乞胸　江戸の辻芸人 みんなのレビュー

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投稿者：SnakeHole　-　この投稿者のレビュー一覧を見る

　乞胸……これで「ごうむね」と読む。語源には諸説あるが，もとは「乞旨」，相手の意向，志（こころざし）を乞う，というところから来ているのではないかという。乞食と比べると分かるような気がする。乞食は「食い物」を乞い，乞胸じゃ「志」を乞う。いや，実際にはどっちも正味金銭が欲しいわけなんですけどね。

　本書によるとこの乞胸，発祥は江戸の初期，相次ぐ大名の取りつぶしなどで食い詰め江戸に押し寄せた元武士（つまりは浪人ですな）たちが，日々の糧を得るために辻芸を行うようになったものらしい。由井正雪の乱が起きて幕府の締めつけが厳しくなり，町奉行のお達しで「身分は町人，稼業は非人支配」となった。どういう意味かというと，もともと物乞いや門付けは非人の生業だったんですな。で，食うために浪人がこれを始めたが，当然バッティングが起きて非人側から文句が出る。かといって浪人にそれをやめろと言えば自暴自棄になって第二の由井正雪，とまではいかなくても辻斬りだの強盗だのよからぬことをしないとも限らない。そこで政府が身分は町人だけど，仕事をするときは非人の支配下に入りなさいという折衷案を出し，浪人たちもこれを受け入れて「乞胸」というものになったのである。

　それから150年経って乞胸頭，つまり元締めである長嶋礒右衛門の十代目が町奉行に提出した書類によれば，乞胸の専業は以下の12種ということになっている。

綾取……西洋で言うジャグラーですな。
猿若……道化師，黒澤明の「乱」で池畑慎之介が演じたようなものか。
江戸万歳……三河万歳，太夫は本場三河から来るが相手役の才蔵を江戸で募集した。
辻放下……綾取の同種，皿回しなどの曲芸師らしい。
操り……人形芝居ですな。
浄瑠璃……神社や寺の境内などで浄瑠璃を語る。
説教……楽器を鳴らしながら物語を語る。琵琶法師の末裔？
物真似……役者の形態模写や鳥や獣の声を真似る。江戸家猫八の先駆。
仕形能……能の真似事，くらいの意味らしい。
物読……古戦物語などを素読して聞かせる。
講釈……物読との違いが不明だがこれもまた講談の類い。
辻勧進……そのものずばり，乞食である。病気を患った乞胸がなったという。

　まぁそんなわけで，江戸時代約270年の間，これら乞胸という人々は辻芸をして生き延びていたわけ。本書はともすれば歴史の狭間に消え去ってしまいそうな（「乞胸」はどの歴史教科書にも出てこない）この人々の生態を文献などから甦らせようとした好著である。香具師との対立，寄席の興隆による危機など，日本の芸能史に興味がある人には必読の一冊。そうでないヒトは忘れてください（笑）。