紙の本
この小説はとりこぼすことなかれ、もったいない!本から受けた感動に感謝した人が、本によってそのお返しをしようとした素晴らしい小説。第108回直木賞。
2001/07/26 11:45
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
味わいとしては、森田誠吾の『魚河岸ものがたり』、池波正太郎の株屋の丁稚時代のエッセイとよく似ている。
つまり東京らしい東京と、そこに暮らす男の人が抱える苦悩や情熱が、信頼感のおける筆致で描かれている。
人生の酸いも甘いもかみわけた、「野暮天の愛嬌をもった粋」なおじさんたちの書く世界に私は弱い。
若い男の人じゃ、こうはいかない。こういうおじさんたちと、3時すぎからそば屋でたらたら飲みながら話を聞くのが最高だ。そんな気分にさせられる。
直木賞を取った本だと知っていた。でも題名から、古本屋さんを営む夫婦者の交流みたいなものをイメージしていたが、全然ちがっていた。
あらすじは語ってしまえば簡単である。
幸徳秋水らが処刑されることになった大逆事件のあった明治末ごろ、古書の世界に入ったふたりの少年が奉公先で知り合った。何と生年月日がまったく同じ。どうやら命名の由来も、その日にあった出来事にちなんでいるらしい。
主人公の郡司は物覚えがはやくて、はすっこい。目も利いていて飲む打つ買うの遊びにもたけている。もう一方の六司は温厚な性格で、ヤマっ気がない。野暮天である。
だが、ふたりは気が合う。助け合いながら古本の商いを知るうち、いつか二人で店を持ちたいと夢を持つ。
古書が取引される市場でやり手と一目置かれるダクばあさんの佃島の店「ふたり書房」に、縁ができる。ばあさんの助けで店を開くための資金を稼いでいたふたりには、ばあさんの姪の千加子をめぐって切ないものが流れる。やがて父親がふたりのうちどちらでもない女の子を千加子が産む。澄子と名づけられる。
物語は、ふたつの時代に橋を架けながら展開していく。
奉公時代のふたりが大逆事件に縁をもった明治の末から時系列に流れる物語。そして、千加子が死の床に伏せ、娘の澄子が継ぐことになった「ふたり書房」と郡司が絡む昭和30年代後半。
波乱の人生を送った郡司の昔と今が交錯するところに、実にさまざまなものが描かれている。
佃島という土地の幕府に対する位置などの歴史、渡しや祭り神輿の独特な文化、皇居とともに大震災で焼けずに残ったときの賑わいなど。古書業という不思議な商売の世界。投機的な要素と、日本の教養を支える異なる面の描写。本というものの価値。
男にとってのけじめ、それを体に残そうという彫り物の世界。複雑な出生に左右される人の哀しみ、やるせない男女間の愛のもつれ。世代を超えた友情や信頼。左翼思想の目ざしたものと行き着いたところ。高度成長による町の変貌と人心の変貌。
よくぞこれまで多くの要素をからめとり、物語に織ったと驚いてしまう。そして何よりも強く感銘を受けるのは、書き手の情の深さ。人に対するそれと本に対するそれ。
本のために神さまがこの作家に古書店を営ませ、本を読ませ、本を書かせたのだということがよくわかる。
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同年同日生まれの、郡司と六司。ことによると六司は、一生童貞のままだったのではないか?憑かれたように古本のセドリを続ける郡司の背中を想いつづけた六司と千加子。だれもが孤独だった、とは思いたくないけれど。
昭和初期の東京の古本文化や風俗について詳しく、まるで同時代を生きたような楽しさが味わえた一冊だっただけに、ラストはほんのりもの寂しかった。
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第108回直木賞。
佃島にある古書店・ふたり書房が舞台。女主人・千加子亡き後、店を運営するのは娘・澄子だが、物語の中心は老いた従業員・郡司。
彼の本屋人生の始まりからふたり書房で働くようになった経緯、明治時代の「大逆事件」と、大正時代の大震災などを背景とした本屋家業の苦労話など。
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手を挙げるところについてだが、ポンさんの澄子への説教が著者による読者へのメッセージに思えてしまい、そのくどい説明に辟易してしまった。
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佃島にある古本屋を舞台にした話。明治から昭和にかけての東京の歴史をちりばめ、展開する。読みやすかった。
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大分前に本や古本屋のエッセイを読んで面白かったので図書館で借りてみました。直木賞受賞されてたんですね~。昨今は賞を取られている方が多くて覚えきれません…。
古本屋の市や商売方法は面白かったのですがお話的にはそれほどグッとくるものがありませんでした。視点がコロコロと変わるからかな?郡さんと六さんのお話がメインなら面白かった気がします。澄子さん視点は余分だったような。何となく向田さんのあ・うんを思い出しましたがこの作品の二人にはそこまでの友情は感じ取れなかった気がします。六さんの描写が少ない所為かなあ…
と言う訳で前に読んだエッセイの方が面白かったです。また機会があればこの作者の本を読んでみたいと思います。それにしても今は古本屋の形態も随分変わったろうなあと思います。個人的に神保町とかブラブラするのは大好きですがそのうち少数派になるのだろうな。本自体もそのうちデジタルにとって代わられるのかもと思うとさみしいですね。まあ暫くは大丈夫でしょうが…
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古本屋の女主人が様々な謎を解く、三上延さんの『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス)が少し前まで話題になっていましたが(もうブームは去ったの?)、古本屋を舞台にした小説で、こんな名作がすでにあったんですね~
1993年の直木賞受賞作品ですから、単に私が無知だったってだけなんですが(苦笑)
作者が実際に古本屋を営んでいる方なので、古本屋の内情についてはとっても詳しく書かれていてすごく面白い♪
また相当な本好きなのが文章の端々に垣間見えて、それを読んでいるだけで幸せな気分になれます!
