紙の本
「かつて何者かだった自分」という呪縛
2013/01/19 17:36
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちゃき - この投稿者のレビュー一覧を見る
東大卒、大手外資系企業に務め、夫は弁護士、
ルーフバルコニー付き4LDKの新築マンションに住む
「勝ち組」人生を絵に描いたような凛子。
嫌みなハローワークの事務員を言い負かしたり、
セミナー会場側の不備に対し理路整然と
クレームをつけたりする凛子の高飛車な態度に、
どうもいけすかない女だなぁ、と読み始めの頃は思っていた。
夫は出来過ぎなくらい優しく、理解ある義父母にも
とても大事にされている。
それでも彼女は決して満たされてはいない。
あまりに出来過ぎた環境に、こんな女のどこがいいんだろう、
とびっきりの美女なのか?
などと、つい下世話なことを考えてしまった。
けれど、凛子がなぜ自分自身を「ハスビーン」だと感じているのか、
その理由が徐々に明らかになるにつれ、彼女のことが身近に感じられてくる。
母親に褒められることが嬉しくて、
周囲から羨望の眼差しで見られることが誇らしい、
ある種とても素直な動機から努力を続けた真面目な少女。
「学歴は裏切らない」という母の教えを疑うことなく、
自分自身の資質にも自信があったはずなのに、
なにがいけなかったのだろう?
私はどうすればよかったのだろう?
自分を取り巻く世界をまっすぐ信じて生きてきた
彼女の人生がゆっくりと沈み始めた時、
考えても仕方ないことは分かりつつ、それでもつい考えてしまう。
母は何故こんな風に私を育てたのだろう?
愛情や嫌悪、あるいは肯定、否定などという
一言では語れない、娘が母に抱く思い。
うまくいかない自分の人生を、
母のせいにするつもりなどないのだけれど、
それでもつい頭に思い浮かぶ「たら」「れば」。
そう、この小説の軸となるのは、
「キャリアウーマンの挫折と再生」みたいな陳腐なものではなく、
著者の他の作品でも度々描かれているアンビバレンツな母娘の関係。
高学歴でプライドが高い凛子に共感しづらそうだと感じだのは
最初のうちだけで、この小説のキモが見えてくるにつれて、
その弱さと繊細さに親しみを覚えはじめ、
読み終わる頃には彼女のことを応援している自分に気付いた。
小説のラストで、凛子は子供の頃に通った有名進学塾のビルを訪れる。
それは、彼女の人生の原点ともいえる場所。
すでにそこに塾はなく、けれど今も残された
錆びた看板を見上げて彼女は思う。
“錆びついた青い看板は、まるで私たちのようだ。...(中略)ネオンにぴかぴか照らされたあの日々の熱を帯びたまま、剥がれ落ちることも、塗りなおされることもなく、通行人の誰ひとり、見上げない。だから、Has been、あんな言葉を私たちは、絶対に口にしてはいけない。口にしてしまえば不必要に傷んで、内から静かに蝕まれてしまう。いつまでもいつまでも、こんな小さな看板に、閉じこめられてしまう。”
これは、「かつて何者かだった」過去の自分との決別ではなく、
「何者かだった自分」という呪縛から解放される瞬間。
そもそも「かつて何者かだった」という事自体、本当にそうだったのか?
そして、人生まだまだこの先長いはずなのに、
どうして「もう終わってしまった」なんて言えるだろう?
