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大正末年生まれの佐藤愛子さん。
佐藤紅緑氏の娘さんですもんね~
歯に衣着せぬ物言いは、さすが。
高度成長期に生まれ育ち、バブルを謳歌した世代の私。
聞くところによれば、旧い価値観をもった親に育てられた最後の世代なのだとか。
だからか!?
愛子女史のおっしゃることが、ふんふんと頷ける。
その通りッ!と膝を打ちたいっ!(←この言い回しすらもはや古臭い)
でも、きっと、私なんて、そばにいたら、きっと叱られまくり、
いや呆れられて愛子氏は「無口」になるのだろうけれど……
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著者(大正生まれ)の子供時代、小学校から帰るとよしずが張られて、浴衣が出て、家中が夏仕様になっている・・・そんなふうにそれぞれの支度で四季を迎える暮らしというのは、とても豊かに思える。
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・着物が日常着だった頃の夏は、いまより暑い思いをしていたのでは?
・戦後女性が開放的になってきたのを喜んでいるようでもあり、嘆いているようでもあり。
・今はなくなってしまった「火鉢」「釣瓶」「鍛冶屋」等々。大正生まれの著者と平成生れの孫との会話がはかどらないのはさもありなん。いちいち説明して話しが進まない。
・私にしたって子どもの頃は当たり前だったダイヤル式の黒電話、レコード、豆腐売りのラッパの音などはもう今は昔。
・これから消え行くもの・・・その中に原子力発電は入るだろうか。たとえ原子力発電所がなくなってその存在すら知らない世代が生れても、放射性廃棄物は半永久的に残る。そして彼らは疑問に思う。「なぜこんなものがあるのだろう」って。「原子力発電を行う科学力をもってしたら自然エネルギーを使うのなんて簡単だったろうに、なぜ原子力を選んだんだろう、私たちにこんな負の遺産を残して」って。
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久しぶりに佐藤愛子センセイのエッセイを読んだけど、相変わらず切れ味抜群。いまいくつになったんだろう。。。
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とにかく面白かったし懐かしかった!
昭和20年代生まれの私の子供の頃にもあったもの あった事で。
佐藤さんの気質?に よく似ている私。
いちいち頷ける。
93歳の母に明日土産にします。きっと喜んで読むでしょう。