰り返されているのだろうか。

「……そんな訳ないじゃろ」

 俺がそう言った時、テレビからアナウンサーの冷静な声が聞こえた。

『今夜は人工流星が流れます。幸運なことに天気もよく、壮麗な流星が見えることが予想されます──』

「なんで……なんでまた人工流星が……」

 俺はテレビにつかみかかった。絶望感が頭を支配していた。

 昨日洋介とあんなに頑張ったのに。まさか、人工流星に原因があるという仮説が間違っていたのだろうか。それとも、本当に南半球くらいまで離れないといけないのだろうか。

「ついに頭おかしくなったん……?」

 那月は汚いものでも見るような目で俺を見ていた。

「い……行ってきます」 

 那月は文字通り、俺から逃げるようにして家を出ていった。

『花金の選択肢として、皆さんも世界初の人工流星を観るために、大切な人と夜空を見上げてみてはいかがでしょうか?』

 アナウンサーがとびきりの笑顔で提案してくる。

「……なんでまた金曜なんじゃ!」

 一人リビングに残された俺は、問いただすように両手でテレビを揺らした。

 

 

 学校に行くと、また同じ授業が始まった。英語の先生は、昨日も一昨日も聞いたことを淡々と繰り返している。

「つまり、wouldという言葉はニュアンスとして、現実ではない別の世界の話をしているんですねー」

 三回目ともなれば、普段なら聞き流すようなところまで頭に入ってくる。だがもうこれ以上、ピンポイントな英語の文法の勉強ばかりしている場合ではない。

 休み時間になると、やはりまた洋介がやって来た。

「りょう、りょう!」

 と声を掛け、ズカズカと教室に入ってくる。

「今日だよ今日、人工流星。どこに観に行こうか?」

「今日だよ今日、人工流星。どこに観に行こうか?」

 俺はタイミングを見計らって、洋介のセリフを同時に言ってやった。

「え……エスパーか?」

 気味が悪そうに洋介は後ずさる。

「この後非常ベルが鳴って、竹中先生が誤作動だってちょっとキレながら放送する」

「一体何を言っとるんじゃ……?」 

 洋介は、突然の俺のセリフに戸惑っているようだった。

「なぁ洋介、今日の人工流星は、お母さんと一緒に観るといい」

「……」

「喧嘩したんじゃろ?」

「……なんで知っとるん?」

「親も子どもが大きくなると、なかなかそういうのは誘いにくくなるもんじゃ。お前のお母さんは、お前が来てくれるのを待っとるから」

「……何を知っとるんか知らんけど、今の関係なら無理じゃ」

「いや、絶対上手くいく。俺は未来が見えとる。この後ほんまに非常ベルが鳴ったら信じてくれるか?」

「お前……いつの間にそんな力を……?」

 洋介は驚きと戸惑いと、さらにどことなく尊敬の念が交じった視線を俺に向けている。純粋なやつである。

「信じるか?」

「……おう」

「じゃあ自分の教室に戻って座っとけ。伝えるって難しいけど……大切なことじゃな」 

 洋介は首を傾げながら教室を出ていった。

 間もなく非常ベルが鳴り、竹中先生の声が校舎に響いた。

 

 

 昨日、洋介に相談して駄目だった俺は、次は真希に相談してみることにした。

 昼休みに、真希のいるクラスを廊下の窓から覗くと、彼女は五人くらいの友達と弁当を食べているようだった。友達はみんな髪を染めていて、派手な雰囲気があるグループだった。声を掛けづらかったが、真希は廊下にいる俺と目が合うと、しばらく目をパチクリさせてから、窓際まで駆け付けてきてくれた。

「どしたん、珍しいね。……ってか久しぶりじゃね」

 俺は一昨日会っているので久しぶりではない。でも真希からすると、突然意外なやつがやって来て驚いているのだろう。

 去年までは天文部で一緒に過ごす時間も長かったが、今年に入ってからは疎遠になっていた。しかし彼女なら、神社の娘ということもあるので、こうした不思議な現象に詳しいはずだ。むしろ洋介よりも、真希に相談した方が解決してくれそうである。

