honto+インタビュー vol.16 深水黎一郎

注目作家に最新作やおすすめ本などを聞く『honto+インタビュー』。
今回は、3~5月にかけて、ひと月に1冊ずつという新作刊行が相次ぐ深水黎一郎さんが登場。

「ストーリー、知識、そしてミステリー。あらゆる要素を同時に楽しんでもらいたい。」

―同時に何作も書くのがいつもの執筆のペース

 「予想を裏切りたい。そんな思いはいつも持っています。話の展開であっと言わせたいのはもちろんのこと、『次はどんな作品なのか』という予想も超えていく書き手でありたいですね」
〈読者が犯人〉という不可能トリックに挑んだデビュー作『最後のトリック』(河出文庫)。殺人事件に対する幾通りもの解が示される「多重解決もの」の傑作『ミステリー・アリーナ』(原書房)。本格ミステリーの旗手として知られる深水黎一郎さんは今年、新作刊行が相次ぐ。3?5月にかけては、ひと月に1冊ずつという異例のペース。しかも、各作品がまったく異なる作風で、まさに予想を裏切られる。
なぜこれほどのハイペースと幅広さが可能なのか。
「同時にいくつもの作品を書いているほうが、進めやすいんですよ。毎晩寝る前に『明日はどれをやろうか』と決めて、起きるとその1作だけに専心する。夜までやるとクタクタになるので、リフレッシュの意も込めてまた次の日に書く作品を考える。そうしてローテーションを組んで、3作ほど並行して進めるのが、自分にとっていちばん効率がいいようです」
なるほど、それでかくも多彩な作品が、同時に創り出されていくのだ。では今回の連続刊行の小説を順に見てみると―。
3月に刊行されたのは『少年時代』。チンドン屋についていって大人の世界を垣間見たり、個性的な両親の指導のもとで犬を飼い始めて悪戦苦闘したり、柔道部で揉まれてさまざまな体験をする少年の姿が、連作小説のかたちで描かれていく。昭和の香りを強く感じさせるのは、「私の実体験がもとになっているからでしょうね。
郷里の山形では、たまにチンドン屋を見かけたものですよ。それに、10代のころ柔道をやっていたので、ケガをしてしまうときの感覚なんかは肌身で知っていて、細かい描写をするのに役立ちました」
各編であっと驚く結末が用意されていたりもするが、それ以前に少年時代特有の郷愁に浸れる読み心地が快い。この味わい、どう生み出しているのか。
「自分の記憶をしっかりたどることです。思い出は美化しがちですが、嫌だったことも含めて引き出して、見つめ直す作業をするよう心がけています」

―野球、楽器、オペラ……題材はどこまでも広がる

続く4月刊は『午前三時のサヨナラ・ゲーム』。野球をテーマにした9編が収められている。自身も熱烈な中日ドラゴンズファンということもあって、野球愛に満ちあふれた作品だ。
「野球ファンに対する愛情を前面に出しました。野球そのものも好きですが、テレビで野球中継を見ながらクダを巻いているオジさんたちに、どうしようもなく愛情を感じるもので。応援しているうちに選手やチームと自分が一体化してしまう、あの独特のファン心理を描けたらと考えました。野球は言葉を誘発しやすくて、好きな人同士だと一晩中だって語れるもの。これを書いている間は、ずっと野球のことを考えていられたので、これは趣味と実益を兼ねた作品といえます(笑)」
5月に刊行されるのは『ストラディヴァリウスを上手に盗む方法』。3つの小説が収載され、表題作はヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスをめぐるミステリーだ。楽器の歴史や知識、音楽家の生態が知れるストーリー、そして殺人事件の謎解きの愉しみ、すべてが作品に溶け込んでいる。作曲家ワーグナーに魅入られた女性が主人公の「ワグネリアン三部作」でも、音楽への広範な薀蓄と、恋愛や就活といった身近な話題が混ざり合って読みやすい。「おもしろがって読んでもらいながら、知識も得られて、なおかつミステリーの要素も楽しめるとしたらお得でしょう? そういう欲張りなものを目指したいとは常に思っていますね」
かようにバラエティに富む深水作品。いったいどんな読書体験を経て、現在の作風を築き上げたのか。「『春は馬車に乗って』の横光利一、梶井基次郎、三島由紀夫、そして筒井康隆さんと、特有の言葉の用い方をする作家が好きで、よく読んできました」
では、ご自身の作品はどれから読むといい? 多くの過去作があるので、「最初の一作」に向いているものを指南いただけたらうれしいのですが……。
「『エコール・ド・パリ殺人事件』(講談社文庫)や『トスカの接吻』(講談社文庫)は、芸術を題材に本格ミステリーを展開していて、入り口としていいかもしれません。笑いの要素が強めなら、『言霊たちの反乱』(講談社文庫)なども。楽しんでいただけるかと」

新刊のご紹介

ストラディヴァリウスを上手に盗む方法

ストラディヴァリウスを上手に盗む方法

出版社:河出書房新社

3つの小説が収載され、表題作はヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスをめぐるミステリー。
楽器の歴史や知識、音楽家の生態が知れるストーリー、そして殺人事件の謎解きの愉しみ、すべてが作品に溶け込んでいる。

著者プロフィール

深水黎一郎(ふかみ・れいいちろう)

1963年山形県生まれ。2007年『ウルチモ・トルッコ』でメフィスト賞を受賞しデビュー(のちに『最後のトリック』と改題)。
11年、『人間の尊厳と八〇〇メートル』(創元推理文庫)で日本推理作家協会賞受賞。他の著書に『大癋見警部の事件簿』シリーズ(光文社)など多数。

主な著作

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