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紙の本
「ムルギーの卵カレー」
2006/06/28 21:52
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:GTO - この投稿者のレビュー一覧を見る
現実の自分を第三者的に見ている自分の存在に気づいた瞬間、その第三者的自分に気づいている自分が発生し、その無限に続く連鎖をまた、外側から見ている自分に気づく。そんなイメージを体験させてくれる本である。そして、それは過去の自分を見ている今の自分とその自分を見ているであろう未来の自分を見る自分であったり、さらには存在しない自分までもが視野に入ってくる。今の自分を見ている過去の自分の姿や今の自分になっていない今の自分の姿、選ばれない未来の自分の姿、そして、その視差までもがあなたを襲うことになる。
他の内田の本を読んだことのない人には、短い雑文が多く、なぜ彼がこのようなエッセイを書いたのか分かりにくいかもしれない。それにはっきり言ってどうでもいいようなまさに雑文もあるが、内田という人物の人となりはかえってよく感じられるかもしれない。
第5章『作品からの「呼び声」』は粒ぞろいのよき読書案内になっている。特に『ごく私的な解説』と『大瀧詠一の系譜学』がおもしろい。ドムナックの『構造主義とは何か』はサイマル出版のものをかつて読んだが、何が言いたいのか分からなかった。その理由が分かってうれしかった。
紙の本
「『私』と名のる猫」と読むウチダ本
2006/06/19 23:01
8人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Tabby - この投稿者のレビュー一覧を見る
ウチダ本を読むときの「儀式」としては、まず部屋の隅々にまで掃除機をかけ
風通しを良くする。掃除でかいた汗を風呂で流し、ほてりが冷めたら手袋をつけ、
机の前に背筋を伸ばして正座し、肘を90度に曲げて目の高さに持った本を読む。
一字一句おろそかにすることなく、眼光紙背に徹して……
などという生真面目な態度を取る必要はまったくもって、ない。
ドストエフスキーであろうとトルストイであろうと夏目漱石であろうと、
本を読むときは「密室状態」である以上、その態度は誰にも見とがめられない。
電車でもカフェでもトイレでも、本はいつどこででも読める。
なかんずく、この本のように読み切りサイズの文章が並んだものは、
空いた時間に好きな文章をランダムに読めばいい。
ただ一つ、私がウチダ本を読むときに心がけているのは「『私』と名のる猫」と
一緒に読むこと。本当に読むのは私ではなく、「『私』と名のる猫」なのである。
私は猫に読んで聞かせて猫ならではの意見を求めるだけとなる。
くだんの猫は、見たところ全身グレーのようでいて、喉の下が白くて尾が縞模様の、
「なんちゃってロシアンブルー」。
それを召喚、すなわち、潜んでいる猫を見つけ、手なずける。
喉をゴロゴロ鳴らしたらこちらのもの、読書の準備はこれで万全となる。
そうして、ことあるごとに猫にうかがいを立てる私。
もはや聞き飽きたフレーズをここ一番のタイミングで言っているかどうか。
ベストタイミングならば、猫が機嫌良く「にゃー」と鳴く。そして先を読む私。
おなじみの言い回し・論理であっても、それが出てくる文脈によって、
ほんの少し意味合いが変わってくる。と同時に猫の反応も変わってくる。
全体を通して読めば、この本はいつも通りのウチダ本、さして目新しいこともない。
それこそ「借りてきた猫」のようにおとなしいのが不気味なぐらいである。
文庫本の解説や音楽誌の記事など、あらかじめ「読者」が想定された文章であるため、
今回はウチダ基準で「クリアカット」されているとも言える。
猫は猫でも、雑種どおしの違い。それが数々のウチダ本なのかもしれない。
私が満足するよりも、「『私』と名のる猫」さえ満足されればそれでよい。
つまるところ、ウチダ本の効能は「『私』の中の他者」を駆動させることにあるのだから。