「だから、Has been、あんな言葉を私たちは、絶対に口にしてはいけない。」
これは、輝かしい過去のあるなしに関わらず、
誰にでもあてはまる言葉じゃないかと思う。
この小説の最後のように、
人生には、なにも解決してはいないんだけれど、
ささいなことで、こんな風になにかが吹っ切れる瞬間がある。
そんな瞬間の風景がふわりと読後に残る作品でした。
紙の本
勝ち負けではない
2018/05/05 12:47
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
一流大学を出て裕福な暮らしを送りながらも、どこか満たされることのないヒロインの憂鬱が伝わってきました。本当の意味での幸せについて考えさせられました。
紙の本
誰もがもっている「ハスビーン」
2010/11/25 16:58
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:惠。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
ハジメマシテの作家さん。なんだか宙ぶらりな感じが気になって、手にとってみた。
タイトルにある「ハスビーン」とは、「Has Been」とのこと。
研究社の辞書を引くと
《口語》 盛りを過ぎた[人気のなくなった]人; 時代遅れの人[もの], 過去の人[もの].
とある。
ちなみに本書では、こんな説明が作中でなされている。
「(略)ガイジンはさ、一発屋のことをHas Beenって言うんだって。Mr.Has been.かつては何者かだったヤツ。そして、もう終わってしまったヤツ」
主人公の凛子は東大卒の元エリート。同じく弁護士の夫との結婚を機に有名企業を退社し、今は一応専業主婦。お金にも困らず、やさしい夫との安定した生活を送っている。だけど…彼女は日々、いろんなことにいらいらする。やさしすぎるお姑さん、失業保険給付窓口の女性、就職支援セミナーに集う人々…あの人もこの人もあれもそれも…夫でさえも、いらいらの対象になっている。
読んでいて、イタかった。凛子がイタい。イタいイタいイタい。イタすぎる。なんてヤな女なんでしょうか。と、色々嫌なところが目に付いてしまう。
凛子がいらついているのはきっと、満たされていないからだ。しかし東大を出て、弁護士の夫を持っても満たされない凛子が「ヤ」なのではない。「ハスビーン」というしがらみにがんじがらめになって、抜け出せないでいる現状に気付くことなく、その捌け口を他者にしか向けられない凛子の幼稚さが「ヤ」なのだ。読んでいてどうしようもなくイライラする。
だけど、読んでいてわたしは気づいていた――ここまで凛子に腹立たしさを募らせるのは、自分の中にも凛子と通じる部分が少なからずあるからだ、と。
もやもやっとした日常。解決方法がみつかなくて、試行錯誤の暗中模索の日々。自分に色んなことを問いすぎて、周りが見えなくなってしまった凛子は「ありがとう」や「ごめんなさい」という当り前のことさえ言えなくなっている。
あぁ、やっぱヤな女だなぁ…凛子。考えれば考えれば嫌な女だ。仮に凛子のキャラが男だったとしても、やはりイヤなやつだ。
でもそんな彼女も最後には「ハスビーン」から抜け出せるきっかけのようなものを見つける。彼女のこれからがもっと安らかな日々となるよう願わずにいられない。
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10/10/30読了 読んでる方が憂鬱になるような話。思考回路が違いすぎるのか自分の理解力が圧倒的に欠如してるのか。
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ふと借りてきて読んでみたら、わかるようなわからないようなわかるような…話だった。東大卒、ユウメイな会社に入り、弁護士と結婚して、退職した凛子、29歳。
ハローワークへ行って、凛子は「払い続けた保険料を合法的に回収するために仕方なくここにいるのだ」と自分に言い聞かせる。再就職セミナーの会場で、凛子は熊沢君に再会する。かつては凛子も通っていた進学塾で一番の優等生だった熊沢君。模擬試験のたびに1位を常に守り続けていた彼は、小学5年の秋の終わりに、家庭の事情で引っ越して、そして忘れられた。
熊沢君は、凛子のことをたずね、そして自分のことを何も訊かない凛子に、Mr.Has Been、一発屋、かつては何者かだったヤツ、そして、もう終わってしまったヤツ、と言うのだった。