 ちょっと二人で話したいことがある、と告げると、真希は友達に断って出てきてくれた。

 二人で並んで、第二校舎の化学室へと向かう。

「……元気なん?」

「うん、元気にしとるよ」

 良かった、と真希は小さな声で言った。

 誰もいないのを確認してから中に入り、俺たちはそれぞれいつもの席に座った。

 そこに真希が座っている景色に、懐かしい気持ちになりながらも、俺はこの二日間あった出来事を簡潔に話していった。

「……ループなぁ」

「そう、同じ日が繰り返されとるんじゃ」

「……そんなん言われても簡単に信じられんよ。よくできた話じゃ思うけど」

 まぁ、想像通りのリアクションである。普通こんな話を信じてくれる人などいないだろう。真希を責めることはできない。おかしいのは俺の頭か、この世界か。

「何か証拠になるようなものとかないん?」

 当然、みんなそれを欲しがるのである。

「証拠なぁ……」

「うちしか知らんこととか」

 俺は懸命に、何か証拠になるようなことがなかったか思い出そうとした。

「えっと……」

「何?」

 思い付いたが、俺はそれを言うべきかどうか迷った。しかし、言わなければ証拠にならない。

「今日真希は……真っ赤な毛糸のパンツ穿いとるじゃろ……?」

「え?」

 真希は頰を紅潮させている。

「何!? 今日うちらの間に何があるん……?」

「ち、違う! たまたま見たんじゃ!」

 俺は必死になって、その出来事の経緯を説明した。

「なんじゃ、そんなことか……」

 なぜか少し落胆したように真希は言った。

「でも作り話にしてはぶち細かいし、こんな嘘ついても意味ないもんなぁ。……とりあえず信じるね。でも、なんでうちに相談しとるん?」

「真希なら、ループから抜け出せる方法をなんか思い付かんかなと思って……。その、神様の力的なやつで解決する方法を教えてほしいんじゃ。このまま明日が来んと困るけぇ」

「うちにそんな力ないって知っとるじゃろ。でも……明日が来ないって怖いね」

「そんなことになったら、真希ならどうする?」

 真希は腕を組んで、クリーム色の天井を見上げて考える。

「うーん。……でもまず、神様にお願いしてみるかも。祈禱って言うんじゃけど」

「効果あるん?」

「それは信じるかどうか次第じゃな。信じる人にはあるし、信じない人にはない」

「……なんか、神社の人の模範解答って感じじゃな」

 真希の曖昧な返答に、俺は体から力が抜けるのを感じた。 

「でも……一回神様にお願いしに行ってみる? そんなに困っとるなら、うちが直接お願い伝えてあげるよ」

「……神様に?」

「うん、神様に」

 真希はニコリと微笑んで、どこか誇らしそうに言った。

「お願いするって……神社で参拝する的なやつか? 二礼二拍一礼……じゃったっけ?」

「まぁそういう事なんじゃけど、そんな形式よりも、一心不乱にお願いする、その心が大切なの。でもまぁ、うちがちゃんとご祈禱してあげる」

 俺は頭の中で、真希が巫女の姿をしてお祈りしている姿を想像した。全く似合っていなかった。

「それは、俺が神社でお願い事するのとはまた違うんか?」

「うーん、そのへんを詳しく話し出すと長くなるけぇ、簡単に言うと、神社の人は偉くなればなるほど神様の近くに行けるんじゃ。やけぇ、うちの神社ではうちのお父さんが一番神様に近いところにいる人ってことかな。でも、うちも神社の子なわけじゃから、りょうちゃんがお願いするよりは聞き入れてくれると思うよ」

 仕組みはよくわからないが、俺より神様に近い場所にいる真希にお願いしてもらえるなら、より願いも叶いそうだ。

「この子の時間の流れがおかしくなってますよー、元通りにしてくださーい。ってお願いするね」

「軽い言い方じゃな……」

 真希は笑っている。だけど急に、真面目な顔をして話し出した。

「神道ではね、人間より自然の方が上なんじゃ。海外では、人間が自然を支配できるって考え方もあるけどね。ともかく、時間の流れっていう本来自然の世界の中にあるものを、もう一度元に戻してもらうってことはできると思う」

「自然の方が上……」

 俺は呟きながらも、人は時にそういうことを忘れているのかもしれないと思う。

「例えば、ある場所で津波の被害があったとする。これからそれを繰り返さないように、もっと大きな防波堤を造らなきゃってなるかもしれない。でも、それって人間が自然に勝とうとしとることでもあるんよ。ほんまはどんなに頑張っても、自然には勝てないんじゃけど」

「……でも、悲しいことが起こらんように、人間が知恵を出して造ったものを馬鹿にはできんじゃろ」

「そうじゃね、うちも否定はせん。でも考え方によっては、人はそんなことが起こる場所で暮らすべきじゃないのかもしれない。人間の発明もそうじゃ。便利じゃけど、それのせいで悲しいことも起こる。……結局どこにおっても悲しみは訪れるもんじゃね。うちにとっても、それに、りょうちゃんにとってはもっと……」

 何か言おうとして、真希は黙った。小さな沈黙が、化学室に漂った。

「……人工流星って不思議な感じじゃね。自然の奇跡を、人間が作っとる感じ」

 真希がその沈黙に、そっと言葉を飾るように言った。

「神道的に反対?」

「反対なんてせんよ。綺麗でみんなが感動するもんなんじゃから、むしろ大賛成。神様もそんな小さいことで怒らんよ」

 そういうものか、と俺は思った。

「じゃあうち、今日は早めに帰って、清めの儀式しとるね」

「そんなんあるん?」

「神主にもいろいろあるんよ。夜の二十時にうちの神社まで来れる?」

「うん。行ける」

 グーグルマップで調べれば、簡単にたどり着けるだろう。

「じゃあ、また夜にね」

 真希は振り返って化学室を出ていった。

 ふわふわの髪の毛のシルエットが、今日はなんだか神秘的に見えた。

 

 

 学校が終わって、しばらく野球部の掛け声をBGMに教室で自習をしていた。それから俺は、最初の人工流星の日と同じように、フェリーに乗って宮島に向かった。

 夜、二十時前。

 フェリーを降り、島の中の商店街をグーグルマップ片手に歩いていく。昨日の真希が言っていた通り、この時間お店は全て閉まっていて、シャッターの前で鹿が何頭か座り込んでいた。山の中にいるよりも暖かいのかもしれない。

 商店街を越えると街灯も少なく、見上げると透き通った星空が見えていた。

 地図上の距離から想定された時間より、ずっと時間がかかったのは、この急な上り坂のせいだった。道は舗装されているが、傾斜がかなりキツい。目的地までなんとか上り切ると、そこで真希が待っていてくれた。

 彼女は神主の姿をしていた。勝手に真っ白な巫女さんのような格好を想像していたが、彼女は紺色の袴を身にまとっていた。それが想像以上にサマになっていて、ただのコスプレで着ているのとは、明らかにまとっている空気が違うように思えた。

 そんな小さな感動を覚えつつも、俺はとにかく、もう体力が限界であった。

「……めっちゃ山の上じゃな。毎日こんなところから通っとるんか?」

 俺は息を切らしながら尋ねた。

「うん。ええ運動になるじゃろ。あと少しじゃ」

 これでゴールかと思ったが、真希は回れ右をして歩き出した。そこからさらに長い階段を上ったところに、その神社はあるようだった。グーグルマップで確認した時は、高低差のことまで考えていなかった。フェリーのターミナルから少し距離があるなとは思ったが、まるで甘く見ていた。

