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紙の本

日本人論の結晶

2004/10/10 00:39

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:北祭 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 歴史は人物の連鎖である−これは著者が「まえがき」に収めた言葉である。水戸光圀『大日本史』、史書『十八史略』、マコーレー『英国史』などいずれも人物列伝であった。

 本書に巻かれた太い帯には、黒いゴシック体の縦書きで、日本史に登場した代表的な人物十二人の名が綴られている。清々しい印象である。著者は、これまで書物で読んできて強く心に残っている一人ひとりについての印象をさっと一筆で描いてみせる。

 日本文化にみられる特徴のなかで、著者が年を取るにつれ思いを深めているのが「本地垂迹」であるという。「仏教は天竺、つまりインドが本地である。そちらのほうの如来などが日本国には日本の神様という形で垂迹(降りて跡を残すの意)した。」これが本地垂迹説である。これは聖徳太子の時代から自然に結実した日本らしい信仰である。著者は「西行」を語る章において、仏教徒であった西行が伊勢神宮の参拝で得た歌を引いている。

 なにごとの おはしますかは 知らねども
 かたじけなさに 涙こぼるる

 この和歌ほどに、日本の信仰を上手く伝える言葉が他にあるだろうか。

 本書のなかで圧巻なのが「松尾芭蕉」の章である。芭蕉は、俳諧を西行の和歌や宗祇の連歌と同じ次元の藝術に高めた人である、というのが一般の解説であろう。が、本書はそこで終らない。

 著者は恩師でもある竹下数馬の著作『「死と再生」の文学』を手にしたとき眼から鱗が落ちたのだという。竹下氏の説によれば、芭蕉は西行を崇拝してやまなく「西行の五百年忌」に西行と同じ道を歩こうとした。これが『おくの細道』の旅であるのだという。『おくの細道』を宗教的な旅として捉えるのである。

 江戸時代に、高齢での二千数百キロの長旅は、まさに命がけであった。風雅の旅とするにはいくらなんでも危険に過ぎるけれど、巡礼の旅であったとみれば頷ける。

 竹下説を受け、著者は「芭蕉と西行とは日本国に対する考え方が同じ」なのではないかと語る。その考え方こそ「本地垂迹」である。心を込めて日本の風景や風土について、いい歌を詠えば、お経をあげたのと同じ価値がある、というのが西行の本質。それを芭蕉が受け継いだ。その証拠を『幻住庵記』に記した次の芭蕉の言葉にみる。「神体は弥陀の尊象とかや。唯一の家には甚だ忌なる事を、両部光を和げ利益の塵を同じうしたまふも又貴し」

 芭蕉は死の床についてもなお俳諧の改作を続けた。危篤に陥る前日、支考をよび、以前嵯峨で詠んだ句を「清滝(きよたき)や波に散りこむ青松葉(あおまつば)」としたいと申しつけ、さらに言った。

「前の句が野明のところにあるはずだから、破り捨ててほしいな」

 この芭蕉の俳諧への執念はどうであろう。そこにあるのは藝術への厳しさのみか。むしろ、芭蕉は俳諧によってお経をあげたときのような心の安らぎを末期に得ていたのかもしれない。

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2014/09/29 22:06

投稿元:ブクログ

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