あと細かい事を書くと、佃島と徳川家康とのこと、新しい橋の渡り初めにつきものだという「三代夫婦」による渡り初め、お神輿の担ぎ方や、江戸っ子の「ワッショイ」という掛け声に対する思いなど、明治から昭和にかけての風俗を知ることができたのも楽しかった。
こういう本、これまで読んでこなかったんですよね。
まるで本好き大人向け「ALWAYS 三丁目の夕日」みたい♪
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大正12年(1923)、昭和39年(1964)と、関東大震災、東京五輪前後の東京・佃島周辺で織り成す郡司、六司、千加子の三人の若者の本に賭けた情熱。郡司は満州へ去り、六司、千加子は夫婦に。そして約40年ぶりの郡司と千加子の出会いと千加子の娘・澄子と郡司の心の通い合い。現在の新川周辺の隅田川の情景と合わせ、3時点の時空を超えて、江戸情緒の香りにあふれた素晴らしい作品でした。昭和39年の佃大橋の開通により、初めて渡し船が廃止になった意外な近過去も驚きです。古本は命をもっているという登場人物の澄子へのアドバイスなど、本が好きな人には堪えられない楽しい本でもあります。
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「無明の蝶」が候補に挙がって居乍ら直木賞を逃したと云うから、受賞作の方も読んでみなくちゃと手に取りました。
出久根さんの長編て、どうももったりして、途中で視点が急に変わったりするので、読みにくいかなとあまり期待していなかったんですが、いやー面白かったです。
佃島の情景描写など最初から素晴らしく、質の高い映画を見ている気持ちになります。
主人公がとにかく本を愛しすぎ。
そしてみんなに愛され過ぎです。
古本を題材に、此処まで色々な物が織り込める筆力は
(そしてこの長さでこの密度!)
本当に素晴らしい物だと思います。
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108回 1992年(平成4)下直木賞受賞作。東京佃島の古本屋で仕入れを担当しながら発禁書を収集する男と彼とゆかりを持つ女たちを明治・大正・昭和の時代とともに描いた作品。ストーリーの中につむがれた、歴史に潜む怪しい事件が楽しめる。おすすめ。しかし頻繁に登場する古き東京流おやじギャグは理解が難しく、これらは本当の意味で”死語”になっているのだな。
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出久根達郎さん、1992年の直木賞受賞作
古本屋の話、本好きにはそれだけでも楽しい
しかし物語は結構入り組んでいて、佃島という特殊な地域に対する愛着をたっぷりこめながら、共産主義や友情や恋の話を絡めつつ、過去と現在を行ったりきたりします
こうやって振り返るといろいろ詰め込みすぎ、作者が描きたかったのはなんだったんだろうという疑問も出てくるけど、タイトルそのまま、佃島の二人書房の物語を描きたかったということかな
いずれにしても楽しく面白く読めることは間違いなしです
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(オーディオブックにて)
佃島の話、というのに惹かれて読み始めた。
古本屋の歴史。
あまり期待していなかったに、気がついたら引き込まれていた。
過去の出来事から今に到るまでの佃島を中心とした素敵な話です。
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内容(「BOOK」データベースより)
佃の渡しが消えた東京五輪の年、男は佃島の古書店「ふたり書房」を立ち去った―大逆事件の明治末から高度成長で大変貌をとげる昭和39年まで移ろいゆく東京の下町を背景に庶民の哀歓を描く感動長篇。生年月日がまったく同じ二人の少年が奉公先で知り合い、男の友情を育んでいく。第108回直木賞受賞作品。
書店のほんわか話かと思いきや、古書が熱かった時代の闇をはらんでいます。昔は本がとても大きな力を持っていたんだと読んでいてある意味うらやましい気持ちになりました。本を語り合ったり議論したりは楽しかっただろうな。
色々盛り込み過ぎて商店がぼやけているのが残念。