 上に着く頃には、俺は軽く汗までかいていた。

「これは体力つきそうじゃの」

「そうそう、だからマラソンとかは得意。本ばっかり読んどるりょうちゃんにはキツいじゃろ」

 真希は小さな門の鍵を開けて、俺を敷地内に入れてくれた。神社自体はとっくに閉まっている時間である。広い庭に人の気配はない。

「こんなとこで暮らしとるって想像つかんの……」

「まぁそうじゃろな。でもフェリー通学も、山の上も、神社の家も、全部当たり前になったら何も思わんくなる。そういうもんじゃろ?」

 俺は肯定も否定もしないまま、真希の後ろをついて歩いた。

「何かを手に入れても、何かを失っても、いつかはそれが当たり前になるんよ」

 意味深な言葉が、今の真希がまとっている雰囲気のせいで、説得力を持って胸に響く。

 真希は賽銭箱の横を通って、拝殿へ繋がる短い階段を上っていく。普段参拝に来た人は、ここから先へは上がれないだろう。俺は靴を脱いで、彼女の後ろに続いた。

「家族、誰もおらんの?」

「こんな時間に、境内にはおらんよ」

 俺はふと、去年の文化祭の時に真希と話していたことを思い出した。

「そうじゃ……去年言ってたお兄さんの話、あれ、どうなったんじゃ?」

「ああ、出ていったままじゃね。きっとまだこの時間も、仕事しとるんじゃろな」

 拝殿の奥へと歩を進め、真希は振り返って少し悲しそうに微笑んだ。

「あの時は、いろいろ話を聞いてくれてありがとう。うち、りょうちゃんに本当に助けられたよ」

 真希の言葉で、小さな記憶の気泡たちが、水面までふわりと浮き上がってきた。

──去年 秋

 

 二学期の数ある行事の中でも、文化祭は文化部にとって一番の見せ場である。グラウンドを使っている運動部のように、普段から活動している姿が見える部活はいい。しかし天文部をはじめとする多くの文化部は、普段どんな活動をしているのか想像しにくい。

 だから、ここぞとばかりに、各文化部はこの日に活動内容をアピールする。

 俺が一年生だった頃、天文部にはカメラ好きの先輩がいたこともあり、観測会で撮影した星の写真を掲示するという催しが行われた。写真はとても美しく、特にシャッターを開けっ放しにして撮った、星の動きが線になって現れる写真はとても好評だった。その下に貼られた解説もわかりやすかったと思う。

 が、俺は心の中で、文化祭で人を集めるには少し地味だと思っていた。

 やはり写真を貼るだけでは、軽音楽部の華やかさには敵わない。別に勝負しているわけではないのだけれど。

 そこで俺たちは、今年は何か新しいことをしようと意見を出し合った。写真の掲示、解説、星占いコーナー。様々な意見が出たが、俺たちはオリジナルのプラネタリウムを自作することに決めた。自分たちで作り、お客さんに星を見せながら、まるで本物のプラネタリウムのように解説までする。想像の中ではかなり楽しそうな企画だったが、実際に作るとなると、それは想像以上に労力のいることだった。

 プラネタリウムというものが一体どういうものか、何となくの仕組みは知っていても、作るとなると難しい。折り紙の完成形を見ても、手順がわからなければ折ることができないのと同じだ。

 顧問である山波先生は、過去に他の学校でもプラネタリウムを作ったことがあるらしく、その構造を説明してくれた。俺たちはさらにネットでも作り方を検索し、見よう見まねで作業を始めた。

「こんなん……作れるか?」

 不器用の世界代表選手の俺は、作業を始めた段階で不安になっていた。

「じゃありょうは材料調達とお手伝い係。あと時間あったら台本書いてて」

 詩織が俺に役割を言い渡す。幸い他のメンバーたちはみんな器用の世界代表選手だったようで、俺には想像もできないゴールに向かって作業が進められていく。

 様々なプラネタリウムがある中でも、俺たちはエアドーム式のものを採用した。人が十人から十五人入れる、天井の丸いテントのような空間を作り、その天井に向かってプラネタリウムを投影するのだ。

 俺はせめて役に立てればと思い、作り方の手順をまとめていた。

 まずはベニヤで壁部分の枠組みを立てて、そこに模造紙で天井部分を覆う。枠組みの部分にはお客さんが入るための扉を設ける。そしてその逆サイドに風を送り込むための穴を開け、ベニヤで作った筒状のダクトを取り付ける。ダクトに大きな扇風機で風を送り込めば、模造紙が膨らんで丸い天井が完成し、そこに中から先生の持っているプラネタリウムを投影すれば完成だ。中には背の低い椅子を並べておき、お客さんに座ってもらって、見上げると綺麗な星空が広がっているという仕組みである。

 学祭二週間前から毎日部室に集まって、俺たちは試行錯誤をしながら工作を続けた。途中まで作って、準備室にそれを預けて帰る日々が続いた。

 プラネタリウムと台本が完成しても、それで終わりではない。今度は実際に台本を読んで、星座を紹介する練習が必要だ。話の内容は、夏の大会の時に好評だった星座の神話を、プラネタリウム用に改良したものにした。

 

 

 それは俺が部室で、星の解説の練習をしている時だった。真希が、プラネタリウムを少し手直ししたいから手伝ってほしいと言ってきた。模造紙がうまく貼り合わせられていない端の方が、空気を送り込んだ時に綺麗に膨らまなくなっていたのだ。

