紙の本
幕府の執拗な追跡と逃亡者の苦悩を生々しく描く。
2003/08/26 11:22
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:吉田くに - この投稿者のレビュー一覧を見る
物語は、地獄ともいうべき環境の獄中の長英から始まる。
このまま牢獄内で朽ち果てるか、それとも一生逃亡者の身になっても
自分の知識を国の為に役立てるか。究極の選択の末、長英は脱獄を決
意する。
高野長英は幕府が洋学者らを一斉弾圧した「蛮社の獄」により永牢
に処せられた。弾圧、といってもほぼとある人物の私的な感情による
もので、当時の目付・鳥居耀蔵が長英や優れた知識と画才を持つ渡辺
崋山ら多くの蘭学者達の勢力の拡大を嫌悪し、幕府の外交姿勢や国内
防備に意見する長英らを幕政批判を理由に粛清したのである。
特に鳥居の長英に対する嫌悪は激しく、獄中でさえいつ長英は鳥居の
陰謀によって殺害されてもおかしくはない状況にあった。そんな過酷
な獄中生活の中で生への執着が捨て切れない長英はついに牢屋に火を
放ち、脱獄を決行する。
幕府の捜査網と追跡が予想以上に厳しく執拗な中、潜伏先を次々と
変えねばならない長英は危険を承知で自分をかくまってくれる知人達
に対し、これまでの自分の傲慢さを反省するようになってゆく。揺れ
動きながらも徐々に変化してゆく長英の心の内を巧みに表現している。
だが知人がいつ幕吏に通報するかわからない不安におびえ、次第に形
相も変化してゆく程の長英の苦悩する姿を実に生々しく描いている。
また、綿密な情景描写も筆者の技術ならではの魅力だ。
あらゆる人間を駆使し日本の隅々にまで捜査網を張り巡らせ、長英
捕縛に躍起になる幕府。江戸幕府が長年続いたのも犯罪行為の徹底取
り締まりがその理由の一つといえるだろう。犯人検挙率の高さを誇る
幕府の執拗な追跡に読者は読み進むにつれて冷や汗をかくだろう。
長英は年老いた母に一目でも会いたいという思いの末、捕縛される
危険度の高い故郷岩手県の水沢へと向かう。長英は無事、母と再会で
きるのだろうか。そして彼の運命は一体どうなるのか。
下巻の展開に更なる期待を寄せる。
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夫のふるさと岩手県水沢市の誇る文化人。生家を訪れたことがあり、墓も義母の家と同じお寺にあるので何故か親近感が沸く人物。
興味があってこの本を読み始めたけど、その生きた時代の厳しさと人間くささが印象に残る。長編小説だけど、一気に読める魅力ある一冊です。
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2010.12.29~2011.1.19 全2巻読了
天才的蘭学者・高野長英による6年有余の逃亡生活。その才能ぶりにも驚くが、その才能を賞賛して逃避行に賛同する多くの人たちの献身ぶりも強い意思が感じられる。地縁血縁が色濃い時代なので聞き込みで逃亡者を割り出しやすいとはいえ追跡してゆく幕府側の捜査網も鋭い(鳥居耀蔵って遠山金四郎の政敵というだけじゃなく、思想弾圧側の筆頭だったんだ!)。もう少し我慢すれば脱獄しなくてもすんだこととか、牢獄内で情をかけた相手に最後に裏切られるとか人の運命や悲哀を感じる。
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長英の逃げッぷりには並々ならぬ執念を感じた。それにしてもここまで匿ってくれる人がそんなにたくさんいるんだなぁ。さほど人格者というわけでもなさそうなのに。
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高野長英が政治犯として牢獄に入るところから小説は始まる。
牢獄内での凄惨な生活、その後との脱獄と逃亡生活。読む者の心も締め付ける程の描写。自分が他人から追われているような錯覚。
この『逃げる』ことの心理描写は、吉村昭の得意とするところで、「桜田門外の変」、「彰義隊」でも存分に堪能できる。
下巻が楽しみだ。
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蛮社の獄で捕らえられた開国論者、という予備知識しかなかった。
この弾圧が理不尽なものだったのは理解できる。
高野長英というひとが、蘭学を本当に頑張って、その道の第一人者であったのもわかる。
頑張って勉強して一人前の学者になって国のために働くつもりがこんな目に遭って
逃げ出したかった気持ちは、わからないではない。
ただ、他に方法がなかったのかもしれないが
彼のやり方は事有るごとに誰かを巻き込みすぎる。
