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八房が兵士の腕を引きちぎるところから物語は再開する。兵士どもの首を引きちぎりかきむしり、殿をお守りするぞと槍を突き立てられ血を吐き出す八房。頭をも貫き死んだと思われたけれども瞳がカッと見開き、なぜ生きているのだとみなが恐れおののく。
そうして大将の首をむしり取った八房は、右目を喪いながらもニコニコ笑っていた。
狂態がうそだったかのように、義実は優しい城主へと戻り、凶作が豊作へと移り変わり、人々に笑顔が戻った。
鈍色も精悍でたくましい御姿へと成長し、ただ伏姫ひとりだけがもぬけの殻へと成り果てた。ぶつぶつと独り言をつむいで、ぼんやりとして宙ばかり見上げる。
そしてある日、伏姫は八房とともに城外へと出ようとする。鈍色は、あの姉さまが出ていく必要はない!と、かつらをかぶり女ものの着物を着こみ薄紅をひいて、僕が代わりに行く!と意気込む。
そうして語られる怪物のはなし。
私があのとき殺した天守閣の怪物は、父上の妹君である藍色様だったのだ。昔里見は困窮しており、優秀な兄と醜悪で卑屈な妹とがおり、正反対な兄妹ではあったけれど双方ともに里を救いたいという強い意志があった。
しかしながら輿入れも見つからず里の役にも立てないと藍色は絶望し、高名な祈祷師に頼み込んで人柱になることを決意する。身を穢し人の心を喪い畜生道に身を落とさせて、里の業を一身に背負った。
里の平和は、藍色という存在が人身御供になることによって成り立っていたのだと。
私は犬死なんぞしない。里見の里だけではなく、この世にあるすべての業を永劫私が背負い続けてやるのだ!
私が死んでも私の子が孫が背負うようにしてやる。だから鈍色、おまえもおまえが背負うべきものだけ背負って生きるのだ!
――冥土いわく、「伏はこの世の業を背負い生み出された、人間にとっての陰なのです」。
江戸幕府は、その人身御供の存在である伏に目を付けた。伏姫の子孫を一か所に集い、苦しみを与え続けることによって、江戸という土地に多くの繁栄をもたらせるようにしよう、と。
伏姫の遺体をご神体として江戸城へ安置し、そうすることによって近隣の地域に何割かの確率で赤子が伏へと突然変異するようになった。
かくして江戸には伏が溢れかえり、その伏を殺すことによって栄華を極めている。
信乃が伏姫の遺体を切り捨てれば、今迄伏が請け負っていた因果が人間たちにふりそそぎ、伏姫が生きていた里見の時代と同じことが起こるだろう。
信乃を殺し人々を救うのか、信乃を放置して伏たちを救うのか。
「あたしは信乃をとめる。でも、あたしが狩るのは伏じゃない。獲物はずうっと心の中にいた。人と伏、お互いの心の中で巣食っている獣。あたしはそれを狩る」
江戸城へと向かう道すがら、野犬が人々ひいては自身を襲うさまを見届ける浜路。
新兵衛の煽動だということを江戸城に辿り着いたそのときに知りえて、新兵衛と向き合う。
猟師であるから獣は狩る。自分が狩られたとしても文句は言えない。それだけの覚悟があるのかい。凍鶴太夫が望んだ��和な世界は望まないのか。
そう問われて、新兵衛は心情を吐露する。
母さんが望んだ平和な世界のほうがいいに決まっている。でも人間たちがそれを許してくれない。仕方ないだろう。
外から来たあたしが変えてみせる!と啖呵を切られて、「いつだってつらいかもしれない。でも必ず自分を助けてくれる強いひとがあらわれてくれるよ」という、凍鶴太夫の言葉を思い出す新兵衛。もう一度だけ信じてもいいよね、と泣き出す新兵衛。
あと道節と現八の戦いがあるのだが、原作と違って死なないとまでいっておこう。
信乃が伏姫を切り落とせば、すべての業によって信乃は落ち潰され消滅し、残りの業が人の世に降り注ぐことになる。
浜路は、伏の起源だからといって信乃にだけすべてを背負わせることは間違っている。外から来た自分が背負ってやる。
「大好きな人たちのためだったら、こわくなんかないから」
にこりと笑って、村雨丸を伏姫に近づけていく。
そんな後ろ姿を見て、おまえ自分が死んじまうのになんで笑っていられる、自分の好きな人たちが殺し合うのはいやだって?とぐるぐる脳内で問答し、思わず足蹴をして引きとめる信乃。
浜路が伏姫を殺してくれれば、自分も死なないし人の世に業が満ちて自分たちは解放されるし万々歳だ。でもどうしてひきとめた?