 手伝うと言っても、俺は真希の作業をほとんど眺めているくらいしかできなかったが、見ていると、彼女はハサミやカッターを使う手際が妙に良いのだ。 

「なんか慣れてるな。工作得意なん?」

 自分にはできないことなので、その手さばきにちょっと見とれてしまっていた。

紙垂しで作るので慣れとるから」

「しで?」

「そう紙垂。神社で雷みたいなギザギザの白い紙見たことない? ご神木とかに巻かれてたりするじゃろ」

「おおー、あれ紙垂って言うんか」

「おおぬさにも使われとるやつじゃ」

「……おおぬさ?」

しゅばつに使われるやつ」

 しゅばつ? 話せば話すほどわからない言葉が増えていく。真希は今どきの女子高生に見えて、やはりしっかりと神社の娘なのだ。

「修祓はお祓いみたいな感じ。こうやって、紙垂の付いた棒を振るじゃろ。あれのことをおおぬさって呼ぶんじゃ」

 ポカンとしている俺に、真希は棒を両手で振る仕草をしながら丁寧に説明した。

「おおぬさは漢字で書いたら大麻になるんじゃ。うちの罰当たりな兄は『マリファナスティックー!』とか言ってたなぁ」

「それはまさに罰当たりじゃな」

 神職とはいえ、意外とお茶目な人も多いのかもしれない。

「ってか、紙垂とかも手作りなんじゃな」

「そらそうじゃ。カッターでぴーって切って作っとる」

「なんか真希が作っとると思うとご利益なさそうじゃな」

 失礼だが、素直に何となくそう思う。

「関係ないし! ちゃんと神主さんが祈禱してくれとるから大丈夫。大和言葉っていう特別な言葉でね」

「そういうもんか」

 真希は立ち上がって、サイズ調整ができた模造紙をベニヤに貼る。

「ほい、そっちしっかり持ってて」

「ん」

 俺が模造紙を手で押さえ、真希がそこをガムテープで貼り合わせていく。黒のガムテープにしたのは正解だった。茶色にすると、見栄えが良くなかっただろう。

「当日上手くいくといいなぁ。ちょっと緊張するね」 

「神様にお願いしといて」

「そんなんに神様使わんよ。でも無事終わりますように、とはお祈りしよかな」

 真希はしゃがんで、ベニヤと模造紙が貼り合わせられた部分を確かめながら微笑んだ。

「でも、他にももっとお願いしたいことあるなぁ。神様でもどうにもならんようなことじゃけど」

「何それ?」

「……りょうちゃん妹いたじゃろ?」

「いるけど」

 関係が良好とは言えないが、いるにはいる。

「ちょっと相談乗ってくれん?」

 彼女はしゃがんだまま、上目遣いでそう言った。

 

 

 扇風機のスイッチをオンにして、俺と真希はプラネタリウムの中に入った。音を立てて風が送り込まれると、プラネタリウムの天井は丸く膨らんだ。さっき直したところは、中から見ても綺麗に膨らむようになっている。

 本当にプラネタリウムの星を綺麗に見ようと思うと、窓にしっかり暗幕を貼って、外を真っ暗にしなければならない。それでも、試しに俺はプラネタリウムのスイッチをオンにした。模造紙の天井にうっすらと光の粒が浮かび上がる。かろうじて、いくつかの星座がわかるくらいだった。

 二人は低い椅子に並んで座った。

「外が明るくても、映るのは映るんじゃねぇ。星座、繋がっとるのわかる」

 真希が淡い星空を見上げながら言った。

「そうじゃな」

「星座って星同士が繋がっとるけど、それを見とる人と人を繋ぐもんじゃとも思うなぁ。離れてても同じ星を見上げたり、星の話題ができるじゃろ? うちは天文部でよかった」

 薄明かりの中、真希はそんなことを言いながらも、どこか悲しそうに見えた。それも無理もない、彼女の抱えていた問題は、彼女の意思でどうにかできるようなことではなかったのだ。

 真希はゆっくりと話し出す。相談の内容は、家族のことだった。

 彼女には二人の兄がいる。真希は三人きょうだいで一番下の妹なのだ。

 多くの神社が世襲制であり、伝統のある田舎の神社なんかはなおさらそうである。もちろん真希のところも長男である上の兄が将来神社を継ぐ予定で、兄はその準備のために、東京にある神道の大学に行っている。弟の方は、昔から兄が継ぐと思っていたので、もともと神社を継ぐという心構えがなかったそうだ。神社の作法などにも何一つ興味を示さず、両親も彼が次男であることを理由に、それも仕方がないかと許していたそうだ。

 そんな時に、来年大学を卒業する長兄が、神社を継ぐことをはっきり嫌だと言い出したのだ。こんな田舎の神社で、一生を終えるようなことはしたくないと言ったらしい。東京で様々な人と出会う中で、気持ちの変化があったのだろう。

 家族が誰もやらないのであれば、神社を運営していくことは難しい。田舎の小さな神社は、経済的な面でも運営が大変らしい。

「真希は神主やらんの?」

「そういうことになる可能性はあるけど、うちだって心構えがあったわけじゃないから困るよ。誰でもあの格好したら神主になれるってわけじゃないけぇ」

「修行とかがあるんか?」

「まず資格がいるんじゃ。三重とか東京にある大学に行って、資格取らんといけん。兄が行っとるのも、そういうところなんじゃ」

「資格……神職に資格がいるんか……」

「うん。歴史的には、戦後からそうなったのかな。日本が戦争で負けてから、そういう制度が整えられたんよ。それまでは全部代々の世襲で大丈夫じゃったけど。政教分離って言葉も聞いたことあるじゃろ? 結構いろいろ決まりはあるの」