育ちのいい、同じ東大卒の夫。自分のことを「全部」好きだと結婚式で言ってのけた、素直な夫。息子のせいで、凛ちゃんのキャリアを中断させて申し訳ないわと何度も謝る夫の母。何の悪意もない、夫の母。
勤めていた外資系企業では、スピード出世して、プロジェクトのサブリーダーを任されるまでになった凛子は、自信に満ちあふれ、胸をはっていた。それが、あるときから心がすくむようになり、言葉が出なくなり、気がついたら担当していた仕事のすべてから外されていた。心療内科に通うようになり、身体には明らかな変調をきたし、凛子は「適応障害」と診断された。
「…適応障害っていうのは、ある特定の環境や状況に適応できていない状態を言うんでね、あなたの場合は、お話を伺って言うと、原因が会社や仕事に限られているように思いますから」(p.124)
心療内科でそう言われ、会社や仕事に適応できずにおかしくなっているなんて、ひどく恥ずかしいと思い、「環境を変えてみることで、随分と症状が良くなるものなんですよ」と言われて「そんなこと絶対にできません」と答えた凛子。
まだ仕事を再開しないのか、前の会社に戻れないのかと、悪気なく言う母親に、凛子は泣きながらこう言っていた。
▼「家事なんて家政婦にやらせればいいとか、専業主婦は虚しい生き方だとか、どうしてそういう教育したの? 子育てするとき、一つの生き方しか子供に見せないのって、すごくリスキーなことじゃない? 仕事や学歴は裏切らないって言い聞かされて、だから私は努力したけど、所詮そういう生き方ってお母さんの知らない世界だったんでしょう。経験もないことを人に押しつけて、勝手に満足して、私がもうとっくに裏切られちゃってたこと、知りもしないでさ」(p.136)
実家から帰る電車で、幼い娘を連れた母親に凛子は席を譲る。その親子の姿をみながら、不意に「あの頃に戻りたい」と凛子は思う。
▼あの頃に戻って全てをやり直せるのなら、そうしたら自分はどんな生き方を選ぶのだろう。もっと違う人生、例えば違う学校に入って違う仕事に就いたのだろうか。違う人に出会って違うところに住んで、今この瞬間も全く違う何かを見ているのだろうか。
「なんだかなあ」
つまらないことを考えている自分に苦笑した。(p.141)
私は私に、まだなにを期待しているのだろう。
(11/20了)
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単行本で既読だったが、なんとなく手に取る。朝比奈あすかさんのデビュー作。
読みながら「ああ、そういえばこういう話だった」と思う、凛子のイライラする日々。単行本の時もそうだったが、表紙の見た目の爽やかさに反して、内容は非常に重い。私自身はこんなエリートではないが、家族への感情のぶつけ方とか自分の中にもある感情だと思って読んだ。ラストはやや光の射す話だが、全体的な鬱屈感の方が勝っていて、やはり読むのは重いと思うこともある。でも読んでしまう。
前回どう読んだかをもう一つ思いだせないのだが、今回読んだほどにはあまり「わかるな」という感じはなかったような気がする。それはどういうことなのだろう。鬱屈した思いを昔は抱えすぎていて、渦中にありすぎて響かなかったのか。そんなことあるのか。本の感想を書くようになってから自身の本の読み方もだいぶ変化しているような気もするが。
これは自分にとっては、積極的には読みたくないのだがなんとなくまつわりついてくる本である(不思議だ)。自分の心の持ち方が安定しているかどうかを確かめるためにまた読む機会が訪れるのかもしれない。
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登場人物にそれぞれの味が出ていた。でも凜子の動作や考え方が一番はまったなあ。ひまわりチョコおじさんも印象に残った。れい子さん、いいねえ。
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第49回(2006年)群像新人文学賞受賞作。
他の独特な受賞作品と違い、女性が感じる日常的な「あるかも」が多い作品で、面白い。
個人的にはこんなだんなさん、ちょっといいなと思った。
彼女の他の作品も読んでみたい。
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他人から見たら幸せそうな女性の苛々と憂鬱が、所々共感するものがあった。