――もしかしたら、生まれてこの方偏見まみれだった自分たちと人と変わらず接し、仲間のために怒り泣き笑い、そうして自分たちを想ってくれたこの浜路という人間を……。
二人が二人とも死なせたくないと思った。
そうして信乃は提案する。一人で切ればすべての業が押しつぶしてくるけれど、二人で切れば分散されて二人とも死なないで済むかもしれない。
信乃と浜路、二人そろって村雨丸を握りしめ、伏姫を切り捨てる。そうして噴き出す黒い業。
どっぷりとした黒い闇につつまれて、ゆめかうつつかを揺蕩う浜路。
頭蓋骨が丸出しの犬が一匹、静かにたたずんでいた。
名を八房と名乗るその犬は、新たな生贄はおまえかと笑う。
ずるずると黒い影が浜路を浸食していく。
小さなその体で、業の重みに耐えきれるのか。
浜路は尋ねる。信乃も同じようにこの苦しみを味わっているのかと。八房がそうだと答えると、あたしがもっと業を背負うから信乃の重みを和らげることはできないかと提案する。
何も知らずのうのうと生きてきた自分と違って、信乃は今の今迄苦しんで生きてきた。だからその分を背負わなければ不公平だ、と。
業を背負って終わらせるだけじゃない。業が憎い。大好きな人たちを殺し合わせた業が憎い。だから狩る。その業を根絶やしにしてやる!
絶望に満ち満ちた中に備わった希望をけっしてなくしていないその強いまなざし。
そこに伏姫の面影を見た八房。
八房は笑った。
業はすべて人の世へ還そう。人も伏も区別ない、ありのままの状態へと戻し、浜路の言う伏狩りを見届けることにしよう。生贄などを生み出さなくても人の世は混沌に満ちないさまを証明してみせろ。
八房の望みは、世の秩序であるという。生贄がなくても世の中がきちんと回るのであれば、それに越したことはない。
浜路は吃驚しながらも安堵し、安堵しながらも提案した。
「助けるついでにお願いも聞いてくれない? 業を分割にしてもらいたいんだけど……」
八房は再度、笑う。
図々しい。図々しいが、おもしろい。ならばそこまで言ってできないとは言わせない。承ってやろう。
江戸の町は、里見の里のように急激に混乱する、ということはなく、しかしながら伏姫が消え失せたことにより、すべての業はこの人の世へと還った。
伏である信乃、現八、新兵衛は江戸の町を去り、どこか片田舎か山の中で余生を過ごすという。
手紙を書く、と言う信乃のせりふに、道節に読み書きを教えてくれとねだる浜路。
伏狩令は撤去され、船虫はぐうたらする伏狩たちを叱り飛ばし、道節は船虫の食堂を切り盛りしている。結婚はしていないようだ。ツケを返すという名目で一緒に働いているようす。浜路は私服警官のような真似事をしている。食い逃げをひっとらえ、少しずつ、人の世にざわめいている業を狩りとっていくよう。
そうして緩やかに、人と伏は生きていくのだろうという結末で締めくくられる。
原作は信乃が逃亡で終わりだし、原作は微妙に恋愛方面に流れたからなあ。漫画版も恋愛に近しいといえば近しいけれど。若干駆け足かなあとか原作であった女の子の伏のシーンなかったなあとか。そんなところが若干淋しかった。