紙の本
怒りと正義感には共感しつつ
2014/09/30 20:52
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投稿者:相如 - この投稿者のレビュー一覧を見る
最初に断っておくと、私は在特会のような差別的な煽動行為は表現の自由の名に値するものでは全くなく、ヘイトスピーチの法規制の導入という筆者の主張に全面的に賛成である。しかし本書に関しては、筆者の怒りと正義感には共感しつつも、ヘイトスピーチ問題を一般向けに解説する本としては、少し問題がある本だという印象を持った。既に一定の高い評価は定着していることもあり、ここでは以下に、敢えて問題点のみを列挙しておくことにしたい。
問題点の一つは、ヘイトスピーチの問題がしばしば、不用意に外交・軍事の問題と絡めて論じられている点である。外交問題における中国や韓国に対する強硬な態度と、ヘイトスピーチという差別的な煽動行為は、全く別次元の問題である。というよりも、そのように完全に別次元のものとして取り扱わなければ、「韓国の反日姿勢がひどいから、在特会のような運動も起こるのではないか」という、しばしば散見される態度が正当性を持ってしまうことになる。ヘイトスピーチは政治的な立ち位置やイデオロギーを超えた、普遍的な人権・人道の問題として取り扱わなければ、それに対する批判や対抗運動が国民的な広がりを持つことはないだろう。
問題点の二つ目は、規制が進んでいる諸外国と遅れた日本という単純な対比に基づく整理である。言うまでもなく、規制の有無は国民の意識の高低に帰せられるものではなく、政治家・官僚と世論・有権者との間の政治的な討議や合意を通じて決まる問題である。しばしば政府の不作為が糾弾されているが、そもそも政府は悪を懲らしめる正義の味方ではない。また諸外国の現実からも明らかなように、法規制がヘイトスピーチを効果的に抑制しているかどうかについても、議論の余地のある問題である。もし諸外国が「進んで」いて日本が「遅れている」として、なぜそうなっているのかの歴史的な経緯を説明することが必要になる。
最後の点として、なぜ今の日本でヘイトスピーチという現象が生まれているのかの背景や原因への説明が全くないことである。それどころか、本書の後書きに、ヘイトスピーチを行っているのはどういう人なのかという質問を受けたことに対して、まずはマイノリティ被害者の苦しみを受け止めるべきだと厳しい口調で批判しているように、そうした問題関心そのものに否定的である。もちろん、心情的に理解できる部分もあるが、やはりこれには強い違和感を覚えざるを得なかった。
そもそも残酷な現実として、依然として日本国民の大多数はヘイトスピーチに対して(例えば北朝鮮問題などと比べても)切迫した関心を全く持っていない。その意味で、「どういう人なのか」という問いは、それが自分自身とどこで関わっている問題なのかを理解したい、という切実な欲求でもある。そしてそれは、自分たちのいる社会の差別な構造を反省的に問い直していく、という姿勢にも繋がっていく可能性を持つものである。この点に関しては、例えばブラック企業問題が個々の悪質な企業を批判するにとどまらず、戦後日本の雇用システム全体を問い直す議論になっていることに学ぶべきかもしれない。
在特会によるデマや差別的言動を丁寧に批判していくという啓蒙的な活動や、対抗的な運動はこれからも盛り上げていく必要がある。しかしそれは、マジョリティの義侠心や同情心(著者は確かにこれらが強い人ではある)に期待するのではなく、まずは自分たちが理不尽な差別や暴力におびえることのない、より安心して生活できる社会にしたい、という人々の自然な欲求に根差したものでなければならないと考える。
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厳罰がいいのではないが、厳罰が望ましい…と言っているようです。
規制条項は欲しいが・・・乱用されても困る・・・と言う。
つまりは、国政が姿勢を示せ・・という結論らしい。
これは女性だな…と著者をみる。
感情的な表現が多い。
新井将敬に言及しているが、自殺の原因に証券スキャンダルを書いていないことなど、方向性に作為がある。
感情を前に出すと、理屈が引っ込むので、心して読んだ方がよい。
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ドイツではナチスがユダヤ人に対して繰り返したヘイトスピーチが数百万のホロコーストを生み出した。
1948年、ナチズムは良い理念だが、実行の仕方がまずかったという世論調査が58%も超えた。
ヘイトスピーチはマイノリティに沈黙を強いて、その自己実現の機会を奪う性質を持つ。
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全日本人必読の書であると言いたい。評論というのは多少なりとも筆者の思想や立場によって偏りがあるし絶対的にこれが正しいということがないのが通例であるが、こと差別に関して、人種や民族、障害者、社会的マイノリティといったジャンルで概念化した差別に関してはいかなる事情があろうとも絶対的悪であり、ましてやその差別を助長し扇動するような汚らしい罵詈雑言など文明社会に存在してよいはずがない。
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師岡康子『ヘイト・スピーチとは何か』岩波新書、読了。民主主義社会を根柢から覆す差別煽動としてのヘイト・クライムの蔓延する現代日本。本書は日本の現状と背景を概観した上で、諸外国の人種差別撤廃政策を参照し、現代日本が取り組むべき対策について具体的な提案を試みる。
字の如く「ヘイト・スピーチ」の「スピーチ」に注目するとそれは「表現」の一種と見まがうが、それ自体が言葉の暴力であるだけでなく、物理的暴力を誘引する点で表現を凌駕する暴挙である。勿論、世界各地でヘイト・スピーチは散見されるが、公人によるヘイト・スピーチが撒き散らされ続けるのは日本だけだ。その代表が石原慎太郎前東京都都知事であり、著者は「差別の見本市」という。
ヘイト・スピーチの話者は「差別の意図はない」というし、石原発言に関しても日本政府は人種差別を助長する意図はないから人種差別撤廃条約の対象にはならないという。しかし、差別の意図の有無は「その文言の内容や文脈などから客観的に判断すべきである」。
良質の対抗言論がヘイト・スピーチを「駆逐」するという意見もある。しかし「ナチズムが『表現の自由』を行使してヘイト・スピーチを行い、反対勢力を「駆逐して」権力をとり、多くの人々をユダヤ人虐殺の加害者とさせた歴史的事実に照らしたとき、どの程度説得力があるだろう」。
