紙の本
忘れ去られたアナキズム
2013/11/30 15:15
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
なんで突然、大泉黒石って誰なのと思うでしょ。
由良君美の本が平凡社ライブラリやちくま文庫で復刊されて、やや見直しがあるのかという流れで、由良が入れ込んで全集の校訂もした大泉黒石にもスポットが当たったのかと思われる。
黒石はその身の上により少年時代からロシアなど各国を放浪し、大正期にその型破りな自叙伝で人気者となる。老子を主人公にした小説や、市井の人々を描く「人間廃業」などのベストセラーを出すが、文壇から遠ざけられて、やがて筆を折る。
文学界から黙殺され続けて来た黒石を引っ張り出したのは、久生十蘭の次のシリーズとして目を付けたのか。すると好評なら「老子」「人間廃業」「俺の自叙伝」と続けて出るのだろうか。
由良が認めたのは大衆の夢の力を謳歌するアナキストぶりということらしいが、各短篇自体はちょっと奇妙、怪奇な話の系列。その奇妙さを味わう風流人よりは、貧民街で借金することばかり考えている人物の方が多く登場する。彼の愛したゴーリキーの作品のように。
「弥次郎兵衛と喜多八」は陽気な珍道中かと思いきや、底無しの貧乏に落ち込んでいく恨み節。女を殺して京都から逃げる町人の顛末を語る曽呂利新左衛門が、最期に秀吉に告げる不敵な結末は、たしかにアナーキー極まる。西南戦争の官軍側の語る歴史の裏側にある、虐げられた人々が甦ってくる「尼になる尼」にも、その反骨が思われる。
中華街に出没する「黄夫人の手」は、貧しさからくる怨念とはいえ海を渡って伝搬するその力強さにむしろ感動すらしてしまう。そういう庶民のエネルギーの凄まじさは、ロシア革命を間近で体験したという黒石の経歴から蓄積されたのかもしれない。
ロシアの逃亡囚の奇態な末路、貧乏画家が亡妻をモデルに描いた執念、そういった作品は、もっとも伝統的な伝記小説の流れに属するもので、前には岡本綺堂、後には久生十蘭などに繋がる系列だ。その方向が本領ではないだろうが、世間からドロップアウト寸前のような人々が、不可思議な事件に晒される時の、境界線上にいる不安定さは独特かもしれない。
今まで目にすることが無かった黒石作品がまた展開されて欲しい。本書では過去の作品集に由良か書いた解説が再録されていて、これが実に熱くてよい。
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大泉黒石という作家のことはよく知らなかったが、独特の怪奇趣味が良かった。
『尼になる尼』と、表題作『黄夫人の手』が印象に残っている。
『戯談』のような文体の作家なのかと思ったが、そうでもなかったな……。
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多少読み難さはあるにせよ、面白かったです。ただこういう本はすぐに絶版になりそうで、そっちの方が恐い。
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大泉黒石という作家の存在そのものも興味深いけれど、彼の紡ぎだす言葉と世界にすっかり魅惑されてしまいました。
物語によって語り方を変えているのかなと思うその手管が素晴らしい。
タイトルを含む終わり二編には参りました。
怪異の正体をぐるぐると追いかけまわしているうちにすっかり迷い、目が回り始めた頃にぽーんと出口に放り出される。
今まで嗅いでいた恐怖と魅惑の香りだけが鼻先に残り、もう一度帰りたいと思うのにもうその迷路は消えてしまっている。
不親切な作家だと思うけれどつれないところが素敵。
埋もれた作家の再発見、万歳です。
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大泉黒石の短編から怪談綺談に準ずる作品を8作まとめたもの。どこかの書評で紹介されていたんだと思いますが、覚えてない。長崎生まれの父親がロシア人、母親が日本人という背景でだいぶ苦労した明治生まれの作家さんです。どの作品も文体なのか作風なのか分かりませんが、フワフワしてて掴みどころがない感じです。読み進めるうちに物語に置いていかれて、どこが出口か分からなくなる感じ。これを読みにくさと感じるか、味と感じるか微妙なライン。本作の中だと「眼を捜して歩く男」が一番面白かったです。
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岩波書店『図書』の連載、
四方田犬彦「大泉黒石」を愛読していて、
肝心の作品が気になったので、
現在比較的入手が容易な古書を購入。
それなりにおどろおどろしいものを期待していたが、
意外にアッサリ、薄味の(?)選集だった。
■戯談(幽鬼楼)
北京にて、新聞記者・湯田町金太郎が
語り手の「私」に聞かせた怪談。
龍洞亭なる宿の52番室に現れる、
妻に裏切られた男の幽霊の話。
■曾呂利新左衛門
お茶坊主・曾呂利新左衛門が
豊臣秀吉に聞かせた酒造職人の話。
許婚に裏切られた嘉一郎は彼女を殺したが、
その夫となっていた米問屋の奉公人・市蔵に恨まれ、
追われる身となった――。
■弥次郎兵衛と喜多八
金を融通してくれという弟分・喜多八の頼みを
断るために弥次郎兵衛が考えた長い言い訳。
■不死身
平壌を旅した小説家が
宿の主に教えられた書物の中の美しい妓生・李桂花に
興味を持ち、当人に会って聞き出したという話。
■眼を捜して歩く男
困窮し、黄龍寺に泊めてくれと言って現れた画家。
その異様な作品は……。
■尼になる尼
尼僧になり、還俗して富豪に嫁ぎ、
幸福に暮らしていた女性が、
大切な宝石を愛する夫の誕生祝いに贈ろうとしたのが
きっかけで、自身の秘密を知る。
■青白き屍
脱獄囚ロザノフの逃避行と彼の罪状。
オチはタイトルで想像出来てしまった……。
■黄(ウォン)夫人の手
長崎が舞台の怪談。
(旧制)中学生・藤三は上海からやって来た転入生・
黄廛来(ウォンテンライ)と親しくなったが、
彼の実母は窃盗と殺人の罪で刑死していた。
廛来の亡母の呪いは藤三にも害を及ぼし……。
四方田犬彦「大泉黒石」によれば、
モーパッサン「手」にインスパイアされた作品とか。
ちなみに、著者は有名な俳優の父。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B3%89%E9%BB%92%E7%9F%B3