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電子書籍
原子力黎明期の真実
2012/07/28 13:10
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
1981年に書かれたこの本を、今、2012年に読むとかなり驚くと思う。
当時実験船として建造された「原子力船むつ」が、航行中に行方不明になるというショッキングな設定で進むのだが、政府や関係者はこの事故に際しても、まるで緊急事態とは思えないのんびりした対応で、事件が拡大しても責任逃れと情報の隠蔽に終始する。事件の真相を調べようとする主人公でさえも、組織のこの体質に疑念を抱くこともなく、むしろそれに加担しさえする。誰もそこを追求することはしない。煩い存在とされているマスコミさえも。フィクションの中の話だとしても、作者も、これを支持した当時の読者もそういう当たり前のことと認識していたわけだ。
そしてこの体質が、大きな事故を招いてしまった現実にも通じるように思えて愕然とする。
原子力による被害の恐ろしさは、日本人はみな身に染みているのかと思っていたが、保身に走り学級会レベルの閣議を繰り広げる政治家、技術的野心のために核技術の暴走など気にも留めない技術者、実際の当事者であった人々ががそうだったとはまったく思わないが、一般からは原子力とはその程度に扱われるものだと認識されていたということだ。
事件の背後には核をめぐる国際的な陰謀が広がっていた。その国際関係の中で日本政府は身動きが取れなくなる。そのパズル的構造はうまくできているが、穴だらけと言えば穴だらけ、そもそも世界的な核戦略の観点がすっぽり抜け落ちている。
たしかにこの頃は、原子力は未来を切り拓く光であり、きっと科学の力で制御できるはずだという見方が主流だったのかもしれない。その流れの中にブラックな味わいを放り込むというだけでも、かなりの勇気のいること、放射能汚染という重い設定をするだけでも、相当なタブーに切り込んでいたのかもしれない。
しかしまったく危機意識のない体制を肯定的に描き、目的意識さえよければどんな手段をとっても許されるといった倫理観を依然として前提にしてしまうのであれば、それは原子力が我々にもたらした現実から目を逸らしていたと言うより無いだろう。
それが、この作品を取り巻いていた、「この社会」の現実でもあったし、登場人物たちは僕らの現し身だ。その後、少しは知識は増えたかもしれないが、僕らの性質はそんなに変わっていないだろう。そのことをこの作品は思い出させてくれる。
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