 自分の知らないところで、いろんな仕組みが整えられているものである。俺は話半分でとりあえず頷いた。

「それで今週の土曜の昼に、上のお兄ちゃんと家族みんなが集まってこれからの話し合いをするんじゃけど……大丈夫かなって思って……」

「土曜の昼? 文化祭真っ最中じゃろ」

 まさに、このプラネタリウムの低い椅子に、お客さんが座っているはずだ。

「兄が土日しか時間ないって言ったんよ。それに多分、うちがその日に学校あるの知っててそう言っとるんじゃ。うちがいたらうるさいからその日にしたみたいで」

 お兄さんも後ろめたさがあって、真希にとやかく言われるのが嫌だったのかもしれない。

 文化祭当日、空は朝から灰色の雲で覆われていて、どんよりとした天候だった。だけど天気予報によると雨は夜まで降らないそうで、外でやる模擬店もなんとかなりそうだった。

 天文部は朝早くから学校に集まって、最終確認を行った。昨日のうちに窓全体に暗幕を貼ったので、電気を消すと教室の中は真っ暗で何も見えない。こうして外の光を遮断すると、プラネタリウムの光は驚くほど美しく見えた。丸く膨らんだ模造紙に、星座が浮かび上がっている。

 交代で解説の役と誘導の役をリハーサルし、準備ができたところで文化祭は始まった。

 まだ朝の早い時間だが、プラネタリウムという物珍しさから、さっそく人が集まってきた。

 モナとレオンが懐中電灯を使って、真っ暗な教室にお客さんを誘導する。設置されたプラネタリウムの入り口は、高さが一メートル程度である。屈んでもらわなければならない高さなので、頭をぶつけないよう、入り口の縁には蓄光テープを貼って見やすくした。

 ダクトから送られてくる扇風機の風で模造紙の天井は膨らんでいるが、お客さんが入る時に入り口を開くと、風が抜けてしぼんでしまう。なので出入りは素早くしてもらう必要があった。中も決して広くない空間だったので、お客さんにとって快適とは言い難いかもしれない。だから俺たちは、せめて星の解説を上手にすることで、来てくれた人に満足してもらおうと思っていた。今日の日のために、みんな毎日練習してきたのだ。

 プラネタリウムを解説する役は順番に回すのだが、まず最初は俺が担当することになっていた。俺たちは夏にジュニアセッションで発表したこと以外にも、今の季節にぴったりの星座の話を探してきた。しかし秋の星空は、実は他の季節に比べると少し寂しいのである。

 夜空に一等星とされている星は二十一個ある。そのうち北半球にある日本で見ることのできるものは十五個だ。季節によって見える星は変わり、最も夜空が派手に見えるのは冬で、冬の夜空には一等星が七つも輝いている。

 一方で秋の夜空は、十五個のうちのたった一つしか見えない。

 その秋の夜空に唯一輝く一等星が、フォーマルハウトである。「秋の一つ星」とも呼ばれている。フォーマルハウトはみなみのうお座の主星である。その上にはみずがめ座が輝いていて、その水瓶から溢れる水を飲んでいる魚の姿だとされている。

 この解説をする時に、真希の提案で、俺たちは鈴虫の鳴き声をBGMとして流すことにした。星の観測というのは、ただ星を眺めるということだけではない。季節と共にある自然の中で星を見上げるという、体験自体なのだ。……と山波先生が言っていた。だから俺たちは、真希の提案を早速実現させた。

 秋の星空は確かに地味かもしれない。だけど、過ごしやすい気候の中、虫の音を聴きながら星を見上げることのできる季節は、秋以外にないのだ。

 お客さんの話のウケはなかなかいいようだった。みんな楽しそうに聞いてくれる。夏の大会の時よりも、聴いている人が「へぇー」などとリアクションをくれるので、こちらの方がやりやすい。

 始まってから五組目のお客さんが帰っていった時に、俺は解説の役を洋介にバトンタッチして、外のお客さんを誘導する係に代わった。

「え?」

 外に出ると、俺は思わず声に出してしまった。

 お客さんが廊下にずらーっと並んでいたのだ。想像以上の人気だった。今受付をしている詩織と真希も、とにかく忙しそうにしている。

 俺たちは解説したいことを全部盛り込むようにしていたが、始まってみるとそれではお客さんが来るペースに対して、圧倒的に回転が悪いことに気がついた。なのでいくつかの内容を削り、必ず一グループ五分以内で解説を終わらせることにした。

 それでも喜ばしいことに、来たお客さんが面白かったと感想を言ってくれているらしく、その口コミでまた人が集まってくる。学校という狭い世界では、その評判が伝わるのも早い。

 嬉しい悲鳴を上げながらも、時間は嵐のように過ぎていった。

 

 

 文化祭が終わった頃には全員クタクタだったが、胸の中は充実感で溢れていた。

 全校集会が行われ、そこで天文部はなんと、文化部大賞という誉れある賞をもらった。集客数やアンケートでその賞は選ばれるのだが、毎年必ずと言っていいほど軽音部がもらっている。それを今年は天文部が勝ち取ったので、周りは意外なダークホースの登場に驚いていた。誰も地味な天文部が賞を取るとは想像していなかっただろう。俺たちも顔を見合わせて喜んだ。

 楽しかった文化祭だが、終わってしまえば、それぞれの部活は催しの片付けをしなくてはならない。せっかく作ったプラネタリウムも、解体しなくてはならないのだ。

 俺が片付けに行こうと廊下を歩いていると、真希が第一校舎と第二校舎の間のスペースで、一人立っているのを見掛けた。どうしたのだろうと思い、階段を下りて近づいてみると、どうやら電話をしているようだった。うつむきながら何かを話している。