この時期にこの小説を手にとったのが笑えた。
私はまだわたしに何を期待しているのだろう。
という文が心に残った。
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東大卒、有名企業に就職、弁護士の夫、安定した生活があるのに満足できない。なんだかなあー、共感できる部分はなかった。
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「ハスビーン」の意味が気になり手に取った本。「ハスビーン」とは「一発屋」という意味らしい。かつて、凛子が塾で憧れた「塾で最高に認められたクラス」だった彼が人生で一瞬だけ光輝いた「一発屋」な時期を経験し、自分のせいでもないのにそこから切り離された。やさぐれてしまった彼と再会し、凛子は自分の幸せにに気付かなかったのだろうか。この話の主人公の凛子は、ちょっと自己評価が高すぎる女性なのかもしれない。優しく接してくれる姑、弁護士で家庭的な旦那さん。そして、素朴だけど何のトラブルも抱えていない実家の父母を上から目線で見下すのは、凛子が東大卒でいい会社に勤めていた意地から出てくるのだろうか。その会社の中で階段を踏み外してしまったのは、不運な事だったけれど、人生長年過ごしてきたらそういう事って必ずある。凛子には「自分が幸せ」なのに気付いて欲しい。
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何気なく手に取って何気なく読み始め、あっという間に読み終わった。読みやすいというのもあるけど、どこか自分にシンクロするところもあったのがあっという間に読めたわけなのかも。
東大を出て、同じ東大卒で弁護士の夫との結婚を機に仕事をやめ、再就職の気もなく失業保険をもらっている凛子。不自由だと言えば非難されそうな状況にあるのに、無頼で不遜な言動はこじらせ女子的。特に、夫の雄介に対するつれなさ、わがままさときたら……。雄介ときたら、よくもまあこんな凛子を妻にし、今も機嫌をとったりなだめたりしながらそれでも好きでいられるもんだと思ってしまう。そのくらい雄介は屈託なくいいやつで、自分の知っている雄介を彷彿とさせる。だからこそ、こじらせ凛子に自分を重ねてしまう(っていうか、自分は別に東大卒じゃないけどね)。
後半で凛子が抱える心の傷が明らかになってくる。そのあたりから凛子に対するシンクロ性は薄れるぶん、同情的になる自分。「ハスビーン」とはhas beenであり、かつては何者かだったけど今はもう終わってしまった残念なやつを指すのだとか。
著者はこの作品で群像新人賞を受賞。それを知れば初々しい感じもするけれど、小説としての構成や舞台設定はなかなか。かつての同塾生・熊沢くんや姑・れい子さん、さえない(と凛子が思っている)両親やハローワークの職員など人物設定も生きている。解説(吉田伸子)も解説らしくてよかった。
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東大卒、有名企業に就職、同じく東大卒弁護士の優しい夫、理解ある姑…
恵まれ過ぎているのに、凛子はイライラしている
ずっとイライラしていて
読んでいて疲れてしまった
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主人公の凛子が怒るときの喋り方が腹立つ。旦那さんは優しい人なんだからそんなにキレなくてもいいのに。でも、イライラして誰かに当たってしまい、憂鬱になって悲しくなる感じは少しわかる。めんどくさいけど。「Mr.Has been. かつては何者かだったヤツ。そして、もう終わってしまったヤツ」なんか嫌な言葉。
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朝比奈あすかさんのデビュー作で群像新人文学賞受賞作です。ハスビーンの意味は一発屋の事ですが、私は本書を読んで少し憂鬱でした。その理由は著者にも作品にもなく詳細すぎるパーフェクト解説だったのですね。これから読む方には出だしから結末を含めて本文のダイジェスト版みたいな要約が為されていますので、くれぐれも解説を先に読まない事をご注意申し上げますね。エリート塾TOPの小学生時代から順調な学歴を経て東大から有名企業に入ったのに歯車が狂い不満だらけのヒロインの凛子は人生のハスビーンから脱出すべく漸く進み始めましたね。