著者は慎重論も丁寧にすくい上げながらも、「日本社会が真に問われているのは、法規制か『表現の自由』かの選択ではなく、マイノリティに対する差別を今のまま合法として是認し、その苦しみを放置しつづけるのか、それともこれまでの差別を反省し、差別のない社会を作るのかということではないだろうか」。
日本社会の現状を冷静に報告し国際社会の経験と制度を紹介し、他者と共に生きる社会の方途を探る本書は、若い人に手にとってほしい一冊である。
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法学的観点から規制積極派の主張を論じたもの。国際法に依拠しつつ慎重派の主張に反論を試みてはいるが、立憲主義を重視する憲法学者とはそもそも立場も考え方も違うので、弁護士である著者の一方的な主張が有効な批判になっているかには疑問が残る部分はある。ただし、積極派と慎重派の意見の対立が確認できるという意味では有意義ではあるように思える。
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日本が圧倒的に遅れた状況にあることが、はっきりとわかった本。
著者は法整備を、と訴えているけれど、日本ではなぜ法整備に至らないのか、どのように法整備に至るよう人々の認識を変えていくか、ということにまで言及しなければ、改善に時間がかかりそうだと思う。
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新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、1階文庫本コーナー 請求記号:316.81//Mo76
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「言論の自由」はもちろん尊重しなければならないが、このようなひどいものも守らなければならないものかとの感想をもった。
マスコミが直接報道することも躊躇するような醜悪なヘイトスピーチの現状がよくわかる本ではあるが、他国の取り組みを詳細に取り上げすぎて、本書の主張と焦点がちょっとはっきりしないようにも思えた。
それにしても、日本はこのような露骨な悪口は言わない文化があったように思っていたが日本社会は変質してきたのだろうか。
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「ヘイト・スピーチとは何か」というよりは、「ヘイト・スピーチを法的に規制するにはどうすればよいか」といった内容だと思った。
そもそもヘイト・スピーチとは何なのか、ということを多角的に考察したり、その内実を検証するという本ではない。
あくまで著者は「他国と比較してみても、日本はヘイト・スピーチの現状にきちんと向き合っておらず、早急な対策が必要」だという立場で論じている。
しかし、著者がそう言葉を尽くすのももっともだ、としか言いようがない。日本におけるヘイト・スピーチ対策の現状はあまりにもひどい。たとえ著者の視点が多面性に欠けているにしても、この現状は日本社会の怠慢だといえるだろう。そして私もまた、その現状に関心を持っていなかった日本社会の一員なのだ。……
差別の問題は根が深く、一義的に解決できるものではないが、それに社会が蓋をすることは全く話が違う。ないものとしないこと。実際にこれらは今の日本社会であっていること。それを許さないと「私」が思うこと。
差別によって傷ついている人たちがいる、その問題をないものにしてはいけない、と思った。
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具体的に例示されるヘイト・スピーチやヘイト・クライムの記述に触れるだけで何ともやりきれない思いに襲われる。それらを直接浴びせられた人々が受けたであろう傷の深さを想像するとさらに気持ちが塞ぐ。法律家らしい硬すぎる文章が難点だが、日本における人権擁護のための法整備を求める著者の訴えには異を唱える余地がない。
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ヘイト・スピーチは、人の尊厳を傷つける行為であって、深刻な人権侵害と社会の破壊をもたらすもの。日本政府は実態を知りながら、積極的に対応しないのは、どんな不都合があるからなんだろうか。そこから目を背け、知らぬふりをしてしまうのは、あまりにも利己的すぎる選択ではないか。
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★2014SIST読書マラソン推薦図書★
所在:展示架
資料ID:11301853
本を読んで読書マラソンに参加しよう!
開催期間10/27~12/7 (記録カードの提出締切12/12)
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著者は人権擁護に数多く携わっている弁護士です。
僕にとってのヘイト・スピーチは「ニュースで見かけたことがある程度」の認識でした。
この本を読んで驚きました。日本で行われているヘイト・スピーチ。
読むに耐えない罵詈。
おびえる子どもたち。
ヘイト・スピーチに対する法の運用の難しさも知ることができました。
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現在の日本におけるヘイト・スピーチ(差別煽動)、特に在日コリアンや被差別部落出身者に対するそれの横行の状況、日本政府による差別放置・助長の現状、現行法下での規制の限界、イギリス・ドイツ・カナダ・オーストラリアにおけるヘイト・スピーチ規制の現状と課題を示し、罰則を含む包括的な差別禁止法制の必要性を訴える。日本の法曹界では、権力の濫用により「表現の自由」を危うくするという理由で、ヘイト・スピーチの法的規制(特に刑事規制)に否定的な見方が強いが、国際的には人種差別撤廃条約に基づく法規制の流れが一般的であり、事実上無法状態にある日本の現状はむしろ異常であることを強調している。
法学的アプローチからのヘイト・スピーチ問題の評論としては主要な論点を網羅しており、この問題を考えるうえで必読の書と言えるが、本書が示す日本の絶望的現況(特に差別主義者の多い安倍内閣の存在)は、仮に法規制が実現してもむしろ「日本人差別」と称してマイノリティ迫害に逆利用される可能性を容易に推測させる。