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紙の本
振袖よりも半纏を
2010/11/30 11:53
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
本人は娘盛りのつもりなのに、まわりの目は厳しくなってきた、きょうこのごろ、今一度、昔の恋の名残りに、ほんとうの結末が訪れる。
登鯉が初めて好きになったひとは、小さな彼女を舟に乗せて、いい声で唄いながら櫓を漕いだ。登鯉は、男の背中の菊慈童に胸をときめかせた。十九になった登鯉が久しぶりに会ったときもまた、みごとな菊慈童のほりものを見せて、橋の欄干にもたれていた。その菊慈童を斬り裂くようにして死んでいった彼は、手拭いと、一枚の絵を残してくれた。
> 芳雪の描いた深川八幡の洗い髪の女は、無垢な可愛い顔で、夢見るようにいつまでも黒髪を風になびかせている。
> 開け放たれた楼の窓からは、咽ぶような櫓の音が聞こえていた。
火事見物に行くたびに、誰かに会っている。葛飾北斎の娘お栄は、病が重くなって床についた北斎の世話を抜け出して来ていた。ひょっとしたら、昔、いい仲だった渓斎英泉のことを心配していたのかもしれない、と、登鯉は思う。渓斎英泉はこの五ヶ月の間に四回も焼け出されたという話である。北斎の死後、お栄は登鯉に櫛と笄をくれて、江戸の人々の前から姿を消した。
また火事を見に行ったときに、乃げんに会う。邪慳に腕を振り払われる。国芳も弟子達もみんな、乃げんが恩赦で戻ってきた事を隠していたのだ。三宅島から妻と娘が後を追ってくることを知っていて、乃げんと体を重ねた登鯉。余計に寂しくなって、新場の小安と喧嘩してしまう。乃げんの妻は、たまたま、目の前で、小安が登鯉の名を呼ぶのを聞いて、乃げんが娘に同じ名を付けたことを悟る。登鯉も同時に。
登鯉は、乃げんのことを忘れることにした。新場の小安は背中に彫りものを入れるため、登鯉に、鯉の滝登りの絵を描いてくれと頼んだ。ふたりの心は、喧嘩をしながらも、徐々に、確かに、一つになっていっているようだが……
国芳一門のために梅屋鶴寿が揃いの芳桐印のある刺子半纏を誂えてくれた。裏にはひとりひとり、別の絵を描いた。国芳は地獄変相図である。火事を見物に行った帰りに、国芳が登鯉に着せかけてくれた。登鯉には振袖が誂えられたが、登鯉は、自分も刺子半纏がほしかった。国芳が留守のとき、登鯉はそっと、半纏を羽織ってみる。
振袖よりも、一門の印の付いた半纏が着たい。できれば、おとっつぁんと同じ絵の。結局、それが、登鯉の心なのだ。
国芳は、弟子や娘の個性を尊重し、彫師や刷師にも細かい注文をつけずに、彼らの腕に任せる。なかなか、彫師刷師のなまえは残らないが、河治和香のこの小説は、浮世絵が、絵師・彫師・刷師の三者によって創り上げられる作品であることを、個性豊かな人々の姿を通して教えてくれる。
浮世絵師は提灯や凧や菓子袋やおもちゃ絵など、何でも描いて稼いだ。尾張藩では二代続けて、将軍家から押し付けられた養子が藩主となっては、夭折してきた。十歳で、誰にも望まれない三人目の押し付け養子とされた藩主は、夜、寝る前に、そっと、おもちゃ絵で遊ぶのだけが、唯一の息抜きだった。彼は亡くなる前の年、お忍びで江戸の町に出て迷子になって国芳一家に紛れ込んで、「市芳」の名を貰った。
> 「国芳、今日(こんにち)は、楽しかった。恐らくもう生きては会わぬ。達者で暮らせ」
後で市芳が亡くなったときに、持っていたおもちゃ絵が全部一緒に棺に入れられたと聞いて、国芳たちがみんな泣くけれど、読んでいる私も泣けてしまった。
国芳のまわりを、怪しい者共がうろつく。泥棒?奉行所の隠密?「御奉行」は、市中見回りの途中、トイレを借りに来て、痔で馬に乗るのがつらいとか言うし、水野忠邦の後に老中首座になった阿部正弘は近眼だとか目先のことで手一杯で先のことまで見るゆとりがないとか言うし……それをもとに、国芳が、「きたいな名医 難病療治」という絵を出すと、いろいろ深読みする人々がいたために、国芳は、鍋島家の御隠居から呼び出しを受け、代わりに登鯉が行かされて、おとっつぁんの笠の土台が飛ばないように注意しろとか言われてくるし、でも実は……愉快な大団円!
登鯉も含め、国芳と弟子達一同が昼夜兼行で描きあげた「誠忠義士伝」が大売れに売れた。すごいお金がもうかって、国芳は、登鯉のお嫁入りの支度金にしようという。それじゃそのお金はもらった、と横取りした登鯉は、きょうは自分のおごりでみんなを吉原に連れて行くと叫んで、国芳の半纏も横取りして、颯爽と羽織って飛び出した。やっぱり、登鯉は、今が娘盛りだ!
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