ブックキュレーター平野啓一郎
〈父殺し〉ばかりじゃない!父と子の愛と憎しみと和解の世界。
フロイトの影響で、一頃、小説に描かれる「父親」という存在は、何でもかんでも〈父殺し〉の神話と結びつけて語られる傾向があったが、早くに父を亡くし、母子家庭で育った私には非常に違和感があった。親子もそれぞれというわけで、様々な関係をご覧いただきたい。
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愛の砂漠
モーリアック(著) , 遠藤 周作(訳)
同じ女性を愛してしまう父と息子の物語としては、ツルゲーネフの『初恋』が有名だが、こちらも名作。「カトリック作家」というイメージのため、敬遠されがちなモーリヤックだが、本作は特にそうした意識なしに読める。何とも知れない女性の描写が相変わらず抜群で、父と息子の和解の場面に美しさがある。
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美徳のよろめき 新版
三島 由紀夫(著)
父親世代を尊敬できないというのは、戦中派世代の三島の深刻な問題だった。典型は『金閣寺』で、現実の父により、内的世界の美に閉じ込められてしまった主人公は、老師、禅海和尚と理想的な父性像を求め続ける。思想的には、天皇制への飛躍を招いた。それだけに、娘との関係で、珍しく立派な父親を描いた本作は重要。
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螢川
宮本 輝(著)
「商売」を巡る男の生き様というのは、宮本文学の非常に印象的な主題で、取り分け父親像を考える上では重要。サーカス小屋の情景と結びついた「父の匂い」に始まり、事業に失敗し、病に倒れた父との関係が瑞々しく描かれている。事切れる前に発した父の一言が、この親子関係への想像を無限に膨らませる。
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和解 改版
志賀 直哉(著)
私はあまり志賀直哉から影響を受けなかったが、よく読んでいた時期がある。〈父殺し〉の神話一辺倒でウンザリしていた時期にこの小説を読み、感銘を受けた。高齢化社会の到来と重ねるのもどうかとは思うが、父との和解のヴィジョンは示されて然るべきではないか。「初七日」という短篇は、本作に幾分、インスパイアされた。
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自殺問題に分人主義からアプローチした本作だが、自分が父の享年三十六を超えるために書いたところもあり、主人公とその早世した父親との関係には、自伝的な要素も含まれている。父性のイメージは、幸福観に強く影響を及ぼすが、時にはそれが深刻なプレッシャーになることも。
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ブックキュレーター
平野啓一郎1975年生まれ。京都大学在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。美術、音楽にも造詣が深く、各ジャンルのアーティストとのコラボレーションも積極的に行っている。『マチネの終わりに』『私とは何か「個人」から「分人」へ』など著書多数。
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