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プロレス好きとして最後の拠り所は「確かに八百長と言われても仕方ない部分はあるが、彼らが真剣に戦えば世界最強なんだ」。ところが、異種格闘技ブームで「どうやらそうでもないらしい」とヘナヘナ腰砕け。矢尽き刀折れた。
オカルトも同じ。「どうも怪しい。でも好きなんだ」という気持ちは譲れない。
その昔、スプーン曲げ少年が調子の悪い時にトリックでスプーンを曲げた。決定的瞬間を写真に撮られ、一事が万事インチキにされてバッシングを浴びた。この辺りの構図もプロレスと似ている。
大槻発言「筒井康隆の著作に、人の考えが読める美人超能力者(テレパス)が主人公のSF3部作があって、そのヒロインの火田七瀬は人間がどんだけくだらないことを考えているのかがわかってしまって、苦しむんです。/今、現実がまさにネットによって、火田七瀬の世界になってるわけですよね」
私も常日頃、匿名掲示板のドス汚い書き込みに「テレパシーが使えるというのはこういうことか」と感じていた。オーケンにテレパシーならぬシンパシーを覚えてしまう。
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山口敏太郎と大槻ケンヂに興味があるので読み始めたが、自分はプロレスにもオカルトにも、そんなに興味が無いので、あんまり頭に入って来なかった。
でも、1966年生まれの人が育った世界を知れて楽しかったし、まー知らないことが一杯書いてあるので逐一検索とかはしたけど、「オレはオカルトの沼に落ちることは無いだろうなー」、と思った。
注釈があるとはいえ、オカルトにもプロレスにも詳しくない自分のような読者を想定してない本なので、専門書よりも正確な理解は難しい気がする。
とはいえ、歩み寄らなければ見えてこないものもあるので読んで良かったと思う。
サブカル界隈だと、よく比喩として「プロレス」という単語が使われるけど、その正確な意味を未だに理解出来ない。でも、この本を読んで少し理解が深まった気がする。
自分にとって最もプロレス的なものはAVである。AVは、素人ナンパとか含めて、ほぼ全部ヤオ…というかヤラセだと思ってるけど、中にはガチもあるって信じてる。AV懐疑派である。
一方でヤオはヤオとして、そのエンターテイメント性を楽しんでいる!
後半に出てきた、塩田剛三の「自分を殺しにきた相手と友達になる」っていう名言は至言だ。
ちなみに読後、大槻ケンヂはロマンチストで、山口敏太郎はやり手、という印象が強まった。
そしてやはり緊急検証が見てみたくなった。
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胡散臭さと、信じ切るんじゃなくって、そこを割り切って楽しむ。
ボクも、著者たちと同世代なのだが、まさに、なんでもあった。胡散臭いものが。胡散臭いママ。
それでいいんじゃないか、プロレスを見てたからオカルトも楽しめる、セメントで潰すことはない、と言う主張なんだが。
内容自体はもうすごく楽しめるんだが、オカルトの悪いところは、無垢な子供たちとかが、人生決定的に狂わせる可能性があること。そこがプロレスと違う。
そんな気がする。