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この本読むと、いままで出会った友人やモノたちに手紙かきたくなるなぁ。また、この郵便局に一度行ってみたい。
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何も知らないまま、図書館で見つけた本。
漂流??でもって郵便局??
半信半疑で読んでみたら、なんと実在する。
瀬戸内海に浮かぶ粟島。
ここ最近は瀬戸内の島はアートで溢れているのだ。そういうわけか。
そして実際に、ハガキを出す事が出来る。
言えなかった事や、面と向かっては言えない事。
人それぞれの思いをここで受け取ってもらえる。
なんて素敵なんだろう。そして出してみようと思った。
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201504.11
友人に誘われて行った漂流郵便局
軽い気持ちでてがみを手にしたら、そこに込められているパーソナルな気持ちと次々対面しててがみをめくる手がとまらなくなった
じんとするもの、悲しいもの、でも前向きなもの、未来の自分へあてたもの、にっこりするもの、すべてが絶妙なバランスでそこに収まっていた
この離島にあるちいさな郵便局は、たとえば現世と来世を、あるいは過去といまをつなぐ、天国のような場所だった。中田さんの笑顔と、話し方、すべてのてがみを受け取り、ひとつひとつに目を通して受けとめる。話していたら存在の大きさに涙がとまらなくなった。
「存在」というものについて、昨日からずっとぐるぐる。写真をみては、本を開いては、涙ぐんでいる。涙腺スイッチがどっか故障したみたいだ
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はじめに漂流郵便局のことを知った時は、なんて素敵なことをする人がいるんだろうと思いました。返事を期待しない手紙を受け付けてくれるなんて、本当にロマンチックだなと。
この一冊には、漂流郵便局に届いた手紙がたくさん掲載されています。読後、その一つ一つが私の心にも漂っているように感じました。
2015.4.14
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先日、TVで漂流郵便局の紹介がされていたのがきっかけで図書館の新刊コーナーにあったので借りて読んでみた。コンセプトはユニークで良いと思った。宛先がわからず、返信がない手紙。自分もそういう手紙を書いてみたいと思った。文章は一般の方々のものである。そこには口に出して言えない思い、天国へ旅立ってしまった人に対してその人が今も生きていたら伝えたいこと、手紙だからこそ書ける自分の思い、未来へ宛てた手紙などいろいろな思いが詰まっている。きっと宛先がわからなくても思いが届いているだろうな、届いて欲しいと感じる。
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瀬戸内海の粟島に実際にある「漂流郵便局」。
亡くなった家族へ、未来の自分へ、過去の自分へ、お世話になった物へなど、宛先は様々。
ハガキという限られた中に、伝えたいことが溢れている。
時間や空間を超えて、様々な想いが漂っているステキな場所だと思いました。いつか行ってみたい。
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タイトルから小説と思って手に取ったら、瀬戸内国際芸術祭出展作品のルポ本だった。届け先の分からない手紙を預かる郵便局。死者や長年連絡の付かないかつての大事な人などに向けて思いの綴られた手紙が集められ、他人のそれを見ることができるインスタレーション。作者は「私たちは大きな流れの中の一部に過ぎない」という。なるほど、人にとって、多くの思いが集まったこの漂流郵便局で、他の人の思いを見る行為は、自らの思いを大きな流れの中で相対化する意味があるのかな、と思えた。それは自分の思いを、一歩前に進める行為なんだろうな。
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届け先のわからない手紙を受け付ける郵便局。
コンセプト、外観、内装、なぜか長野まゆみ作品を
思い出しました。手書きの手紙って素敵です。
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久保田沙耶さんが仕掛けたパフォーマンスであった「漂流郵便局」がこのように人々の拠り所になるのは,とても稀有なことであり,素晴らしいことだと思った.
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瀬戸内海の小さな島・粟島に実在する「漂流郵便局」。
届け先の分からない手紙はここに流れ着き、受取人を静かに待つ。
恋人へ、10年後の自分へ、未来の孫へ、地元を離れた息子へ、急逝した友人へ…
文字に起こすことで人は、心に溜め込んだものを消化する。
道なき道を彷徨う旅人の背中を見届けているような気分に。
ふとクラフト・エヴィング商會の作品を思い出した。
手書きっていいな。
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瀬戸内国際芸術祭のためのアート作品として粟島に作られた「漂流郵便局」。芸術祭終了後もなくなることはなく、全国から宛先不明の便りを預かる場になっている。この本は、そんな漂流郵便局に届いたハガキが何通も紹介されている。行き場のない想いを抱えていた人も、書くことで気持ちが整理できたり、前向きになれる。漂流郵便局に救われた人も多いのだろうな。浩太くんへの手紙は泣けました。
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良かったです。
小説だと思っていたら、アートとしての漂流物・受取人のいない手紙など芸術作品が始まりだったのですね。
いま目の前にいない人、人ではないもの、これから生まれてくる子・・・様々なシチュエーションで、書き手と宛先はあるのだけど、
届くことがない手紙
でも ちゃんとこの郵便局で保管されて、「不在」通知とともに戻ってくることはない安心感。
先にこの世を去ったご主人にあてた手紙を 山手線で読んでいたら 涙が止まらなくて・・・
夕暮れ時や静かな場所で ゆっくり味わうことをお勧めする作品です。
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てっきり架空の郵便局だと思ってたのに。実在します(2015年当時)。返事の来ない一方通行の手紙。日記のような手紙。故人への手紙。やはり故人への手紙はウルッとしてしまいます。100年後のこの街に図書館があるかどうか、そう手紙を書いた子供(多分子供のはず)。貸出カードにある名前をみて、この人は今は○○してる等の想像をしてしまうそんな子。100年後に同じように考えてくれる人へと書いた手紙。これを読んで貸出カードってあったよねと懐かしく思いました。今はコンピュータ管理だから、カード無いよね(^_^;)あれはあれで前に借りた人の名前チェックするのも楽しかった。そして、"耳をすませば"の世界に(笑)
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「ー」
宛名不明の郵便物が届く場所ではない。
どこに送れば届くのかわからない郵便物を送る先だ。
それが誰かの心の支えになるのなら、とても意味がある。
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プロジェクト型アート作品「漂流郵便局」。2013年に開催された瀬戸内国際芸術祭で発表された後、再開された郵便局。そこへ流れ着いた(送られた)、届け先の分からない手紙たちが美しい空間を漂っています。
亡き人へ向けて、未来(過去)の自分へ向けて、またペットや物などに向けて。不覚にも涙を落としてしまうページもありました。
まだ存在しているなら、実際に足を運んでみたいです。