 邪魔してはいけないと思い、黙って離れようとすると、彼女は電話を切って顔を上げた。俺は涙目の真希と、ちょうど目が合ってしまった。

「……家族から?」

 黙っている真希の様子から、そう察した。

「うん……」

「……話し合い、どうじゃった?」

 もう彼女の表情でその答えはわかっていたけれど、俺はあえて尋ねた。

「ん……やっぱりお兄ちゃん、神職は継がないって」

「そっか……」

 話し合いはやはり、みんなが幸せになるような結論には至らなかったらしい。そもそもそんな答えは、元から存在しなかったのかもしれない。

「でも……お兄ちゃんにもやりたいことがあるって思うと、責めることはできんなって思う」

 真希は下を向いて、泣き出しそうな声で言った。

「うちはまだ、何かやりたいことがあるわけじゃないし、自分の道を選んだお兄ちゃんに何も言うことはできん。今、こうやって天文部で集まったりしとるのが楽しいだけじゃけぇ、難しいこと何もわかっとらん」

 きっと、言葉になって出てきたもの以上に、たくさんの感情が彼女の中でせめぎ合っているのだろう。俺は何も言葉を返すことができなかった。

 真希がまた、家族に対する思いを、スポイトから一滴の水を落とすように明かす。俺は彼女が溜め込んだ、心のダムにある大きな悩みを想像しながら、無言で頷く。それしかできない自分に無力さを感じながらも、また頷く。たとえ同じ家族でも、全てをわかり合うことはできない。俺もそう思う。共感することが、もしかすると彼女の力になるのではないかと思い、俺も自分の家族の話を少しだけする。

 そんな時間をしばらく過ごした頃、頰にポツリと冷たいものが当たった。見上げると、灰色の雲に覆われた空から、細かい秋雨が音もなく降り始めていた。

「……中に入ろっか。片付けせんとね」

 真希はつっと背を向けて、校舎の中へと入っていく。

「なんかごめんね、家族の問題じゃのに……。聞いてくれてありがとう」

 歩きながら、彼女は言った。感謝されても、俺はどうすればいいのかわからなかった。

「いいよ。何も力になれんけど……話聞くくらいはいつでもできるけぇ」

 俺は彼女の後ろ姿を見つめて、元気づけるように言った。 

 二年生の秋の日だった。雨は音も立てずに土に黒い斑点を付け、次第に全体を染めていった。

──現在

 

「いいよ。何も力になれんかったけど……」

 俺はあの日と同じようなことを言って、真希を見つめた。紺の袴をまとった真希は、暗闇の中で俺を見て、小さく微笑んだ。

 俺は何も力になることができなかった。それに、真希が抱えている悲しみを、俺はずっと一緒に抱えてはいなかった。

 たとえ知っていても、全く同じように感じることはできない。無責任なものだ。力になりたいと思っていたことは本当なのに、どうしてその思いを持ち続けることさえできなかったのだろう。

 背を向けて拝殿の奥まで進んだ真希は、俺に向き直った。

「じゃあ、そろそろ祈禱するよ? 準備はいい?」

「準備って、何をすればいいんじゃ?」

「何も。ただ、心構えの問題。そこに座って」

「えっと……こうか?」

 俺は畳の上に正座した。微かにイグサの匂いが漂っている。

「うん。それで大丈夫」

 真希が姿勢を正して正面を向くと、辺りの空気が変わった気がした。冷たい空気が、さらにピンと張り詰めたようだった。

 正面には木の柱、その奥に小さな階段があり、食べ物が供えられている。供え物の向こうには、装飾された壁がある。

 ──壁。

 つまりそこに何かがあるわけではないのだ。

 俺は仏教と神道の違いさえよく知らなかったが、こうして改めて考えてみると、お寺と神社は全く違う。ここには仏像もなければ、仏様もいない。ただ、姿の見えない神様がいるのだ。

 真希は低い声で何かを唱え出した。これが、大和言葉というやつだろう。

 俺はもう、こんな一つ一つの思考でさえも、いけないことをしているような気がしていた。神様は俺が考えていることまで、全て見えているのかもしれない。一心不乱にお願いする、その心が大切。真希が言っていたことの意味が少しわかった気がした。

 どのくらいの時間そうしていただろうか。

 真希の言葉、所作、そしてこの拝殿の空気に、ただただ身を任せていた。

 彼女の神秘的な言葉や所作の一つ一つがあまりにも綺麗で、祈りというものは美しいのだと思った。

 しばらくすると真希はこちらを向いて、手に持ったおおぬさを俺の頭上で振った。

 そして最後に、正座をして深くお辞儀をした。俺も一緒にお辞儀をした。

「……これで大丈夫。神様にお願いしといたよ」

 真希がニコッと笑うと、その場の空気も元に戻った。彼女は本物なんだ、と思った。

「はぁ、なんか疲れちゃった。着替えてくるね」

 真希は俺が何かを言う前に立ち上がって、しばらくどこかへ行った。取り残された俺は、こんなところに本当に住んでいるんだなぁ、と的外れなことを思った。

 

 