逃げろ、がんばれ、と思う気持ちの裏で
巻き込まれ多かれ少なかれ犠牲になった人々のことを思ってしまうと
彼の道行きを100%応援することがどうしてもできない。
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政治犯として無期懲役を食らったところ金を使い脱獄。
行き先々で迷惑をかけながらも生き抜いていく生命力の強さは
史実では傲岸不遜な長英先生を表しているといえなくもない。
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(「BOOK」データベースより)
シーボルトの弟子として当代一の蘭学者と謳われた高野長英は、幕府の鎖国政策を批判して終身禁固の身となる。小伝馬町の牢屋に囚われて5年、前途に希望を見いだせない長英は、牢屋主の立場を利用し、牢外の下男を使って獄舎に放火させ脱獄をはかる。江戸市中に潜伏した長英は、弟子の許などを転々として脱出の機会をうかがうが、幕府は威信をかけた凄絶な追跡をはじめる。
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江戸時代の獄中はこういうものなのかと感じられた作品。
牢名主という存在があったのかと興味深く感じられた。
上巻は獄中生活から幕末の世を見ている様子が感じられる。
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破牢の末、高野長英は武蔵(板橋、戸田、浦和、大宮)上州、越後から母に会いに故郷水沢へ。その逃避行は圧倒的なスリルに富み、また長英の心の動き、多くの支援する人々との暖かい交流。幕府の威信にかけた追跡はとても100年前とは思えないような鋭さで、思わず読んでいる私自身が追われているような緊迫感があります。私にとっては浦和(大間木)大宮(片柳)など住んだことのある近隣の場所の昔の佇まいを感じさせてくれる楽しさもありました。
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昔読んだのだけど、また読みなおす。
息の詰まるような文体である。吉村昭の小説が読めることは幸せなことだと思う。
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幕末の蘭学者・高野長英の入獄、脱獄、そして逃亡を描く歴史小説。上巻は江戸を出た長英が、様々な知己に助けられ、上州を抜け、越後を超え、奥州に辿り着くところまで。
淡々とした文体により、むしろ逃亡者の閉塞感と切迫感が強く感じられる硬派な小説。下巻の展開が気になる。
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現代に比べてSNSやインターネットなどの情報拡散ツールが圧倒的に少ないのに、各藩の村人たちの結束力や幕府の徹底した捜索により現代より遥かに逃げ延びるのが困難な世界で行く先々で多くの人に協力してもらいながら間一髪で逃げ延びる高野長英。
歴史の授業では「蛮社の獄で捕らえられたが牢屋に放火して脱獄、後に捕らえられて自殺」程度しか教わらなかったので詳しい背景が分かりとても面白い。下巻も楽しみ。
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吉村昭が描く、逃亡物語は、本当に息が詰まるような緊迫感で、リアリティがすごい。
どんな取材をすれば、ここまで迫真迫る物語が描けるのだろうか。
他にも、逃亡を描いた物語にも当てはまる。
物語にグッと引き込まれてしまう。
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現代に事実を知っているだけに、非常に読むのが辛く、苦しかった。
氏いわく、「事実と事実の間を埋めて行く資料が乏しい中で。考えをめぐらす作業の辛さ、面白さを語っている。が、これほどまでにリアリティに迫る文学があるだろうかと息をのむ。
間道、街道が好きでちょくちょく行くことが多い為、場面と人の息遣いを想像しながら読んだためになかなか進まなかった。
蛮社の獄による処刑としか習っておらず、1850年という時間にさらし首になった彼。逃亡の時間は13年。科学のツールが無い現代とは違うとはいえ、捜査から逃れる我身を守るツールもない。灼熱、豪雨・暴風、極寒積雪、そして捕縛に寄与するミラ美との目と口から逃れる全てが描かれている感じ。
上は上州・信州・越後への旅。山歩きで少しは知っているエリアだけに、わらじで着物で歩くその姿、食事の粗末さ、体力に驚嘆するばかり。