 真希は私服に着替えてきた。ロングスカートなんていうイメージに合わないものを穿いていて、それが意外と似合っている。俺は今日、彼女のギャップに驚かされっ放しである。

「何よ?」

 俺の視線に気づいて、真希が怪訝そうにこちらを見る。

「いえ、何でもないです」

「なんで急に敬語なんよ」

 笑いながら、彼女は俺の隣に腰を下ろした。

「……あ、今何時?」

 俺はふと思い出して言った。

「えっと、二十時……五十三分」

 真希は携帯の画面を見て言った。

「人工流星までもうすぐじゃ」

 俺は立ち上がって、入ってきた階段の方まで歩いた。庭の向こうの夜空に、星が優しく輝いている。

「人工流星、楽しみじゃねぇ。この方角でも見える?」

「うん、見えるはず」

「りょうちゃんは昨日も観たんじゃろ?」

「観たのは昨日じゃなくて、一昨日じゃな」

「そっか……。今日が最後になるとええね」

 空の端には冬の星座であるふたご座が、早くも並んで輝いている。

「……ずっと上のお兄さんとは会えてないん?」

「うん。もう就職して仕事しとるし、元気に頑張っとるんじゃないかな」

「どこで暮らしとるん?」

「多分、広島市の方かな?」

「多分?」

「話し合いの時にね、そう言ってた。就職して一年目は広島で、それから東京の本社で仕事するって。でもそれも就職する前に言ってたことじゃ、正しいかどうかもわからん。もう連絡取れんの。電話しても通じんし、電話番号が合っとるのかも知らんけぇ」

 もしお兄さんの言ったことが正しいなら、来年からはさらに会える確率が少なくなってしまう。

「最近は電話したん?」

「最近はしてないけど……もう何回もしたよ。出てくれたことはない。東京に本社があるような会社なら、毎日遅くまで忙しいんじゃろ」

 時計は二十一時を示す前だった。

「真希、今お兄さんに電話できる?」

「できるけど……今日に限って出るわけないじゃろ」

 真希は諦念を表しつつ、小さくため息をついた。

 俺の頭の中では、一昨日観た流れ星の景色が再生されていた。理由はわからないけれど、胸の中で何かが湧き上がってくるようだった。

「今日は人が奇跡を起こせる夜じゃ。いつもと違うことが起こるかもしれん」

「……時間がループするとか?」

「違う、そんなんじゃない。もっと、特別なことじゃ。星は人と人を繋ぐもの。違うか?」 

 俺は、去年の秋に真希が言っていたことを思い出していた。

 二十一時、二分前。

「……電話、してみよかな」

 真希は携帯を取り出して、電話番号を探し出した。

 彼女はしばらく逡巡した後、目を閉じて画面に指を触れた。

 耳に携帯を当てる。静かな拝殿では、コールの音が俺にも小さく聞こえる。

 長い時間、コールは続いた。いつ留守電に切り替わってもおかしくなかった。

 コールの音は急に途切れた。ダメだったみたいだ。

 俺は自分から焚き付けて引き起こしたこの結果に、申し訳ない気持ちになっていた。

「残念じゃっ……」

「真希じゃけど。お兄ちゃん……?」

 真希は電話の向こうに話し掛けた。電話は繋がったようだった。

 男性の声が俺にも聞こえた。内容まではわからないが、確かに真希のお兄さんのようだった。

「仕事中なん? 今、広島おるん?」

 電話の向こうで、お兄さんが何かを話している。

「そんなんええから、今、窓の外見れる? 夜空!」

 短い返事が聞こえた。

「今から流星が降るんじゃ。それを観てほしくて、電話したの。今から、流星が降るから」

 そう真希が言った時、唐突に現れた一つ目の光が夜空を横切った。

 

「始まった……」

 光がイタズラで空を引っ搔いたようだった。 

 幾つも、幾つも、光線の跡を残していく。

 神社の境内から観たそれは、星たちが空の海を泳いでいるようだった。

「……綺麗じゃろ?」

 真希の目尻からひとしずく、小さな光の粒が頰を流れた。

 俺は二人の邪魔にならないように、靴を履いて神社の庭に出た。

 山の上にいるからだろうか、流れ星は海の上からよりも大きく見えている気がした。

 冷たい空気と、土を踏む靴の裏の感触。神社はあまりに静かで、まるでこの夜空を眺めているのは、世界で俺一人だけなんじゃないかと思えてくる。

 俺は意味もなく両手を広げて、流れ星を迎え、抱きしめるような心構えを持った。

 神様にお願いした結果はどうだろう。俺には何が起こるだろう。

 この美しい輝きが、誰かを不幸にするとは到底思えなかった。これは人々に喜びをもたらす輝きだ。

 後ろで真希の話し声が、微かに聞こえた。もしかしたら真希の願いを、流れ星が前もって叶えたのではないかと思うくらいだった。

 

 

 人工流星は予定されていた時間、夜空に奇跡をもたらして、止んだ。夜空は本来の静の性質を取り戻し、あるべき場所にあるべき星を輝かせている。

 俺は拝殿の畳の上で、電話を終えた真希と並んで座っていた。

 美味しいお茶があるということで、真希がそれを淹れてくれた。神社は毎月一日と十五日にお祭りがあるらしく、その際に神様への捧げ物となる食べ物を用意する。その捧げ物を準備するのに、いつもお世話になっている農家があるらしく、そこからいただいたお茶らしい。

 俺は湯飲みに入った温かいお茶をすすりながらも、この敷地のどこにキッチンがあってリビングや寝室があるのだろうと思った。なんだかどこまで質問していいことなのかわからなくなる。

「りょうちゃん、本当にありがとう」

 真希は綺麗な所作で、湯飲みに入ったお茶をすすった。

「話せた?」

「うん。家族のこととか話せたわけじゃないけど……。ただ、流れ星観てね、驚いてた。こんなん観たことないって。うち、自分が作ったものじゃないのに、なんだか誇らしくなってた」

 離れていても、同じ星を観ることができる。たとえそばにいなくても、同じものについて語り合うことができる。それが星のいいところだ。

「お兄ちゃんは、ごめんってうちに謝ってた。謝られても何も変わらんのじゃけど、それでも、その言葉を聞けただけでもよかった」

 その目には、またうっすらと涙が浮かんでいた。

「じゃあ、神社は将来真希が継ぐことになるん?」 

「それはまだわからんかな。だって、あんまり女性に祈禱してもらうことって少ないじゃろ? 性差別の問題とかじゃなくて、男性に祈禱してもらった方が神様に届く気がするって思っとる人には、その方がやっぱりお願いが届くんよ。信じるか信じないかの問題じゃから。それに、うちはまだ何の知識も技術も、神職にふさわしい心も持っとらんけぇ……」

 謙遜などではなく、事実として真希は話しているようだった。

「ま、うちの将来の仕事は置いといて、この場所で暮らしていくのは悪いことじゃないなって思うよ。自然も豊かじゃし、鹿も可愛いし。お兄ちゃんも、気が変わって帰ってくるかもしれん」

 真希はごろんと畳の上に寝転んだ。

 ──何かを手に入れても、何かを失っても、いつかはそれが当たり前になるんよ。

 その姿を見ながら、俺は彼女がさっき言った言葉を反芻していた。

 真希はしっかり考えている。悲しみを受け入れて、それでも良い未来をつかむ強さがある。今日お兄さんに電話をかけたことも、内容までは知らないが、彼女が何かを変えようとしてしたことだ。

 思えば昨日の洋介もそうだった。きっかけは俺が連れていったからかもしれない。だけど、洋介も自分自身このままではいけないと思って、謝ったり、考えていたことを話そうとしたりしたのだろう。

 俺は胸の中で、どこか自分一人が取り残されたような気持ちになっていた。

「りょうちゃんの明日は無事やってくるかな」

「……わからん。でも、真希が神様にお願いしてくれたんじゃろ? 将来の神主の言葉は、ちゃんと神様も受け止めてくれるじゃろ」

 俺は一度考えるのをやめて、真希の真似をして寝転んでみた。畳の上に寝転ぶなんて久しく経験していなかった。ひんやりとした柔らかい感触が心地いい。

「うん……そうならいいな。そうなったら、うちの力も本物じゃ。自信になるけぇ」  

 リラックスした俺は、ふとあることを思い出して、ガバッと体を起き上がらせた。

 真希は寝転んだまま、不思議そうにこちらを見ている。

「どしたん?」

「待って……最終フェリーって何時じゃ」

「いつも通りのダイヤなら、向こうに行くフェリーは二十二時過ぎが最後じゃね」

「今何時じゃ」

「二十二時……五十分じゃな」

 真希は携帯の画面を見ながら言った。

「……帰れんな」

 やってしまった。俺は何か帰る方法はないかと考えを巡らした。

「個人でお客さんを運んどる船とかないん? ほらタクシーみたいに」

「そんなんないよ。それに、こんな時間に山下りていくのも危ないけぇ。今日は泊まっていったら?」

 寝転んだまま、気だるそうに真希は言った。その言葉には、態度に反して微かな緊張感が含まれているようにも感じられた。

「泊まるって、ここにか?」

「うん。思ったんじゃけど、りょうちゃんがもし明日の朝まで起きてたら、次の日は確実にやってくるんじゃないかな?」

 何という離れ業。神社の子とは思えないズルさである。

「……それはいいアイデアかもな」

 自分のアイデアを受け入れた俺を見て、真希はニコリと微笑んだ。 

「でも……真希は大丈夫なん? いくら同じ部活の同級生でも……一応男じゃし。家に泊めるってなると怒られんか?」

「うち広いし、家族は全然問題ないよ」

「……そっか」

 寝転んでいる真希のスカートの裾が少しめくれていて、白い脚が奥までちらっと見えた。

 俺の視線に気づいたのか、真希は体を起こして、手でスカートを整えた。

「詩織には怒られちゃうかもね」 

 こちらを見て、いたずらっぽい表情で真希は言った。

「いや……事情話したらわかってくれるじゃろ。フェリーがないと帰れんから……」

 真希は俺の言葉に、しばらく迷うような素振りで畳を見つめていた。

「……うちもね、りょうちゃんのこと好きじゃったよ」

「……は?」

 不意に言われ、俺は驚いて真希の顔を見た。

 優しい表情でこちらを見ている。

「……冗談はよせって」

「冗談じゃないけぇ」

 真希は少し頰を膨らました。

「詩織と仲良くしとるん、悔しいって思ったことあったもん。それに、りょうちゃんのことをちゃんとわかってあげられるの、うちだけじゃ」

 まさか、本気で言っているのだろうか。

 それから今度は、くるっと冗談っぽい顔つきになった。

「人と人を繋ぐ、特別な夜じゃろ?」

 そう言いながら、真希は両手を突いて、猫のように俺に迫ってくる。 

 こいつ、神聖な神社の中で一体何をしているんだ。

「何で逃げるん?」

「いや……なんか怖いじゃろ!」

 俺は座ったまま真希から逃げるように後ずさった。畳を一畳、また一畳と越えて後ろへ下がっていく。

「危ない! 後ろ階段!」

 真希が叫んだ時、俺の手は、空中の存在しない畳に体重をかけていた。

 そのまま後ろ向きに、俺は階段を転げ落ちた。

 

 つづく

≪-テキストは横読み-≫

\インスト音源付き/

Movie

WEAVER「栞 feat.仲宗根泉(HY)」

Profile

WEAVER 河邉徹(Dr.)

1988年6月28日、兵庫県生まれ。関西学院大学 文学部 文化歴史学科 哲学倫理学専修 卒。
ピアノ、ドラム、ベースの3ピースバンド・WEAVERのドラマーとして2009年10月メジャーデビュー。バンドでは作詞を担当。
2018年5月に小説家デビュー作となる『夢工場ラムレス』を刊行。

WEAVER公式HP:
http://www.weavermusic.jp

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